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その心は誰のもの
バレンタインふかがも
ふか←がも(無自覚)のような話
おそらく深水は誰かに好意を寄せている。そしてバレンタインデーである今日この日にチョコレートを渡すようだ。
俺がそう気づいたのはちょうど一週間前のこと。あの日は伊織と魅上が依頼先でみかんを貰ったからとお裾分けに来ていた。
「みかんありがとう。お礼と言ってはなんだけど、バレンタインのチョコの試作品があるからよかったら食べて」
深水はそう言って机の上に様々なチョコレートを器に盛って並べていく。
「おお、美味そう。いただきます」
まずは伊織が一つを手に取り一口で食べる。続けて魅上もいただきますと言って他のチョコレートを一つ食べた。
「何か柑橘系の味がする。すげえ美味いよ!さすが紫苑!」
「チョコレートなのにあまり甘くない。だが美味い」
「一応試作品なんだからもっと詳しく感想を言え。それだと何の参考にもならないだろ」
「美味しいって言ってくれるだけでもありがたいよ。まだまだあるからね」
深水がそう言って甘やかすから二人とも「美味い」とだけ言って食べていく。代わりに俺が自分なりの感想を伝えていった。
「慈玄は頻繁に試食してるんだよな。いいなー、たくさん食べられて」
「ん?
……
いや、そういえば今年はこれが初めてだ。でも何回か作ってはいたよな
……
?」
「あっ
……
やっぱり気づいてたんだ」
俺はこの時になってようやく違和感を覚えた。今にして思えば間抜けな話だ。深水がチョコレートを作っていたこともそれにより微かに太ったことも気づいていたのに、去年は散々食わされたはずの試作品を今年は食べていなかったのだから。
「確かに深水紫苑は913グラム太ったが蒲生慈玄の体重の増減は見られない。蒲生慈玄の発言の辻褄は合う」
「
……
去年もそうやって指摘されたっけ。その通りだよ、魅上くん」
「去年より増えてるな。食べすぎじゃないのか?」
「今まで作ったチョコは紫苑一人で食べてたってことだよな?言ってくれれば何回でも食べるの手伝ったのに」
「伊織陽真は深水紫苑が作ったチョコを食べたいだけだろう」
「バレた?でも美味いからそう思うのも当然だろ?」
伊織が何やらしょうもないことを言っているが、深水はそれに対し申し訳なさそうに苦笑いをした。
「ごめんね。今まで作っていたチョコは特別なものだから、できれば誰にもあげたくないんだ」
その時の深水は気恥ずかしそうに、でもどこか期待に満ちた様相ではにかんでいた。そして俺は悟る。深水は誰かに本命チョコを渡そうとしているのだと。
何故かその時、胸がちくりと痛んだ気がした。
その後は俺と同じく深水の意味深長な雰囲気に気づいた伊織が話題を変えたためそのことについて言及されていない。故に答え合わせがされないまま一週間が過ぎた。
今日、深水は朝から用事があると言ってどこかへと出かけて行った。
今頃チョコレートを渡しているのだろうか。もしかしたらもう交際を開始してデートでもしているのかもしれない。
そんな考えが頭の中でぐるぐる回る。家にいると落ち着かず、公園でトレーニングをしていた。だが寒さを忘れただけで身には入らない。深水が誰を好きになり誰と付き合おうが俺には関係ないはずなのに、何故。
そんなことを考えていたら不意にお腹が鳴った。大してトレーニングできた気はしないが、動いたからにはお腹が空くものだ。公園の時計を見上げると十一時半を過ぎたところだった。
今から帰れば昼食にはちょうどいい時間になる。しかし深水はいないはずだ。それならば家に帰る気にはなれないし、どこかに食べに行くか。
俺はそう考えて家とは反対の風が吹いてくる方向へと歩き出した。次の瞬間、ズボンのポケットの中が震えて着信音が鳴る。誰からの連絡だろうかとライダーフォンを取り出して画面を見ると"深水紫苑"の文字。その名を見た途端に心臓が早鐘を打つ。ワンコールほど固まってしまい、少し遅れてようやく電話に出た。
「もしもし」
『もしもし。今からお昼ごはんを作ろうと思っているんだけど、蒲生くんの分も用意しておいていいかな』
今日は意中の相手と会っているはずでは、と不思議に思う。まさかチョコレートを渡すだけで帰って来たのだろうか。
「
……
構わないが、今日は用事があるんじゃなかったか」
『それはもう終わったから大丈夫だよ』
いつも通りの明るく穏やかな語調。午前中にどんなやり取りをしたのかはわからないが、少なくとも悪い結果ではなさそうだ。
それはともかくとして今から深水が作った飯を食べられる。毎日のように食べているというのに、たったそれだけのことで気分が高揚した。
「そうなのか。なら今から帰る。ちょうど腹が減っていたところだ」
『ふふ。多めに作っておくね。
…………
あと、それから』
さっきまで和やかに話していたのに、急に深水の声色が低くなる。
「何だ?」
『お昼ごはんの後、少しでいいから時間を貰えないかな。話したいことがあるんだ』
「
……
わかった」
『ありがとう。それじゃあお昼ごはん作って待ってるね』
通話が切れて無機質な音が鳴る。俺は呆然としてそれを聞いていた。
話したいことって何だ。恋人を紹介されるのだろうか。もしそうだとしたら、俺はどうしたらいい?
……
いや、ただ祝うだけだ。何を躊躇することがある。
俺は通話終了ボタンを押してライダーフォンをポケットにしまう。それから踵を返して帰路につくも、妙に足取りが重かった。
家に着くと昼飯はほぼ出来上がっていた。俺が手洗いうがいを済ませると同時に食卓に並べられて共に食事をとる。
今日の昼食は鮭とほうれん草のクリームパスタ。まろやかなクリームに鮭の塩味が効き、濃厚ながらもほうれん草のおかげでさっぱりと食べやすい。とても美味いのは確かだが、この後のことを考えるとゆっくりと味わう気分にはなれなかった。
一方で深水もまた黙々と食べ進めている。緊張の面持ちで、食べることに集中しているというよりは急いで料理を片付けているという表現の方がぴったりだ。
そして会話がないまま二人の食事が終わる。先に食べ終わっていた俺は深水が手を合わせたのを確認し、二人分の食器を持って立ち上がった。
「食器洗いは後でやっておくから、先に話をさせてもらってもいいかな」
そう言う深水の目は覚悟を決めたように強い意志がこもっていた。なんとなく目を逸らしたくなってしまう。
しかし深水が大事な話をしようというのにそんなことをしてはだめだ。
俺は深水の目を真っ直ぐ見つめ返した。
「わかった。だけどとりあえず皿は水につけておくぞ」
「うん、ありがとう」
食器をシンクへと運び蛇口から水を出し、皿についたクリームが流れ落ちていく様子を数秒眺めていた。深水の幸せを心の底から祝うため、正体不明の胸のつかえも流せないかと思いながら。
当然そんな都合のいい話があるわけなく、蛇口を捻り水を止めた。
居間に戻ると深水が座り直したところだった。それに合わせて俺も座布団の上に座る。深水が正座で背筋をピンと伸ばすものだから、俺も萎縮するまいと同じ姿勢をとる。
「それで、話ってなんだ」
ここまできたら下手に焦らされるよりさっさと終わらせてしまいたい。先手を打って話を促す。
大丈夫、深水の幸せを祝う心意気がないわけじゃない。
「うん、あのね
……
」
深水は机の下に隠していたであろう何かを取り出し俺の前に差し出す。それは紫のリボンで飾られた青色の箱であった。
「蒲生くんのことが好きです」
「
…………
は?」
部屋から全ての音が消える。俺は思ってもみない展開に言葉を失い、深水は少し赤い顔で俺の様子を窺っていた。
深水が俺を好き?俄かには信じがたい。だって深水はバレンタインデーに特別なチョコレートを渡す相手がいるはずで
……
じゃあ目の前のこれは何だ?
考えても全く答えが浮かばない。俺は事情聴取をしようと恐る恐る口を開いた。
「バレンタインだからって何言ってるんだ。そんな言い方だとその中身が本命チョコみたいだろ」
「それであっているよ。蒲生くんだけに贈る特別なチョコ。バレンタインデーに告白するって決めて、仮面カフェのキッチンと冷蔵庫を借りて作ったんだ」
「ほ、本気か
……
?」
「信じられないかな。それならわかってもらえるまで伝えるよ。ごはんを美味しそうに食べるところも、困っていると何やかんや助けてくれる優しいところも、どんな時も向上心を忘れずに頑張る努力家なところも全部大好き」
深水の発する言葉の意味は理解できるのに、現実味を感じられず頭の中が混乱する。ただ一つはっきりしているのは俺の顔が熱いことだけだ。
「ふふ、顔が赤い。ぼくの告白でもそんな風になってくれるんだ」
深水が目を細めて笑っている。それが愛想笑いではなく純粋に嬉しい時の表情であることはずっと近くで見てきたためによくわかっている。故に心がむず痒い。
「そりゃ、急にそんなこと言われたらこうもなる。まさか揶揄っているのか!?」
「ううん、そんなつもりはないよ。ただ知りたくなったんだ。好きって言ったらどんな顔するのかなとか、触れたらどんな反応するのかなとか、ずっと一緒にいられたらいいなとか。考えてたら止まらなくなっちゃって、だからこの気持ちを伝えようと思った」
深水は再度机の上に手を出し、机上の箱に手を添えた。
「もしよかったら蒲生くんの気持ちも教えてほしい。この気持ち、受け取ってくれる?」
深水はずっと俺の目を真っ直ぐ見ている。嘘偽りなく自分の気持ちを伝えていると訴えているようだった。
予想外な展開に困惑しているが、さっきまで胸を掻き乱していたものがいつの間にか消えている。いい加減、いつまでも戸惑っていないで俺も深水の気持ちに向き合わねばならない。
「これ、大事なチョコなんだよな。本当に俺が貰っていいんだな?」
「もちろんだよ。そのために作ったんだもの」
深水の返答を聞いて俺は箱を手にした。これに深水の覚悟と想いが込められていることはわかっている。わかった上で、受け取った。
深水の顔が少し綻んだような気がした。それを見て妙に胸が高鳴るが、変に思われないよう平静に努める。
「わかった、貰っておく。だが急に好きと言われても俺には色恋沙汰のことはよくわからん。だから時間をくれ」
「うん、いつでも大丈夫だよ」
「それじゃ有耶無耶にできちまう。ホワイトデーに必ずお返しをするから、その時に返事をさせてくれ」
「ありがとう、ぼくのために真剣に向き合ってくれて。ホワイトデー楽しみにしているね」
「
……
ああ」
おそらくこれで話は終わり。深水の気持ちはよくわかったし、来月返事をする約束をした。これ以上は何もないだろう。
だというのに、深水がまだ何か言いたげな顔でこちらを見ている。
「どうした?まだ何かあるのか」
「そういうつもりじゃなかったけど
……
そのチョコ、何度も試作して蒲生くんの好みに近づけた自信作ではあるんだけど、誰にも食べてもらってないから感想を聞きたいなって」
そういえば先日伊織が試食を申し出た時に断っていたと思い出す。あの時言っていた特別なチョコが正にこれのことなのだ。
他の誰かに渡されると思っていたものが自分に向けられていたと知って胸の奥が熱くなる。この気持ちは、何なのだろうか。
「無理に食べろとは言わないから、よかったら好きな時に食べてね」
余計なことを考えていたために深水に気を遣わせてしまった。今は自分のことは置いといて、このチョコレートのことに集中しよう。
「
……
いや、少し考え事をしていただけだ。今いただく」
箱を開けると緑色の粉がまぶされたチョコレートが現れた。ほぼ均一の大きさに四角く切り揃えられており、深水の器用さと丁寧さが窺える。
「今回は抹茶チョコを作ってみたんだ」
「美味そうだな。いただきます」
箱に入っていた白いピックで抹茶チョコレートを刺して口に入れた。
まず口の中で抹茶のほろ苦い風味が広がったかと思えば、チョコレートの甘い味が追いかけてきて混ざり合う。かと言って甘ったるさはなく後味がすっきりとしていてすぐに次のチョコレートに手が伸びる。
「
……
!美味い。今まで食べた、どんなチョコよりも」
「本当?頑張って作ったからそう言ってくれて嬉しい」
美味しさのあまり一つまた一つと食べていく。それにただ美味しいだけじゃない、口の中のほろ苦さとは裏腹に心の奥底まで甘くなるような、"特別"にぴったりな味わいがある。それは深水の心がこもっているからだろうか。或いは──。
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