アサフタ
2024-08-13 01:12:55
2813文字
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スピ夢/ホリゾンブルーの夢

最終回後、スピナーくんと手記の話。ネームレス夢主の片思い。弔くんとスピナーくんの友情の方が濃い。
捏造盛り盛り。出版に詳しくないので変なところもある。倫理観もない。

 ホリゾンブルーの表紙をなぞりながら、スピナーが嗤う。
「こんな綺麗な色でいいのか?」
 世界中の苦さを味わったような口調とは裏腹に、タイトルを眺める視線は柔らかい。真っ赤な瞳が、振り出す前の曇り空のように揺れる。
 青年がパラ、パラ、とページをめくり始めた。おかげで何も喋れない。沈黙が面会室を満たす。
 頭から最後まで読み切る時間がない事は、彼も知っているはずだ。それでも、自身の回顧録を手放す気はないらしい。それならいっそ私を置いて独房に戻ればいいのでは、と思うが、私にとって都合が悪いので口にしない。
 文字をなぞる眼差しに、心臓が震える。体内で鳴り響く重低音によって、血液が全身をめぐる。羞恥と緊張、それから歓び。あらゆる感情に襲われながら、この一年通い続けた相手を眺める。残念ながら、彼がこちらを見てくれることはないけれど。
 ああ、いや。一度だけ。
 初めましてのときだけは、怪訝そうに細めた瞳に私を映してくれたのだ。



 一般的に、ヴィランの手記は出版社からオファーを受けて執筆されることが多い。だが、彼は自ら書き記すと宣言した。それも、ヒーローの前で。
 本来なら、口先だけで受け入れて実際には発行しない。原稿を預かったうえで、受け入れてくれる出版社が見つからないと誤魔化せばいい。敵連合の罪科はあまりに重く、スピナーが社会復帰するには寿命以上の年数が必要だ。書店に赴く機会もないし、やりようはいくらでもある。はずだった。
 しかし、彼の覚悟を耳にしたヒーローは純粋に待っていると返したらしい。名前こそ知らされなかったが、どうやら国的にも重要な英雄のようだ。目星はついているが、わざわざ口にして睨まれたくないので知らないふりをしておく。
 それでも、この話を聞いたときに私の頭は真っ白に塗りつぶされた。だが次の瞬間、怒涛の感情が流れ込む。あまりの勢いに、酷い眩暈と痛みを覚えた。
 かつてデストロの手記によって、異能開放主義者がひそやかに増えた。着々と力を付けた彼らは、敵連合に与して社会の混乱を引き起こしたじゃないか。スピナーの自伝は『異能解放戦線』の二の舞になるのではないか。
 不安に満ちていた私に、国の偉い人は優しくも厳しい声で説明をした。
 世界を救ったヒーローとの約束を違えさせるわけにはいかない。また、当事者を通じて敵連合の姿を解きほぐせば、今後の敵研究に役立つはずだ。それに、これは歪な社会の犠牲者に対する恩情でもある。
 並べられたお題目に口角が下がった。説得という体面をとられているが、一介の筆記者に断る権利など与えられていない。
 溜息を飲み込み、口述者との対面を果たす。彼は筆記用具として人間が与えられるとは予想もしていなかったのだろう。訝し気な顔でこちらを睨んでいた。
「面会希望者がいるなんて聞いてないけど」
 愛想のない言葉を吐き捨てつつ椅子に座った姿を、今も覚えている。



 てっきり、序章になると思っていた彼の来歴は語られなかった。
 ぽつぽつと言葉を選びながら、しかし的確な形で述べる唇は、時折ゆるんだり引き結ばれたりしながら敵連合の歩みを連ねる。
 彼個人の生い立ちにも、構成員の経歴にも触れず、ただ日々の日常が重ねられた。もっとも、その日常自体が一般市民にとっては刺激的すぎる内容だが。
 それでも、彼の過去からカタルシスを得ようとしていた人にとっては物足りないに違いない。
 もちろん、文面からは世間への嫌悪はにじんでいる。しかし、他者への憎悪を詳らかにすることもなければ、世間から向けられた冷淡を書き連ねることもない。ただ、過ぎ去った日々が並べられていた。
 そうやって紡がれた物語は美しい。その美しさは、光を反射する水面のように眩しいものではない。宝石のような煌びやかさもない。
 例えるなら、轟々と焼ける夏の日差しに似ている。あるいはステージライトの灯りに浮いた埃か。または、耳が千切れそうなほど透き通った痛々しい冬の朝のような形をしている。
 それを明確に感じ取れるのは、彼の声で紡がれたときだ。本人の口から発される思い出が一番美しい。
 だけど、その時間ももう終わり。漢字のひらきを確認したり推敲したりするためだと嘯いて、ずるずると引き延ばしていた〆切もとうに過ぎた。
 過去のスピナーから現在のスピナーへと意識を戻す。一通り目を通したのか、分厚い書籍は閉じられていた。どうやら内容はお眼鏡にかなったらしい。なにも言及せず、表紙へと視線を落としている。
 最初のころ、AFOによる能無改造の影響が抜けていないから激昂させないように。そう注意を受けたが、彼が私の前で形を変えることはついぞなかった。どうせなら、余すことなく知りたい。そう願ってしまうには、一年は十分な長さだった。
 感傷にひたる私へ、ガラスの向こうから表紙への感想が述べられる。
「ヴィランらしくない色合いだな」
 もっと暗い色の方がいいだろ、と問う瞳が濁って見える。それを晴らしたくて、告白する少女にも告解する罪人にも似た調子でおどけた。
「実はこれ、試し刷りなんです」
「は?」
「一冊だけすれる印刷所で、お願いしたの」
 私が打ち明けた内容に、室内がざわついた。監視カメラの向こうからも、戸惑う気配が伝わってくる。
 当然だ。彼の原稿は偉い人の検閲後、ヒーローたちと合議の上で出版社を選定する予定だったのだから。それを一冊だけとはいえ、勝手に市井の印刷所に持ち込むなんて。
 私の頭を疑う視線が、そこかしこから飛んでくる。だけど、どうしてもこの色を使いたかった。
「書店に並ぶのは恐らく貴方の予想通り暗色でしょう。そちらは後任者から見本を貰ってください」
 これは、死柄木弔の色だから。
 付け足した説明に、スピナーが目を見張った。そこに映っているのは、私ではなく記憶の中にいる彼の友人だろう。
 淡い水色に、少しだけ暗さを足した髪の毛。顔に装着した手のひらから覗く真っ赤な瞳。初めて顔合わせをしたときは、そういう配色だったらしい。体の線も細かったとか。
 人々に大いなる傷跡として刻まれた姿とは異なるが、だからこそ選んだ。
「でも、この色だと少し明るすぎたかなあ」
 独りごちた私に同意するように、眉間を寄せたスピナーが頷く。
「目だってこんなにキラキラしてなかった」
 は、と鼻から抜けた吐息が笑いを示す。一方、表紙を撫でる指先はひたすらに優しかった。箔押しに電灯の明かりが反射し、タイトルを見つめる眼に映りこむ。赤に赤が重なって、とびきり甘い果実のようだ。舌に乗せれば痺れる苦さも味わえるだろう。そんな気がする。
 齧りたい。胸の底にちゃぷちゃぷと欲望が溜まっていくのを感じたものの、どれだけ希ったところで私は彼らが夢見たホリゾンブルーには届かないのだ。
 きっと。


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