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ほしのまなつ
2026-02-13 05:47:01
2854文字
Public
:一郎×3世短編
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🥞🎩3️⃣/ジュリエット・スター
いつかの帰りみち
ふたりの帰りみち
・
・
・
――
サァァァァ
……
やわらかな雨が、メフィストの身体から体温を奪っていく。『最果て』と呼ばれるこの森は、魔界でも見放された場所だ。
ぬれた身体は重く、つめたい。とたんに自分が役に立たないモノのような気持ちになる。
(
――
ちがう)
ゆるゆると首をふって、必死に否定した。
「
……
あくま、くん」
「なんだ?」
――
まるでひとかけらも零すまいと、だいじに、だいじに背負われたじぶんが不要なものであるはずがない。
めのまえの張り詰めた背中。
見覚えのあるしましまのTシャツじゃない。
今回の案件を引き受けてすぐだ。くだんの上級悪魔を還すためにこの森を利用することは決定事項だった。瘴気対策であつらえたロングコートは、一郎の長身によく映えている。
宵闇の色は、メフィストの正装のいろだ。
その背中におぶられ、
いま、暗い森の中を駆けている。
「
――
すぐに森をぬける。今日はこのまま見えない学校へ直行だ。ピクシーたちが待機している」
「うん」
「君の右手は、時間がかかるそうだ。ホットケーキは完全に治ってからだな」
「
……
うん」
「しばらく不便だろう。家事は百目が手伝いにくるそうだ。たぶんこうもり猫もくる」
「うん」
「
……
クソ
……
すっかり蟹汁を食べ損ねた。来年こそいくぞ、メフィスト」
本当に悔しそうに言うので、すこしわらってしまった。
一年前だ。この時期、メフィストは家族旅行に行くことが定番となっていた。一郎は、メフィストの返事をきくとすぐ両親に翌年の予定を確認にきたのだ。
一郎は『いいよ』って言う瞬間までずっと緊張していた。なんか様子がへんだな? とは思ってたけど、メフィストを誘いたかったのだ。ずっと。誠実な不器用さがうれしかった。
メフィストをあんなに一生懸命に誘ってくれたのに。
だいじな、大事な約束だった。
おれも残念だよ。いやだよって、ちゃんと言いたいのに。
「まだ寝ていろ」
「
……
あくまくん」
――
ちゅうして、って。
こしょこしょとナイショ話するみたいに告げる。
歩みをすこしもゆるめない天才は、さすがだなって思った。
「以前それを断ったのは、きみだ」
即答だ。声がすねたように聞こえるのは気のせいじゃない。『どれだけ回復効果があるのか試したい』と真顔で提案してきた一郎に、こんこんとお説教したのはメフィストだ。
「そういうのは恋人じゃないとダメだって、君が」
一言一句その通りだ。メフィストにそう言われた一郎は、それから一度もそのことに触れてこない。
口に出しちゃだめなこと。
相手が悲しんだり、いやだと思うこと。
一郎は本当によく考えるようになった。悩んで、考えて、選び抜いた言葉をメフィストに捧げてくれる。
だからメフィストも、ちゃんと言わないといけない。
「君のそれは、不可逆な怪我じゃない。前メシアの折り込み済だ。時間がかかっても完治する。焦らなくていい」
「うん」
「蟹汁だって、来年行こう。ホットケーキだって毎日のように作ってもらうぞ」
声が得意げだ。きっと合ってる。
一郎がうれしいとメフィストもうれしい。
「あくまくん、おれ、ね」
「
――
メフィスト?」
「すき」
いっしゅんだけ、一郎の動きが止まる。本当に一瞬だ。
湿った地面を蹴る脚は、すぐに再開してしまったけれど。
「すき。ちゃんと、おれ、ゆってなかった
……
」
悪魔くんは、がんばって、がんばって色んなことを言葉にしてくれてるのに。
おれはいっぱい、大事なことばをもらっていたのに。
コート越しの背中に、ひっしにしがみつく。
感覚のない右手がもどかしい。
「あくまくん、すき」
無言になってしまった一郎が、メフィストをおぶったまま、ゆっくりと頷いている。たぶん、いま、すごくあたまの中でたくさんのことを処理しているのだろう。
(
……
よか、った
……
)
大事なことは伝わったはずだ。メフィストの父よりはまだ頼りない、だけどメフィストよりも広い背中に、ほてる頬をあずける。
いつのまにかここが、
いちばん安心する場所になっていた。
「すき。ちゃんと、おぼえててね
……
」
限界だった。瞼がおもい。
一郎はやっぱり無言だったけれど、こくこく頷いてる。
それを視界のはしにとらえて、メフィストはようやく安心して意識を手放したのだった。
・
・
・
「クソオヤジ。いや、
義父
とう
さん」
「
……
あー
……
大丈夫だよ、一郎」
魔力が遮断された忌々しい森は、嫌になるほど静かだった。
その前から魔力切れを起こし、杖を握る右手の温度を失うほど肉体も損傷したメフィストは、一郎の背中であどけない寝息を立てている。
(ああ
――
)
呼吸がきこえる。たしかな心音も、かすれた声も。
一郎にぎゅっとひっついた小さな身体はまるで、ふたりでひとつのイキモノのようだと思った。
メフィストが起きる直前まで『オジさんが、代わるよ?』『この子のおんぶは慣れてるからねぇ』などと何度も何度も言ってきた2世の声は、さっきから途絶えたままだ。
「
――
気配を。だまって気配を消してくれて助かった。
義父
とう
さん
……
」
ありがとう、と。
平淡になってしまったが、なんとか口にする。でなければメフィストのたいせつな告白を聞くことができなかった。
(そうか、これが
――
)
『空気を読む』というヤツだ。確かに重要だ。助かった。こんなにも痛感する実践があるか。あった。正直に言えばこんな場面で学びたくなかった。嘘だ。感謝しかない。
そうでなければ、あんなにかわいい告白を一郎は逃してしまうところだったのだ。
自分たちのすぐ後ろに敬愛する伯父や、父親がいると知っていたら、あんなこと
――
「ぼくも、すきだ」
メフィストが起きたら、ちゃんと告げよう。
いったいどんな顔で、ぼくに告げてくれたんだろう。
いったいどんな顔で、ぼくの告白をきいてくれるんだろう。
(ぜったいにかわいい)
懸念があるとしたら『すき』の意味が、一郎とは違うかもしれない。
(
――
違う
……
?)
ちゅうはダメだと言っていた子が、していいと言う。
それからぼくをすきだ、って
――
「
……
一郎、こら。やめなさい。少なくとも親の見てる前はだめだ」
「それもちげーよ真吾くん。おい、意識がない子にするのはもっとダメだからな、婿どの」
「
……
確かにだめだ。起きている方がいい」
「そこじゃねぇ~~~
……
エッちゃんたすけて」
たどりついてしまった大正解に、即実行を試みようとした天才の動きが止まる。
雨はいつのまにか止んでいた。出口はもうすぐだ。
さっきまで声も気配も消していた保護者たちの窘める声が、いまだ静かな森に落ちていく。
そうして見えない学校で、かの悪魔大公が『埋れ木一郎、わが婿どの。お前に条件がある』と立ちはだかるのは、この数時間後のことだった。
・
・
・
※これより悪魔界のスーパースタ
―
・メフィスト老による、
『~第一回~婿どの審議会』が開催される
……
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