※AI学習・無断転載禁止/Unauthorized reproduction prohibited
「シャチ、タピオカって食ったことあるか?」
「そりゃあ
……」
あんなに流行ったし、と言いかけた。
そういえば。その頃ペンギンは受験期真っ只中で、ただでさえ色々多感で繊細な十代らしく、おれとペンギンの関係が微妙に疎遠だった時期だ。そういう難しい距離感のときは何回かあったと思う。ぜんぶ過ぎた話だけど、おれなりに一個の年の差について悩んでいた時期でもある。それでも、ペンギンを追いかけるようにおれも大学生になって、就職をして、今に至るわけだが。熱狂的なブームが去ったそれをふたりで飲みに行くようなイベントは今日まで発生しなかった。
どこかで〝タピオカミルクティー〟を知ってしまったペンギンは〝タピオカミルクティー〟を飲みに行きたいと言い出した。学生時代にやっていた喫茶店のバイトの影響か飲食業界への興味はいまだにそれなりにあるらしい。それならば、有名どころに連れて行った方がいいだろうと、このご時世まで生き残り、尚且つ常々長蛇の列の人気店までやって来た。
訪れた店はやっぱり例に漏れず混んでいた。列の後方、並びながらメニュー表をペンギンに渡すが「タピオカミルクティーってどこにも書いてないな」と首を傾げて返された。
「ペンギン、このパールってトッピングがタピオカだ」
「タピオカはトッピングなのか?」
「で、ミルクティーのブラックが一番メジャーなやつ」
「ミルクティーのブラック
……?」
「甘さも選べる」
「ブラックで甘さが選べる
……?」
ペンギンは顔に納得いかねーって油性マジックで書いたような顔をしている。左右からクスクスと意味ありげな視線が飛んできているのを丸っと無視して、指でちょんちょんとオーソドックスなオーダーのパターンを差した。
男二人で周りの視線も集めてしまっている自覚はある。面倒なことになる前に、おれがペンギンの分まで頼んだ方が早いなと思った。面倒なことの代表はすぐそこまで来ている。いわゆるナンパで親切なアタシのご披露タイムまである。それは避けたい。
ペンギンには確保した席に座っててもらい、おれは二人分のタピオカミルクティーをサーブすることにした。タピオカミルクティーだけじゃ足りないからホットドッグも買った。どうせペンギンの奢りだし、案内料だ。
ペンギンが座っていた席はすこぶる見通しがいい。
——ということは、通りからもこちらがよく見えるわけで。 ねえ、声かける? などというさざめきを拾ってあわててペンギンの向かいに座った。そんな隙は作ってたまるか、とカタンと音を立てて可愛らしいパッケージのドリンクを置く。ペンギンは目の前のドリンクカップをじぃっと見つめて「さんきゅ、シャチ」って目を細めた。
チ、の形になった唇の端が綺麗に上がった。その顔は卑怯だな、って目を逸らした。当人には周りの声なんて聞こえていなくて、もしくは無駄な情報として処理して脳に届いていない。ふたりでいるときは暗黙の了解で女の話はしない。これは、おれたちの何回かあった疎遠な時期からの学び。
「ペンギンの分も必要だったか、これ」
「ん、確かに目の前にあると食いたくなるなァ」
ほかほかのホットドックを見つめながら、ペンギンは困った様に笑って、タピオカミルクティーを持ち上げた。
「この、その、これを飲むの、か?どうやって?」
「ふふ、当たり前だろ、そのまま吸うだけ。ペンギンには少し甘いかも」
「この沈んでる、この
…………これが、」
「うん、それがタピオカ。キャッサバの根茎から製造したでんぷん」
「想像してたより食欲わかねーな、まるでなんかの
……」
「ストップ!ペンギン、ストップ!」
続く言葉は使い古されたものではあるが。飲食店内。各々が美味しそうに楽しそうに赤いストローを咥えている。もう、これ以上コイツに喋らせてたら出禁だ。食わず嫌いを今にも発揮しそうなペンギン。おれだって大好物ってわけじゃねーし、インスタ用の写真も撮ったから気持ちの面ではすでに満足お腹いっぱいである。
流石に二個飲むのはキツいので、ひとつはペンギンに飲みきってもらわねーと。
おれはタピオカのプレゼンが面倒くさくなって、太めのプラスチックストローで吸い上げて見せた。口の中に守備よく収まった黒いゼリー質の粒を、舌の上に転がせて見せてやる。
「ほれ、これ」
「こらシャチ」
まあ、予想通りのリアクションではある。おれだってちょっと行儀悪いかなっとは思ったからすぐに仕舞った。モチモチのある実を、噛み潰してごくりと飲み込む。
「食うとほのかに甘味があって、おれはすき」
「噛むのか」
「好みだけどなあ」
もうひとくちストローに口をつける。底の方に沈んでいるのを狙うと、口の中にまた独特の存在感がやってくる。
「おれは食べる」
もちゅっと、おれの頬の奥で独特の音がする。
ふーん、と返事をしたペンギンは自分もストローに口をつけた。よしよし、上手く誘導出来た。
ズコっと音を立てて、一気にカップの半分が減った。その豪快さに、ちょっと吹き出しそうになった。タピオカも試しに食べてみたらしい。モチモチと口を動かして、頬がもにゅもにゅと揺れている。耳殻がまあるく柔らかな線を描いて、深く被ったキャップから首筋まで、タピオカを咀嚼をするペンギンの動きをじぃった見た。すっと下がる輪郭の線。顎先からさらに落ちたところに首の筋肉の筋が見えていた。残念ながら襟元はフーディに隠れていて鎖骨は見えないが、その分大きく凸のかたちを成したのどぼとけが目立つ。
それが今、おれの見ている先で、ちょうど、おおきく上下した。
ごくり。
おれの脳裏に聞こえない音が鳴った。
ペンギン体内から聞こえる、おとだ。
ぶ、わ。一気に鳥肌が、立つ。
一瞬ならず動きを止めてしまう。
包み紙を剥きかけていたホットドッグは、おれの手の中でわずかずつ温度を失っていく。
顔が、紅潮していないかと不安が募り、よせばいいのに思わず自分の頬に手を当ててしまう。
すると、おれの気持ちの隙を突いたかのように、ペンギンは口角を上げながら手のひらを伸ばしてきた。いや、正確に言えば
——おれの右手が握って、そのままずっと存在ごと忘れらるていたホットドッグに手を伸ばしてきたのだ。
右手ごと奪われる。ペンギンの口元に引き寄せられてかぶりつかれる。
ひっ、と口に出なかったのは僥倖だった。もう顔色を気にしているような余裕なんてない。
ペンギンはそのままおれの右手の中から、たったの三口でホットドッグを食べてしまった。咀嚼の間、それこそ食うようにこちらを見つめられている。目を逸らすこともできずおれは「ぅう」と喘いだ。
せめて、その空腹の獣のような、おれから逸らすことは許されないような瞳を伏せるとかして欲しかった。
勢い良く握りつぶされたせいでケチャップが飛び出たが、汚れたのはもちろんおれの指で。
あーあ、と思った二秒後に無表情のペンギンが、おれの汚れた指を舐めて含んだ。
「っ!!」
すぐに、ペンギンから奪うように自らの指を引き戻した。声を上げなかったことを本当に褒めて欲しい。
なにか、なにかペンギン言ってやらないと。
パクパクと酸素を吸って、ドッドッと忙しい心臓に落ち着けとエールを送る。
なにか、言わないと。何か。
こんなの、いつものことだと。
周りにも、自分にも、知らしめないと。
焦る気持ちで、仕方なく探した言葉もまたひどかった。
「お、おれの分だろ
……これは」
「ダメだったか?」
間髪入れずにペンギンは訊いてきた。ついでに口の端についたケチャップを赤い舌でべろり舐めとる。その舌先に、またぎょっとする。
もう、ほら。
ここは、家じゃないから。
だから。
イイとかダメとか。
「そういう話じゃねーの!」
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.