かざむき
2026-02-14 14:55:00
2804文字
Public
 

遠回しな共犯者

じょいらぶ展示作品。口調や容姿の捏造。モブ視点、被害女性との会話あり。

某市にある高台に建てられた公園。その端の、木立が少し開けたところに昔ながらの雰囲気があるカフェが営業している。そこが私の職場だ。
立地上ほとんど地元住民くらいしか訪れることはないが、緩やかな環境で居心地がよく5年ほどはここで働いている。すっかり業務をこなすのにも余裕が出てきて、来店するお客様を観察できるようにもなった。最近はとあるお客様を見るのが楽しみで仕事をしているといっても過言ではない。店員として少々マナーに欠けているとは思うが、どうしても目を引いてしまうあの美貌の前では理性など無力に等しい。

初めて彼を見かけたのは、少し肌寒くなり始めた11月ごろの夜。
一見親子にも見えるほど歳の離れた男女が腕を組んで来店した。男性の方は作りのしっかりしたジャケットに合わせた洗練されたファッションが印象深くて、つい目を奪われてしまった。
予約分のケーキスタンドを持って席へ向かうと、女性と何か話している最中のよう。
「浄一、この前お誕生日だったでしょう?ここのアフタヌーンティーが美味しいってブログで見たから、喜んでくれると思って予約したの」
「そうだったんだ。お姉さんの雰囲気にピッタリだったから、行きつけのお店かと思ってたよ」
ブログ経由の来店なんて珍しい。興味があるから後で検索してみようか、そんなことを思いながらその日の仕事を終えた。
頭の片隅になんとなく、彼の姿を覚えながら。


次に彼の姿を見たのはクリスマスの少し後。
仕事ができそうな印象の女性と共に入店してきた彼を見つける。今回の女性は彼よりは多少歳上に見えるが、職場の先輩くらいの年齢差に見える。
その日の彼は前回の服よりも少しだけ幼く見えて、フィット感のあるニットのトップスが知的な印象だ。
その日は料理の提供には行けなかったが、帰り際に近くを通っていった。
「こういう雰囲気のお店が好きなんだ。静かだし、勉強するにはいいんじゃない?」
「うん、前にサークルの先輩が良いって言っててね。一度来てみたかったんだ」
少し遠いから、また来る時も2人でね。
そう言いながら、まるで今日初めて来たみたいな顔で女性と退店する。
もしかして姉弟?なんてくだらないことを考えながら、テーブルを片付けに向かう。接客中や料理を用意しているときは特に意識はしていなかったが、彼は甘いものが好きなのだろうか。広がる皿を見つめ、彼の顔を思い出す。
前回とはまるで違う雰囲気の彼に戸惑いながらも、なんとなく彼を知りたいと思う気持ちが見え隠れする。
また来るのかな、そんな独り言は食器を洗う水の音へ消えて行った。


3度目に見かけたのはちょうど、バレンタインの前の日だった。その日の彼はまた前に見た時とはまるで違う姿で来店した。
バレンタインに近いからか、上質そうなツヤのあるチョコレート色のトップスが特徴的なファッションだ。あとは、髪も少し伸びただろうか。ぐっと大人っぽくなった装いに、甘い表情で隣の女性に笑いかける。隣の女性もモードな雰囲気のセットアップを身に纏っていて、揃って歩いているととてもかっこいい。
一瞬見惚れてしまったが、すぐに意識を戻して2人を席に案内する。
ソファ席へ座った女性が荷物を置こうと身の回りを整えている瞬間に、彼がこちらを振り返る。
見ていたのがバレてしまったのだろうか。それとも、ただの偶然?
突然のことにたじろいでいると、目が合って、彼が微笑む。
その表情だけでなんだってしてしまいそうな……そんな巧妙な笑みに心を貫かれ、それと同時に彼がよからぬことをしているのだという確信めいた直感があった。
それから少し間を置き、2人のいる卓へ注文を取りに向かう。
「そう……3月から別の部署に行くのね」
「もっと早く言ってあげられたらよかったんだけど、退職者が出て急にだったんだ。ごめんね」
申し訳なさそうな声色の彼に降りかかるであろう、次の言葉を遮るように声をかける。
ご注文をお伺いします、その一言で2人の間の雰囲気が中和された。
「ほら、お詫びに好きなものを頼んでいいよ」
……わかった」
そのあとは急に慌ただしくなってしまった。まさかパフェを4人前も用意することになるとは思っていなかったから……
だけど、帰り際に今度こそ確かに彼はこちらを見た。ご馳走様でした、その一言に含みを感じた気がして。
窓から見えた2人の姿。景色を見る女性はすっかり機嫌が直っていて、何かの魔法を使ったのかと思うほどだ。
さて、今日はこれくらいにして冷蔵品の在庫を確認しないと。そう自分に言い聞かせて、いつまでも追ってしまいそうな彼の姿を一瞥した。


そのあとは彼が来るまで少しだけ間が空いた。その間にSNSで公園から見える夜景が有名になり、それに伴って来客数も増え始めていた。
忙しくなってきて彼のことは忘れかけてしまっていた……そんな日に再び彼は現れた。
「や、やっぱり別の日にしましょうよ。思ったより人も多いし……
「でも、足が痛いんでしょ。それくらいはわかるさ」
……ごめんね、浄一くん」
そんな会話をしながら、おとなしくて自信のなさそうな表情をした女性と共に店へ入ってきた。彼も前回の印象と方向性がガラッと変わって、シンプルなシャツスタイルに少し頼りなさそうな表情で女性に寄り添っている。
公園の奥まで来るのには多少歩くので、女性が疲れてしまったのだろう。彼は気遣うように肩に手を添え、席についた女性のそばに膝をつく。そんな彼に女性は頰を紅潮させて俯いた。
そこまで見ていると、急に人の波がやってきた。
接客をしながらもつい彼の方を気にしてしまう。これは足を怪我した女性への心配だ、と言い訳をしながらそれとなく周辺のテーブルを片付ける。
その時だった。
「俺も早くお姉さんみたいに仕事ができるようになりたいな。そうしたら、もっと2人でいられるのにね」
寂しそうな表情、それから……少しの打算。
彼の【よからぬこと】がなんなのか、理解してしまった。


それからだ。いつの間にかこのカフェもデートスポットのメインとして流行り始めたのは。
自慢にしていたケーキセットからだんだんと予約の商品が増え、数年経った今では時間制予約の大人気店だ。開店前に予約確認と称してこっそり彼の名前を探しても、どこにも見あたらない。
ジョウイチ。珍しいというわけでもないが、あまり出会わない名前。それだけが私と彼を繋ぐ糸。
かつてほんの少しの間、彼の罪に触れた。
美化するつもりもないが、何故だか彼の話を他人にする気にはなれなかった。彼は今もどこかで違う女性と共にいるのだろうか。
ただ一目会いたい、そんな想いが募るばかり。
なんとなくだが、もう彼には会えないのだろうと感じている。
それこそが身の丈を省みず、彼を理解したと勘違いしていた罪の代償なのだ。