雪成はす子
2026-02-14 00:02:32
6478文字
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聖ヴァレンティヌスの祝福

🐧→←🐬♀
転生学パロ、高校で出会って改めてお互いの魅力に気付いてしまったあまりに進展出来なかったふたりがバレンタインの日に両思いになる話。
甘酸っぱい学園ラブコメみたいな雰囲気を目指しました笑 ニコイチを見守る同盟反対組もちょろっといます。
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 それは桜舞う四月の入学式の事だった。
……シャチ?」
……ペン、ギン……?」
 入学式の日、桜の花びらの嵐の中で、真新しい制服を身に着けた赤毛の女の子。
 奔放に跳ねた赤毛も、頬に散ったそばかすも、そして何よりその瞳の色――外側の鮮やかな青から中心に向かって金色に輝く稀有な瞳は見間違えようもない。
 かつて、物心ついた時からずっと一緒に居た相棒。
 何も知らないチビだった頃から、両親が死んだ後の地獄も、その後の海賊生活もずっと隣で歩いてきた相棒の姿に、俺は一瞬で引き込まれてしまった。

 今のこの世界に生れ落ちてから、俺はずっとその姿を追い求めて来た。
 前世でずっと、隣を歩んできた相棒を――シャチの姿をすっと探し求めてきたのだ。

 そして今、目の前には間違いなくかつての相棒だった女の子が、俺を見て目を丸くさせている。
 かつての相棒が、女の子の姿で現れた事は、俺にとって何の問題ではなかった。
 シャチが俺の目の前にいる、その事実だけでこれまでずっとシャチを探し続けてきた全てが報われるというものだ。
 そう――シャチが女の子である事など、何の問題も無い。

 その筈、だったのだ。

  ***

「どうしよう……シャチが可愛すぎて辛い」
「お前またその愚痴かよ。もう何百回と聞かされてンだけど」
 机に突っ伏したままぼやくペンギンに、うんざりしたようにクリオネがため息を吐いた。
 シャチと運命的な出会いを果たしてから数か月、ペンギンは未だにシャチとまともに会話のひとつも出来ていなかった。
 無論、これまでも同級生であるクリオネやウニ、シャチと同じタイミングで入学したイッカクらと交えて遊びに行ったりもしている。
 何なら、夏祭りの際には三人で共謀して二人きりにさせたりもしたのだ。全員で浴衣を着て参加した夏祭りで、無論シャチもヒマワリ柄の可愛らしい浴衣を着て臨んだ夏祭り。花火大会も佳境となった所でタイミングを合わせて二人きりにして、後は二人から「俺たち付き合いました」というグループラインの報告を待つだけの状態だった。
 それなのに、だ。

 実際にグループラインに流れて来たのは、「ペンギンが熱中症で倒れた!」というシャチからのラインだったのだ。

 無論、救急搬送された友人でありかつてのクルーであるペンギンが倒れたのは一大事だ。すぐさま病院へ駆けつけると、そこにはおろおろしたまま泣きそうな顔でペンギンに寄り添ってるシャチがいた。
 ペンギンは翌日無事に退院したが、その後原因を問い質してみれば返って来たのはたったの一言。

「浴衣姿のシャチがあり得ないくらい可愛くて、気付いたら頭に血が上ってた」

 その場にいた全員が、流石に呆れ果ててしまったのは言うまでもない。
 それからもペンギンは、ハロウィンやクリスマスでもシャチとまともに会話すら出来ないままだ。初詣でもやはり結果は同じで、気付けばもうすぐシャチと出会ってから一年が経とうとしている。
 そう、もうすぐ一年経つのである。それなのに、手を繋ぐことはおろか会話すらままならないのは、流石にヘタレが過ぎると言わざるを得ない。
「つーかペンギンって『前』の時はそこまでヘタレじゃなかったと思うんだけど。しかも相手はシャチでしょ? 前世では相棒で、かつ恋人でもあった相手じゃん。もうちょっと打ち解けられてもいい筈なのに、何でそこまで拗らせちゃってンの?」
 隣で聞いていたウニが、怪訝そうに尋ねる。のろのろと顔を上げたペンギンが、うつろな表情でウニを見やった。
「ウニ、考えてもみろ。前世での恋人が女の子になったんだぞ?」
「へ? あ、うん」
「『前』の時も、俺はシャチの事を世界一可愛い奴だと思ってた。成長してすっかり逞しい男に育っても、シャチは俺にとっては世界一可愛い恋人だったんだ。そんじょそこらの女なんか目じゃないくらいにさ」
「今でもお前女には塩対応じゃん」
「しょうがないだろ。シャチ以外の女なんて、俺にとっては心底どうでもいい存在だし。でも、だからこそシャチは別だろ?」
「別、なのか?」
「別。マジで全くの別物。まさかシャチが女になっただけでここまで可愛さが爆発するとは思わなかった。いや、『前』の時もシャチが女になった所は見てるんだけど、あの時はまじまじ見てる余裕なんてなかったから……その、改めて女になったシャチを間近で見たら、あんまりにも可愛すぎて……!」
 言いながらペンギンはダン、と机を叩く。
「俺より頭一つ分もちっちゃくて、肩も細くて、まつ毛が長くて、唇はプルプルしててさ……腰は細ェのにおっぱいはデケェし、あんな可愛い生き物が俺の目の前に居ていいのか……? 何処かで厳重に、しっかりと保護してやらねえと駄目なんじゃねえのか……?」
 そう言ってまた机に突っ伏したペンギンに、ウニはやれやれと肩を竦めた。
「うーん思った以上に拗らせてた」
「じゃねえよ何でウニはいちいちコイツの事情深掘りするんだ」
「やっぱりちゃんと原因は突き止めたいじゃん?」
 あっけらかんと答えるウニに、クリオネはうんざりとした視線を向ける。
 『前』の時からずっとふたりの事を見守ってきたが、こんな風に拗らせてしまうペンギンは初めてだった。『前』はペンギンと出会った時には既にハートの海賊団の副リーダー的な存在であったから、ペンギンにこうした未熟な部分があるというのは何ともおかしな気分だ。

 ――こりゃ、向こうも苦労するだろうなぁ。

 階下に居るであろう彼女を思いながら、クリオネははあ、とひとつため息を吐いた。

  ***

「イッカクどうしよ~!! ペンギンがカッコ良すぎて直視できないよ~!!」
「いやアンタも随分と拗らせちゃったよねえ……
 机に突っ伏したまま半泣きになるシャチに、イッカクは頬杖を突きながら形のいい眉を顰めた。
 イッカクにとって、ペンギンは勿論シャチもまた頼れる仲間であり友人のような気の置けない存在だった。唯一の女クルーであった自分に必要以上に気を遣ったりせず、自然体でのびのびと海賊生活を続けられたのも彼らの協力があってこそだった。彼らがいなければ、自分は早々に艦を降りていたかもしれない――そう、イッカクが確信する程には。
 この世界に生まれ落ち、同じ中学でシャチと出会えたのはイッカクにとって僥倖でもあった。この世界でのシャチはどうやら女の子として生まれたらしいが、そんな事はイッカクにとってどうでも良かった。かつてのようにシャチと友人になれる、その事が何よりも嬉しかった。
 同じ高校を選んで、そこでペンギンやウニ、そしてクリオネとも出会った。同じように『前』の記憶を持つ三人とは学年を超えてすぐに意気投合し、休日には共に遊びに行く仲になった。かつての恋人同士だった二人は出会ってすぐにお互いに惚れているのだろうと分かり、それとなくウニ達と共謀してふたりきりにしてふたりの仲が進展するように動いたりもした。
 けれどそのどれもが失敗に終わり――ふたりは未だにまともな会話すら出来ないまま今に至る。
「でもさあ、ペンギンって良くも悪くも『前』と変わってないし、アタシは別にどうとも思わないけど。何でシャチってば今更そんなに拗らせてンの?」
「何で、って……だってあたし、女の視点でペンギンを見た事なんてなかったもん。『前』の時はあたしも男だったし、目線もガタイもほぼ同じくらいだったから何とも思わなかったんだけど……ペンギンって、あんなに大きかったんだな……って」
 言いながら、シャチはぽっと頬を赤くする。
「背も高くて、体もがっしりとしてて、顔も『前』の時から綺麗だとは思ってたけど、女のフィルターでここまで違って見えるなんて思わなかったから……っ!! だから、その、自分でもビックリしてて」
「まあ、性別が違ったら全然景色が変わるってのはあるかもねえ。アタシはずっと女だから分からないけどさ」
 頬だけでなく全身を真っ赤にして俯くシャチに、イッカクはぽん、と肩を叩いた。
「でも、このままじゃ駄目ってシャチも分かってるでしょ? 今日はその為に用意してきたんだし、今日こそちゃんと進展しなよ。アタシは応援してるから」
「イッガグぅ……ありがと~!!」
 うわぁん、とシャチはイッカクの胸に泣きつく。シャチの肩を抱き寄せながら、イッカクはやれやれと肩を竦めた。

  ***

 放課後、シャチはいつものようにペンギンの居る教室に向かった。
 イッカクは他に用事があるから、とクリオネたちと共に先に行ってしまった。自分ひとりでペンギンの教室を訪ねる事はあまりなかったので、何だかとても緊張してしまう。ペンギンの教室の前に立っていると、不意に「ねえ?」と誰かから声がかかった。
「君、ペンギンに用があるんじゃないの?」
「え、あ、そうなんですけど」
 シャチを見下ろして、ペンギンのクラスメイトらしき男子生徒が声をかける。不意に声を掛けられてしまい狼狽えてしまったシャチに、男子生徒は首を傾げる。
「君、よくペンギンと一緒にいるけどペンギンの彼女なの?」
「ち、違います!! あたしはただのその、後輩で」
「ただの後輩って感じでもないと思うんだけどなぁ。君って「シャチ」」
 男子生徒の声に割り込むように、ペンギンはシャチに声をかけた。
「待たせちまって悪いな。さ、帰ろう」
「う、うん」
「それとお前。……あんま変な邪推すんじゃねえよ」
……っあ、ああ、すまん」
 帽子の奥から、温度を無くした瞳がぎろりと男子生徒を睨む。男子生徒はひきつった笑みを浮かべながら一歩後じさり、そのまま廊下を駆け出して行った。
「さ、帰ろうか、シャチ」
……うん」
 男子生徒には目もくれずに、ペンギンはシャチに語りかける。シャチは顔を真っ赤にしたまま、ペンギンの横に並んだ。

  ***

 学校からの帰路を歩きながら、シャチはペンギンの地なりを歩いたまま何も話せずにいた。

 ――さっきのペンギン、カッコ良かったな。

 横を歩くペンギンを見ながら、そんな事を考えてしまう。
 『前』はペンギンも自分も男だったからか、幼い頃からずっと一緒に過ごして来たからなのか、ペンギンの事をこんな風に見た事なんてなかった。
 それなのに今は、ペンギンの事が誰よりもカッコ良く見えてしまう。これも女として生まれて、女として生きてきた事で生まれてしまった自分の変化なのか――それとも生まれてからずっとペンギンを探し続けて、やっと出会えた事によって生じた変化なのか、シャチにはもう分からない。
 ――そう言えば。
「ペンギン、今日はチョコ貰った?」
「チョコ? 今日は貰ってないな」
「え、でもペンギンってモテるんじゃないの?」
「モテるかどうかは分からねえけど、本命以外はいらねえって全部断った」
 本命、という言葉にドキリとする。鞄の中に忍ばせていた包み紙を、シャチはぎゅっと握り締めた。
 嫌な汗が流れる。ドキドキと心臓が鳴って、続く言葉が震えてしまう。
「本命……? ペンギン、本命いるの?」
「いるよ。……っおれの、目の前に、いる」
 ペンギンは立ち止まり、シャチの瞳を見つめてきっぱりと告げた。その顔は真っ赤で、よく見たら帽子の耳当てに隠れた耳まで真っ赤になっている。
「シャチ。それで、その……もし、俺宛てのチョコがあるなら欲しい、んだけど」
 差し出された手は、ぶるぶると震えている。その手に、シャチは鞄の中から可愛いラッピングで包まれた小さな箱を渡した。
 シャチの顔も、耳まで真っ赤だ。今にも泣きそうなシャチに、ペンギンは顔を真っ赤にしたままに口角を上に釣り上げた。緊張している所為なのか、酷くひきつった笑顔だった。
……やっべ、本当に貰えるとは思ってなかった、かも」
……ペンギンは、あたしが用意してると思ってなかったの?」
「いや、イッカクやクリオネも絶対用意してるとは言ってたけどさ、その、半分は、断られても仕方ないかなって思ってたんだけど」
「そんな薄情じゃないよ。……見透かされたと思って、ビックリしたんだから」
「ごめんって。ところで、中身は何?」
「ブラウニー。ペンギン甘いの苦手だって言ってたから、ナッツ多めでココアパウダー多めで作ったの。その……口に合うといいんだけど」
「シャチが作ったのなら絶対美味しいよ。ありがとう。じっくり味わって食べるな」
 シャチから貰った箱を嬉しそうに掲げるペンギンに、シャチは俯きながら返事を返す。シャチはぐっと拳を握り締めるとペンギンの腕を掴み、真っすぐにペンギンを見つめた。
「うん……それでね、あたしもその、これ、本命だから!」
――――へ?」
「だからその……っ!! あたし、」
 ペンギンの胸に縋り、シャチは目一杯背伸びしてペンギンへと顔を近づける。

 ふに、と柔らかな羽根のような感触が、ペンギンの唇を掠めた。

 幻ようなその感覚は一瞬で過ぎさっていき、涙目になったシャチの瞳とペンギンの瞳がかち合う。
……その、これ、ファーストキスだから。『前』は上手くいかなかったけどさ、あたしの初めて、全部ペンギンに貰って欲しくて」
 顔を真っ赤に染めて、いよいよシャチは泣きだしそうだ。一方のペンギンは一連の出来事に放心し、それからみるみる実感が湧いてきて思わずその場にへたり込んだ。
……ぺ、ペンギン?」
「シャチ……なんだそれお前、可愛すぎるだろ……
「へ……?」
「『あたしの初めて全部貰って欲しい』とか、お前意味分かって言ってンのかよ。自分がとんでもねえ爆弾落としてるって気付いてくれよ……
 はあああ、とペンギンは大きく息を吐き出す。ペンギンに目線を合わせるようにしゃがみ込み、ペンギンの顔を覗くと、ぐいと体を引っ張られた。
 そのまま触れ合った唇が、先程よりもしっかりと触れ合った。びっくりして戦慄いたシャチの唇を、ぬるりとペンギンの舌が這う。たまらず「ひゃっ⁉」と声を上げたシャチに、ペンギンははは、と小さく笑った。
「っはは、やっぱシャチ、可愛いなぁ」
 笑い出したペンギンを、シャチはキッと睨みつける。笑わないでよ、と言うシャチに、ペンギンはごめんと謝った。
「ごめん、からかい過ぎたな。でもシャチ、俺に全部やるって事は、これよりもっと凄い事もするって事になるけど……それ、分かってる?」
「わ、分かってるに決まってるじゃん……!! でも、その、やっぱり今日はちょっと待って!! これ以上は心臓が持たないから!!」
「だよなぁ、俺もそうだよ」
 楽しそうに笑いながら、ペンギンの顔はずっと真っ赤だ。シャチの体を腕の中に閉じ込めて、ペンギンはシャチの耳元にそっと囁く。

「チョコ、ありがとな。今日は最高のバレンタインだよ。その……シャチが言ってた初めても、そのうち全部貰うから。約束通りに」
「うん……
「だから今日は、もう一回キスしていい? えっと……その、もう舐めたりとか、しねえから」
……いいよ」

 差し出された唇に、ペンギンは己の唇をそっと重ねる。
 触れる唇から伝わる幸福を、ふたりはいつまでも噛み締め続けた。

  ***

……キスなっが。シャチ、酸欠になってない?」
「なってるな。というかあいつら、あそこがいつものクレープ屋の前って気付いてないだろ」
「そんなの前々からじゃん。『前』と比べてまともに会話できてないってだけで、一応ちゃんと会話はしてた訳だし。それにしてもここまで周りが見えてないってのも凄いな」
「だね。これで明日からは学校全体に知られたバカップルの誕生じゃん。ホントそういう詰めの甘い所があいつららしいというか」
「まあな。でもまあ、あいつらだから仕方ねえよ」
「「それな」」