数カ月前、そろそろ誕生日プレゼントを選ぶのが難しいとカーヴェにぼやかれた。顔を合わせていない期間があったとは言え、それでも学生時代からの付き合いであるからお互いとっくにネタ切れしているわけである。
君にならなんだってあげたいけど、特別感を演出するのはなかなかに難しい。などと最大級の愛情を含ませながら続ける彼女は酒でほどほどに理性が鈍っている。正気のカーヴェであれば、本人に誕生日プレゼントのリクエストを尋ねるなんて、興醒めではないかと閉口していただろう。
あの時、アルハイゼンはなんだって良いと答えたはずだった。適当にあしらうだけの返答だと早合点したらしく眉を顰めそうになった彼女に君がいるならなんでも良いと言い直すと、カーヴェは一瞬表情を強張らせてからすぐに頬を赤くして黙り込んでしまう。その色づく頬が愛おしくて唇を落とすと、彼女はくるりと上がった睫毛を一度震わせてから、アルハイゼンに答えるように顎を上げて唇に口づけしやすいようにしてくれた。
――そう、それが数カ月前のことである。
平日であれば帰宅後、休日であれば朝一番にカーヴェはアルハイゼンに誕生日プレゼントをくれる。今日は平日だったので、朝に誕生日おめでとうとの言葉と共に挨拶にしては少し長めの口づけで祝われた。
そこまでは毎年の事ではあるのだけれど、今回は回される腕のぎこちなさが加わって彼女の緊張を察し、数カ月前の事を思い出したのである。迷えるカーヴェは結局何をアルハイゼンのために選んだのだろう。
もちろんそんな意図は毛頭なかったが、自分の返答と今の彼女の反応を考慮するとプレゼントは自分的なものを強いてしまったのかもしれない。いや、アルハイゼンはカーヴェに長らく恋する身分であるため、それはそれで堪らなく嬉しいのだけれど。
彼女の気質であれば酒の勢いででもない限り難しかろうと帰宅早々に酔っ払いの相手をする覚悟をしていたが、アルハイゼンの予想に反して彼女は一滴も酒を飲んでいないようだった。やはり緊張した様子でアルハイゼンを出迎えたカーヴェの奥にある食卓からは、アルハイゼンの好物ばかりが並んでいる気配が伝わってくる。
ただ、いつもであればアルハイゼンの席に小箱の類が置かれているはずなのだが、今日はそれらしいものは見当たらない。さすがに異変として受け取られるだろうとはカーヴェも思っていたらしく、今年のプレゼントはご飯の後でと告げられた。
いつも通りを意識したせいで空元気を帯びた声色に期待してもいいのだろうか、と不埒な事を考えながらもアルハイゼンは席に着く。普段ならさすがに胃がもたれると作った本人が文句を言いそうなメニューをアルハイゼンがぺろりと平らげる姿を、カーヴェは言葉数少なく見守っていた。もしかしたら、見張っていたと表現した方が正確かもしれない。
さすがに外で調達したらしいケーキまで片づけたのを見て、カーヴェは観念したように深々と息を吐き出した。ちょっと悲壮感も混ざっているような気がするそれに、人に誕生日プレゼントを贈る者の態度かと思わなくもない。
「あの、これ……一応君への誕生日プレゼント」
封筒をテーブルに置いてから指先で滑らせて寄越されたので、アルハイゼンは封のされていないそれの口を広げる。学術関係の何かかもしれないが、たとえば議論の盛り上がる内容だったとしてそんな緊張をしなくとも良いだろうに。
そんな疑問を浮かべながら折りたたまれて収まっていた紙を広げて、アルハイゼンは自分の指先が固まってからそれの正体を理解した。気がつけば呼吸も止まっていたが、横隔膜が呼吸のさせ方を忘れてしまったらしく上手く動いてくれない。
「その……僕、で特別感のあるプレゼント、と思ったらこれしか思いつかなくて……」
俯きながらぼそぼそと喋るカーヴェはまだアルハイゼンの反応を見ていない。ただ、何も言われないことを答えだと思ったのか、ぎゅっと彼女の繊細な肩が縮こまった。
「僕の考えすぎだったら捨ててくれて良いし、明日にでも別の物を――」
途端に口早になってしまいながら、カーヴェは既に紙をアルハイゼンから取り上げようとしている。封筒を落としてその手を捕まえてから、アルハイゼンはカーヴェから貰った一枚の紙を汚さないように気をつけながらテーブルに戻した。
君がいるならなんでもいい。たとえ、アルハイゼンの気持ちを知らなくても、アルハイゼンの事を良く思っていなくても。もちろん、アルハイゼンの思いを知った上で思いを返してくれている今が一番良いが、アルハイゼンの生活の中にカーヴェがいればなんでもよかった。
それより上なんて、求める必要もないと思っていたのだ。けれどいざその可能性を差し出されると、自分がどれだけそれを希求していたのかを痛感してしまう。自分達はすでに家族のようなもので、ただの社会的な契約を保証する過ぎないと分かっているのに。それでもあんな紙切れを今この瞬間、この世で最も大切な物だと感じてしまう。
カーヴェの驚きの混ざる眼差しに、自分が一体どんな表情をしてしまっているのかとちらりと思う。アルハイゼンの名を呼んでくれた唇に自身のそれを合わせながらカーヴェの腰を引き寄せてぴたりと体を密着させるうちに、その自嘲に似た疑問は忘れてしまった。
重ね合わせるだけの唇から少し籠もって聞こえるアルハイゼンのための呼び声と、体の強張りが今は何より愛おしい。そこに緊張と確かな期待があるとアルハイゼンは願って止まない。
「結婚しよう、カーヴェ」
彼女と彼女の母親のものだろう筆跡を思い出しながら、アルハイゼンは彼女の瞳を覗き込んで申し出る。大きく見開かれた瞼の内側できゅっと彼女の瞳孔が閉まり、虹彩が涙で滲み出す。それから強張っていた頬が緩んでから、今にも泣き出してしまいそうな笑顔を彼女は浮かべてくれた。
次の年末が近づく頃になれば、カーヴェはまた誕生日プレゼント選びに頭を悩ませるのだろう。いつまでもそれが彼女の悩みの種であればいい。そう願いながら、アルハイゼンはカーヴェを抱き寄せる腕に少しだけ力を込めた。
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