高梨 來
2026-02-14 00:00:00
16151文字
Public ときメモGS2/小説
 

バレンタイン大作戦

2年目のバレンタインに手作りチョコ作りに奮闘するお話。ヒロインデフォルト名:海野あかり

「ええ~、お姉ちゃん今年はバレンタインチョコ作らないのぉ~!?」
「うん、まぁ……ごめんね」
 口いっぱいにおやつのバタークッキーを頬張りながら告げられる遊くんからの抗議に、ぺこぺこと頭を下げて謝るのに必死になる。
 気持ちはすごくありがたい、でも。まぁなんというか、こちらにも色々と事情というものがあるわけで――。申し訳なさで縮こまりたくなっていれば、むくれたようすの言葉が続く。
「なぁんだつまんないのぉ、今年はどんなのにしようかってもう考えてたのにさぁ」
「だってほら、今年も遊くんに迷惑をかけるわけにはいかないから」
 気まずい心地で答えながら、脳裏にまざまざとよみがえる昨年の〝顛末〟にぞくりと胸の奥が冷たくなるのを感じる。


「よし、28度になったよ。このくらいでちょうどいいはず。お姉ちゃん、かき混ぜて」
 遊くんが温度計をひょい、と引き抜いたチョコレートの入ったボウルの中身をゴムべらでこわごわと混ぜ合わせ始めれば、傍らからは手厳しい叱咤激励が届けられる。
「お姉ちゃんそれじゃだめだよ、もっとちゃんと外から内側に向けて円を描くみたいにして! 同じ方向ばっかりじゃだめだからね、おれの言ったタイミングに合わせて!」
 ボウルが倒れないようにしっかり片手で支えながら、遊くんに言われた通りに必死にゴムべらでかき混ぜる――のに、なぜかうまくいかない。卵かけご飯を作るときとは違って、溶かしたチョコレートはもったりと重たくて腕がだるくなってくるし、なんだかボウルの中身はだんだんむらになって固まってきている気がする。
「違うよ、今度は反対回り、もっと外側から内側に向けて円を描くみたいに! ああ、遅い! それじゃあ温度が下がり過ぎちゃう!」
 焦ったようすの言葉に、どんどん頭の中がパニックになってくるのを感じる。
 初心者でも簡単・誰でも出来るなんて言ったのは誰? ボウルの中のチョコレートは本の中の写真とは違ってなんだか艶もないし、ところどころにぷつぷつと気泡が浮かんでいる。
「違うよ、底から掬うみたいにするの! それで大きく内から外に向かってかき混ぜるの! それじゃ逆だよ!」
 こちらを見守る遊くんの声にも、だんだんと苛立ちが滲んでくる。
 そうだよね、見たいテレビがあったかもしれない中、わざわざ家までお手伝いに来てくれてこんなじゃあ。
『じゃあ遊くんがやってよ!』喉元までこみあげてきた言葉をぐっと飲み込み、ゴムべらを握りしめた手に力を込めていれば、横からは気遣うような、少し弱気な声が掛けられる。
「もうそろそろいいよ、あんまりかき混ぜすぎるのもよくないから。お姉ちゃん、今度はもう一度少し温めるから、チョコをこっちの大きいボウルにつけてくれる?」
 言われた通りの手順に沿い、チョコを再度温め直してから、あらかじめ用意していた型へと流し入れる――なあに、固まれば多分どうにかなる。あとはデコレーションをして仕上げれば完成だ。
 いよいよ明日はバレンタイン。少しくらい見た目が悪くたって、気持ちを込めて作った手作りのチョコレートに勝るものはないはずだから。



「あの時は悲惨だったわよねえ、何時間も待って固めたチョコは白いぷつぷつだらけで……。あかりってば、『なにこれ、かびが生えてる!』だなんて大騒ぎしちゃってねえ?」
「もうお母さん……やめてよ、蒸し返さないで」
 キッチンに立ったお母さんが水切り棚の食器を布巾で丁寧に拭き上げながら掛ける言葉に、思わずかぁっとほっぺが熱くなる。
 こんなのとてもじゃないけれど氷上くんにあげられるわけがない、一目みただけで返されちゃう。情けなさと申し訳なさで頭がいっぱいになりながら、自分用のつもりで買っていたチョコレートを手にしょんぼりした気持ちで学校へと向かった去年の一部始終がまざまざとよみがえる。
「だから言ったじゃない、日頃からお母さんのお手伝いをちゃんとしておくのよって」
 遊くんはあかりとは違うものねー。ぱちりとウインクをこぼしながら掛けられる声に、向かい側の席に座った遊くんはまんざらでもなさそうに得意げに微笑む。
「まぁお姉ちゃんが不器用なのはわかったからさ、今年はもっとお姉ちゃんの苦手な作業が少ないのにしようかなってちゃんと考えてたんだよ、おれ」
「うん、まぁ……アリガトウゴザイマス」
 去年の猛反省を生かし、あれから一年はお母さんの手伝いだって、家庭科の調理実習だってそれはもう真剣に頑張ってきたつもりだ。今年こそは、去年の雪辱を晴らそうとも思っていたのだけれど、でも――
「あら、でも今年はたしかはるひちゃんが来てくれるんじゃなかったっけ? デコチョコを一緒に作る約束をしてるとか、なんとか」
 晩ごはんの支度をしながらぽつりと囁かれたお母さんの明るい声に、ホットココアのカップを手にした遊くんは「えーっ!」とおおげさな抗議の声をあげる。
「なにそれ? 聞いてないよ?」
 お伝えしていないからですね、ええ。思わず敬語になりながら、ぎこちなく肩をすくめる。
「ほら、それは……今年も遊くんのお手を煩わせるのは申し訳ないと思ったから、デス」
 それに、その、女の子同士水入らずで恋バナに花を咲かせながらチョコ作りをするのもきっと楽しいだろうと思ったからで。
 バタークッキーのおかわりに手を伸ばしながら、得意げに遊くんは呟く。
「はるひお姉ちゃんってアナスタシアでバイトしてる関西弁の元気なお姉ちゃんでしょ? おれだって顔見知りなんだしさ、仲間はずれにしないでよ。ねっ、いいでしょ?」
「あぁ、まぁ……明日にでもはるひに聞いてみるね。それからでもいい?」
 こほんと、ごまかすように咳払いをこぼし、カップの持ち手に絡めた指先にぐっと力を込める。
 なんだかんだと優しいはるひのことだから、嫌がるなんてことはないと思うけれど――めんどうなことになっちゃったなぁなんていうのが、嘘偽りのない本音だ。
 気づかれないようにと苦笑いをこぼすこちらに、いつも通りの明るい口ぶりで遊くんは尋ねる。
「ねえお姉ちゃん、デコチョコってどんなのを作るの?」
「ああ、市販のマフィンやタルトなんかを買ってきてね、チョコペンで絵を描いたり、お菓子のパーツを乗せたりするの。セットでパーツが売ってるんだけど、かなりたくさん入ってるんだって。ふたりで違う種類をいくつか買って分け合った方が効率もいいでしょ? ってはるひに誘われて」
 折角なら〝本命用〟も一緒に作らせてもらうつもりだったけれど――遊くんも来ることになるのなら、話は別だ。
「そっかぁ、じゃあ俺も色々買って準備しておこっかなぁ。楽しそうだもんね」
「あら、遊くんは貰う側でしょ? 誰にあげるつもりなの?」
 興味深げなお母さんの問いかけに、得意げに遊くんは答える。
「えー、そんなの決まってんじゃん。お母さんとお姉ちゃんと、クラスの子。それに、おばさんにもね」
「あら、私にもくれる予定なの?」
 くすくすとうれしそうに笑う声に、場の空気は自然とふわり、と温められる。
「遊くんってばほんとうにいい子ねえ。遊くんがうちの子だったらよかったのに」
「ええ、だめだよおばさん。そんなだったら将来お姉ちゃんの彼氏に立候補できなくなっちゃうじゃん!」
「あら、それは聞き捨てならないわね」
 思わず身を乗り出すお母さんを制するように、慌てて首を横に振り、わたしは答える。
「ちょっと遊くん、それにお母さんも……!」

(どうしよう、思ったよりもおおごとになってきちゃってない?)

 ぐるぐると思案に明け暮れながら、思わず大げさにため息をこぼす。
 運命の日まではあと二週間――さてはて、今年は一体どうなることやら。





 カラフルなチョコペンに色とりどりのミックススプレー、ハートや星のチョコパーツ、市販の動物やアルファベットの形のビスケット、プチサイズのカップケーキ。作業用のシートを敷いたダイニングテーブルには、三人で買い揃えた色とりどりのデコチョコ用の材料がところ狭しと並んでいる。
「さーて、はりきって作っていくで~!」
「いっくよ~!」
「お、おう……
 気合い十分、と言わんばかりのふたりの勢いにどこか気圧されるような心地になりながら、ちいさな声でそう答える。今年は土台用のチョコは市販のものを使うことにしたから、去年の二の舞を踏むことはないだろうけれど――でも。
「ねえはるひお姉ちゃん、最初は何から作るの?」
「せやなぁ、ひとまずはカップケーキからにしとこか」
 はるひはそう答えると、市販の一口サイズのチョコレートのプチカップケーキをクッキングシートの上へと綺麗に並べていく。
「まずはこれのてっぺんに、さっき溶かしたチョコをつけて」
 レンジで溶かしたチョコをマフィンの頭ににちょんと付け、ずらりと並んだデコ材料の中から星型のお砂糖と銀色のアラザンをそっと手に取り、ピンセットでちょん、ちょん、とのせていく――魔法のようにあっという間に仕上げられるきらきらのお星さまの輝きをちりばめたカップケーキを前に、思わず「ほう」とため息がこぼれる。
「チョコペンで模様が描きたい時はいったん乾かしてから。そのまま色々のせたい場合は乾く前やで」
 な、簡単やろ? ぱちり、と得意げにウインクをこぼしながらかけられる言葉に、思わずどきりと胸の奥が跳ねる。
 去年あんなに苦戦したテンパリング作業は、はるひが電子レンジでさっと難なく行ってくれたおかげで、現在の我が家にはホワイトにミルクにいちごと、計三色の彩りも鮮やかなチョコレートソースが並んでいる。勿論、はるひの腕によって手際よくかき混ぜられたチョコはみるからに艶々で、気泡なんてかけらもない。
「よおし、じゃあおれは両方つーくろっと」
「じゃあわたしも、まずはひとつ目を……
 エプロン姿で腕まくりをする遊くんの隣で、おそるおそると、いちごのチョコレートにカップケーキをつけ、色とりどりのハートのチョコとチョコスプレーをぱらぱらと上にかけてみる。うん、まぁ……上出来だ、たぶん。
「へえ、かわいく出来たやん」
 明るく弾んだようすのはるひの声に、おもわずほっと安堵の息が漏れる。
「あぁ、うん。ありがとう」
「ほんまはクリームでデコってもかわいいんやけど、持ち運ぶのにあんまり向かへんしなぁ」
「前にはばチャにも載ってたよね、お花が絞ってあるの。あれってどうやって作るのかな、はるひは知ってる?」
 薔薇の花にダリアにマーガレットに――色とりどりの花を模したクリームでデコレーションされた豪華なカップケーキを目にした時の胸の高鳴りがありありと蘇る。
 あんなに立派なものを自分で作った、なんて言えればさぞかし驚かせることが出来るだろうけれど――いやいや、そこまで高望みをしてはいけない。
 首を傾げるこちらへ、にっこりと得意げに笑いながらはるひは答える。
「あぁ、あれはバタークリームっていうてな、卵白とバターを混ぜた固めのクリームを専用の口金で絞って作るんよ。白餡で作るのもあるらしいで」
「へぇ、そうなんだ」
「ねえお姉ちゃん、おれもそのケーキ見たいんだけど」
 つんつんと割烹着の袖をひっぱりながら遊くんから掛けられる言葉に、たしなめるようにはるひは言う。
「今月のはばチャやったやんな? 後で見せたるわ、せやから遊くんはあんまりあかりのこと困らせへんといてな。いまは調理に集中やで」
 な、さくさく行くで? 答えながらも、はるひの手元はてきぱきとカップケーキを可愛くデコっていく。
 慣れない手つきでこわごわと材料を載せたこちらとはちがって、はるひのそれは彩りもバランスも完璧だ。
「材料はこんだけあるんやし、あとはフィーリングやな。なぁ遊くん、遊くんの持ってきてくれたビスケットやけどちょっともらってええ?」
 うさぎの形のビスケットを手に取ると、チョコペンでちょんちょんと器用に色を載せ、小さなリボン型のパーツを耳元に置く。みるみるうちに完成するのは、耳にピンクのリボンをつけ、おしゃれなパールのネックレスを下げたうさぎのビスケットだ。
「な、こんなんもかわいいやろ? 遊くん、ありがとう」
「はるひお姉ちゃんすごーい、おれもやろっかなぁ」
「いやいやそんなそんな、照れるやんかぁ」
 満足げなはるひの笑顔をじいっと見つめていれば、ぱぁっと頭の中の電球が点るようにアイデアの種が花を咲かせる。
「じゃわたしも……遊くん、おひとつ頂くね」
 くまの形のクッキー、続いて白色のチョコペンを手に取り、はるひとは違ってこわごわとした手つきでチューブの中身を絞り出すようにしながら絵を描いていく。白いペンで眼鏡を、水色のペンで首元にネクタイを描けば、ちょっぴり知的な雰囲気におめかしをしたくまさんの出来上がりだ。
「お姉ちゃんもじょうず!」
「へえ、よぉ出来てるやんかぁ」
「いやいや、そんなそんな」
 褒め上手なふたりの言葉におもわず肩をすくめるようにして答えるこちらへ、かぶせるようにはるひは囁く。
「いやあ、それにしてもちょ~っと誰かさんに似てるなぁ?」
「いや、その……そんな」
 たじたじになりながらぽつりと答えれば、傍らの遊くんからは冷ややかな視線がじろりと突き刺さる。
「ねえ、おねえちゃん。確かさぁ、おねえちゃんの学校にもいたよね? 眼鏡の人」
「いやいやそんなそんな、偶然じゃないかなぁ? ほら、遊くんもやってみない? 塗りつぶしたらサングラスになるしさ、ね?」
 うしろめたいことをしているつもりは勿論ないけれど、やっぱりちょっと恥ずかしいので。
 誤魔化すように笑いながら、ずらりと並んだデコ材料を眺める。
「さぁて、次はどれにしてみようかなぁ、迷っちゃうなぁ~。あ、そういえばさぁ、昔こういうのにカラフルなお砂糖がかかってるビスケットってあったよね? ほら、パステルカラーのピンクとか黄色とかのさ。蛍光っぽい色のもあってさぁ」
 自分でもわざとらしいような気はするけれど、まぁそれはそれとして。
 ぎこちなく視線を泳がせていれば、ぱぁっとひときわ明るいはるひの声が響く。
「あぁ、ヨーチやな。なんや懐かしいなぁ」
(はるひありがとう、ナイスパス!)
 心の中でだけそう唱えながら、手に取った羊の形のビスケットをまじまじと眺める。
「えー、おれ見たことない」
「最近はあんまり売ってへんからなぁ。またそのうち作ってみよか」
「ヨーチって作れるの?」
 てっきり買うものだと思っていたのに。瞳を丸くしてそう尋ねれば、得意げな声が返ってくる。
「ようはアイシングクッキーやろ? そない難しないはずやで。まぁそれはええとして」
 ぱちん、と手を叩き、号令をかけるように勢いよくはるひは答える。
「ええからいい加減、サクサク作ってサクサク片付けるで。あかりのお母さんかて、うちらがもたもたしてたらご飯の支度が出来へんくて困るやろ? さっ、気合入れよか?」
 腰に手を当て、台所いっぱいに響き渡るように〝はるひ隊長〟は高らかに宣言する。
「さて、皆の衆! バレンタインは明日や、ますます気合入れていくで、準備はええかー!」
「「おおー!」」
 声を揃えて元気いっぱいに答えながら、気持ちを新たにデコチョコ作りへの士気を高める。
 まずはここで慣れておけばきっと大丈夫、〝本番〟はこの後に控えているわけだし――




「さあて、こんだけあれば上出来やな。ええ感じに出来たやんか」
 机の上にずらりと並んだ完成品を眺めながら、得意げな言葉ぽつりと漏らされる。
 色とりどりのデコカップケーキにクッキー、おめかしをした動物ビスケット。三人で材料を揃えたからこそ仕上がった豪華なラインナップに、おもわず胸を張りたいような気持ちになる。
「それにしたってたくさん出来ちゃったね、種類もこんなにあるし」
「これやったら女子で配る分が足りへんくなるってことはないな。にしたって、遊くんはもらう方やろ? えらいようけ作ったやん」
 不可思議そうに首を傾げるはるひの問いかけに、きっぱりとした口ぶりで遊くんは答える。
「最近は男子とか女子とか関係なくみんなで交換してるからな~。うちのクラスにもさ、お母さんがお菓子教室の先生だからってよく作ってきてくれる男の子がいるんだよ」
「そうなんだ……?」
 うちの学校ではそんな感じってこれまでにも全然なかったのにな、ほんの数年で随分変わるもんなんだなぁ。
 どこか感心した気持ちでぽつりと囁けば、ずっしりと重そうなお買い物帰りの荷物を手にしたお母さんがひょっこりと台所に姿を現す。
「ただいまぁ。あら、随分立派なのがたくさん出来たのね。お店屋さんみたいねえ」
「あ、おばちゃんおかえりなさい!」
「えらいすみません、散らかしてしまって。すぐ片付けますんで」
 ぺこり、と頭を下げてそう告げるはるひの横で、慌ててセロファン袋やリボンを机の脇へと寄せる。
「お母さん、おかえりなさい。晩ごはんのしたくするよね? 手伝えることある?」
「あら、今日のあかりは随分いい子ねえ。はるひちゃんたちがいるからかしら?」
 得意げな笑顔で答え、腕まくりをしながらお母さんは答える。
「じゃあ野菜を洗うのをやってもらおうかしらね。そうだ、はるひちゃんも遊くんも、よかったらうちでご飯食べていく? きょうはシチューにする予定だったから、ふたりの分も用意できるわよ?」
 すぐさまぺこりと頭を下げ、はるひは答える。
「すみません、お気持ちはうれしいんですけど家でまだやることがあって……
「あら、だったら仕方ないわね。ごめんね、忙しいのに呼び止めちゃって。じゃあ遊くんはどうかしら?」
 お母さんの明るい声に、遊くんはすまなそうに首を横に振る。
「ありがとうおばちゃん、でもさ、うちはもうおれの分も用意してくれてると思うからいいや。ごめんね、わざわざ」
「あらいいのよ、急に誘っちゃったんだからね。ふたりとも、またよかったらいつでも遊びに来てくれる?」
「ありがとうございます。なぁ、あかりも今度うちに来てな。帰ったらおかんとおとんにも言うとくからさぁ」
「ええ、はるひお姉ちゃんばっかずるい~! おねえちゃん、うちにも遊びに来てよね、絶対だよ?」
「遊くんはお隣さんなんやろ? いつでも来れるやんか」
「そうだけどさぁ」
 不服そうにぷうっと頬をふくらませる遊くんを見ていたら、思わず自然と笑みがこぼれる。
「それにしても遊くんはほんま、あかりのことが大好きやなぁ」
「えぇ~!? まぁその通りだけどさぁ」
「あら、遊くんってば相変わらずおませさんね」
 くすくす笑いながらのお母さんのお馴染みの茶化しに、思わずさぁっと顔が熱くなる。いやいや、慕ってくれるのは素直に嬉しいんだけど……まぁ、なんというか……その。
 助けを求めるようにちらりと視線を注いだはるひの口元には、にっこりと得意げな笑みが浮かんでいる。
「あかりはええなぁ、こんなかわいい王子様がお隣さんやなんて安心やんか」
「カワイイは余計だけどなぁ~!」
 くすくす笑い合う声が響き合うリビングはまるで、一気に家族が増えたように賑やかだ。



「ほなそろそろ帰ろか。きょうはお世話になりました、お忙しいところお邪魔してすみませんでした。あかり、また明日学校でな」
「おねえちゃん、また明日ね」
 ずっしりと手作りチョコの詰まったカバンを肩から下げたはるひと、その隣に立った遊くんがぺこりと頭を下げる。
 ふたりが来たばかりの頃は、まだあんなに明るかったはずなのに――背中越しに見える空はとっぷりとあたたかな茜色に染め上げられ、またたくまに過ぎて行って時間の流れをありありと感じさせる。
「ああ、うん。ふたりとも、きょうはどうもありがとう」
 ぺこりと頭を下げながら、並んで帰っていく背中が夕闇にやわらかに溶けていくのをぼうっと眺める。
 あれ、遊くんの家はすぐ隣なのに――どうやら、はるひを途中まで送ってくれるつもりらしい。もう、すっかり王子様気分なんだから。

(明日またお礼を言わないと。はるひにも、遊くんにも……

 さて、いよいよ明日は本番だ――ほんとうの〝勝負〟はこれからなのは、ふたりには内緒なままだけれど。



 晩ご飯を食べ、お風呂に入り、宿題と予習を済ませ――気づけば、時計の針は夜の22時過ぎへと差し掛かろうとしていた。いつも楽しみにしているバラエティも、きょうばっかりはお預けだ。だって、きょうのわたしには特別任務があるのだから。

(よおし、頑張るぞ!)

 気合も充分にちらりと視線を落とした窓の外はとっぷりと日が落ち、こうこうと明るい月明かりがやわらかにこぼれる。

(去年は遊くんが帰った後もひとりで何度もチャレンジして、気づけばどんどん時間ばっかり過ぎて行って――

 このままじゃ朝になっちゃう、いい加減諦めないと。
 自分用のつもりで買っていたチョコを手に、寝不足でふらふらする中、情けない気持ちを必死に隠すようにしながらチョコを渡した去年の思い出がまざまざと蘇る。

(手作りよりも市販のチョコのほうがいいって男の子もいるみたいだし……それにほら、大切なのはあげたいっていう気持ちなんだから)

 必死にそう言い聞かせ、無理やりにでも自身を納得させようとした去年の苦い記憶に、ぎゅっと胸を締め付けけられるような心地になる。

 大丈夫、わたしはもう去年までとは違うんだから!
 ぱん、と両掌で頬を軽くはたくようにして、今一度気合を入れ直し、机の上に広げた材料をぐるりと見渡す。自己満足に過ぎないのはわかっている。はるひとは違って、不器用なわたしの手作りだなんて却って迷惑なだけで、市販の間違いのない綺麗なチョコのほうが喜ばれるだろうなんてことだって。それでも――折角に年の一度のチャンスなのだから、世界にひとつだけのオリジナルをあげたい。そう思わずにいられないのが、乙女心だなんてものではないだろうか。

 お風呂上がりのパジャマの上に昼間と同じエプロンをつけ、冷蔵庫にしまっておいた星形のチョコタルトを取り出す。このままでも十分素敵でおいしそうだけれど、でも――
 大小の粒がミックスになったシルバーとピンクのアラザン、湯煎で温めたチョコペン、それに、図書館で借りた図鑑を参考に何度も書き直した設計図――〝完成見本〟をまじまじと眺めながら、慎重な手つきでチョコペンを手にする。
 たとえ失敗しても、はるひと遊くんが協力してくれた友チョコがあるから――ううん、そんな逃げ道には頼らない。だってこれは、わたしが決めたことだから。みんなには内緒で、自分だけで仕上げて見せるんだって。

(待っててね。明日こそはちゃんと、わたしだけのとっておきを渡すから)

 息をするのも忘れそうになるほどの緊張感の中、まずはおそるおそると一本目の線を引く。
 大丈夫、きっと大丈夫。内緒の特訓だってこれまでに何度もしてきたんだし、今年こそは、絶対に失敗なんてしない。

 カーテン越しのとっぷりと暗い空に視線をやりながら、ふっと深く息をのみ、いびつに震えた線の上に、アラザンの星を輝かせる。
 きっと今夜の空にも輝いているはずの星を、この手で――運命の明日、2月14日にむけて。



 ついに訪れた運命の日、2月14日。
 いつもに増してにぎやかな放課後の校内では、むせかえるような甘い香りの中で、それぞれの想いがまるで、虹色に光るしゃぼん玉のように鮮やかに弾けていた。

「ねえ、佐伯くんはどこ?」
「さっき2号棟の方に行くのを見たってしげちんが」
「ええ、あたしは非常階段だって聞いたよ~!?」
「よし、二手に分かれよう! 抜け駆けはなしだかんね?」
 かわいらしいリボンのかかった紙袋を手に、落ち着かないようすできょろきょろと周囲を見回す女の子たちが足早に通り過ぎていくのをぼうっと眺める。

(佐伯くんってばまた逃げ回ってるんだ。いっそ気の毒だな、ここまでくると)

 人気者を探し回る女の子たち、あちこちで繰り広げられる友チョコ交換、期待に胸を膨らませ、ひどく落ち着かないようすでしきりに周囲を気にする男の子たち――校舎全体がそわそわと浮き足立った空気に包まれ、この日だけの〝お祭り〟の熱気は最高潮を迎えている。

(大丈夫、大丈夫。今年はちゃんと眠れたし、身支度もゆっくり出来た。チョコも崩れてないって、何度も確認したし……

 呪文のようにそう言い聞かせながら、前髪を丁寧に整え、制服のリボンを結び直す。かわいいだなんて思ってもらえなくてもいい。せめて、きちんとした女の子だと思ってもらえれば、それで上出来だ。
 気もそぞろなまま〝想い人〟の姿を探していれば、ふいに、去年のバレンタインのことが脳裏に浮かぶ。

「お菓子の持ち込みは禁止だぞ! と言いたいところだけれど……今日だけは見逃すようにと、先生にもそう言われているんだ」
 風紀委員の腕章をつけ、誇らしげに語っていた一年前の氷上くんの姿を思い出すだけで、胸の奥がキュンと甘くうわずる。

(あの時はびっくりしたなぁ。想いもしなかったもん、氷上くんがあんな風に〝例外〟を認めてくれるなんてこと)

 入学早々、校門前でたった15秒の遅刻に厳しい叱責を受けるだなんていう〝おおよそ最悪の第一印象〟を与えたはずの出会いからは、二年余りの月日が経とうとしていた。
 もしあの頃のままの、ルールを遵守することを何よりも重んじる氷上くんのままだったのだとしたら、バレンタインデーの〝特例〟なんてものも存在しないままだったのかもしれない。

(良かったな、でも。だって、一年に一度のとっておきのお楽しみに参加できないだなんて味気ないもん。)

 さて、氷上くんは一体どこだろう――確かきょうは生徒会の集まりが放課後にあるらしいとは、千代美ちゃんが教えてくれたけれど。

(この時間なら、まだ教室かな? すれ違っちゃいたくないし、まずはそっちにしよう。居なかったら生徒会室に行けばいいよね、たぶん)

 すれ違う生徒たちの手には、色とりどりの紙袋や、大きく膨らんだ手提げ袋。そのひとつひとつに、この日のためにと用意された特別な想いが詰まっているのだと思うと、胸の奥がきゅっとなる。
 一歩、また一歩と慎重に歩みを進めれば、廊下の大きな窓からは、あたたかな午後の光がふんだんに差し込んでいた。
 床へと伸びるすらりと長い影を追いかけるようにしながら角を曲がったその時だ。

(あ!)

 廊下の向こう側、掲示板の前に立つ制服姿がふいに視界へと飛び込んでくる。
 しゃんと背筋の伸びたすらりとした立ち姿、右腕の風紀委員の腕章、凛と整った横顔、それに何よりも、どこか厳しさを称えながらも、朗らかな温かさを秘めた優しい色を帯びた眼差し。

 どうしよう、呼びかけてもいいかな……いいよね、うん。
 ほんの少しばかりの逡巡からすぐさま、すうっと深く息をのみ、この日いちばん会いたくって仕方のなかった人の名前を呼ぶ。

「ひかみくーん!」

 やや控えめのつもりの声量で声を掛ければ、氷上くんはゆっくりとこちらへと振り向き、手を上げて答えてくれる。
 口元に浮かんだ涼やかな笑み、指先までピンと伸びた掌を顔の横でそっと振る仕草――どれひとつ取ったって隙なんて存在しない、王子様のような優雅な所作に、いまさらのように見惚れてしまいそうになる。

(どうしようわたし、変なふうににやけたりしてないよね?)

 必死に冷静さを装うようにしながら、気持ちばかりの速足で歩みを進める。本当ならすぐさま駆け寄りたいところだけれど、廊下を走るのは危ないので。

「やあ海野くん、何か用かい?」
 花の綻ぶような品の良い笑顔をじいっと見上げながら、ぐっと深く息をのむ。
 ここではちょっぴり人通りも多いけれど――まぁ仕方ない。
「ああ、氷上くん。あのね、ほら、きょうってバレンタインでしょ? 氷上くんにはその、いつもお世話になってるからって思って」
 きょう一日、うんと慎重に持ち運んでいた〝本命〟をそっと目の前に差し出しながらわたしは答える。
「これ、よかったらどうぞ。お口にあえばいいんだけど」
 リボンを結んだ紙袋を手渡せば、途端に、氷上くんの顔にはぱぁっと明るい笑みが広がる。
「これこれは、わざわざすまないな。気を遣わせてしまって。どうもありがとう。折角だから、少し見せてもらってもいいかい?」
「あぁ、うん……どうぞ」
 ちょっとはずかしいけれど、でも。緊張を隠せないまま、いつみたってしなやかで綺麗な指先が丁寧に中身を取り出すさまをぼうっと眺める。
「これはこれは。もしかして、君の手作りかい? また随分と結構なものをいただいてしまったな」
「あぁ、うん」
 土台になったタルトは市販のものだけれど――まぁ、そこは黙っておくとして。
「これは――オリオン座だな。ベテルギウスとリゲルの配置、そして三つ星の等間隔な並びに、星の大きさや色合いまで! うむ、実に見事だ。君はこれを作るのには相当な時間を要したんじゃないのかい? 恐れ入るよ」
「いやそんな……まぁ、」
 よかった、ほんとうに。おぼつかない手で描いたよれよれの星座は、ちゃんとそう見えてくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろしたい気持ちになりながら、氷上くんの手の中に渡ったチョコレートをまじまじと眺める。
 星形のタルトの上に大小のアラザンの星を貼り付け、白いチョコペンで星と星の間を線で結ぶ――そうしてチョコレートの空の上に浮かび上がらせたのは、冬の星座であるオリオン座模様だ
「ほら、前にも氷上くんが星の話をしてくれたことがあったでしょう? だからその、折角ならって思って、それで」
「どうもありがとう、大切に食べさせて貰うよ」
 さっと笑顔でチョコレートをしまおうとする姿を前に、慌ててわたしは答える。
「こちらこそありがとう、氷上くん。あの、それでね、実は……
 折角の機会なんだから、やっぱり。覚悟を決めるように、ポケットにしまったままだった包みを取り出す。
「これはその、おまけなんだけど……よかったらだけど、もらってくれる?」
「ああ、これはこれは。よく出来ているな、とてもかわいらしい」
 リボンタイを結んだ小さな袋に入っているのは、チョコペンでめがねとネクタイ、大きな丸襟とリボンをそれぞれに描いた二体のくまのビスケットだ。
「これはもしかしてだけれど、はね学の制服かい? こんなにも小さいのに見事だな。とても愛らしい」
「ああ、はるひが教えてくれたんだよ。こうやってちょっとおめかしさせてあげるとかわいいでしょう? って」
「へえ、西本くんが……なるほど、彼女らしいアイデアだな」
 優しく瞼を細め、感心したような口ぶりで氷上くんは答える。
「こうして見ていると、まるで君と僕が並んでいるようだな」
……えっ!」
 思いがけない言葉に、どくんと心臓の跳ねる音が廊下に響きそうになる。
 氷上くんってなんていうか……その。顔が真っ赤になりそうになるのを必死でこらえるこちらを前に、涼し気な口ぶりで言葉は続く。
……? 海野くん、どうかしたのかい? さっきからなんだか顔が少し赤いように見えるぞ。帰宅する前に保健室に寄っていくかい? なんなら僕が案内しようか?」
 いかにも生真面目な彼らしい返答を前に、慌てて大きく首を横に振り、私は答える。
「あぁ、違うの! 気のせいだよ、気のせい! ほら、そのちょっと……きょうね、寒いだろうって思ってその、カイロを貼りすぎたみたい? で」
 おおげさな身振り手振りで答えるこちらを前に、ふっとやわらかな笑みが返される。
「そうか、ならいいんだが……
 気恥ずかしさに駆られるまま、もどかしく視線をそよがせていれば、気遣うように優しく笑いかけながら氷上くんは答えてくれる。
「それにしたって、こんなに立派なもの、食べてしまうのが勿体ないな。そうだ、食べる前に父さんのデジカメを借りて写真を撮らせてもらうよ。いいだろう?」
「そんな、いいよ。でも――
「君は去年にもとても素晴らしいチョコレートをくれたろう? あの時の化粧箱も大切に取ってあるんだ。君が選んでくれたものだと思うと、記念に残しておきたくって。ありがとう、本当に」
「あぁ……うん、こちらこそ」
 どうしよう、すごくうれしい。
 言葉につれるように、じわりと、甘い蜜のような余韻が押し寄せてくる。
「本当にありがとう。なぁに、お返しだって忘れないさ。少しくらいは期待していてくれよな」
 にこやかに笑いかけながら、レンズ越しの視線がちらりと腕時計へと落とされる。
「すまない、もうこんな時間か。これから生徒会の集まりがあるんだ、そろそろ失礼させてもらうよ」
「あっ、ごめんなさい。気づかないで引き留めちゃって――その、気をつけてね」
 答え終わってすぐさま、慌てて口をつぐむ。
 なんか変じゃない? これから危ない場所に行くわけでもないのに。うろたえるこちらに気づいたのか、向かい合った氷上くんの口元にはゆるやかに弧を描く優しい笑みが広がる。
「どうもありがとう、気をつけるよ――君も帰路に着く際にはくれぐれも気をつけてくれたまえ。じゃあ僕はこの辺で。海野くん、また来週までどうか元気でいてくれよ」
「うん、氷上くんもね。また来週、学校で――
 めいっぱいに大きく手を振って、颯爽と去って行く姿を見えなくなるまでぼうっと眺める。



(よかった、今年もちゃんと渡せた。喜んでもらえたみたいだし……後でまたはるひと遊くんに改めてお礼を言わなくっちゃね)
 ほっと胸を撫で下ろすような気持ちでいれば、背中越しにすっかり耳に馴染んだ、鈴の音のように明るく澄んだ声が届く。
「あかりさん! ちょうどよかった、いま帰るところ?」
「あぁ、ひーちゃん」
 くるりと振り向いて確認すれば、見慣れた通学鞄とは別に、ひーちゃんの両腕にはずっしりと重そうな紙袋が下げられている。
 入学当初から「お嫁さんにしたい女の子ナンバーワン」と囁かれていたひーちゃんの元には、二年に進級してからは続々と「妹にしてほしい」という志願者が続出しているらしいとは聞いていたけれど、まさかここまでの大事になっているとは。
……大変そうだね、片方持とうか?」
 遠慮がちにそう尋ねれば、さっと首を振っての返答がすぐさま返される。
「あらいいわよ、あかりさんにこんな重いもの持たせるわけにはいかないもの。それにね、私って案外力持ちなのよ? 武術のお稽古だってしてるもの」
 ふふ、と笑みを浮かべながらの茶目っ気たっぷりの返答に胸があたたかくなる。
「それにしたってすごい量だね、さすがひーちゃんだなぁ」
 登校してすぐさま、廊下でばったり出会ったひーちゃんに渡した手作りチョコのことを思い出す。
 ひーちゃんは優しいから喜んでくれたけど、こんなにもたくさん立派なチョコをもらったのなら、わたしの手作りなんて見劣りしちゃうんじゃないだろうか。
 思わず口ごもるこちらに気づいたのか、ふわり、と花が咲くように軽やかな笑顔を浮かべながらひーちゃんは答える。
「この時期は何かと助かるのよね、お稽古の先生にお出しするお茶請けに困らなくなるから。あ、でもあかりさんからの分は私が独り占めするんだからね。帰ったらすぐにでもいただくわ」
 ぱちり、とウインクをこぼして告げられる言葉に、思わずどくん、と胸の奥が跳ねる。
「あぁ、ありがとう……
 遠慮がちにそう言えば、かぶせるように返答は続く。
「どれもすっごくかわいかったなぁ、さすがあかりさんね。あれって西本さんと一緒に作ったんでしょう? 私のことも誘ってくれたらよかったのに」
 ちょっぴりいじけたような茶目っ気たっぷりの口ぶりに、さわさわと温かに心が揺らされる。もしわたしがひーちゃんよりも下級生だったら――わたしもひーちゃんの〝妹志願者〟になっていたのかもしれない、なんて思うくらいには。
 取り繕うようにぎこちない笑顔を浮かべ、わたしは答える。
「あっ、ごめんね。ひーちゃんはお花のお稽古の日だって言ってた気がして、それで……
 すまなそうに答えるこちらを気遣うように、明るく弾んだ声がかぶせられる。
「まぁいいわ、今度は女の子たちでお菓子作りパーティーでもしましょうよ。勿論竜子とチョビちゃんも一緒によ? 竜子は手先も器用だし、チョビちゃんはかわいいものが好きでしょう? 絶対楽しいと思うの」
 得意げに囁かれるとっておきの〝提案〟に、とくんと胸が跳ねる。
「ほんとだね、すっごく楽しそう」
「ね?」
 瞳を合わせながら笑い合うこちらへと、先生からの言葉が覆い被さる。
「そこ、廊下でのおしゃべりはほどほどにしてそろそろ帰りなさい」
「あっ、ごめ……
「はぁい、すぐかえりまーす」
 ためらうこちらをよそに、明るく澄んだ声がすぐさま被せられる。
「うっかりしてたわね。ね、あかりさん。続きは帰り道でしましょう」
 ちょんちょん、と制服のワンピースの袖を引っ張りながら告げられる言葉に、小さく頷く。
「はぁ、喉がかわいちゃった。ねえあかりさん、今日ってこの後時間はある? 喫茶店にでも寄っていかない?」
「いいけどひーちゃん、きょうはお稽古は?」
「大丈夫よ、おやすみにしてもらってるの」
 ぱちり、とウインクをこぼし、そっと声を潜めながらひーちゃんは続ける。
「あとでゆっくり聞かせてね、あかりさんの恋バナ」
 ちゃんと渡せたのよね? その分なら。付け足すようにそう答え、自身のクラスの下駄箱へと向かう姿を見送れば、さぁっと胸の奥が泡立つ。

(ひーちゃんってばもう……

 勘の鋭いひーちゃんにはどうやらすっかりお見通しだったらしい。下駄箱から革靴を取り出す間も、とくとくと脈打つ胸の鼓動はそう簡単にはおさまってはくれない。
 聞いてほしい気持ちだって勿論あるけれど……やっぱりちょっとはずかしいな。ひーちゃんがどうだったのかも聞かせてもらえるのなら、話はまた別だけれど。
 迷いを振り切るようにと、通学鞄を手にした指先にぎゅっと力を込める。

……うん、聞いてもらおう。やっぱり)

 だってきょうは、わたしの一年の努力の成果が実を結んだ、何よりも大切な日になったんだから。



 男の子にも女の子にも運命の分かれ道になる日、2月14日。
 正式なお返事がもらえるまでには、あと一ヶ月の猶予があるわけだけれど。

「おまたせ! あのね、ひーちゃん、わたしからも聞きたいことがあるんだけどいい?」
「なあに、ここで話せること?」
 そっと首を傾げ、意味深に笑いながらかけられる言葉を前に、くすりと含み笑いでわたしは答える。
「どうだろうなぁ~、ひーちゃん次第ってとこかも?」
「ちょっとどういうことなの、あかりさんってば」
 くすくすと弾むような笑い声を交わし合うわたしたちの横を、またひとり、浮き足だったようすの女の子がすれ違う。

 運命の恋がそっと動き出す日、2月14日は、今年も静かに、熱く過ぎゆく。
 ――わたしたちの胸に、鮮やかな恋の花が開く気配を優しくそっと感じさせるようにしながら。



あとがき
チョコづくりが苦痛すぎてGS2でも女友達とデコチョコ作りたいやんけ、と思ったらこういうお話になりました。