微かに香る濃醇な甘さと、それを手に浮き足立つ人々の間をすり抜け進む。少し澄ました顔で、帳の落ちた空に化間 照仁は息を吐いた。その手には同じ香りを丁寧に梱包した箱。
……らしくないことをしている。それでも何となく動いてしまうのは、自分を慕ってくれる部下の存在が大きいだろう。やや薄紫の癖っ毛を揺らして真っ直ぐに笑いかける彼ら。年老いた己に好きだ、本気だと何度も言う変わり者の恋人達。
眩しくて若々しい彼が心変わりするまでは、傍で面倒を見るつもりだった。嘘偽りはない。けれど今は離れるのを惜しく思う自分がいる。
「だからってチョコは浮かれすぎかなぁ」
普段のお礼も兼ねてるから。そう言い訳をしながら、宝石のように艷めくチョコレートに釣られて店へと入った。長居をするつもりはなかったのだ。しかし部下の喜ぶ顔を想像しては目移りして、薄緑の瞳をした女性店員にもアレコレ勧められ、無事に購入と至ったわけである。
全くもってらしくない。
「やっぱり僕みたいなおじさんに渡されても……」
「あれ?班長?」
大きく心臓が跳ねる。振り返れば件の部下──紫月 ミナトが、いつもの癖っ毛を揺らして微笑んでいた。
「今日は非番でしたよね?こんなところで会うなんて、珍しいな」
「あ、あはは。そうだね。凄い偶然!」
「お買い物ですか?良かったら、途中まで一緒にいても良いですか?」
紫月は小首を傾げる。なまじ顔が整っているせいか、妙に頷きたくなる雰囲気がある。化間も頷きかけて、カサリと音を立てた袋に意識が向った。
不思議と指先が熱い。ドクドクと逸る鼓動が、自分の背を突き飛ばす。らしくなくても良いだろと己を奮い立たせた。
「……ミナトくん、ご飯は済ませちゃった?まだだったら食べに行かない?」
「え。良いんですか」
「もちろん。ちょっとね」
デザートも用意してあるんだ。ほんの少し震えた声が、往来を舞うショコラの香りに消えていった。
【END】
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