フリンズさんの呼び方を考える話


「呼び方……?」
「えぇ、そろそろ変えてみてはどうかなと思いまして」

 ソファに寝転がって占領しながら雑誌を読んでいたところ、「ちょっと寄ってください」と足をペチンと叩かれる。仕方なくソファに座り直すとフリンズが隣に座った。そうして言われたのは「呼び方を変えてほしい」との事だった。
「うーん、でも……フリンズはフリンズでしょ」
「えぇ勿論、貴女のフリンズではありますが……
「なら、そのままでも良くない?」
「良くないですね」
 えぇ……今日のフリンズは、なかなか強情そうだ。口を一文字に結んだまま、これでもかと目で訴えてくる。
 そうは言われても、出会ってすぐは『フリンズさん』だったし、その後『フリンズ』に変えてから数年はそのように呼んでいるし、口慣れた単語なのに。

「フリンズくん」
 パッと思いついた別の呼び名で、フリンズの顔を見ながら声をかけてみる。すると、先程までキュッと結ばれていた口は少し緩み、彼の口角が上がる。
「その呼び方は、何と言うか……不思議な感覚ですね。先輩と後輩のような……
「え、私が先輩役ってこと?」
「そうなりますね、ふふっ」
 なるほど、そんな世界線があれば、あったかもしれない……のか⁈ 想像は出来ないけど。しかしこの反応を見るに、これは正解ではないらしい。

……キリルくん?」
 少し悩みながら、首を傾げてそのように呼んでみる。以前、『フリンズ』が苗字だと聞いていたはず。貴族のような名前の扱い方に自信はないが、きっと『キリル』が彼の名前にあたるのだろう。そう思って――呼んでみたが……、何だその反応は。
 フリンズは目を丸くして静止した後で、今度は目を細めてクスクス笑っている。
「そのように呼ばれたのは、初めてかもしれません」
「ぇえ、そうなんだ。私としては名前に『くん』とか『ちゃん』付けが馴染み深いんだけど」
「なるほど、僕が聞き慣れないだけかもしれませんね。しかし、なんだかくすぐったい響きです」
「ふむ、なるほど……うーん」
 これでもないらしい、となると……あれしかないんだけど、これはこれで私が照れる。

――、キリル」
 彼の目を正面に見据えて、そのように呼ぶ。すると彼は、今日一番の穏やかな笑みを浮かべた。
「はい、僕がキリルです。貴女のキリルですよ」
 そう言ってフリンズ――キリルは、私をそっと腕の中に閉じ込めて、ぎゅっと抱きしめた。やっぱりこれが正解みたい。私は、今この時の彼の顔が見たくなったので、もぞもぞと腕から顔を出す。
……でも、これ。だいぶ恥ずかしいな」
「そうですか? ……それでも、そろそろ慣れて頂かないといけませんから」
……それはなぜ?」
「貴女も『フリンズ』姓になるから、ですよ」
 そう言って、キリルは今日一番の笑顔で私を見下ろす。へぇ、そうなんだ…………それは初耳、だな?
「今浮かんだ疑問は横に置くとして……もしそうだとしても、私は『フリンズ』って呼びたいんだけど、ダメなの?」
「ダメですね」
「そうかぁ、ダメなのかぁ。ちなみに、何でダメなの?」
 別に拒否したい訳ではないが、何をそんなに強要したいのかは聞いておこうかな、と思った。すると彼は私を腕の中から解放した後、目線を少し下げ「ふむ、」と呟き片手を顎に添えて悩む素振りをする。少し間が空いた後、目線を私に向けてから彼は言う。
 
――僕が、そう呼んでほしいからですよ」

 ……フリンズって、そんなこと言うんだ。それなら呼んであげないと、ね。
「わかったよ、キリル」
「はい。嬉しいです」
……でも、やっぱり恥ずかしいな。『フリンズ』と『キリル』と、交互に呼んでも良い?」
「なんですかそれは。……仕方ないですね、ゆくゆくは全部変えてくださいね」
 並行運用の許可も貰えたので、私も少しずつ慣れていくとしよう。


「実はもう一つ候補があってね。えと……キーラ?」
「おや、その愛称もご存知でしたか」
……実は、調べたことがあってね。でも、そう呼んでいいか分からなくて、保留にしてました」
「貴女になら、そのように呼ばれても良いですがふふっ。でも、やはり『キリル』が一番嬉しいですね」

 
 
『いつの日か、それが常となりますように』