いざやと
2026-02-11 00:02:45
3790文字
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ストゥルティ『君の苦悩に乾杯』

一次創作『ストゥルティ』でエリゼを怒らせたヨルンの創作BL小説です。
京極さんからイグニスさんをほんのちょっとだけですがお借りしています。

創作『ストゥルティ』→https://izayato13810.wixsite.com/no13810/stuluti/list

「お前しばらく店に来んな!!」
 それが恋人であるエリゼがヨルンに言い放った一言である。

 ■
 
「で、その相談相手が俺っていうのは……ちょっと、どうなのよ」
「今、耳が開いていそうなのが君しかいなかったんだ」
「そりゃ正直にどうも」
 愚か者の世界、魔界の共和国のとあるカフェにてモルガンはヨルンと顔を突き合わせていた。二人の間にはコーヒーが二杯。ヨルンはすでに三回はおかわりをしている。
 モルガンはヨルンとはせいぜい「ちょっとした知り合い」程度の関係でしかない。娼館のボーイ兼用心棒である吸血鬼のモルガンと、流れの花屋兼薬屋であるダークエルフのヨルンとでは生活圏が大いに違っているのだが、モルガンがとある大雨の日に往生していたところをヨルンが助けたというのが出会いのきっかけであり、モルガンからしたらヨルンにちょっとした借りがあるということもあって無碍にするには気が引けた。
「そもそも、何で恋人をそんなに怒らせたんだっけ」
……それは」
 原因は数日前に遡る。ヨルンが魔導書店の店主であり茨の植人のエリゼをいたく怒らせたきっかけは、端的に言えば「連絡ミス」であった。
 数日前にデートの約束をしていたのだが、ヨルンはデート先のレストランにドレスコードがあることを伝達し忘れていた。ちょうど忙しくしていてくたくただったエリゼは、気軽なレストランだろうと思い着の身着のままに軽く上着を羽織ったというような服装で来訪したのだが、その服装が理由でレストランから門前払いされ、ヨルンが伝達ミスに気づいたときには後の祭りだった、という次第である。
「そりゃあんたが悪い」
……反省している」
「じゃあ反省ってやつを彼氏にしっかり示したらいい、俺はあんたの話でしか彼氏のことを知らないが、何も聞く耳を持たないってわけじゃないんだろ?」
「それが……店を訪れても扉に入る前に追い払われてしまって」
「じゃあご機嫌が治るまで待つか……あるいは、あれだな」
「何だろう」
「お詫びの品でも持っていったらいいんじゃないかな、その彼氏の好物とか、あるいは大好きなモノ」
「物で釣るのか」
「悪い言い方をすればそうなる、それ以上のアドバイスは出ないぜ、悪いけど」
……エリゼの好物、知らないんだ」
「マジかよ」
 ヨルンは頭を抱えた。

「それで、僕?」
 そう答えたのはピアニストで猫の獣人であるダイナである。
「エリゼの知り合いだっただろう、何か知らないか?」
 ダイナはとある「失われた楽譜」をエリゼに調達してもらえないかと依頼した経緯があり、どうやらヨルンよりも古い知り合いのようなのだ。
「そういわれたってねぇ、僕が知り合ったのもエリゼが君と付き合いだすせいぜい数年前だよ、だけど、そうだな……
 ダイナが口を作んで口元に指を当てて考える、黒い猫の尻尾がゆらゆらと揺れた。
「一つ言えるのは、安易に植人用の栄養剤とか持って行かないこと、ってことかなぁ」
「それは、どうして?」
「だって、僕が恋人と喧嘩したとして、相手が安易にまたたびなんてもってきたりしたら、僕は相手の顔を思いっきり引っ掻きたくなるもの、無粋だってね」
「そうか……
 実のところ、植人用栄養剤はヨルンにとって現状の第一候補だった。
「もっと恋人さんのためだけのものの方がいいと思うよ、じゃ、僕は次の講演のための練習があるんだ、仲直りしたら二人で演奏を聞きにおいでよ、バーイ」
「バーイ……
 ヨルンは肩を落としてその場を去った。

 とある公園でヨルンは途方に暮れていた。エリゼの好きなもので、エリゼのためだけのもの、謝罪の意を伝えるもの……。ばらばらの単語が頭の中をぐるぐると回っている。
「あの、大丈夫ですか」
 ヨルンの様子を見かねたのか、青年が声をかけてきた。
「大丈夫、ではないかもしれない……
「あら、人を呼んだ方がいい?」
「いや、そこまでは……君は」
「なぁに?」
「たしか先日……そうだ、先日の魔王軍が絡んだ騒動で新聞社に関わっていなかったか」
「お、正解」
 言い当てられた青年――新聞社社長の愛人であり魔界で暮らす人間のメイズはあいまいな微笑みを返した。
「そういうあなたはたしか薬を売ってる人だよね、花売りでもあって、名前はたしか――
「ヨルンという」
「僕はメイズ、何か悩みごと?」
「そうなんだ……実は」
 ヨルンが一通り説明すると、メイズは腕を組んで「うーん」と呟いた
「彼氏のこと、知らなすぎじゃない? ヨルンさんってそんなに他人に興味がない方なの?」
「確かに、そうだな……
「彼氏の仲直りに悩むのって素敵だと思うけどね、何も心当たりがないんだ」
「だから困っている」
「そうだなぁ……僕はその彼氏さんのこと、見かけただけでしか知らないんだけど、ちょっとひねくれてそうだから、ひねくれたモノが好きなのかも?」
「それは――そうだな」
 ヨルンはエリゼの悪癖を思い浮かべる、エリゼには固有魔法である神秘アルカナを用いて他人の不幸を蔵書にするという質の悪い趣味があった。
「それじゃ、それを絵にしてもらったら?」
「絵……?」
「そ、題名『ヨルンの苦悩』って感じの絵」
「それは……どうなんだろう」
「ヨルンにわからないなら、試してみる価値くらいはあるんじゃない? いい画家を紹介するよ」
「そうだな、じゃあ……頼む」

「嫌だ」
 画家であり魔界で暮らす人間のフリードリヒは簡潔に答えた。
「そこをなんとか」
 ヨルンが両手を合わせて頼み込む。
「なんだって痴話喧嘩の埋め合わせを俺が描かないといけないんだ」
「あなたが絵のプロだということも、これが無理な依頼だということも承知している、対価は――
「対価がどうという話じゃない、俺はそういう絵は絶対に受けない」
 これはフリードリヒのプライドの問題である。
「そうか……
 ヨルンがあまりに打ちひしがれていた様子だったので、フリードリヒは呟いた。
……だけど、そういう絵を『おもしろい』と言って描きそうな人物なら、心当たりがある」
「本当か」
「ああ、行ってみたらいい『チャーチ・グリム』に」

「なるほど、それでわたくしにあなたの苦悩を描いて欲しいと」
 酒場『チャーチ・グリム』の従業員である妖精シルキーのメルヴィンが言った。
「なんとか描いてくれないだろうか」
「構いませんよ、終業後であれば」
 あっさりと承諾され、ヨルンは下げていた頭をがばっと上げる。
「本当か」
「私、嘘はつきません」
「おーい、オーナーが呼んでいるんですがねぇ」
 ニコニコしているメルヴィンに、同じ酒場の従業員であるウィル・オ・ウィスプのイグニスが声をかける。
「ああ、すまない、仕事中に」
「いえ、面白そうな話なら歓迎でございます」

 果たして、エリゼへの詫びの品が手に入り、ヨルンはエリゼの店『グリモワール・デ・エピヌス』の前にいた。詫びの品はメルヴィンによる『苦悩するヨルン』と題された額装された絵と、ついでに『チャーチ・グリム』で買わされた酒のボトルである。
「帰れ」
「頼む、お詫びの品を持ってきたんだ」
……入れば」
 ヨルンがそろそろと店に入る、開けていた扉をエリゼの茨の魔法が乱暴に閉めた。
「で、お詫びの品って何」
「これ……その、俺、を題材にした、絵なんだが……
「は? それで贈るのが俺の絵じゃなくてあんたの絵? って、これ」
 エリゼの視線がヨルンの絵に釘付けになる、その後、エリゼは小さく肩を震わせていた。
「その……エリゼは人の苦しむ様子とか、好きだろうから……俺の苦しむ様子を、と」
「ぶ……っぁははははは!!!」
 エリゼが爆笑したので、ヨルンは目を丸くする。
「何この悪趣味なプレゼント! しかも題名が『苦悩するヨルン』って!」
 ひーひー言いながら笑っているエリゼにヨルンはいたたまれなくなる、なんだかすごく恥ずかしい。
「その、あと、この酒も」
「あはははは! ……ありがとう、受け取っとくよ……っくくく!!」
 そう言ったエリゼがヨルンの顔を見て吹き出したので、ヨルンは無言で目を反らせた。
「その……機嫌は直っただろうか」
「あらかたはね、でも、大事なことを聞いてない」
「え」
「あの夜、レストランで聞きそびれた言葉だよ、あったんだろ、何かこう、愛の告白みたいなのがさ」
「ああ……その、俺はこういうのに慣れてなくて、陳腐な言葉しか言えないんだけど……
「うんうん」
「この愛情が、エリゼと共に続けばいいと思っている、大好きだよ、エリゼ」
「いいよ、乾杯といこう」
 エリゼがグラスを取り出した、そこにヨルンが持たされた酒を注ぐ。
「茨の君に」
「苦悩するヨルンに」
「それはちょっと……
「いいじゃん、店に飾っておくよ、あの絵」
「それもちょっと……俺と思って大切にして欲しい、というか」
「それならなおさら飾っておかなきゃ、俺は見せびらかしたいタイプなんだから」
「愛蔵してる本は俺にも見せないのに?」
「あはは、そこはそれ、ほら」
 エリゼがグラスを差し出す、ヨルンはエリゼのグラスに乾杯し、酒を一口飲んだ。
 仲直りの酒の味はいつもよりだいぶ苦く感じた