フリンズさんとプレゼント交換をする話


「プレゼント、交換……ですか?」

 私の職場の花屋『スプリング・ヴィレッジ』で、もうすぐバレンタインという、異国で流行っている恋人たちのイベントがあるらしいと聞いたのは偶然だった。同僚の女性曰く、チョコレートやお菓子を女性側から男性側に贈るのが主流とのことだが、男性側から女性側へプレゼントするのも最近はあるらしい。

 というわけで、そんな話を聞いた私は、その夜にフラッグシップで会う予定だったフリンズさんに、嫌いな物とか食べられない物とかは無いかと早速聞いてみたのだ。すると彼は、手にしたお酒のグラスを揺らしてつつ「それなら、プレゼント交換も良さそうですね」と、提案してきたのだ。

「僕も貴女に贈り物をしたいですし、お互い贈る物は秘密にしておいて、当日の楽しみにするのです」

 彼は伸ばした人差し指を口元に当てて、片目を瞑って微笑む。何かを企んでいるような、いたずら心が垣間見える顔を私に向ける。
「なるほど……私から贈ることしか考えてませんでした。ちょっと面白そうですね」
「貴女からどんな贈り物が貰えるのか、指折り数えてお待ちしてますね」
 ふふっ、と笑ってそんなことを言うフリンズさん。付き合い出してから初めてのイベントでもあるので、そう言った楽しみ方も思い出になるかもしれない。
「なるほど、であれば全力で準備します‼︎」
――いえ、そこまで張り切らなくても、良いのですよ?」
 握り拳を作って張り切る私に、少しだけ慌てるフリンズさん。そう言われても、私はこのイベントを最高の日にすると、今決めたのだ。

「分かりました! では準備で忙しいので、しばらくお会いできなくなると思いますが、五日後の当日を楽しみにしててくださいね!」
……えっ?」
「ではこれで失礼します! フリンズさんも準備お願いしますね‼︎」
 ――そう言ってお別れしたのが、もう四日前になる。


 ***


 あの日から私は、花屋の仕事をこなしつつ、色々な人に聞いて回った。花の配達中に出会ったモンドの騎士団長さんや、パイモンさんと一緒に花屋を訪れた旅人さん。フリンズさんが贈り先となれば、やはりお酒や美術品を考えがちだが、ようやく贈る品物を厳選できた。いつもより良いお酒と、甘くないチョコレートだ。ヴォイニッチ商会で受け取る時は、フリンズさんと出会わないかヒヤヒヤした。他には何か無いか、今日も仕事が終わってから考えよう、と思っていたのだが――

 職場の裏口から外へ続く扉を開けた途端に、黒い壁が待っていた。いやこんな所に壁はないはず……? 見上げると、そこにはフリンズさんの顔があった。
「フリン――むぐ」
「もう待ちくたびれました。僕は我慢の限界です」
 名前を呼ぶ途中で、私の顔は彼の胸板に潰されてしまった。ぎゅっと強く抱きしめられてしまい、身動きが取れない。く、苦しい……
 フリンズさんの背中をトントンと叩くと、ようやく少し力を緩めてくれた。

「まだ、バレンタイン当日じゃないですよ……?」
「わかっています。そもそも何故、当日まで会うことすら出来なくなってしまったのですか」
「それは……先週もお伝えしましたが、最高の準備を――
「イベント当日の最高の時間も大切ですが、僕は『今』も大切にしたいのです」

 ――珍しくフリンズさんが不機嫌になっている。
 まだ腕の中から解放されないため、少し無理して上を向いて、彼の顔を仰ぎ見る。しっかり見えた訳ではない、が……頬を膨らませて怒っている⁈
 見えてしまったフリンズさんの可愛い一面に、思わず顔を下げると、私の額が彼の胸元にコツンとぶつかる。そのまま寄りかかって、我慢できずにクスクス笑ってしまう。

「なんです? 僕は怒っているのですよ」
「はい、そそのようですね、ふふっ……
「なぜ笑っているのでしょうか」
「フリンズさんが、か……かわいいから」

 正直にそう伝えると、抱きしめられていた腕の力が緩んだ。一歩後ろに下がって彼の顔を見上げると、フリンズさんは目を丸くして瞬きしていた。
「可愛い? 僕が?」
「はい、そうですよ。今も可愛いです」
「その言葉は、僕には似合わないとは思いますが……
 納得いかない様子で首を傾げて、眉を斜めに下げて困った顔までしている彼を見て、私はもう一度笑ってしまった。


 ***


――お邪魔します」
「はい、どうぞ」

 初めてフリンズさんを家に招くのが、こんなに突然になるとは思わなかった。自分が普段から部屋を掃除をしておく性分で助かった。
「ちょっとまだ完成してないので、そこのソファに座って待っていてもらえますか?」
「えぇ。わかりました」
 言われた通りにソファに腰掛けるフリンズさんを見てから、私は目の前のテーブルに、今日職場の花屋から少し貰ってきた花束用の包装紙やリボンを並べる。そして戸棚に入れていた箱と瓶を取り出す。

「何を、しているのですか?」
「プレゼントを包んでいるんですよ」

 そう答えつつ、箱と包装紙をクルクル回しながら中身が見えなくなるように包んでいく。
――目の前に渡す相手がいるのに?」
「居ない予定だったんです!」
「そうでしたね、それは失礼しました」
 謝る素振りを見せながらも、彼はクスっと小さく笑う。予定は大幅変更となったが、最後にやりたかったラッピング作業を進めていく。
 
……できた」
 我ながら綺麗にラッピングできたと思う。ここは予定通りにできた。
――と言う訳で、当日まではあと数時間ありますが……どうぞ受け取ってください!」
 たった今包んだプレゼント二種を、フリンズさんに差し出す。差し出された彼も、しっかりと受け取ってくれる。

……ありがとうございます。――今、開けでも?」
「はい、もちろんどうぞ」

 包んだばかりのプレゼントを解いていくフリンズさん。解かれたそれらは、少し高級なワインと、箱には――
「チョコレート、でしょうか」
「そうです。甘さ控えめで、このワインに合うそうですよ」
「そうでしたか。……ありがとうございます、嬉しいです」
 今日出会った時の怒っている彼は完全に消えて、今は今日一番の笑顔を見せてくれている。私からのプレゼント、喜んでもらえたようで何よりだ。

「僕からも、一日早いですが贈り物をお渡ししても良いですか?」
「はい……って、フリンズさんは手ぶらじゃないですか」
「そう見えますよね。……では、目を閉じて」

 言われてすぐに私は両目を閉じた。閉じたままでも仄かに見えた蒼い光は、彼のランプの色のようだった。待つこと十秒ほど。……そろそろ目を開けていいのかな?と迷い始めた頃、唇に柔らかい感触が触れて――んん⁈
 びっくりして目を開けると、目の前にフリンズさんの顔があった。
「おや、まだ目を開けていいとは言ってませんが」
「フ、フリンズさん⁈」
「ふふ、いたずらが過ぎましたかね。無防備な表情に、つい」
 つい、じゃないんですよっ!びっくりし過ぎて顔から火が出そう。

 そんな私を置き去りにして、彼は穏やかな笑みを浮かべて私に何かを差し出す。
「改めまして、こちらをどうぞ」
 そう言って手渡されたのは、五本の薔薇の花束だった。

「あっ……
「貴女なら、お分かりになるでしょう?」

 そう、五本の薔薇の花束――意味は『貴女に会えた喜び』だったはず。
「嬉しい……ありがとうございます」
「花束に込めた意味も通じたようで、流石ですね。それと、もう一つ贈り物があります」
 そう言って彼は花束の中央を指さす。そこには小さな箱があった。花束を一度机において小箱を開けると、そこには――指輪が一つ入っている。

「これ、は……?」
「僕が作った物です。是非、普段から身につけてもらえると嬉しいですね」

 フリンズさんが……つ、作ったもの⁈ 銀細工のシンプルな指輪には、小さな青い石が嵌っていた。手に取って光に照らすと、青空のような青や、深海のような深い青まで、様々な青色に見える不思議な石だった。
「ありがとうございます! 大切にしますね」
「えぇ、受け取って貰えて僕も嬉しいです。――少し特殊な効果もありますが、それは後日――
 何か彼が言葉を口にしたように思ったが、「何か言いました?」と聞き返しても首を振るだけだった。……まぁいいよね。

 それから、お互いのプレゼント交換が成功したことを祝って、私の家でワインを開け、彼と夕食を共にすることにした。



「ちなみに、この花束って……うちのお店の薔薇じゃないですか?」
「流石ですね、わかりますか。実は、店長さんに内緒にして貰えるようにお願いしていたのです」
「全然知りませんでした。……私って、実は騙されやすいんでしょうか」
「ふふっ、その可能性もありますね」



『その贈り物は僕の炎と少しだけ似ていまして、』