リフレイン・ショコラの届く先

学パロシルゴ。
バレンタインのチョコレートは全て学校のゴミ箱に捨ててしまうシルバーに、捨てられると知りながらも毎年チョコを忍ばせ続けたゴールドの話。


 
 
また今年も、作っちまった。
そう思いながら、オレは自分の手に持つそれを眺める。
まだ引き返せる。
そう考えてから、進んだところで毎年何も変わらなかったと思い出して開き直った。
ずっとずっとこの繰り返しだ。何年も、何年も。
だからこれは、持っていったっていいんだ。どうせ何も変わらないのだから。

オレは鞄を開けて、ゲーム機やノート、筆記用具が収まっているそこの隙間に持っていたものを押し込んだ。
「ゴールド~? そろそろ出ないと遅刻するわよ~」
一階から、内容のわりにのんびりとしたトーンのかあさんの声がして、オレは「いま出る~」と同じトーンで返答し鞄を閉じた。





「遅い」
学校までの道のり、一つ目の曲がり角を曲がった瞬間にそんな声が聞こえてきて、オレは笑いながら頬を掻く。

「遅刻するほどじゃねえんだからいいだろ。つうか別に待たなくていいんだから先に学校行けよ、シルバー」
「お前が来ないと、オレのほうに『ゴールドはどうしたのか』と確認が来るんだ。鬱陶しい」
(今すぐ先公連れてきて、こいつの言動を聞かせてやりてェ……
そんなことを思いながら、自分の横を歩くシルバーを見つめた。
成績優秀、スポーツ万能、性格良し顔良しともっぱら評判のこの男は、オレの幼馴染だ。

「そんなことをしたところで、オレが積み上げてきた信頼にちゃらんぽらんのお前が勝てるわけがないだろう」
「オレの心読んでんじゃねえよこの猫被り野郎!」

「あの!」
不意に後ろから声がして、オレとシルバーは振り返る。
オレ達が通う高校の近くにある私立学園。そこの制服を着た女子生徒が、もじもじしながらそこに立っていた。

(あ、これは)
察してすぐに、ゴールドはちらりと隣に立つシルバーを見つめて「うわ」と小さく声を上げる。

「シルバー、オレ先行くわ」
「はぁッ?! おい、ゴールド……
止めようとするシルバーを振り切るようにしてオレは走り出した。
少し走って振り返ると、女子が何かの包み紙をシルバーに渡そうと詰め寄っているのが見える。そして、それを両手で阻んで拒もうとしているシルバーの背中も。

今年も、駄目なんだろうな。
オレは思いながら、学校へと急いだ。





「おい、よくも人のことを置いて先に行ってくれたな……
始業のベルが鳴るぎりぎりの時間にシルバーは教室にやってきて、オレを睨みつけてそんなことを言う。
朝見たときはピシッと整っていたように見えた学ランが、少しだけれている気がした。
「ンだよ、もみくちゃにでもされたのか?」
……
オレの問いに返答はせず、シルバーは教室の隅にあるゴミ箱のほうへ向かう。
これから起こることをオレはよく知っていた。
シルバーは手にしていた紙袋をひっくり返して……ゴミ箱の中に、色とりどりのラッピングが施された沢山の箱を放り込んだ。

「あああああっ!?」
声を上げたのはクラスメイトの一人だった。
オレ以外にも何人か──主に野郎共がシルバーの行動を見ていて、目を丸くする奴と、やれやれまたかと肩をすくめる奴とに大まかに分かれていた。
やれやれ組は、過去にもオレ達と同クラスになったことがある奴ら。
びっくり組は、今年初めてオレ達と同クラスになった奴らだ。声を上げた奴もこっちな。

「おまえ、なんで捨てちまうんだよぉ?! 女子からの貴重なチョコレートをおぉ……!」
びっくり組の一人がシルバーに尋ねている。
あ、こいつ、シルバーにいつも宿題見せてもらってる奴だ。
そんときみたいに素直におっとりとした声が返ってくると信じてるんだろうな、とオレは苦笑しながら様子をうかがった。

……さい」
「え?」
「うるさい」
絶対零度の凍てつく言葉を向けられたびっくり野郎が、見事に固まる。
たはははは……と、オレをはじめとするやれやれ組が乾いた笑い声を上げて、
「よくあるこった、気にすんな」
オレが締める。
今年もこの時期が来たな、と改めて思った。
今日は2月14日、バレンタインデーだ。






成績優秀、スポーツ万能、性格も良ければ顔も良い。
この学校やうちの近所にいる奴らを適当に捕まえて「シルバーってどんな奴?」と聞けば、大抵はそんな答えが返ってくる。
目立とうとするつもりなんて本人には全くないのに、昔からそうだ。
それが気に食わなくて、オレは子供ガキの頃ずっとこいつに喧嘩を売りまくっていた。
いや、今も喧嘩はしょっちゅうやってるけど──「目立っちまってるのは、こいつにとっても不可抗力なんだよな」と考えるようにはなれた。オレだって成長するからな。
その成長が──思春期シシュンキ、って奴が、余計な感情変化まで引き連れてきちまったわけなんだが。


大量のチョコレートを捨て終えたシルバーが自分の席に着いたのを見て、オレもそれに続いた。
シルバーはオレの一つ前の席だ。奴が机の中に手を入れてすぐ、ぴくりと肩を動かしたのが見えた。
(あ、)
察してすぐ、シルバーは立ち上がる。
その手にはこれまた綺麗な包装紙に包まれた箱が、ひいふうみい。机の中に入っていたらしい。
舌打ちしながらシルバーはまたゴミ箱へと向かった。そして手にしていたそれをポイ。さすがにもう誰もそれにリアクションをとる奴はいなかった。

シルバーは目立つ。だから分かりやすいくらいにモテる。
昔っからそうで、けれど当の本人はそれに全く興味がなかった。むしろ嫌悪の気持ちのほうが強くなっている。
何の感情も持てない相手から急に一方的な好意を寄せられる身にもなってみろ、とシルバーは前に言っていた。
それを断るだけで、何故こちらが悪いことをした気分にならなければいけないんだ、とも。
(まぁ、ゲームのモンスターかよってくらい告白のエンカウント率たけェし、分からなくもねーけどよ)
シルバーが席に戻ってくる。やっと空っぽになった机の中身に、鞄から取り出した教科書や筆記用具を詰めるのを見つめながら、オレは自分の鞄を開けた。
落書きだらけのノートと筆記用具を取り出す。ゲーム機は、昼休みにこっそり使うからまだ出さない。
そしてもうひとつ、家を出る直前に鞄に押し込んだそれを見つめながら、オレは指でその縁をなぞった。
両手くらいの小さな箱。鞄の中で箱の中身がぶちまけてしまわないように、赤いリボンで十字に縛られている。
結び目はいびつだ。靴紐くらいでしか結ぶ機会がないんだから仕方ない。第一、綺麗に包んだところで意味がない。

(いつあいつの荷物に突っ込んで捨ててもらうかねー、このチョコレート……
今年も、オレは捨てられるためのチョコを抱えている。



何年目になるのかはもう忘れた。
でもさすがにまだ両手の指の数で足りるくらいだとは思う。
自分のシルバーに対する恋愛感情に気がついて、けれど伝えたところで「お前も他の奴らと同じなのか」という目を向けられたくはなくて、かといって気持ちを吐露出来ないのはしんどくて。
考えに考えた結果、年に一度の行事にかこつけて、不特定多数の女子ギャル達のチョコに自分の作ったものも紛れさせ、なーんにも知らねえシルバーにそのまま捨ててもらおうという作戦に至った。

……オレはマゾじゃねえんだけどな)
誰にするわけでもない言い訳が不意に浮かぶ。
無残に捨てられた自分のチョコを見て、心が痛まないわけじゃない。毎年こっそり傷ついて、でもちょっとスッキリもする。
案外、そんな女子が多いのかもしれない。だから捨てられることが有名になった今も、こいつに渡されるチョコの数はあんまり減った気がしない。

朝は結局シルバーと分かれて登校したんだから、下駄箱か机にオレもチョコを入れとけば良かったのかもしれない。
けれどまあ、今日という一日はまだ始まったばかり。
休み時間にでも仕込めばいいかと軽く考えながら、オレはシルバーの背中を見つめた。




「ゴールド、次は教室移動だろう。さっさと動け」
「どこに行くつもりだ。サボったらオレが怒られる」
「学食に行くのか。ならオレも行こう」
いやまぁ、幼馴染だし腐れ縁だし、こいつとつるむのはいつものことなんだけどよ。

(なんで今日はこんなに隙がねェんだよ……
ブルー先輩お手製の弁当を持ってきてんなら、学生食堂の貴重な一席を奪ってやるなよ。生徒数の割に狭えからめちゃくちゃ混むんだぞ。

「ここで弁当を広げていても怒られたことはないぞ」
そりゃ、暗黙のルールみてえなもんで校則じゃねえからな。
あとこいつが学食のおばちゃんに気に入られてるからってのもデカイ。
いや、こいつが学食で弁当を食うことは別にどうでもいい。
問題は、今日に限ってやたらとオレについて回ってくるということだ。
トイレに行くだけでもついてくる。女子かよ。

「お前はすぐにサボるからな。そしてオレに『ゴールドがどこへ行ったか知っているか』と話が回ってくる。面倒だ」
優等生ぶって「自分には分かりません、すみません」って笑ってりゃあ済むだろうが。

「それに、一人でいるとすぐにチョコを押しつけようとする奴らが来るからな」
その気配は確かにオレも感じていた。
シルバーに向けられる視線は、毎日飽きるくらいにそこにあるけれど、バレンタインの日はその数が倍以上だ。話しかけるタイミングを狙われている。
朝みたいに野郎二人でいようと構わず声を掛けてくる女子もいることにはいた。でも、一人でいるよりはきっと少ないんだろう。
だけど、そうだとしても別に他の誰かと適当にいりゃあいいじゃねえか。

(なんで今日に限ってオレにこだわるんだ。これじゃあ……
途中まで思いかけて我に返る。

これじゃあチョコを渡せない。
それはそうなんだが、だからといってどうなんだ。
どうせ見向きもせずに捨てられるだけのチョコだ。意味なんてない。

……今年は自分で食うしかねえな)
シルバーの好みに合わせて、コクのある濃厚ミルクチョコレートを選んだ。その味の濃さを想像して少しだけ「うぇ、」と小さく声を漏らす。
別に甘いものは嫌いじゃない。けれどシルバーほど子供舌でもない。
大体、いかにもビター好きって感じの顔をしておきながら未だにタウリナーΩカレーの甘口しか食べないってどうなんだ。キャーキャー言ってる女子共にチクってやりたい。
「それもまたギャップがあっていい」とか訳分かんねェ評価になるんだろうけどな。





「ゴールド、そろそろ、」
「あの、シルバー君」
二人でつるみ続けていたらあっという間に放課後で、「帰るぞ」と言いかけたシルバーの声は可愛らしい声でやんわりと遮られた。
……何だ」
「えと、あの、ちょっと来てほしくて」
「ここでは駄目なのか」
「えっ……
可愛い声を発した女子は見た目もそれに見合った印象で、華奢な肩を縮こまらせて言葉を濁す。
放課後とはいえまだ教室には何人か残っていた。
「シルバーに声を掛けた数多のうちの一人」としてその女子に注目してもいる。
観衆に構わずチョコを渡す猛者もいたけれど、この女子はそこまでの度胸はないようだった。
「ここで済む内容じゃないのなら、行くつもりはない」
「え、えっと……その、」
「いーじゃん、行ってやれよ」
重くなった空気をぶち壊すようにわざとらしく、オレは軽い口調でシルバーに言った。
「は?」
「だから、行ってやれっつったんだよ。ここで押し問答するつもりか? 早く済ませたいんならそうしたほうがよくねえ? 廊下ならすぐだろ」
……お前」
ん?とオレは短く聞き返す。
シルバーの顔は苛立ちに満ちていた。朝に見たときの比じゃないくらいのしかめっ面。
今までスルーしてただけのオレから援護射撃が来るとは思ってなかったんだろうな。
はぁ、と溜息を吐いたあと、シルバーは自分の席から離れた。女子が一瞬戸惑って、けれどそのあとに続く。クラスに残っていた奴ら全員がその二人の背中に目を向けていた。

──今だ、と思った。




シルバーが戻ってくるのには三分も掛からなかった。
手にはチョコレートの箱があったけれど、すぐに出入り口近くのゴミ箱に投げ込まれた。せっかく教室掃除で片付けられてスッキリしたのに、またそこに華やかなラッピングのものがデデンと鎮座している。

「早かったな」
「ああ、確かにここで押し問答するよりは早かった。泣かれたのは癪だったが」
おお、あんなに可愛い女子相手になんたる仕打ちを。
毎年のことながらそう思う。

どんなに色っぽくて綺麗で優しいおねーさんでも。
どんなに可愛くて守ってあげたくなるような女子でも。
こいつの心には、何も引っ掛からない。


「帰るぞ、ゴールド」
「おう」
努めていつも通りにしたつもりだった。
けれど無意識に、目線をそっちに向けちまっていたのかもしれない。
教室の出入り口に向かおうとしていたシルバーはぴたりと足を止めて、自分の机に目をやった。
その顔が歪んでいくのがよく見えた。

……油断も隙もない」
シルバーは机の中に手を入れて、中に入っていたものを取り出した。
赤いリボンが結ばれた、両手におさまるくらいの箱。

「ゴールド、オレが席を離れたときに誰か……いや、どうでもいい。人の机に勝手にものを入れるような奴が誰だろうと知ったことじゃない」
「そうかよ」
オレがシルバーの席のすぐ後ろにいるのに、チョコを入れた女子がいると思っている。そうされたことがあるから、こいつにとってそこは何も不思議じゃない。

(あーあ。さすがに来週までは置かせちゃくれなかったか)
今年のバレンタインデーは週末で、明日は休みだ。
どうせ捨てられると分かっていて少し……ほんの少しだけ、また変な希望が自分の中にあったことを自覚して、オレはこっそり自嘲した。
ほんの少しだけでも長く、こいつの机の中にオレの気持ちを留めておきたかった。

(ばっかみてえ……

最後には捨てられると分かっているのに、毎年製菓用のチョコをきちんと選んで、普段は使いもしねえ包装紙と一緒にこっそり買って、こっそり作って、こっそり持ってきて。

シルバーはまた教室の扉に向かって歩き出す。
オレもそれに黙って続いた。
チョコを持った右手が少し上がって、けれどすぐに勢いよく振り下ろされる。
ガコンとひときわ大きな音がして、ゴミ箱にオレのチョコが投下された。







「ゴールド。週末、忘れるなよ」
……なんかあったっけ」
廊下を歩きながら、シルバーの背に目を向ける。
窓からの光がシルバーの赤い髪に当たって、いつものことなのに、妙に綺麗に見えた。
「タウリナーΩのイベントがあるから空けておけと言っただろう。限定グッズが一人一セット限定なんだ。頭数がいないと困ると言って、」
呆れ口調で長々と語りながら、シルバーはオレのほうに振り返って、なぜか固まった。

「シルバー?」
……お前、なんで泣いてるんだ」
「え?」
オレがそうする前にシルバーの手が伸びてきて、その指先がオレの目元をなぞる。濡れている感触があった。

「え? は?」
「なんでお前が戸惑う」
「いや、えええ……?」
シルバーの手を払ってオレは顔を俯かせる。
するとぼたぼたと床に零れ落ちるものがあって、「マジか」と小さな声が口から漏れた。

いや、だって、毎年のことじゃねえか。なんで今更オレは女々しく泣いてるんだ。
あれか、バレずにそのままシルバーが帰ってしまえば、週末の間だけは机の中に自分の気持ちが残せるとか、どこのうら若き乙女ギャルだよみてーな発想をしちまったからショックがでけェのか。
こじらせすぎて笑っちまうだろ。

「や、わりィ。オレ今日ちょっと変だわ」
「お前が変わり者なのは今に始まったことじゃないが……
相変わらずの減らず口。けれど少し焦っているような表情が見えて、これまた笑えてくる。
他人に厳しいようでいて根本的には優しいんだよな。
やっぱりオレは、こいつが好きだ。

……なんかホントに変だから、今日は一人で帰るな。週末寝てりゃあなんとかなるだろ」
「おい、」
「オレも、ちゃんと捨てるからよ」
シルバーの肩を軽く叩きながら、そのまま追い越して歩き出す。

頭がごちゃごちゃしている。
いきなり泣くような奴が週末寝て良くなる、なんていろいろおかしい。最後にはもっと支離滅裂なことを言った気がする。
でももうどうでもよかった。ただその場を離れたくて、シルバーのオレを呼ぶ声も聞きたくなくて、オレは走り出していた。






2月14日、バレンタインデー。
オレにとってこの日は、始まる前から「最悪の日」と決まっている。
下駄箱や机の中に、これみよがしに押し込まれた思いの塊。
初めの頃はとりあえず持ち帰っていたが、こういう日に自分の気持ちを伝えようとする相手は、気分が高揚しきってしまっているのかもしれない。
「自分の思いを受け止めてもらえた!!」と解釈して好き勝手に話しかけられたり、付きまとわれたり、逆上されたりすることも増えてきて、だからここ数年は全てシャットアウトすることにしていた。
この時期はあまりチョコを目にしたくなくて、ブルーねえさんにも作らないように頼んでいる。
誰からのチョコも受け取らないというのは、それはそれでイイという訳の分からない解釈も耳にしたが、どうでもよかった。
「お前ばかりモテやがって」と心底理解しがたい僻みの感情を向けてくる同性の人間のことも、どうでもよかった。

……いや、唯一どうでもよくない「同性の人間」はいた。

『なんておめえばっかモテんのかねえ……ほんと気に食わねー』
『代わってくれるならそうしてほしい』
『うっわ、マジでムカつく』
つまらないことでいちいち喧嘩を吹っ掛けてくる、軽薄な腐れ縁おさななじみ
それだけのはずだった。
馬鹿みたいに騒いで、眩しいくらいに笑っていて、しつこくて、無駄に暑苦しくて。気が合わないと思っていたのに、気がつけばずっとそばにいて。

『おめえは誰のチョコなら受け取ろうってなるのかねえ……
いつかの年の冬。
珍しく雪が降り積もって、その雪道をざくざくと歩いていた奴の足音と、空に向かって独り言のように呟いたときの白い息煙。その記憶が今でも頭の中に残っている。
その質問の答えとして思い浮かんだのが、目の前にいたそいつだったということも。


今年も、そいつからチョコを貰うなんてことはなかった。
今は友達同士で贈り合う「友チョコ」というものも浸透してきているが、ほとんど女子達だけのイベントだろう。
男であるあいつが参加しようとするとは思えないし、ゴミ箱に捨てるほどチョコレートが嫌いなのだと思われている気もする。
甘いものは嫌いじゃない。どちらかというと辛いものや苦いのほうが不得意だ。
なのに、「シルバーくんはビターなほうが好きでしょう?」とよく知りもしない同級生の女子から聞かれたことがある。返答する気になれなくて適当に流していたらそうだと認識されてしまったが、どうせそんな人間から貰っても一口も食べない。
けれど、あいつもそう思ってはいないだろうか。もしそうなら訂正したい。
……馬鹿にされる気もして、これも数年言えずにいるけれど。

何も変わらずに終わるはずだった。
けれど、その日の終わりにそいつは何故か泣いた。
何かあったのだろうか。一日ずっと一緒にいたのに、気がつかなかった。
足早に立ち去る姿を、ただ廊下で立ち尽くして見ていることしか出来なかった。
追い掛けたところで、何も分からなかった自分に何が出来るんだと思ったら動けなかった。

……
けれどそのまま帰ってもいけない気がして、オレは必死に考える。
あいつに何があった?
あるとしたら、やはり今日のことなのだろう。
朝の外での会話、授業の合間でのやりとり、昼食中の雑談……
授業内容よりも一字一句、くるくる変わる表情や仕草を含めても正確に思い出せてしまい、少しだけ笑ってしまった。
けれど、ピンとくるものはない。結局最後の別れ際まで戻ってくる。

『オレも、ちゃんと捨てるからよ』
それを呟いたときの顔は見ていない。
肩を軽く叩かれて、そのままオレを押し退けるようにしてあいつはいなくなった。

……捨てる・・・」。
はっとして、オレは踵を返す。
ばたばたと荒々しい足音を立てて教室へ戻り、扉も乱暴に開けたから大きな音がした。

「うぉッ!? なんだよビビったぁ、シルバーじゃん」
「忘れ物かぁ?」
クラスメイトの男子の何人かが、窓際の机を陣取って駄弁っていた。いつものことだったが、オレはそのうちの一人の手に目をとめる。
「それ……
「え? ああ、さっきシルバーが捨てたチョコ、どんなのかなーってちょっとした興味でさ。捨てちまったもんだし別にイイだろ? 今から開けてみるかーってなってさ」
綺麗な花柄のラッピングのチョコは、あいつに促されたせいで廊下で受け取ったチョコだ。それはどうでもいいと直感的に思った。
もうひとつ、シンプルな箱に赤いリボンが結ばれたほうへと目を向ける。
……それを、」
「うん?」
「それを、少し確認させてもらえないか」
「ああこれ? 別にいいぜ。っていうかお前が貰ったやつだもんな」
やっぱ怒ってな〜い?と苦笑いするクラスメイトの声は無視して箱を受け取る。
乱暴にリボンを取り去って箱を開けた。
ばつの悪そうな顔をしていた癖に結局クラスメイトの男も中身を覗いており、オレよりも先に声を上げる。

「ええ、なんだこれ? なんかの顔?がトリュフに描いてあんの? ってことは手作り? うわぁ……
最後の「うわぁ」に籠もる不快な感情を察して、オレはすぐに箱を閉じた。
「え、それは持って帰んの?」
「ああ」
短くそれだけ言い、オレはそいつを静かに睨んだ。
少しだけ「ヒィッ」と小さな声が喉から漏れていた気がした。
周囲にいた他の奴らはそいつの名を呼んで「どうしたぁ?」と間抜けな声を上げているけれど、釘は刺したつもりだから、これで余計なことは言いふらさないだろうと信じたい。

「急にいろいろと驚かせて悪かった。オレは帰る」
「え、あ、おう。よくわかんねーけどまたな」
手を振る男子に振り返してやることもなく、オレは廊下に出て再び歩き出す。

オレの出した答えが合っているのかは分からない。
何故なら、これはオレに都合が良すぎるからだ。
確かめなくてはいけない。
そう思ったら走り出していた。
途中で教師の注意する声が聞こえた気がしたけれど、全て無視してオレは奴の家へと走り続けた。






ピンポーンと家のチャイムが鳴る音がして、自分の部屋でベッドに突っ伏していたオレは「留守でーす」と小声で呟く。
かあさんは買い物に出ていて、今は学校から帰宅したオレひとり。ベッドに沈んだ身体を起こすのは面倒くさくて、家の前にある気配が去るのを待った。

けれどすぐ、ピンポンピンポンピンポンと連打音が鳴り響いてオレは飛び起きる。
「なんだぁ!?」
音は何度も何度も繰り返されて止む気配がない。近所で火事でも起きてんのか?
オレは慌てて玄関へと向かった。チャイムに付属する防犯モニターが、手で隠されたように暗くなっていることには気づかなかった。

「へいへいどちらサマ……
「ゴールド」
聞き慣れた声がオレを呼ぶ。オレは少し開けた扉をすぐに閉めようとしたが、そいつの足が差し込まれるほうが早かった。

「うぉッ!? 悪徳勧誘会社みてぇな真似してんじゃねえよシルバー!」
「心配して尋ねてきた幼馴染をにべもなく閉め出そうとするお前のほうがどうかと思うが」
閉められなくなったドアに右手を掛け、そいつが──シルバーが力ずくで開けようとしてくる。
くそ、華奢に見える癖に片手だけでなんつう馬鹿力だ。
「チョコレート」
「ッ!?」
その単語にオレが怯んだのを見逃さず、シルバーはオレの家の玄関扉をバーンと開け放つ。
オレは思わず尻餅をついてしまった。痛てェなオイ。
顔を上げてシルバーに目を向けようとしたが、その前にぱこんと頭を軽く何かで叩かれた。

「いってェな、何……
叩いたそれを見て一瞬目を瞠ったのを、シルバーは見逃しちゃくれなかった。

「これは、お前からのチョコレートで合っているか」
シルバーの左手には箱があった。
両手くらいの大きさの箱。掛けられていたリボンは取り払われたのかもうない。
ということは、シルバーは中身を見ている。

何度も練習したアイシング。
奴が小さい頃から嵌り散らかしているタウリナーΩ。その顔が描かれた、手作り感満載のそれはそれは陳腐なチョコレート。

……振るなら早くしてくれ」
「は?」
「わざわざ捨てねェで持ってきたんだ、それが冗談とかじゃねーってことくらい分かってんだろ」
オレは立ち上がらず玄関で尻餅をついたまま、そう呟く。
覚悟を決めて胡座もかいた。
「逃げねえから、ひと思いにやってくれ」
……そうか」
どんな罵詈雑言が飛んでくるかと思いながら目を閉じた。


……………………ふに。

唇に妙な感触があって、目を開けたら目の前にシルバーの顔があった。

「んぎゃぁッ!? 痛ッてェ!!」
仰け反ったら、玄関の段差に頭をぶつけた。

「何をしているんだお前は……
いつの間にかしゃがみ込んでいたシルバーが立ち上がって、オレに手を伸ばす。
戸惑いながらもその手を取ると、引っ張られて同じように立ち上がらされて……何故か抱き締められた。

「え、ちょ、なに、」
「何って、これがオレの返事だが」
「は? へ、へん、へんじ?」
「分かってないならもう一度してやる」
「んぅッ」
さっき押し当てられた唇への感触がまた訪れる。
今度は目を開けていたから、それが何なのかすぐに分かった。

「へ、なに、なんでおめえ、オレにチューしてんの? っていうかこれ、もしかしてオレのファーストキスじゃねえ!?」
「それは少し前に済んでる。今のはセカンドキスになるな」
「んんッ」
「これはサードキス」
「ちょ、」
「四回目はフォースキスでいいのか?」
「待て待て待て待て!!」
容赦のない迫り方に驚きながらも、オレは必死にシルバーの顔を押し退ける。

「痛い」
「おめえが変なことばっかしてくるからだろ!? なんなんだよもう!! おかしくなるようなモンは入れてねえぞ!」
狼狽うろたえるオレとは対照的に、シルバーは真顔で返答する。

「ああ、美味かった」
「え、く、食ったのか……?」
「そうだな。ここに来るまでに全部食べた。確かめてからと思ったが耐え切れなかった。そして、まだ足りない」
「!?」
必死に顔を押し退けていた右手の手首を、シルバーに掴まれた。
指の隙間から見えた瞳がいつも以上に鋭く見える。

「ゴールド」
「わ、分かった! 分かったから! いやホントのこと言うとよく分かんねえけど!! とにかくもうここで騒ぐな! 玄関開けっぱなしなんだよ近所迷惑になンだろうが!」
「いつもの喧嘩の声だとしか考えないと思うが……
オレもそう思ったけど、内容の詳細まで聞かれてたら近所のオバチャン達に言い訳も出来ねえ。
まだ頭は混乱していたが、オレは玄関の扉をしっかりと閉めて、いつもの調子で自分の部屋にシルバーを招き入れた。





「んで、なんでオレは部屋に来て早々にベッドに押し倒されてんの」
「部屋に呼ばれたから」
「まずは話をしてえんだよ退きやがれ」
……
むう、とオレの上で露骨に頬を膨らませるシルバーに少しだけドキッとする。
いや、流されるなオレ。四回目のチューまで神速で済んじまったからってこれは駄目だ。

……シルバーって、オレのこと好きなの」
「そうだが」
退けと強く言ったはずなのに、結局そのままの姿勢でシルバーは答えた。
顔が近くて無駄にドキドキする。こいつは真顔のままなのに。

「お前は違うのか」
………………違わねえ……
恥ずかしくて両手で顔を覆いながら言葉を漏らした。
けれどすぐにその手は外される。

「なんで素直にチョコを寄越さなかった」
「はぁッ!? 野郎からのチョコなんて女子から貰う何倍も気持ち悪りィことくらい分かってんだよ! てめーがオレのこと好きなんて思えるはずねェだろうが!! だから毎年他のと混ぜてたってのに……
「待て、混ぜていたというのはどういう意味だ」
オレはこれまでのバレンタインデーにしていたことをシルバーに伝える。
すると、オレに何度もチューしてきたときでさえ変わらなかった顔色が、それはもう露骨にサーッと変わっていった。


「お前のチョコを、捨てていただと……?」
「え、いや、だって、おめえは知らなかったんだし……オレもそれは別にいいと思ってだな」
「何を作った」
「はぁ?」
「何を作っていたんだ。最初から去年の分まで全部教えろ。そしてまた作れ」
「いや、さすがに最初のはあんまり覚えて……
「死ぬ気で思い出せ。そして全部作れ。全部食べる」
両肩を掴まれ、顔をこれでもかと近づけられて、オレはシルバーの勝手な言い分を聞き続ける。
それがあんまりにも必死で、さっきまでドキドキしてどうしようもなかったはずなのに、オレはいつの間にか笑い出していた。

「ゴールド?」
……シルバーって、マジでオレのこと好きなんだな」
ふは、と笑い声混じりにそう呟くと、シルバーは少し目を見開いてまた頬を膨らませた。

「なあ。作ったら捨てないで貰ってくれんの」
「当たり前だ」
「オレのことも?」
「一生逃げられないと思え」
「んはははははッ!」
笑いながら、オレはシルバーの首の後ろに両手を回して奴の唇に軽くチューしてやる。
さっきよりもっとびっくりした顔になっていて、今日は世にも珍しいシルバー百面相デーだなと思った。

「ご、ゴールド……
「んじゃ、起きるからさっさとけてくんねー?」
……
シルバーはそういう雰囲気に持っていきたかったんだろうけど、いくらなんでも両想い初日からかっ飛ばし過ぎてんだろ。

「去年作った奴なら、いま家にある材料ですぐ作れんだけど?」
「!」
シルバーはすぐにオレの上からいなくなり、身体を起こせばベッド脇の床で正座していた。
なんかぱたぱた揺れる犬の尻尾が見える気がする。

「チョコ食ったあと、週末の予定立てようぜ。タウリナーのイベント終わったらどっかで昼飯奢れよ。肉がいい」
……隣接カフェのランチメニューとドリンクにランダムカードが付いてくるんだが」
「分かった分かった。んじゃその日はそれ奢りで」
ベッドから降りて、オレは一階の台所に向かうべく歩き出す。
シルバーはというと、そのまま部屋で見えない尻尾を振って待ってるのかと思いきやオレのすぐ後ろをついてきた。
オレは振り向かないけれど、まだ尻尾は揺れている気がする。

……それくらいならまぁ、「カワイイ奴め」で済むのだけれど。
数分後、台所で歩き回るオレを後ろから抱き締めて離れなくなってしまうシルバーに、オレは結局「邪魔だこのバカ!」と声を上げてしまう羽目になるのだった。





【fin.】


𝕎𝕚𝕤𝕙𝕚𝕟𝕘 𝕪𝕠𝕦 𝕒 ℍ𝕒𝕡𝕡𝕪 𝕍𝕒𝕝𝕖𝕟𝕥𝕚𝕟𝕖’𝕤 𝔻𝕒𝕪 𝕓𝕖𝕔𝕒𝕦𝕤𝕖 𝕪𝕠𝕦 𝕒𝕣𝕖 𝕧𝕖𝕣𝕪 𝕤𝕡𝕖𝕔𝕚𝕒𝕝 𝕥𝕠 𝕞𝕖!!
𝟚𝟘𝟚𝟞/𝟘𝟚/𝟙𝟜