望月 鏡翠
2026-02-13 20:10:12
1155文字
Public 日課
 

#2000 職業詐欺師2

#毎日最低800文字のSSを書く/祝福の塔

「鹿山。鹿山さんね」
「亜村さん。覚えました。亜村さんの下のお名前は?」
「憲貴て言います。憲法を貴ぶで、憲貴」
「格好いいっすね」
 憲法の憲の字、何も見ないで書けるだろうか。履歴書以外で手書きなんてしないから、自分の名前の字以外は読めるけど書けないんだよな。
 自己紹介を挟んだあと、会話は元の場所に戻った。
「こんなに暑いと参っちゃいますよ」
 涼しい顔をしているように見えるし、全く汗をかいていない。
「え〜? 汗かいてないじゃん」
「いやいや暑いすよ。本当に」
 暑そうに見えない人って、みんなそういうよな。いや、本当に暑いってことなのかもしれないけど、汗ダラダラで顔真っ赤になってる人間と比べると、涼しそうに見える。
「ちょっと路地に入れば押し売りなんかもあって、面倒だし。疲れる街だ。あんたは変な買い物してませんか」
「ぇぁ……
 図星すぎて言葉に詰まった。
 もう変な買い物の後だ。正確には押し売りではなくて、何を売りつけられているのかわかっていなかっただけで、しかも面倒くさくなってしまったのだ。
「うん、まぁ……、もう引っ掛かんないから、ヘーキです」
「はは。なにを買ったんだか」
 来て早々思い出したくない思い出を作っていたものだから、早々に話題は逸らすことにした。幸い、亜村は逸らされた話題に食いついて深追いしてくる人ではなさそうだった。
「あ、服もね売ってるぽいすよ。値段適正かはわかんないですけど。詐欺に引っかからないように気をつけて」
 ここはそういう治安の場所らしいと、ようやく学び始めたところだった。
 亜村は堕落の街が、前の街ほど治安がよくないらしいと聞いても、怖がる風情もなく笑っていた。
「ご心配には及びません。そのへんの人よかは、見る目はあると思うんで」
 でも、確信がある人ほど騙されやすいっていうし、警戒はした方がいいんじゃないだろうか。街が違うと文化も……
「詐欺師なんです」
 無造作に投げ込まれた言葉は、自己紹介というにはあまりにも強烈で、一度思考が止まった。
「名前。詐欺師にしちゃあ皮肉なもんでしょう? けっこう気に入ってるんです」
 何か返事をした方がいい。黙るのは気まずい。だが何を言ったらいいのかわからない。
「へぇ〜、じゃあ、なんか安心ですね。プロの目線というか」
 ミスしたかも。この答えなんか違ったかもしれない。
「そうですね。プロなんですよ」
 取り繕うようにして何とか吐き出した言葉でも、笑ってくれたので一応良かったんだということにしよう。
「まあ、着替えも気が向いたら手に入れますよ。次の街? でも使えるかは分かんないですし」
 詐欺の字、手書きしたことないから一個もわかんないな。
 スマホは充電が切れて沈黙したままだった。