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さゆき
2026-02-13 12:01:33
10226文字
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落花流砂
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サイレント(ホラー)ナイト
お家に遊びに行って映画観てお泊まりする、🦚🌟(付き合ってない)のお話。
ホラー映画を観てますが、ホラー要素は全然ありません。
「やっぱり、あんたが夜怖くないように一緒に寝てあげる」
枕を両手で抱えた星ちゃんが、目を逸らしながらそう言うものだから。
「
………………
え?」
動揺が手に出てしまった。持っていた歯ブラシがスルリと指の間からこぼれ落ちていく。
「あぶなっ!
……
っ、ギリギリセーフ
……
!さすが私
……
!ほら、歯ブラシ」
「あ、あぁ
……
ありがとう
……
いや、それより星ちゃん
……
」
「アベンチュリンが動揺してる
……
やっぱり今日見たホラー、怖かったんじゃん
……
」
いや、僕が動揺してるのは君の爆弾発言のせいなんだけど。
口に歯ブラシを入れた状態では何を言っても伝わらない。ひとまず会話を諦めてブラッシングを優先していても、星ちゃんは洗面所から動かなかった。正確には壁に背中をつけて、僕から目を逸らさないようじっと見つめている。
(そもそも、なんでこうなったんだっけ?)
時折、何もない暗がりをチラチラと気にしながら僕が視界から消えないよう見張っている
……
ような仕草をする星ちゃんを洗面台の鏡越しに見ながら、僕は今までの記憶を辿ることにした。
***
「アベンチュリンって、B級ホラーとか見るタイプだったんだ」
ピノコニーで行われた聖杯戦争で、僕は自分の趣味
……
といえるか分からないけれど、プライベートの一部を星ちゃんに知られることになってしまった。
別に映画鑑賞は恥ずかしいことではないけれど、僕がB級ホラー映画を好んで見ているというのは意外だったらしい。僕もまさか、こんな知識が戦いにおいて役立つとは思いもしなかった。
……
まあ、自分の映画の世界に閉じ込めて、その中の登場人物にさせる
……
なんてとんでもない攻撃をしてくる相手はそうそういないだろうけれど。
「大金が掛けられている映画は有名人を採用して、衣装も映像技術もふんだんに用意できて、あらゆるところに広告を出すから当然人目に止まる。でも、その分制約が多いから中身は無難なことも多い。勿論、名作もあるけどね」
「ふーん
……
」
「仕事柄、色んな映画を観たけど
……
低予算の映画の方が少ない時間でも個性があって、魅せたい部分が明確で、アイデアが面白いと思うことが多かったんだ。まあ、短いから見やすいっていうのもあるけどね」
「グレイディのも見られるの?」
「彼の作品はかなり昔のものだから、普通のネット映画サイトじゃ取り扱ってないかな
……
僕も探すのに苦労したから」
ピノコニーでの仕事の前に歴史的な背景を調べていた際、息抜きとして見たのがグレイディの映画だった。2D映画としては駄作にも程がある出来だったけれど、それもその筈だ。彼の映画はスクリーンの中だけで完結するものではなく、それを映している映画館で見ることに意味がある体感型シネマだったのだから。
体験としては面白いけれど、映像としては駄作。映像アーカイブとして取り扱うのはかなり難しいだろう。
「じゃ、あんたは持ってるってことだよね?今度見せてよ」
星ちゃんは余程、この話が気に入ったらしい。数少ない僕の弱みを握れるとでも思ったのだろうか?それとも、ただの好奇心?
いつになくキラキラと悪戯めいた黄金の瞳が僕を見上げている。そこまで挑発されたら、僕としてもゲームを降りるわけにはいかない。
「いいけど、プライベート用のデバイスにしか入れていないから僕の部屋に来ないと見られないよ。列車の可愛い末っ子さんは、外出許可が貰えるのかな?」
「ふふん。そんな脅し、したって無駄だよ。何かあったらジェイドとトパーズに連絡するから大丈夫って姫子に言ってある」
……
その二人、仕事中はすぐ出られないと思うけど。危機管理はそれで本当に大丈夫かい?
「
……
列車の皆さんがいいよって言ったら、僕に連絡して。そうしたら、予定を合わせよう」
「了解。とっておきのソーダ豆汁用意しておくから、首を洗って待っててよね」
飲んだことがないけれど、絶妙に嫌な予感がする名前の飲み物だ。僕の方でも大量に予備プランを用意しておかないと、星ちゃんの強烈な一撃に潰されかねない。
「あはは、まあ気長に待つとするよ」
……
そもそも、僕の部屋への外出許可なんて列車が出すと思えない。だからこの話はここで終わるだろう。そう思っていたのだけれど。
『外出許可出たから、アベンチュリンの部屋に遊びに行く。いつがいい?』
「
……
本気で?」
その日の夜、僕の予想は裏切られることとなる。
***
約束の日、朝早くから待ち合わせ場所へやってきた星ちゃんは背中に沢山の荷物が入ったバッグを抱えていた。
ヨロヨロと足取りも怪しい彼女を、周囲の通行人が不審そうに眺めている。
「やぁ、星ちゃん。随分大荷物だね
……
僕の部屋に何泊するつもりだい?」
「泊まりは許可出なかったから、日帰りだよ。一緒に遊ぶもの考えてたらいっぱいになっちゃって
……
」
パンパンになったバッグを持ち直そうとしたので、見かねて受け取った。星ちゃんが手を離した途端にずっしりとした重みが伝わってきて、一体何を持ってきたんだろうと興味が湧く。
「本当に大荷物だね。何が入ってるんだい?」
「えっと
……
ボードゲーム、トランプ、映画見る時のお菓子、ソーダ豆汁
……
」
「うん、それは重くなるのも納得だ」
「あと、バットと野球ボール」
何故。
今日は映画を観るのがメインだったはずなんだけど。
「星ちゃん、残念だけど僕の家には野球場がないんだ
……
野球はまた今度、メンバーが集まったらにしよう」
「あんた、いつもそう言ってしてくれないじゃん!野球しようよ〜」
「君の野球に対する情熱は一体どこから来るんだい
……
」
前に「1ゲーム遊ぼう」と誘ったら「じゃあ野球しよ!」とグローブとボールを渡され、野球することになったのを僕は忘れていない。
それなりに身体は鍛えているつもりだったけれど、彼女の体力と運動能力の高さには敵わなかった。丸一日野球をしたことで、しばらく筋肉痛にうめく羽目になったのは企業秘密としている。
「今日は映画を観るために来たんだろう?早く行かないと門限になっちゃうよ」
「そうだった、じゃあ早く行こ」
星ちゃんは荷物を僕に預けて身軽になった体をうーんと伸ばした。そして、少し不満そうに呟く。
「本当は泊まりたかったんだけど、ヨウおじちゃんと丹恒となのに『まだ早い』ってダメ出しされたんだよね。こういうのに早いとか遅いとかあるの?季節の問題?」
「それに関しては僕も列車の皆さんと同意見かなぁ
……
姫子さんは何て?」
「『アベンチュリンさんによろしく伝えてね』しか言われなかった」
にこやかに微笑むナビゲーターの姿が脳裏に浮かぶ。肯定も否定もしない、そういう人物に一番気をつけなければならないことを僕はよく知っている。
「荷物はソファの横に置いておくね。飲み物は何が良い?コーヒー、紅茶
……
スラーダもあるよ」
「スラーダがいいな。あんたは?持ってきたソーダ豆汁飲む?」
「それは後でのお楽しみにしようかな」
カバンの中で盛大にシェイクされた炭酸ほど怖いものはない。時間が星ちゃんからソーダの記憶を奪ってくれることを願いながら、冷蔵庫からスラーダを取り出す。
星ちゃんは物珍しそうに僕の部屋を見渡し、置いてあるAI音声認識サービスに話しかけて遊んでいた。
「今日の天気を教えて」
『本日の天候は晴れ、気温は21度です』
「おぉー」
「列車にはこういうの置いてないの?」
蓋を開けたスラーダのボトルを手渡し、隣に座る。
「ないかも。音楽は蓄音機だし、照明は手で点けるし」
「へえ、それはそれで味があって良さそうだ」
声だけで作動してくれるのは便利だけど、音楽ディスクをプレイヤーに置いて聴くというのはレトロで面白い。きっと音の響きも違うことだろう。
もっとも、十分な広さがある列車だからこそ良いのかもしれないけれど。
「じゃあ早速映画を見ようか。グレイディの作品でも割と面白かったものをチョイスしてあるよ」
「割と?」
「聖杯戦争の時にも話したけど、彼の映画は体験型だから
……
映像だけだとそこまでなものが多くてね
……
」
未成年の星ちゃんが観ても大丈夫なように、年齢指定や成人向けシーンがないものを選ぶのに苦労した。ショッキングな内容や驚かせる内容も多いから、その辺りも比較的マイルドなものにしている。
ふぅん、と返事をした星ちゃんは違うことを気にしているようだった。そわそわとクッションを胸に抱えながら、小さく呟く。
「
……
これって、ちなみに怖いやつ?」
「いや、ホラー映像としてはそこまで。劇場での体感ギミックがあったら結構怖かったかもね」
手配しておいた軽食と星ちゃんが用意してくれたお菓子を机に並べ、部屋の照明を少し暗くすれば準備は完了だ。
「じゃあ、再生するね」
心持ち緊張しているような星ちゃんの姿に違和感を覚えつつも、僕は映画の再生ボタンを押した。
「ひっ!」
「あ、落ちたね。人間っぽい形をした人形が」
「な、なんだ人形か
……
驚い
……
てないけど。こわ
……
くもないけど」
「そうだね〜」
……
結論から言うと、星ちゃんはホラー映画が全然得意じゃない子だった。意外なことに。
「
……
星ちゃん、さっきからずっと目を手で覆ってるけど画面見えてるかい?」
「
……
すきまからみえてる
……
」
「そう
……
あっ」
「クビ飛んだ!!!やだー!!!!呪いだー!!!」
「大丈夫だよ、あからさまな程にマネキンの首だ。本物じゃないよ」
普段の強気で勝ち気な彼女からは想像できないほど狼狽えている姿に、変な庇護欲すら湧きそうになる。それでいて素直に「怖い」とは言わないのだから、面白い。
最初は取り繕っていた虚勢も、今はまるっきりどこかへ行っている。
「怖かったら僕に掴まっててもいいよ」
「怖くない」
「そう?クッションがすごいことになってるけど」
「これはその
……
握力鍛えてるから
……
って、きゃあっ!」
星ちゃんがぐしゃぐしゃになったクッションを手放した瞬間に、なかなかグロテスクな塗装を施された人形が落下してきた。劇場ではお客さんの膝の上に同じ人形を落としてきたらしい。なかなか悪趣味な演出だよね。
派手に驚いた星ちゃんが、隣にいた僕にしがみ付いたのを受け止める。微かに手が震えていて、やっぱり怖かったんだなと得心した。
「おっと、良く出来た粘土人形だよね、この被害者っぽいもの」
「
……
アベンチュリン」
「なんだい?」
「お手洗い行きたいから、ついてきて
……
」
思っていた以上に星ちゃんはホラーがダメそうだ。この後もう一回か二回ほど似たようなホラーシーンがあるのだけれど、耐えられるか心配になってきた。
「アベンチュリン、そこにいるよね?いなくなってないよね?」
「いるよーマイフレンド。映画みたいにいなくなったりしないよ」
「そうだよね、うん
……
アベンチュリン?聞いてる?」
「大丈夫、聞いてるよ。なんだい?」
ここでわざと返事をしなかったらどうなるんだろう、という好奇心を選ばなかった僕を褒めて欲しい。
その後子犬のように僕にしがみついて離れなくなってしまった為、「もう少しだよ」と応援したりホラーシーンの前に「そろそろ驚かせてくると思うよ」とフォローしてなんとか映画を観終えた。
エンドロールが流れる中、星ちゃんは疲労困憊といった様子でぽつりと一言。
「アベンチュリンの『そこまで怖くない』は信用しない」
「うーん
……
これは本当にそこまでだったんだけどな
……
」
涙目で無言の非難をしてくる星ちゃんの機嫌を取るべく、僕は彼女が持ってきたボードゲームに目を付けた。映画の最中に食べ損ねたお菓子や軽食を摘みながら楽しいゲームをすれば、きっと彼女も怖さを忘れてくれるだろう。
「映画はここまでにしよう。せっかく持ってきてくれたんだし、君のゲームで遊びたいな。お腹も空いてきたから、食べながら遊ぼうよ」
「
……
そうだね、お腹すいた。サンドイッチ食べて良い?」
「勿論!スコーンもカナッペも好きなだけ食べて。今お茶を持って来るから」
食べやすいものを用意しておいて良かった、と胸を撫で下ろす。
星ちゃんは一口サイズのサンドイッチを頬張ると、すぐに笑顔になってくれた。
***
「あれ、帰りのシャトルのチケット、返金されてる
……
」
門限が迫り、余裕をもって帰る支度をしていた星ちゃんの手が止まった。携帯端末のメッセージを確認して「星域で戦闘だって」と困った顔をする。
僕が住むこの地域には界域アンカーがない。星ちゃんがここへ来ることは想定外だったので、そこまで配慮できなかった。
必然的に移動手段として星間シャトルを使うことになるのだが
……
この方法には一つ難点がある。それが、星域での戦闘で航行不能になるというよくあるトラブルだった。
「再開見込みはいつになってる?」
「明日のお昼」
「他のルートを探そう。回り道かもしれないけど、事情を話せば門限を過ぎても理解してもらえるはずさ」
そう言って別の星域ルートを調べようとした僕に、星ちゃんはきょとんと首を傾げた。
「そこまでしなくていいよ。アベンチュリンの家に泊まってくるって連絡したから」
「え?」
「通信が不安定で返信がこないけど、事情が事情だし。理解してくれると思う」
待ってくれ。
列車会議で宿泊はダメと念押しされていたのに、「帰れなくなったから泊まって来る」はOKになるのだろうか。いや、僕が列車のメンバーなら絶対許可しない。
「待って星ちゃん、僕の家はちょっと
……
その
……
そう!着替えとかの用意がない。泊まるならトパーズやジェイドに聞いてみるよ。それに、帰れる方法が他にあるかもしれない。諦めるにはまだ早いよ」
「
……
私が泊まるの、嫌なの?」
「そんなことはないよ。ただ、未成年の女の子が男の家に泊まるっていうのは色々問題があるから
……
その辺りをクリアにしておかないと、君が大変な思いをするかもしれないんだ」
具体的に言うと、列車会議でとても怒られると思う。そして最悪の場合、僕たちの交友は打ち切り断絶だ。それはどうにかして避けたい。
「とにかく打てる手は全部打って、それでもここに泊まるしかなくなったら考えよう」
「ここでいいよ、服は適当に貸して」
「
……
ちょっと待っててね、マイフレンド」
危機感、ゼロ。ここまで意識されていないと清々しいくらいだ。のんびりとお菓子をつまみ始めた星ちゃんを横目に、僕は予備プランを色々と模索することにした。
そして、半システム時間後。
「全部ダメだ
……
打つ手が本当にない
……
」
「結構大規模な戦闘っぽいね。航行ルート全部潰されてる」
「トパーズはピノコニーの案件に駆り出されてて、ジェイドは連絡がついたけど別星域か
……
彼女がこっちに来るより、シャトルの再開の方が多分早いな」
ならばホテルを、と思ったものの、この戦闘の影響で足止めをくらった人でどこも満室。いよいよもって、最終手段しか残されていない。
「このままじゃ美少女が野宿になっちゃうよ。アベンチュリン総監はそんな酷いことさせないよね?」
「勿論、僕も君をそんな目に遭わせたくないさ。でも
……
」
「アベンチュリン」
「なんだい、星ちゃん」
「ジェイドから電話来てるよ」
「
……
あぁ、出るよ」
サイドテーブルに置いていた仕事用のデバイスが震えていた。先程までやり取りしていた個人用ではなく仕事用からかけ直してくるということに嫌な予感しかしない。
「
……
やぁ、ジェイド」
『休暇中にごめんなさいね』
渋々応答すると、ジェイドは楽しそうな声で『お客様はお元気かしら?』と続けた。ビジネス回線はカンパニー本部に傍受される可能性がある。逆を言えば、本部に知らしめたいことを公言せずに伝えられる。だからジェイドはあえてこちらを選んだのだろう。
今回でいうなら、戦略投資部と星穹列車の繋がりや信用度合いについて念押しをしたいというところか。星ちゃんの名前をぼかしたのは、目的があくまで「親密だと理解させる」程度でスキャンダル狙いではないため、僕の家に誰が来ているのかは伏せたいということだろう。
「とても元気だよ。電話、代わるかい?」
『フフ、大丈夫よ。それはそうと、お客様が星域トラブルで帰れなくなってしまったそうね。私の方でも調べたけれど、反物質レギオンとの交戦は継続中との返答だったわ。シャトルの航行再開は見込み通りの時間になるでしょうね』
「ジェイド、君の方で泊まる場所を用意してもらえないかい?僕の部屋に泊まってもらうのは、色々と問題だろうし」
『あら、問題を起こすつもりなのかしら?』
ジェイドは含みを持った言い回しで、僕に釘を刺す。
『私の方から、星穹列車へ事情を説明したの。姫子さんは『アベンチュリンさんを信用しているわ、うちの子をよろしくね』とのことよ』
「
……
他のメンバーは納得しないんじゃないかな。ここに来るのもかなり反対されたようだし」
『アベンチュリン。姫子さんは貴方を信用しているの。分かるわね?』
ジェイドの言っていることは痛いほど分かる。信用とはビジネス的な意味合いが強い言葉だ。つまり姫子さんは僕を『星穹列車とカンパニーの関係を損ねるような、軽率な真似はしないだろうと思っている』と評価してくれている。
……
もしこれが、『信頼』なら僕個人の人柄などを鑑みて問題を起こすはずがないと期待してくれているということになる。が、残念ながらそこまでの評価は得られていないようだ。
『必要なものは私から手配してあるわ。大事なお客様だから、くれぐれも丁重に頼んだわよ』
「
……
了解」
ジェイドはふふ、と小さく笑うと最後にこう付け加えた。
『アベンチュリン。私は貴方を信じているから、心配はしていないわ。何もね』
「それはどうも」
通話を終えると、星ちゃんが期待しきった顔で僕を見ていた。「泊まっていって」と伝えると、嬉しそうに頬を綻ばせる。
「やった!まだ遊べるね。アベンチュリン、次は何する?」
「そうだなぁ
……
とりあえず、ゲームの前に君に必要なものを用意しておきたいかな」
そう言うと同時にチャイムが鳴る。扉の前に置いておくよう伝えて配達員を帰らせ、去った頃に回収。予想通り、ジェイドが速達で手配した星ちゃん宛の日用品が入っていた。
「化粧品や歯磨き粉も入ってる。見たことないけど何か高そう」
目をキラキラさせながら中身をポイポイと出していく星ちゃんは、随分楽しそうだ。男の部屋にお泊まりという意味が本当に分かっていないようで、こちらとしては気が気でない。
「
……
?なんだろ、これ」
「星ちゃん、ストップ。それは多分、下着の替えだと思うよ。他の着替えは
……
僕の家のものを用意するから、ちょっと待っていて」
薄紙に包まれたものを無防備に開けようとしたので、流石にストップをかける。
ジェイドがパジャマや洋服等を手配しなかったのは、僕が星ちゃんに似合いそうだと衝動買いしたものを家に溜め込んでいると知っているからだろう。全部お見通しというわけだ。
渡す機会を逃したプレゼント達を出そうとリビングを出たところで、後ろから「わっ」と驚いた声が響いた。
「紐みたいの付いてるけど、どうやって付けるんだろ
……
後で聞こう」
後で誰に聞くつもりなんだろうか。まさかとは思うけど、僕に聞くつもりじゃないよね?
***
星ちゃんは僕の家に泊まることについて何にも気にしていないようだったので、僕も変に意識しないよう努めた。
幸い、彼女がアレコレと持ち込んだ大量のボードゲームやカードゲームに興じているうちに気にならなくなったというのもある。食事もゲームの合間に宅配で手配し、お風呂も問題なく済ませた。
深緑のルームウェアに身を包んだ星ちゃんは、今はまるで自分の家のようにソファでゴロゴロしている。
「このパジャマ、柔らかくて着心地良い」
「そう?良かった。提携先の企業から貰ったんだけど、持て余していてね。君が貰ってくれると嬉しいな」
勿論、これは嘘だ。彼女に似合いそうだと思って買った服の一着。サイズは目測だったけれど、ぴったりだった。今後はこのサイズを目安に調達出来るので、市場調査としても上々の結果と言える。
「
……
女性サイズをもらったの?アベンチュリン、彼女いると思われてるんじゃない?」
「生憎、そんな相手はいないんだけどね」
「ふーん」
星ちゃんはころりと体勢を変えて、僕の肩に寄りかかる。そのまま携帯端末のゲームを始めてしまったので、特にこの行動に意味はないんだろうなぁと僕も気にしないことにした。
しばらくそのまま無言で過ごしていると、隣からふぁ、とあくびが聞こえてくる。
「星ちゃん、そろそろ眠くなってきたんじゃない?僕はソファで寝るから、君はベッドを使って」
「え、私がお邪魔してるんだからソファでいいよ。これもふかふかで柔らかそうだし」
「お客さんにそんなことさせるわけにはいかないよ。準備するから、歯を磨いてきて」
「別に良いのに
……
」
渋る星ちゃんを洗面所に押し込み、ベッドルームを軽く片付ける。普段からそんなに物は置いていないけれど、仕事関係のものがないかチェックしてリネンを新しいものに取り替えた。
「人のベッドで寝るの、抵抗があるかもしれないけど
……
ごめんね。これしかないからさ」
「全然気にしないよ。なのや丹恒のとこで寝ることもあるし」
「
……
え、一緒に
……
ってことかい?」
三月さんはともかく、丹恒くんも?と驚くと星ちゃんは当たり前のように頷いた。
「なのとはよく一緒に寝てる。丹恒は私が来ると黙って別のところに行っちゃう」
「
…………
そう」
今度、丹恒くんに安眠寝袋を差し入れたほうが良いかもしれない。色々と苦労をしていそうだ。
そう思いつつ星ちゃんを寝室へ通し、照明の使い方を説明して部屋を出た。
「それじゃあ星ちゃん、おやすみ。良い夢を」
「うん、おやすみアベンチュリン」
彼女がベッドから手を振るのを見届けて、部屋の扉を閉めた。
その後リビングの片付けや、緊急で入った仕事の処理などで1時間ほど経過。僕も寝ようと洗面所で歯を磨いていたところに星ちゃんが現れ、今に至る。
***
「もう寝てる
……
寝つきいいね、星ちゃん」
「む
……
むー
……
」
「変わった寝言だなぁ」
僕の隣ですやすやと眠っている星ちゃんの頬を軽くつつく。
洗面所でやれベッドだソファだ倫理上問題があるそんなことない友達なら普通だとか散々揉めたのだが、最終的に僕が折れることになった。
「真っ暗な部屋で一人なの、こ
……
こわいから、一緒に寝て
……
」
「
……
星ちゃん、でも」
「一緒に寝てくれなかったらジェイドに『アベンチュリンが冷たい』って訴える」
「今日一番のホラー発言はやめてくれマイフレンド」
その脅しに屈したわけではないけれど、あれだけ頑なに「怖い」と言わなかった星ちゃんが素直になったので余程怖かったんだと判断した。部屋のメイン照明は残念ながらオンオフだけだったので、別の部屋からスタンドライトを持ってきてベッドサイドに置く。
眠りの妨げにならないくらいに明るさを絞り、ベッドに入って「おいで」と促すと星ちゃんは安心したようにくっついてきた。
「狭くない?」
「大丈夫。このベッド、広すぎるくらい」
「
……
そんなにくっつかなくても逃げたりしないよ」
「やだ。あんた、私が寝たらこっそり出て行くかもしれないし」
バレていた。流石にこのまま同衾するのはマズいから、彼女が寝たら出て行くつもりだったのに。腰にしっかり手を回され、逃げられない。
「
……
星ちゃん、誰にでもこんなことしてないよね?」
「するわけないでしょ。今日はその
……
怖い映画見たから、悪夢を見ないようにするためだよ」
「二人で寝たら悪夢を見なくて済むのかい?」
初めて聞く話だ。本当にそうなら、どれだけ良いだろう。
僕の顔を見上げた星ちゃんは「そうだよ」と強く頷く。
「もし悪夢に魘されても、隣にいたら気付いてあげられるでしょ」
その時は起こしてあげる。そう力強く言って、彼女はゆっくり瞼を閉じた。
「
……
そうか、そうだね」
腕の中が温かくて、柔らかい。彼女は星核の器として造られたと聞くけれど、人と変わらない命の温もりを感じた。
「地獄が待っているとしても、終わらせてくれる人がいるなら
……
少しだけ、怖くないかもしれないね
……
」
温もりを抱いているせいだろうか、今日は僕も眠りに誘われるのが早い。変えられない悪夢に引き摺り込まれるのが憂鬱で、この瞬間はいつも嫌いだったけれど。
今日は、不思議と静かな気持ちで夢を迎えることが出来た気がする。
「
……
よく寝てる。魘されてもいなそう」
「
……
ん
……
」
「おやすみ。たまには良い夢見てよね」
「
……
せい、ちゃん
……
」
「うん?」
「だめ、だ
……
そのゴミは
……
企業機密
……
」
「夢の中の私、何してんの?」
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