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hatahata
2025-02-16 09:00:34
8481文字
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飼い犬に手を噛まれる
フォロワーが言ってたネタその②
何故弊社九はこうも女王様なのか
「
……
窮屈で堪らんな」
「黙っていろ、同意してやるから」
「やったぜ♡」
視界は煌びやか、香りは華やか、そしてこの身は大変息苦しい。
ガッチガチの堅苦しい三つ揃えに撫で付けた髪、血の通わない愛想笑いを携えて九条と真下の二人は、何故か二人で、何処ぞかの企業が何か大きなことを成し遂げたか何だかのパーティの会場に立っている。何の益も興味も無いので真下は全然内容を覚えていないし、九条も減らないグラスの中身をくるりくるり手持ち無沙汰に回すのみで視線すら上げない。
何故わざわざ九条が真下なんかを社交界の道連れにしているのかと言えば、ひとえに単身だと面倒だからだ。こちとら一応嫌々仕事として来ているのに、やれ個人的な食事だ娘のナントカだと声を掛けられ長話に付き合わされるのを避ける為、剥がし役として目付きの悪い男を抜擢した。
渋々とはいえ九条に選ばれ、秘書(みたいなもの)だと紹介された上「前払いだ」とぴったりに
誂
あつら
えられた九条と揃いの白手袋を貰った真下は最初の内はご機嫌で恭しく頭を下げたりしていたものだが、九条に向けられる色目、自分に向けられる値踏みするような言葉、揃って投げられる不躾な視線、ありとあらゆる香水や整髪料の香りが蔓延した空間にやや口端が引き攣っている。加えて目付きはどうしようもないながらその隈はいただけないと慣れない化粧品を塗ったくられものだから、目の周りが痛痒くて仕方ないのだ。
それでもまぁ、珍しく彼の方から真下を横に置くと言い出したのだ、九条の面子を潰すつもりは毛頭ないので大人しく控えて一緒に壁の花と徹している。潜めた声で文句を言うのくらいは許してほしい。
「いつ終わるんだ?腹減ったし喉渇いて気持ち悪いんだが
……
」
こういう場で出される飲食物には一切口を付けるな、と九条に言い含められている為、人口密度のせいで熱気の籠る空間にも関わらずずっと飲まず食わず。見知らぬ連中が用意した美食や美酒よりも「何が仕込まれているか解ったもんじゃない」と言ってのけた侮蔑の眼差しにこそ信頼を置いているので素直に従っているのだが、流石に少しげんなりしてきた。
「
……
あと一時間くらいだ」
飽きて笑みを浮かべるのをサボり始めた真下の肩をそうと解らぬよう小突きながら、九条がちらと腕時計を見る。周囲の人間にも、噛み殺しきれない欠伸を零すものや気分が悪いのか足元がおぼつかずテーブルに手をついている者がちらほら見受けられる。正直今すぐ退出したいのは九条とて同じ、しかし出来ないからこそますます嫌気がさして普段ならば無視して流すような真下からの軽口に応じて気を逸らすしかない。いつもいつも五月蝿くて鬱陶しい男だがこういう時ばかりは聞き分けが良くて役に立つ。
「帰りに何処か寄りたいところだが、この格好じゃあな。場違い過ぎて目立つ、一度九条館に戻ろうぜ」
「良いだろう。何が食べたいか考えて───」
おけ、と九条の喉が最後の語句を紡ぐその瞬間。
目の前で、人が倒れた。しかも一人二人ではなく、ばたばたと。
「ハ?」
真下が素っ頓狂な声を上げる間にも、倒れた者の様子を見ようと膝をついた男が、状況が解らずきょろきょろ辺りを見渡していた女が、糸の切れた人形のように地に伏していく。何が何やら解らぬ内に、今度はバツン!と何かが切れる音がして、眩い程のシャンデリア達が一斉に光を失った。
「九条」
「あぁ」
停電だ、と誰かが叫び、設備の確認をと怒鳴る男の声、突然の暗転に怯える女の金切り声を他所に、真下に腕を引かれ二人は近くのテーブルクロスの中へ潜り込む。暗闇に慌てふためく有象無象に巻き込まれるのを避けるのと、万が一の為に人目から逃れておきたかった。
ばたんばたんと人の倒れる音、どかどか会場外の廊下を走る音が近づいてくるのが耳に届く。ブレーカーを戻したにしては生地から透ける光は未だ無く、それどころか「扉が開かない!」という焦った声までもが響いている───加えて真下の耳には、人の声、足音以外に、硬質なものが擦れぶつかり合うガチャガチャギリギリという不快な音が聞こえていた。
「マズイ」
「な、」
バン!と扉が乱暴に開く音がする。
開いた、と喜色を浮かべた声がする。
バン!と、破裂したような音がする。
ややあって、重たいものが倒れ床面にぶつかるどしゃ!という音。
次いで再びバツン!という音と共に照明が戻ってくる、そしてすぐに、先程までの比ではない恐怖に染まりきった女の悲鳴。
───嗚呼、『万が一』の方だ。
「えー
……
マジかァ、こんなこと本当にあるんだな。ドラマの撮影とかでもなく?」
テーブルクロスと床の隙間から外を覗いていた真下が呆れたような呟きを漏らす。
……
そこには、先程から積もりゆく人山に加え、目出し帽やら鼻まで覆うネックウォーマーやらで顔を隠した男達がわらわらと乱入し、会場内でまだ立っている老若男女に銃やゴツいナイフを突き付けて何やら怒鳴っている光景が広がっていた。
「おまえは刑事だろう。一度くらい経験があるんじゃないか」
「銀行や民家の立て篭りは兎も角、こんな政経界抗争みたいなのは流石にねぇよ」
しかも人が次々倒れているのは流石に一切覚えがない。会場に籠る香りの暴力へ微かに混じるよくよく嗅ぎ慣れた匂い、隙間からではよく見えないが恐らくさっきの銃声が原因だ。
「
……
貴様の言うことを聞いておいて正解だったな」
「最初から罠だったということか
……
」
恐らく飲食物に何か盛られていたのだろう。だから飲み食いした人間は先程から欠伸したりふらついたりしていてその結果昏倒し、自分達と同じく何も口にしていない者達が今、武装した集団に囲まれて一箇所に集められていく。何処かもっと狭くて監視しやすい部屋にでも閉じ込めるつもりか。飲食物に手をつけるなと言われた当初はいつもの人嫌いが高じたものだと真下は思っていたが、こうして実際目の当たりにすると過去に経験したことなのかも知れないな
……
と軽んじていたことを少しだけ反省した。
それはそれとして、この場をどう切り抜けたものか。ずっとここで男二人身を寄せている訳にもいかないし、奴等の要求なり目的なりも解らないので解放がいつになるかも不明。
「真下、どうにかしろ」
「貴様空気中に揮発したアルコール分でも酔える質か?俺はあくまで刑事であって殺し屋でも暗殺者でもないんだぞ」
確かに少々ヤンチャな自覚はあるが、だからといってこの場をひとりで切り抜けろとは無茶振りだ。真下にだって限界はある。それなのに九条はしれっとした表情で「だから何だ」と更に言葉を重ねてくるものだから、真下は頭が痛む思いを味わった。
「おまえなら出来るから言っている。さっさと行け」
「暴君かよ
……
あわよくばここで俺を始末しようとしてないか?」
「死ぬなら俺とは一切関係ないところで俺の知らない内にくたばれ」
「ハ?絶対貴様より先に死なねぇし死ぬとしても道連れにしてやるからな覚えとけよ」
「キュンキュン鳴いていないで」
「ン゙ッ」
テーブルクロスに隠れていい歳した男が二人、ひそひそと応酬するのは傍から見れば大層間抜けだが、今それを見ている者はお互いしかいないのだからそれはもう置いておくとして。いい加減真面目に手立てを考えなければいずれ見つかって詰みである。だが九条一人残していくのも、二人で動くのも余り取りたい手ではない
……
どうしたものか決めあぐねごねる真下だが、徐にガッ!と襟首を掴まれ息が詰まった。
次いで引き寄せられ、互いの睫毛すら数えられそうな程の至近距離で。
愉しげに、意地の悪い薄笑みを浮かべて。
「ほら、『取ってこい』。どうせ持っているだろう」
ぷつり、整えられた爪先に窮屈な第一ボタンを外されてしまえば。
「
…………
貴様ほんっっっと覚えとけよ」
精一杯の悪態すら甘ったるくて何の迫力もありはしなく、対面の憎たらしい笑みは深まるばかりだった。
会場内に残っていた標的は二人、テーブル下から抜け出た真下に音もなく忍び寄られ背後から頭と首に回された腕でゴキン!と首を折られた一人と予想外のことで狼狽えた隙に顎の下からナイフを突き上げられ大の字に倒れた一人。つまりもういない。天晴れクールジャパン、現代のNINJAと呼ばれて差し支えない鮮やかな手腕であった。これがドラマや映画の撮影ならさぞ話題になっただろうが生憎現実なのでカットの声は掛からない。廊下へ出れば案外人はおらず、いたとしても豪奢な調度品や無駄に大きな彫像、花瓶には悠々と咲き誇る花々、遮蔽物には困らなかったので何とか騒ぎにならず何処ぞかの部屋の前まで来られた。うろ覚えの館内図を頭に思い描き、多分制御室だろうとアタリをつける。
別に殲滅が目的ではなく、真下と九条が無事脱出出来れば他はどうでもいい。会場近くの窓だか扉だかのロックを外す、目的はそれだけ。ただちょっとその過程で人が死ぬだけだ。武器を持ち襲撃して人質を取り何事かを成そうとする奴が悪い。
道中拾った──見つかったのでサクッと喉を割いたついでに貰っておいたとも言う──拳銃に弾を込めながら、中の様子を伺う。通信機で何事か話しながら機器を弄る奴がいたので此方もさっくり御命頂戴。血が機器に掛かっては不味いので
首だけで
・・・・
此方を向いてもらう。
「さて
……
」
正直機械に強い訳ではない為少々不安だったが、誤操作防止にかきっちり細かく対応箇所のコードが振られていて助かった。九条が今いる場所の近くに出入口がある、そこのロックを外して脱出すれば終わりだろう。
しかし後は会場まで無事戻れれば
……
と制御室を出たところで、やはりと言うべきかそう簡単に事は運ばない。動くな!と怒号が聞こえ、銃口を真下へ向ける一人と、その後ろにもう一人
……
いや、そいつに腕を捻られ拘束されている奴がいるからもう二人。
「いや貴様何のこのこ捕まってんだよ!!」
九条だった。
「仕方ないだろう、見つかったんだから」
やや眉間に皺を寄せながら九条が言い訳してくるが、あれはバツが悪いと言うよりも腕が痛いのと知らない人間が近くにいる不快感が強く出ている。確かにあの長身ではテーブルの下にいては身動きも取りづらいし、逃げそびれたのだろうことは解るが
……
それにしたって。真下の肩から一気に緊張と力が抜け、げんなりと溜息を吐くしか出来ない。
呆れきった真下を他所に、九条を人質に取って有利を確信したらしき男が、唾を撒き散らしながら銃を捨てろなんてテンプレートのような台詞を言い放ってくる。
「人質の」
ドッ!
「───かは、」
「
……
え」
男が続けて何事かを言い切るよりも先に、九条の右太腿から、どろりと赤い液が垂れ落ちた。その理由が頭に浮かぶ間もなく、ドッドッドッ!と重い音がして九条の左腿、左肩、右肩から赤がぱっと散る。
そして最後に、もう二度だけその音がして、九条の胸からもスーツでは覆い隠せない命の色。ぐらり、力を失くし頽れる長身。次いで捕まえていたせいでその重力に釣られ前のめりになった後ろの男のこめかみからも、色ばかりは同じ鮮血が噴き出した。
「人質が何だって?」
色濃く漂う硝煙の向こう、三日月よりも鋭く口端を吊り上げるにたにた笑い。両手に拳銃を携え真っ直ぐ己の敵へと向ける立ち姿。躊躇の欠片も見せず九条の四肢と胸へ銃弾を撃ち込んだ真下に、対する男の顔から血の気が引く。
「何を、こいつは雇い主じゃなかったのか!?」
「ン、何だもしかして俺達のこと知ってるのか?なら主催か招待客の中に黒幕がいるな後で上に伝えておこう。あぁそういえば銃を捨てろと言っていたな解ったそらよ」
「
……
ッ」
ぽいと余りにも軽く背後へと放り投げられる二丁の拳銃、それが地面に落ちるよりも早く地を蹴った真下に向け引鉄が何度も引かれるがそんなもの、怯えきって震える銃口が動き回る的に命中させられる訳もなく。
「アハハハハッ!当たんねぇよ雑魚雑魚雑ァ〜魚!」
耳や布を掠める銃弾など何の障害にもならない、ゲラゲラ笑いながら跳躍して勢いのまま革靴の先を相手の顔面にぶち込む。ぼぐん、と鈍く重い音がして倒れる男とは対照的にトトンと軽く着地した真下は、蹴倒した拍子に男の手から落ちた拳銃を拾い上げ未だ脳が揺れて動けない男の顔を跨ぎ立ち、見せ付けるようにスライドを引く。
先程の有利など幻だったと強制的に理解させられ、避けられない死の予兆に血の気を失くし今更哀れっぽく命乞いの言葉と涙を垂れ流しているが、ここで見逃したとて
自分達
・・・
には何のメリットも無い。
「生憎だが」
舌を突き出し嘲笑い、トントン、ただの照明を光輪のように背負う死神の右人差し指が、第一ボタンが外れ顕になった喉元を叩く。
「文句なら首輪を外したうちのご主人サマに言うんだな」
弾ける音がひとつ。
廊下に張られた絨毯も飾られた美術品達と同じくさぞ高級だろうに小汚い血と脳漿が染み込んでいくのはほんの少し申し訳ないが、彼等とて此方に銃口を向けたのだ。この肉塊個人はまだ人を殺めていなかった可能性があれど、会場で間違いなく彼の属した集団の内一人に撃ち殺された者がいる。つまり連帯責任、殺すつもりがあったのなら殺されたって仕方ない。
「
…………
帰るぞ、九条。起きろよ、なぁ
……
」
借りていた拳銃をもう動くことのない持ち主に返し、数歩先に今尚横たわる身体の傍らへ膝を着く。九条は何も言わない、だからと言って返事を待ちこの場に留まり続けていてはまた誰かに見つかるかも知れないので無理矢理引っ張り起こし背に負った。脱力しきった自分より身の丈の長い身体は垂れた手足が揺らいでものすごく歩きづらいが、こんなところに置いていく訳にもいかない為きゅむり唇を噛み締めて真下は一度制御室に戻り、現在地最寄りの出入口のロックを解除しそこから外へと抜け出した。
■□■□■
「
……
おい」
所変わって九条館。
シャツ一枚にボクサーパンツという薄着でベッド端に腕組み腰掛ける九条と、その足元で救急箱をお供に額も掌もぴったり床につけ伏す
……
所謂お手本のような土下座をする真下という光景が広がっていた。
「いつまでそうしているんだ、見苦しいぞ」
「
……
仕方ないだろ」
溜息を盛大に混ぜて呈される苦言に渋々顔を上げ、真下がじっと見つめてくる。九条館に帰ってきてからずっとこれなので隈隠しの化粧もぼろぼろの斑に剥げているし、きっちり整えていた髪もぐしゃぐしゃに乱れ率直に言ってみっともない。真下からしても、せっかく九条から貰った手袋は血とうっかり目に入る汗を拭ったせいで落ちた化粧で汚れたし、めかしこんだ九条の隣に立つには流石に着古しくたびれたものではまずかろうと自前ながら新調したちょっといいスーツも血と硝煙が染み付き、ぴかぴかに磨いた靴も埃と細かな傷で曇り切っていて散々だ。
───何故真下に撃たれた筈の九条がぴんぴんしていて、真下がこうも落ち込んでいるのかというと。
「おまえ、かなり動揺して早口になっていたな」
「恥ずかしいから忘れてくれそれ」
「それで、おまえが俺に撃ったのは何だったんだ?」
「
……
ペイント弾」
今で言うサバイバルゲーム等にも用いられる、着弾すると染料が飛び散る弾。それが、あの時九条の四肢と胸から散った赤色の正体。
九条にも見透かされていたが真下は鎮圧した暴徒から奪ったものとは別に、自前のナイフと拳銃をスーツの下に隠し持っていたのだ。その自前のものの内一つに殺傷能力は無い血糊の弾を込めて、あたかも人質を、九条を見捨てたと誤認させた。つまりは死んだフリ、二丁携えていたのはそれを九条と敵とで使い分けたから。
まぁ殺傷能力が無いだけで普通にそれなりの衝撃はある、しかも九条は防具も何も着けていなかったのだから、当たった両腕と両腿と胸にはくっきりと濃い痣が浮かんでいる。真下はそれをやたら嘆いているのだ。
「これくらい、その内治る。あの場では正しい選択だったと思うが」
「駄目だ。これは俺の中のケジメの問題なんだ」
……
触れても?と九条の様子を窺うその表情は、薄笑みながらも普段の人を食ったようなものとも先程の煽り嘲笑うものとも違い随分としおらしい。小さく頷いて右足を真下へと向けてやれば、傍らの救急箱から湿布や包帯を取り出し甲斐甲斐しく手当を施してくるものだから、何とも座りが悪い心地だ。
「俺は貴様を殺したいと思っている。だが、それは俺がそうしたいからであって、いつだって夢見るその日には理想というものがあって、俺と貴様以外がいるのも、他人に強要されるのも嫌なんだよ」
口先でも暴力でも、人を傷付けることに関しては天才的な程の機転を見せる癖に実のところ不器用な真下が施す手当はだいぶ下手くそだ。湿布はよれ包帯は浮き、これなら九条が自分でやった方がずっと良い。それでも悄気きって叱られた犬のようにぺしょぺしょの真下が不慣れな手付きで奉仕してくるものだから、何だか止める気も削げてしまった。
「アンタに
……
アンタに痕をつけるのは、セックスか殺す時だけだと決めていたんだがなァ
……
」
指先で包帯の上から痣をなぞり、悔しげに独り言つ。真下の独自ルールについては九条からまた馬鹿言ってるなこいつ、以外の感想は特に無いのだが、表情も言葉も態度も全てが刺々しく攻撃的な真下が九条にだけは慈しみや柔らかさを持つ、というのは
……
正直、ほんの少しだけ、悪くない、かも知れない。
「真下」
名を呼べば素直に手を止め見上げてくる真下をくい、と指先で誘い、従順に近付く襟首を掴まえる。
上がる小さな悲鳴は無視してぐいぐい引き寄せ、息苦しさに上向く顎を押し上げ、晒された喉へ唇を寄せ、
ひェ、と震える喉仏にガッ!と歯を立てた。
「イ゙ッ
……
!」
突然の大サービスかと思えば急所を狙われ真下は驚いた。それはもう珍しく素直にものすごく驚いた。
そもそも真下は自分から九条への想いが殆ど一方通行だという自覚がある。彼に求めているのは愛や殺意を返してくれることではなく、真下が九条に付き纏うのを見逃す、有象無象と一括りに世界から弾き出すことをしない、ただそれだけ。つまり広義で構ってくれるならそれで良いのだ。視線ひとつくれるだけで大喜びする。それがまさか自分から接触してきた挙句噛み付くだなんて!
真下が狼狽えている間に、九条ははぷり歯を外して真下の襟元を整える。ボタンを留めてネクタイを締め直し、仕上げに鼻っ面をバチンと指先で弾いてやれば「ンギ、」なんて間の抜けた声が上がった。
「いつまでその格好でいる気だ、さっさと着替えてシャワーでも浴びてこい」
「だが、」
「後は自分でやる。おまえに任せていたら治るものも治らないからな」
「返す言葉もない」
よれよれの、しかもまだ一箇所しか巻かれていない包帯を示されては食い下がる理由も無くなる。渋々身を起こしズキズキと痛む喉元を擦る、
……
そういえば、着替えろと言うのならば何故今着衣を整えられたのだろうか。
出入口へ向かいかけた足を止めちらり後ろを見返せばばちっと噛み合う視線、不思議そうに目を瞬かせる真下に向けて九条はゆったり口端を上げて、トン、と自らの襟元を突いた。
「着け直してやったぞ」
「
……
ハ、」
ぞくり、背筋が震える。歓喜に沸き立つ血、勝手ににやける口元、重くなる腰。進めかけていた足を戻して九条の足元に跪き、解けかけた包帯に手を重ねた。
「なァ九条、これ、上書きさせてくれよ」
「断る。小汚い犬と遊ぶ趣味は無い」
さっさと洗ってこいと脇腹を蹴られ、真下がケラケラ笑いながらまた立ち上がる。先程まで大人しかった癖に少し隙を見せればこれだ、本当に油断ならない。
「貴様も手当終わらせとけよ、流石に腹が減った」
「解った解った」
そういえばパーティが終わったら何処かへ食事に行こうなんて話をしていたのだった。色々あってすっかり忘れていたが、思い出してしまえば九条とて飲まず食わずなのは同じ。食欲はあまり無いが、相手が真下とはいえ気を使わなくていい人間との食事ならそれなりに食べられるだろう。
階下へ降りていく、帰ってきた時とはうってかわった真下の浮かれた足音を聞きながら、九条はとりあえず手当を終わらせるべく救急箱を手に取った。
END.
「普段○したいほど愛してるけど絶対に九を傷つけるようなことはしない初期真。そんな彼が人質に取られた九を助けるためにやむを得ず九の足撃ち抜いて『人質にするにはあまりにも面倒な怪我人』にする」「セッの時包帯の巻かれた九の足を申し訳なさそうに撫でるわんこ初期真をよしよしする九」ってやつ(どう要約したものか悩んだ結果そのまま引用した)(ネタバレになるかなと思ったのでここに持ってくる)
なおセッしないしよしよしもしてない。何故だ。
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