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疲れた身体に愛の一粒
2026VD
人々が行き交う街並みをベンチに座りながらボーッと眺める。
豊穣の国と呼ばれるだけあって気候が安定しているメナンシアの空気は実に心地が良いものである。
ここの所、仕事が多忙で疲労が蓄積しているロウにとっては眠気を誘うのに十分すぎる環境だ。また一つ「ふぁ~
……
」とあくびが零れた。
双世界統合後、紅の鴉に寄せられる依頼の件数が愕然と増えた気がする。本来メインで請け負っていた討伐や護衛依頼に加え、家業の手伝いから人探しまで。最近では逃げたペットを捕まえてくれなんて依頼もあったっけ。抵抗組織だなんて呼ばれていたのが嘘のように今じゃ万事屋よろしく各地を駆け回る事が多い。
ただそれは紅の鴉に限った話ではなく、各領地に抵抗組織として分類されていた全ての組織に言える事だろう。別々に存在していたものを一つにするのはそう簡単な事じゃない。ましてやそれが国一つとなれば尚更。混乱は生まれるし極端な話、人口が増えるのだ。何をするにも人手不足。おまけにレナダナ間には未だに過去の固執もある。そこをフォローする役目を率先して請け負っているのがロウ達、かつての抵抗組織の面々という訳だ。
本日も既に多忙な業務をいくつかこなしてからロウはこの場所に座っている。軽く後ろに仰け反り、ベンチの背もたれに寄りかかりながら両腕を真上に挙げて伸びをすれば背骨辺りからポキポキと軽快な音が聞こえた。実に気持ちがいい。きっと目の前に布団が用意されていたのなら速攻で意識を手放せる自信がある。
こんな状態ならば仕事を終えた今、家に帰って休めばいいと思われるかもしれない。それでもロウがこの場所に居る理由はただ一つ。リンウェルとの約束があるからだ。
メナンシアとミハグサールの境界付近で出土された遺物の調査に行きたいというものでロウはいつものように護衛を兼ねた同行を頼まれていた。
ただこれは正式な護衛依頼とかではなく、あくまでリンウェル個人からの頼みであるから断る事だって可能ではある。けどそれをしないのはロウがリンウェルからの頼みを断りたくないから。
……
っていうのはちょっと綺麗に言い過ぎた。本当はリンウェルに会える全ての機会を無駄にしたくないからだ。
それに今回は何かとリンウェルが今日の日の予定を何度も確認してきていた事も大きな理由の一つだったりする。
『この日、大丈夫だよね?』
『今回は絶対空けておいてね!』
元々、どんなに疲れて忙しくてもリンウェルの頼みを断るつもりはないがここまで念押しされれば余計に断るだなんて選択肢はない。
そんなこんなでロウはベンチに座り、リンウェルが来るのを待っているという訳だ。
「お待たせー
……
って、ロウ凄い顔」
「おー
……
」
「瞼閉じ掛かってるよ?眠いの?」
ロウの様子を覗き見ながら、リンウェルは空いているロウの隣に腰を下ろした。
「眠いっつーか
……
疲れた身体にメナンシアの気候は沁みるなって」
「何それ。ようはお疲れさまって事?」
「まぁ、そんな感じ。あ、でも調査に付き合う気力は全然あっから!まじで無理してるとかじゃなく」
これで「じゃあ、今日はやめとく?」なんて言われて折角の逢瀬の機会を潰されてしまいそうになる前に先手を打っておくとリンウェルはジーッとロウの顔を数秒見つめた後、調査に必要な道具が詰められているであろう鞄の中から小さな包みを取り出した。
「
……
そんなお疲れのロウにはこれあげる」
そう言って差し出された包みの中には茶色の円形状の塊がいくつか収まっていた。
「これは?」
「チョコレート。疲れた身体には甘いものが効くって言うでしょ?だからロウにあげる」
「まじ?さんきゅー!」
包みの中から一粒取り出し、早速口に放り込む。チョコの周りにまぶしてあるココアパウダーの苦みとチョコ本来の甘さで苦すぎず、甘すぎない絶妙なバランスの美味さが口いっぱいに広がる。もう一粒とまだ溶け切っていない分が残る口の中に追加で一粒放り込んだ。
「カカオポリフェノールには疲労回復効果も含まれてるんだよ」
「ポリ
……
?よく分かんねーけど、なんか疲れが取れた気がする!」
「いやいや!そんな直ぐに効く訳ないでしょ!?」
ポリ
……
なんとかにそこまでの即効性があるのか知らないがようは気持ちの持ちようだ。実際がどうであれ、リンウェルから貰ったという時点でロウにとってはなによりの特効薬になる。
「マジだって。帰ったらガナル達にも分けてやろうかな?」
実際にどこまで効力があるのかは定かではないが、一般的にそういう効力があると言われているのならば少なからず効果ゼロとは言えないだろう。ガナルもロウと共に忙しなく駆け回っていた事が多かったし。
「ちなみにそのチョコ、ロウ以外は食べないでね!」
ガナル達に分ける分を残して包みをウエストミニポーチに仕舞うとしたロウにリンウェルは少し慌てた様子でそんな事を言い出した。
「へ?なんで?」
「そ、それは
……
その
……
」
何故かリンウェルは途端に言いづらそうに視線を泳がせ、口籠る。よく見れば耳の辺りが赤く色づき始めているようにも見えるが何が言いたいのかは全く分からない。ただ一つでだけロウの中である答えが思い浮かんだ。
「もしかして
……
これってリンウェルの手作り?」
「!!」
面白いほどにビクリと身体を硬直させたリンウェルの反応にビンゴだと確信する。という事はやはりーーー。
「やっぱこれって
……
」
「~っ!!」
「なんか変な怪しいものを入れたチョコで俺を実験台にしたんだろ!?」
「
……
は?」
まるで犯人はお前だ!と推理小説で名探偵が声高らかに推理を披露するかのように言い放てば、数秒の沈黙が流れた後、呆気に取られたようなリンウェルの一音だけが零れ落ちた。
「そ、そんな訳ないでしょ!馬鹿ロウ!!」
「え、だって手作りかつ俺以外は食べちゃダメって言われたらチョコ自体になんか問題があるのかもって思うじゃん」
「そうだとしても何で私が変なもの入れるとか思うのよ!最低!」
「ぐっ
……
だったらなんで俺以外は食べちゃダメなのか教えてくれよ」
「だ、だから
……
それは
……
」
理由を聞くと途端に勢いがなくなるリンウェルの様子にますます疑問が膨らむばかりだ。そんなに言いにくい理由があるのだろうか?
もしかして賞味期限過ぎてるやつとか?でもこれって手作りだって言ってたし
……
手作りのって賞味期限とかあんの?いや、あるわな普通。
……
あーもう!全然分かんねぇ!!
「と、兎に角!ロウ以外には食べさせちゃだめ!!」
「なっ!ちょ、置いてくなって!」
熟れた林檎のように真っ赤な顔で言い放つとベンチから立ち上がり、スタスタと入口門へと向かうリンウェルの後をロウは慌てて追いかけた。
***
(結局なんだったんだ
……
?)
未だ疑問が残りつつも、包みの中に残るチョコを一粒食す。やっぱり味もおかしいところないし、チョコ自体になにか問題があるという事ではないのだろう。それに普通に美味い。
あれから結局答えを得られないまま、遺物調査の護衛兼同行を終えてリンウェルと別れたロウはウルベゼグへと帰還していた。
「お、ロウ。いい物食ってるじゃん」
チョコを片手に歩いていると通りがかりに声を掛けられて足を止める。目を向ければ「よう!」と片手を挙げて挨拶をする同僚のガナルの姿があった。
「チョコレートか!いいなぁ
……
疲れた身体に甘いものは沁みるもんなぁ
……
。なぁ、一個くれよ」
「おー
……
」
別にいいけど、といつものように流れで包みをガナルの方へと差し出そうとした時、
”ロウ以外には食べさせちゃ駄目!”
先程のリンウェルの言葉が蘇り、慌てて差し出した手を引っ込めるとガナルは包みに伸ばそうとした手をそのままに突然のロウの行動にきょとんとしている。
「やっぱ無理」
「えぇー?なんでだよーケチケチすんなって、一個ぐらいいいだろ?」
「悪いけどこれは俺以外食べちゃ駄目らしいから」
「はぁ?なんだそれ?」
意味が分からないといった様子のガナルにロウは理由を説明した。
「
……
ほーん?」
理由を聞き終えたガナルはニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべながら包みとロウの顔を交互に見た後、もう一度「へぇ~
……
」と嫌な笑みを浮かべた。
「
……
んだよ」
「リンウェルって確かお前とよく一緒に居る魔法少女だよな?」
「そうだけど」
「そっか~
……
そうか、そうか。確かにお前以外が食べるわけにはいかないか~うんうん」
腕を組んで何やら一人で納得した様子を見せるガナルにロウはますます疑問が浮かぶ。なんだってんだ、一体
……
。
「お前、気付いてないだろ」
「何が」
「今日がバレンタインだって」
バレンタインという言葉と意味はロウも勿論知っている。双世界統合後、レナダナ文化が折り重なった事で色んな季節イベントが生まれた。バレンタインもその一つ。
そっか、今日は二月十四日でバレンタインか。最近忙しすぎて今日が何日かなんて気にしてる余裕もなかった。
「いいか?お前はバレンタインに女の子からチョコを貰ったんだ。しかもお前以外食べる事が出来ない、正真正銘お前だけのチョコ。つまりはそういう事だ。後は言わなくても分かるだろ」
「
……
って事はこのチョコって
……
そういう事!?」
「まぁ、実際は本人に聞かないと分かんないけどな。でも話を聞く限り、そう考えるのが妥当だろうよ」
ガナルの言わん事は分かる。分かるし、もしそうなら普通にテンションは上がる。けど自分にとって都合がいい解釈として受け取るには一つだけ問題がある。
確かにバレンタインである今日、リンウェルからチョコを貰った。けど思い返してみて欲しい。リンウェルがロウにチョコをくれたキッカケはあくまでロウが疲れた様子だったから疲労回復効果が望まれる持っていたチョコをくれたのだ。もしあの時、ロウがそんな素振りを見せなかったら
……
。
(なーんだ、やっぱただの偶然なんじゃねーか)
一瞬、自身の中で都合のいい解釈として受け取りそうになってしまった。あぶねぇ、あぶねぇ。ガナルが変な事言うから。ぬか喜びさせんじゃねーって。
……
いや、待てよ。よく思い出すんだ、俺。何かもう一つ忘れてる事はないか?
(
……
そうだ、リンウェルに何度も予定確認されてたじゃん!)
いつもはあんなに何度も確認してこないのになんでなんだろうってずっと不思議には思っていた。その理由がこのチョコに関係しているのだとしたらーー。
やっぱりこのチョコは偶然でもなんでもなくて、最初からそういう意味でーー?
ロウはもう一度包みの入ったチョコを見つめる。そうと分かった途端、透明でシンプルな包みに入ったチョコが一層特別みを増してくる。気付かずにバクバクと食べていた数分前の自分を殴ってやりたい。おかげで貴重なチョコは残り僅か。
やっとこさ、渡されたチョコに込められた本当の意味に気付いた様子の可愛い弟分にガナルはニヤリとした笑みでもう一度問いかける。
「そんじゃ、改めて聞くぜ?ロウ、そのチョコ一つ分けてくれよ」
「ぜってー嫌だ!」
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