ふーこ
2026-02-11 00:24:00
2310文字
Public 小説
 

制服いまむかし

クラリュ!理事長の昔の制服を見せてもらうリュートくん。理事長も学校通ってたとホーンパイプ先生が言ってたの見たとき、そうなんだ〜と思いました(日記)
2000字くらいの小ネタをチャッと書いてみようの試みでした。

 それはずっとクラーリィのクロゼットにあった。眺めて懐かしむこともなければ、もちろん袖を通すこともない。クラーリィが最後にそれを纏った日から優に二十数年は経過している。卒業してすぐの頃、寄付をするには布地が弱っていたため処分しようとしたのだが、とっておいてもいいんじゃないかしらと言われたらそうすべきかという心になったのだ。
 スフォルツェンド魔法学校の制服は今、その学園の理事長となったクラーリィの手によってクロゼットの暗がりから抜け出たところであった。カーテン越しに差し込む光がぼんやりと制服を照らし、生地が淡く白む。厚い布と丁寧な裁縫が学生服らしい立体を保っているが、毎日着用していたのだから相応にくたびれて馴染んでいる。校章の刺繍は角がやわく丸まってどこか誇らしそうだ。
 それを見て感激の声を上げたのはクラーリィではなくリュートだった。
「わあっ。これが、理事長が学生だった頃の制服……
 リュートは丸い瞳を輝かせた。博物館の展示品でも眺めているような感心っぷりにクラーリィは怪訝な眼差しを向ける。なんだってこんな物を見たがるのか。好奇心のある子供だとは思っていたが、その対象が教師の制服にまで及ぶとは。実のところリュートにとっては、教師の制服ではなくクラーリィの制服というところが重要だったのだが、クラーリィはそんなことを知る由もない。
 クラーリィもかつてスフォルツェンド魔法学校に通っていて、その制服を今も所有しているという話を聞いたとき、リュートは二回驚いた。時代は違えど自分がクラーリィの後輩であるということと、もう着ることのない衣服をしまっておくタイプには見えない師の意外な物持ちのよさについてである。
「ほとんど一緒だけど……今とはちょっと刺繍の色が違いますね。あっ、ボタンの装飾も変わったんだ」
 まるで研究者のようにつくづくと制服を眺めて子細を述べるものだからクラーリィは呆れる。そんなに楽しければ好きに眺めていろ、とソファにブレザーを置くと、リュートは我に返っておずおずとクラーリィを見上げた。
「す、すみません。理事長に持たせたままはしゃいでしまって」
「なにがそんなに面白いんだか、さっぱりわからん」
 ため息のような声色にリュートは怯んだ。けれど興味深いのはごまかしようもない事実なので仕方がない。
「理事長にも……ボクと同じような学生の頃があったなんて、ちょっと想像もつかなくて」
 リュートは自分の腕を撫でた。身につけている学生服はクラーリィのものよりもうんと新しくて、刺繍糸の種類も違えば練習用の杖を入れる内ポケットも備えられているし、縫製も異なる。年の近い兄達ももちろん同じ制服を着ていたから、リュートが旧式の制服を見るのはこれが初めてだった。
 師と自分の間には制服の作りが変わるほどの時間がある。はじめて気づいたことでもないのに、リュートは少し、途方もないなと思った。
「何も変わらない……と言いたいところだが、今の方が余程まともな体制だろうな」
「そうなんですか」
「そうだ」
 ほとんど意味の無い言葉が一度だけ行き交って、止まる。クラーリィはリュートと目が合ってもニコリともしない。もともと愛想の良さとは無縁の佇まいをしている男だが、今はことさらに思われた。同じような、なんて簡単に言ってはいけないことだったかなとリュートは心許なさを覚える。
 ソファにくたりと広がった制服に再び視線を落とすと、リュートは想像をしてみた。きっとクラーリィは今と変わらない金色の長髪を靡かせて廊下を歩いた。魔法の実習も一番の成績だったに違いない。図書館の本を夜遅くまで読んで研究をして、一日も欠かすこと無く法力を鍛え蓄えた。
 いくら考えてみても、どうしてか浮かぶのはクラーリィの背中ばかりだ。師は師だ。そうじゃない姿を知らない。今の彼を形作ったものを、礎がどんな層を成しているかを知らない。そんなの分かりきっていた当然のことじゃないか、と大人ぶって納得しようとする心が揺れる。
……理事長が同級生だったら、どんな風だったでしょうね」
 思わずこぼした呟きは小さく、クラーリィは僅かに首をかしげてリュートへ「もう一度」を促した。もう一度同じことを声を大にして言えるかというとそうではないので、リュートは視線を彷徨わせて言葉を探した。
「えっと……。その、理事長の制服! 今もサイズが合いそうなので、もしもお召しになったら……まるで同じ歳の、同級生みたいだろうなと思って」
 苦し紛れを言っていると承知しながら、一方でリュートは呑気にも自分の発言に自分で頷きたくもなった。さすがにこんなに威厳のある同級生は見たことがないが、制服は今でもお似合いだろうと思う。兎角リュートの師は美しいのだから。
 その言葉にクラーリィは今日で一番というくらい眉間に深く皺を寄せた。生徒を叱るときもここまでではないだろうという苦い顔をしてリュートをまじまじと眺め、ソファの上の制服を一瞥し、重々しく口を開いて言うことには。
…………無理がある」
「そ、そうですか?」
「そうだ。そうに決まっている」
 再びほとんど意味の無い言葉が行き交ったが、今度はクラーリィの言葉に比にならない切実さが込められていた。未知の思考回路を経由したとしか思えない言葉をうまく打ち返せず調子が狂う。子供というのは妙に大胆で、ありえないことを心から信じ切ったように言うことがあるので油断ならない、とクラーリィは顔を側めてげんなりした。クラーリィのこんな表情をかつての同級生が見たかどうかは、リュートの知らぬところである。