ここ数週間のリュートはよくクラーリィのことを見ていた。クラーリィが理事長室に残って書類に目を通しているときも、女王に同行して城へ向かうときも、とにかくクラーリィが仕事をしていると見れば「お手伝いしましょうか」と声をかけてみるのだが、リュートにできることは限られていて早々に引き下がることになる。
クラーリィが忙しいのはいつものこと――リュートが学生だった頃もそうだし、それよりもずっと昔から変わらないことなのだが、最近の彼は輪をかけて仕事に精を出しているようだった。リュートが気にしては手助けを申し出る理由は、気迫すら感じてしまうその様子を心配しているのが一つ。そしてもう一つはもっと個人的で、リュートはそれをワガママだと認識しているような、そんな類の懸念だ。
「あの忙しさじゃ、クリスマスを一緒に……なんて言ったら呆れられちゃうかな」
理事長、この調子だと今年のクリスマスも忙しくてボクと過ごすことはできないのでしょうか――!
心の中でその質問を唱えてみると「そりゃそうだよ。参加する式典の数だってボク達の比にならないくらいだし、そうでなくたって普段からお忙しい方で、皆のために力を尽くしていらっしゃるのだから」と冷静に答える自分がいて肩を落とす。落胆する気持ちもあるけれど、だからといって駄々をこねたりするなんてことはもちろんない。納得して折り合いを付けることができる。自分のなすべきことに誇りを持っているクラーリィのことを尊敬し、愛しているからだ。
そうであれば今年は家に帰るのもいいだろう。クラーリィにはクリスマスの挨拶と、体を労わる言葉を一つでも伝えられたら十分に嬉しい。リュートは帰省の連絡のために便箋と封筒を調達すると自室へと向かった。手紙は今夜にでも魔法で彼の実家へ飛ばす予定だ。
◆
「クリスマスの夜、遅くはなるだろうが時間を空けられそうだ。オレの部屋にワインくらいは用意するが……」
クリスマスも差し迫ったその日。クラーリィが発した言葉は、稲妻でも走ったのかと思うくらいリュートに衝撃を与えていた。ただでさえ丸い瞳は更にまん丸に見開かれている。
「それはつまり、クリスマスを一緒に過ごそうってことですか?」
「ああ、そうだが」
クラーリィの言葉の意図を確かめた後、やがてリュートは見ていて可哀想になるほど眉を下げてしおれた。
「すみません、実はもう今年のクリスマスは家で過ごすって言っちゃったんです……!」
リュートは子犬のような頼りなさでクラーリィを見上げている。厳しい表情をいっさい崩すことのない冷徹無比の男も今ばかりは僅かに眉を上げた。朴念仁と言われることも多いクラーリィだが、恋人同士はクリスマスを一緒に過ごすものだと思っていた。そしてクラーリィの恋人とは、今目の前にいるこの青年――朗らかに笑えば頬にかかる黒髪が可愛らしく揺れ、表情豊かで茶目っ気があり、一生懸命で人望も厚いリュートのことだ。
てっきりリュートの方が恋人同士のクリスマスとやらを期待しているものだと思っていたのに蓋を開けてみればこの返事で、クラーリィにしてみればこれは予想していなかったことだった。続く言葉を発せずにいると、リュートは垂れた耳と尻尾でも見えそうなくらいにしゅんとうなだれて両手の指を付き合わせた。子供っぽい仕草ではあるがクラーリィはそれを咎めようともしない。特段おかしいとも感じていないのだ。クラーリィの中でリュートはいまだ、どこかかわいい子供の延長線上にいる。
「最近は特に忙しそうにしていらっしゃったので……。クリスマスを一緒に過ごせそうもないのかな、と思って」
よく通る澄んだ声が、どんどん小さくなっていく。クラーリィは思い当たるところがあって小さく息を吐いた。けしてリュートに向けたわけではなかったのだが、それを耳に入れたリュートはますます小さくなる。
「そうやっていじける前に、ちゃんと予定をお伺いするべきでした。ごめんなさい……」
「いや……オレも伝えるのが遅かった」
このところクラーリィが仕事をいつも以上に進めていたのは他でもないリュートのためだった。当日に少しでも時間を作るために多忙の身となっていたのだが、それが裏目に出るとは思ってもみなかったのだ。伝達ミス、会話の不足。いろいろな言葉がクラーリィの頭に浮かんでは沈んだ。自分はともかくとして(何であれ仕事が早く片付くのは悪いことではないし、一緒にいられないからと拗ねるような幼稚さもないからだ)、項垂れているリュートを見ると悪いことをしたと思う。しかし、だ。
「そうだっ。クラーリィ理事長もうちにいらっしゃいますか!? みんなも喜ぶと思いますし……」
その提案には、この上なく気まずくて乗れそうにもない。
今年は帰省の手土産としてワインを持たせるに留めるとして、来年はきっとリュートも期待をして待っていることだろうから「一緒に過ごそう」と言葉にするのがいいだろう。できれば、リュートが焦れてしまう前に。
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