やごろく
2026-02-12 21:21:47
4957文字
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怒り/祈り

※でたらめなファンフィクションです※
珍助団長が地底の太陽を50年の眠りから覚ますまでのお話です。男爵もでるよ!⚠️ダメージ描写がちょっとあるので、苦手な方は注意⚠️

〜以下、あとがき〜
太陽の塔の地下に展示されてる地底の太陽のプロジェクションマッピングを見た時に、全てを平等に救わないいのりの対象である地底の太陽の在り方を、珍助団長が決定的に変えてしまったのなら、それはめちゃくちゃモエだな……と思ったのが書いたきっかけです。

地底の太陽が目覚めて原始同盟に加わるまでな流れってn通りあっていい!!!



◇◇◇

 二つに割れた顔の片割れに、ニタリと嫌らしい笑いが浮かんだ時、まず最初に頭に浮かんだのは「まずい」の三文字だった。
「団長ッ」
 次の瞬間、目の前を稲妻が走って、顔面がカッと熱くなった。少し遅れて鈍く痛み出した右眼は、触ると生暖かく滑っている。視界が狭い。鏡を見るまでもなく、何が起こったのかは明白だった。焦りで上擦った同志たちの叫び声と、目の前の男の勝ち誇ったような高笑いが、頭の中で反響して混ざり合い、渦を巻く。
……団長」
 ───憎い。頭を埋めるのは、脳味噌が沸騰するような憎しみだった。光を失った右眼の痛みが、生身を忘れた社会への怒りが、戦いの最中に散っていった同志たちの無念の声が胸の炉へと焚べられて、身を内側から焼き尽くさんばかりにごうごうと燃え上がる。
 息をすることも忘れてしまうような、狂おしい程の激情。その結晶が溢れそうになるのを、歯を食い縛って何とか留めた。まだだ。まだ、滴の一粒でも零してなるものか。傷に塗れたこの身を突き動かす、赤く煮え滾るような憎しみを。でなければ───
 息が、できない。

「───団長ッ!」
 急激に意識が浮上する。ハッと目を開けた瞬間、右眼に激痛が走った。萎んだ肺へ一気に空気が流れ込み、反動で激しく咳き込む。戦場に立っていたはずの身体は、重い煎餅布団の間に挟まれていた。傍に控えていた同志が、ホッとした表情でこちらを見ている。
「大丈夫……な訳はないですよね。酷く魘されていましたよ」
 ───ああ、そうだ。思い出した。右眼の光を奪われたあの日、皆に庇われながら何とかアジトまで逃げ延び、布団に叩き込まれて数日が経つ。起きあがろうとする度に怖い顔をした同志たちに押し留められ、今日もこうして大人しく湿った布団に挟まっている。実際、体調は好調とは言えない。右眼の傷跡は熱を持ってじくじくと痛み、塞がりかけてはまた開くのを繰り返している。刀疵に加えて日頃の無理が祟ったのか、高熱も続いていた。ノロノロとした動作で包帯を触ると、湿った手触りがあった。どうやら、また傷口が開いてしまったらしい。
「巻き直しましょう。替えの包帯を持ってくるので少々お待ちを」
 その場を立ち去る同志の背中をぼんやりと見つめていると、不意に後ろから誰かの視線を感じた。横になったままゆっくり頭だけで振り返ると、視線の主は想像よりもずっと近い場所にいた。
……近頃のあなたは妙に静かだ」
 精一杯の戯けた口調に、返事は無い。岩棚にある病床を覗き込む水差し男爵は、柄にもなく押し黙っていた。宇宙硝子に浮かぶ真っ黒な瞳は、何の感情も映していない───けれども。そもそも、男爵の目は感情を表す器官ではない。体表に浮かぶ模様のようなもので、そこから彼の感情を読み取ることはできない。共に行動するようになってから暫くは、彼の読みづらさに起因する失敗が絶えなかった。そもそも、水差し男爵は奇獣だ。人の言葉で相互にコミュニケーションが取れるのでうっかり忘れそうになるが、人とは異なる思考回路と価値基準で行動しているでたらめな存在なのだ。人と同じ感情があるのかすら、分からなかった。初めの頃は。
 今は、違う。
「あー、……そうだ、歌ってくださいよ。シャンソンでも一曲」
 苦し紛れにそう言った途端、一気に空気の重さが増した気がした。水差し男爵の表情は動かない。でも、確かに分かる。微かに聞こえる、星が瞬くようなピシピシという音で。水差しの中、嵐の海のように波立つ水面で。僅かに前傾し、影が増した面から。
……謝りませんからね」
 彼が今物凄く───怒っている、ということが。
「謝る必要はありません」
 穏やかで慇懃で、でもどこか面白がっているような、いつも通りの声色だった。
 その時、大気が渦巻く気配を感じた。大きな物体が動いて空気を掻き分け、混ぜる時の気配。硬い物体が布越しにぶつかり合うような鈍い音が、地下空間に響いた。白く艶やかな手袋に包まれた巨大な両手が、ゆっくりとこちらに伸びてくる。先端まで気を張り巡らせた美しい指先が頭上を通り過ぎるのを、布団に横になったまま見つめていた。
「〝水を差してこその我が人生〟。私はあなたの生き方を見て、あなたに手を貸そうと決めました」
 揃えられた両手が、ドームのように煎餅布団を覆う。不思議と逃げようとは思わなかった。自分よりも遥かに大きな存在に命を握られていることへの緊張は勿論ある。だが、それに勝る信頼があった。今日に至るまでに積み重ねてきた日々があった。
「ですから、私にはできない───いや、したくはない。あなたの生き方に水を差すような真似は」
 手で遮られているはずなのに、静かな声はいつもより鮮明に聞こえる。音が宇宙硝子全体を震わせて、まるで声に包まれているように感じられた。洞窟の薄暗い灯りが透けて、白い手袋を内側から鈍く光らせている。
「ですから、どうか───」
「させませんよ、そんなことは」
 ノロノロとした動きで床から起き上がり、頭上を覆う手のひらをグッと押すと、案外あっさりと持ち上がった。……いや、この巨大な手が病み伏せっている人間一人の力だけで、そう易々と持ち上がる訳がない。そこまで考えて、少し嬉しくなった。彼は私の隣に立ってくれているのだ。少なくとも、今はまだ。
 持ち上がった両手の隙間から、こちらを覗き込む無感情な二つの目が見えた。軽く微笑えんでみせると、またぽつぽつと水面が揺れた。今度は小雨が降る日の水溜りのように。それがどんな感情を表すものかも、勿論知っている。
 ふと、歳を取るのも悪くないと思った。この世界を生き抜くのに必要なだけの狡さを、この身に備えることができたから。
……それより、あなたに一つ頼みがあるんです」
「死に水を取ること以外でしたら、何なりと」
 全く、嫌になる。

◇◇◇

 地中のアジトからまた更に下へ下へ降りた場所、地下に広がる巨大な鍾乳洞の深部へ向かうにつれて、身に纏わりつく暗闇はその粘度を増していく。それは磐のひび割れから染み出す地下水で高い湿度が保たれているからか、はたまたこの星の原始に近付くからか。仮設ランプのオレンジがかった光が白っぽい岩壁を照らしていても、光の届かない岩陰はまるでそこだけ切り取られたかのように暗い。まるで、文明に明かされることを拒んでいるように───そう感じてしまうのは、この洞穴の最深部に眠るものの影響かもしれない。
 男爵の大きな手のひらに腰掛け、濡れた岩盤へと足を下ろす。力の入らない脚を拳で一発叩いて、勢いをつけて立ち上がり、数歩先の場所に鎮座するそれを見上げた。
「地底の、太陽……
 遥か上の天井から垂れ下がる鍾乳石に護られたそれは、黄金に輝く巨大な仮面に見えた。包帯を幾重にも巻き付けたような丸い顔面には、目の位置に大きな二つの穴だけがぽっかりと空いている。鍾乳石の隙間から僅かに煌めく金色は、顔の両側から伸びているはずのうねった立髪だろう。すっかり鍾乳石に覆われて、ほぼ見えなくなっているが。

 地底の太陽───七十年万博が開催された後、行方知れずとなっていたいのりの巨人。アジト拡張を目的とした地下探索中に偶然発見されてからというもの、原始同盟は地底の太陽の眠りを覚ますためにあらゆる手を尽くしてきた。顔を覆う鍾乳石を砕き、ヒーターを並べて周囲の気温を上げた。照明を煌々と焚いた。育てていた家畜の鶏を連れて来て煩く鳴かせた。地底の太陽は目覚めなかった。それならと、同志を集めて一斉に祈りを捧げた。心にもない罵倒の言葉を浴びせた。とびきり艶々したどんぐりを、食料として育てていた家畜を捧げた。
 それでも、やはり地底の太陽は目覚めなかった。

 ふらつく脚を叱咤しながら、黄金に輝く顔面へ歩み寄る。
 ───解っている。地底の太陽は、あのタローマンと同じシュールレアリズム星からやって来た存在だ。人間が望む通りに動くわけがない。我々原始同盟がコントロールできるとは限らない。水差し男爵のように言葉で意思疎通ができるかもわからない。今まで我々が積み上げたもの全てを滅茶苦茶に破壊して、どこかへ去ってしまうかも知れない。
 仮に目覚めたとして、味方になってくれる確証はどこにもない。理解はしているのだ。頭の中の冷静な部分で。
 ふと、湿った包帯を煩わしく感じて、引き千切るように無理矢理剥ぎ取った。開いたばかりの目元の傷口から溢れた血が頬を伝って、顎から滴り落ちる。その感触にすら苛立ち、乱暴に手で拭った。まるで、癇癪を起こした子どもみたいに。
 憎らしかった。我々の叫びに応えない、この〝いのりの巨人〟が。たとえ不安定要素の塊だとしても。人間の想像を超えたでたらめな存在だと理解はしていても。どうしても、この巨人の力が必要だった。
 秩序防衛軍との戦況は悪化の一途を辿っている。宇宙大万博の開催年も近付く中、閃いた打開策には、地下空間から地上まで地面を打ち抜いてくれる存在が不可欠だった。地上までの数十メートルの距離を、秩序防衛軍に探知する間を与えないスピードで掘り進める───そんなことができる者はそういない。地底を住処にし、左手にドリルを備えた地底の太陽以外には。
 眠れる巨人に縋るしかない状況に同志を導いてしまった、己の情け無さも腹立たしい。今この瞬間にも、多くの同志たちが秩序防衛軍との戦いに身を投じ、傷を負っている。明日の希望を信じて戦ってくれている同志たちの目にも、近頃は疲労と諦念の色が浮かび始めているように思う。今が潮時なのかもしれないとも思う。現実離れしたでたらめな作戦を捨てて、実現可能な作戦を練り直すべきなのかもしれない。
 でも、───
「それでも私は、あなたに賭けたい……ッ」
 沈黙したままの巨大な顔面の前で膝を突き、血濡れの手のひらを叩き付けた。僅かな振動と、金属的な冷たさ。叩く度に、煌めく黄金に赤い手形が一つ、また一つと増えていく。
 とびきりでたらめなやり方で勝たなければ。完璧な調和と秩序の世界を打ち壊すためには、秩序社会に過剰適応した人々へ示さなければならない。うまくも、きれいでも、心地よくもないものの中に輝く可能性を。
「とびきりのでたらめを見せると約束します。ですから、どうか」
 段差に手をかけ、残った力を振り絞って立ち上がる。ほら穴ような左眼を覗き込むと、奥に鍾乳洞の岩壁が見えた。視界がぼやける。ずっとずっと我慢して、身体の中に押し留めていた渦巻く感情が、胸を突き上げて零れようとしている。血混じりと透明の涙が頬をつたい、顎から滴り落ちて地底の太陽の左眼を打った。
「───起きてくれ、地底の太陽」

 瞬間、強烈な違和感に襲われた。気付かない内に、何かが決定的に変わってしまったような。その違和感の原因が、左眼の奥にあったはずの岩壁が完全な暗闇に置き換わっていたからだと気付いた頃には、もう水差し男爵の手のひらの中にいた。呆然としたまま、この目で見たものを頭の中で反芻する。目の奥に広がっていたのは、光を拒否するような原始の暗闇。
「良い雰囲気のところ恐縮ですが、流石に水を差させていただきますよ」
 巨大な鍾乳洞が激しく振動し、轟音が響き渡る。黄金の輝きが洞内を真昼のように照らし、頭がもがくように揺れ、巨大なドリルが岩盤を突き破って登場したところで、腹の底から込み上げて来た笑いを堪えることができなくなった。まったく、こんなにでたらめなことがあるだろうか。
 銀色の上半身を露わにした地底の太陽が、立髪に引っかかった鍾乳石を頭を振って払う。僅かに首を傾げて、どこか不思議そうにこちらを見ている。同じ星の生まれでも、タローマンとは全く異なる仕草だ。人間の言葉を喋れるのだろうか。意思の疎通はできるのだろうか。考えなければならないことが一気に増えた。でも、一体いつぶりだろうか。こんなに明るい気持ちになったのは。
「それでは、目覚めを記念してシャンソンを一曲」
「歌ってる暇はありませんよ!それよりもまず先に───」

「おはよう、地底の太陽」