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ふーこ
2026-02-13 21:31:03
3033文字
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小説
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今宵、城の静謐は
クラーリィとリュート王子!王子がずっとスフォルツェンドにいて二人は大神官している。それって夢世界か?あまり深く考えていません。
2000字くらいの小ネタをチャッと書いてみようの試みその3でしたがちょっと長くなった。
「王子。やはり、このようなことは
……
」
スフォルツェンド城は深夜の静寂をその荘厳な身に纏わんとしているところだった。そこに小さく穴を開けるような声には困惑の色が濃く滲んでいる。声の主、クラーリィはゆったりとした寝間着を躾けるように体に押し当て、場違いを恐れ入ってリュートの寝室に一歩だけ足を踏み入れたところに立っていた。
今この寝室の輪郭を明らかにしているものは、窓から清かに差し込む月や星の輝きと、壁に掛かったランタンの小さな光だけだった。大人が四、五人は並べそうな大きなベッドに、たっぷりと羽毛の詰まったクッション。チェストにはこの部屋の主が持ち込んだ本や魔具の類が積み上がっている。
「んっ? どうしたんだい、クラーリィ。早くおいでよ」
クラーリィの数歩先、ベッドに向かって歩き出していたリュートの影がくるりと振り返り、大ぶりな寝間着の裾が暗がりの中に揺れた。彼は片手に分厚い書物を持っており、もう一方の手でクラーリィを手招いている。
先刻、二人は書物庫でこの本を一緒に覗き込み議論を交わしていたのだが、いつの間にその場がリュートの寝室へと移行することになったのか。クラーリィが思い返してみると、たしかにリュートは一度湯浴みに向かった時に「まだまだ話し足りないな。続きはボクの部屋でしようよ」と言っていたのではなかったか。そして自分も本に夢中になった意識のまま「分かりました」と返事をしたのではなかったか。
不覚で、不敬だ。クラーリィは額を押さえた。部屋は部屋でもここは完全にプライベートな寝所である。招かれたからといって、いち神官(いくら大神官であっても、だ)である自分が入っても良かったのだろうか。今ならまだ間に合うかと爪先を扉の方に向けようとするが、リュートは気楽にベッドに座り込むとクラーリィに話しかけた。
「さて、続きはここからだったよね。古代魔法の陣に見られる構成が現代のスフォルツェンドにおいて省略、あるいは簡素化された部分があるのは、法力を用いることを前提としているからだと考えられるけど
――
」
「えっ、ああ、はい」
気もそぞろな返事をしてしまって、クラーリィは自分を格好悪く思った。王子はきっと学術的な議論を眠りに落ちる寸前までしていたいと、単にそれを願って自分を呼んだのだ。応えられそうもないのならば、ここにいるのがますますおかしく思われる。
リュートはふと顔を上げて、いまだ扉の近くに立ったままのクラーリィの姿を認めた。すらりとした長身は立ち姿も美しく、大神官の風格を備えている。どう見ても立派な大人だと分かる風体だが、リュートはその青年に恥ずかしがり屋の子供の面影を見て頬を緩ませた。腕を伸ばして壁掛けのランタンを手に取り、開いているページを照らしながらクラーリィを呼んでみる。
「
……
クラーリィ。ほら、ここを見て」
その言葉に従うには、リュートのベッドの上に座って体を寄せる必要がある。クラーリィはいよいよ腹を括って歩み寄ると、遠慮がちに隣に腰掛けた。子供の頃なら喜んでこのベッドに乗って王子の話をあれこれとねだっただろうが、大人になった今それを自分に許すことはクラーリィには到底できることではない。できる限り失礼のないように距離を測りながら本を覗き込み、やっとの思いで「どこですか」と尋ねる。
と、クラーリィの目の前でシャボン玉が弾け、同時にリュートがいたずらっぽく笑った。
「わっ! なんてね
……
ビックリしたかい?」
「
……
王子、いたずらは困ります」
「ふふ、ごめんごめん」
クラーリィは少々、力が抜けた。リュートは昔から変わらない笑顔を浮かべて軽やかな明るさをその身から惜しみなく発している。鋭さや怜悧さをひけらかすこともないのに、いつまでもこの人には敵わないのだと思い知らされるようで、そうするとこんな風に大人行儀な緊張がこの場には似合わないような気にもなってくる。
「あんまり固くなってるから、つい、ね。もっとくつろいでよ」
「はぁ、努力はしますが
……
」
真面目な返事にリュートは笑った。本を手にしたまま頭をクッションに乗せて横になると、クラーリィにも同じように「楽にしなよ」と誘いかける。王子と同じベッドでくつろげる人間なんてものがいれば、そいつは突き抜けた馬鹿か度し難いまでの無礼者だろうとクラーリィは思った。
では、果たしてオレは、馬鹿と無礼者のどちらだろうか。
クラーリィは長い髪が広がらないように体の前に流して、そっと体を横たえた。自分の体が沈んだ分リュートの寝心地を損ねてはいないかと不安になったが、ちらと隣を窺うとリュートは再び本に目を走らせて気にしている様子もなかった。
「法力で古代魔法を取り扱えない訳じゃないけど、元祖に近い効果を期待するならこの呪文を改良して法力の性質自体を変えちゃえばいいんだ」
「変換自体に並ではない法力を必要としますから、それを兵団に行き渡らせるなら小隊単位での実行を推奨するべきでしょうね
……
」
真剣ぶって返事をしながら、クラーリィは体が全く落ち着かなくて身じろいだ。その度に清潔なシーツがやけにうるさくシャラシャラと鳴っている気がしてますます緊張する。
指一本動かすことさえ大きな覚悟が必要だ、と言わんばかりに強張ってしまった大神官様に、リュートはそっと本を閉じて指先を振るった。そうして寝室に発動したのは彼の大好きな魔法だった。天井から小さな花が振り、壁や窓に流れ星の小さな光が走った。鳥を呼ぶのも好むところだったが、夜目が利かなくては可哀想だと取りやめた。
「お、王子? いったいなんですか?」
「ちょっと懐かしくなってね。こういうの好きだったろう? キミも、ボクも。入り組んだ魔法を紐解いていくのも楽しくて好きだけど
……
今夜のボクの寝室にはきっと、こっちの方が似合うんだ」
笑って、クラーリィ。そう言って慈しむようにクラーリィを見つめるリュートの瞳にも、流れ星の光がすうっと横切った。それはどんなに広い夜空よりも、どんなに澄んだ湖よりも、ずっと美しく光を湛えていた。
ふ、と体の力が抜けたのを感じてクラーリィは眉を下げて笑う。却って気を遣わせてしまったと自分の不始末を思いながら、だからといってかつてのように振る舞えるわけではない今の立場が寂しいような誇らしいような、不思議な気分を持て余した。
「それから
……
。ハイッ、こんなのもいいよね」
クラーリィが持て余した心地よい気分は一瞬で強い酸の香りに消し飛ばされた。ベッドに降ってきた凶悪な冥界からの召喚物は二人の体を吹き飛ばしたが、着地して体勢を整える早さは両者さすがは大神官というだけある。
「ああ、懐かしいですね! 王子! 正確に言うとオレは直接は知らないんですが、こういうことがよくあったとホルン様から聞いてました!」
「えっ、母さんから? なんか恥ずかしいな」
リュートがはにかむのに同調するように、召喚されたナニモノかも口から酸を吐き出している。「絨毯とかベッドとかどんどん溶けてるんで、早く還してください」と請う間にもソレは床を激しく這い回った。
リュートがクラーリィを招いたという寝室からどたばたと激しい音がして扉の下からは酸が流れ出ているのを見た城の者達は、いったい何を思うだろうか。スフォルツェンド城が纏いはじめた静寂は、もはやすっかりすってんてんである。
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