アルマジロ
2026-02-10 18:26:25
4093文字
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あの日の少年は今も

ヴァレンティオンのレザヘク小話です。CP要素薄めのほのぼの。ソ9にもヴァレンティオンがあるという設定。

 大好きです、愛しています、応援しています……本日何十回目かの文言が書かれた手紙を読みながら、レザラは口の中でチョコレートクッキーを噛み砕いた。
 口中に広がる甘い粉末を、深煎りのコーヒーで流し込む。音を立ててコーヒーのタンブラーを机に置けば、未だ山積みになっている贈り物の数に溜息を吐いた。

『いよいよ待ちに待ったヴァレンティオン! 皆様いかがお過ごしですか? 今日は大切な人と行きたいおすすめスポットや、話題のスイーツをご紹介……

 BGM代わりのテレビの中ですら、画面で様々な甘味が舞っている。視覚まで甘くなりそうだと顔を顰めたレザラはリモコンに手を伸ばし、興味もないスポーツ中継にチャンネルを切り替えた。
 菓子や娯楽の産業が盛んなソリューション・ナインにおいて、ヴァレンティオンは大いに注目される一大行事だ。贈り物と共に愛を伝えるという催しは、一般人にとっては喜ばしいものだろうが、有名人となるとそうも言っていられない。
 何せ受け取る好意の数が桁違いなのだ。国民的娯楽であるアルカディアには、文字通り山のようなプレゼントがファンから贈られてくる。手作り品を取り除き、魔法と機器で異物混入を検査して、それでもなお多くの品が毎年闘士たちの手に渡っていた。
 中でも花形ベビーフェイスであるハウリングブレードの元へは、その甘いマスクに惹かれてか多くのお菓子がやってくる。自宅に郵送されてきたお菓子とファンレターの山を前にして、レザラはソファの上でがっくりと項垂れていた。

「進み具合はどうだ?」
「もうちょっとで……半分……

 キッチンでの準備を終えたヘクトールが、レザラの隣に腰掛ける。自宅で親友に見守られながらのプレゼント開封作業も、もう何回目だろう。
 ハウリングブレードとしての人気が高まった頃、とうとうヴァレンティオンの贈り物を一気に片付けることができなくなったレザラは、お菓子の開封を後回しにしたことがあった。大量のお菓子の始末を先延ばしにし続けた結果、未開封のまま駄目になってしまったお菓子たちをヘクトールに発見されてしまい、こっぴどく叱られたというのが当時の結末だ。
 以来、ヴァレンティオンの時期になると、レザラにはヘクトールの監視がつくようになった。お菓子の完食は難しくても、せめて一口は食べること。そしてファンレターの類には必ず目を通すこと。それが闘士としてレザラに課されたノルマだった。

「この時期ばかりはベビーフェイスじゃなくてヒールにすれば良かったって思うよ……キミは良いよな……プレゼントも甘くないやつが多くて……
「応援の気持ちに馬鹿なこと言ってんじゃねぇ。ファンレターもちゃんと目を通せよ」
「読むよ! 読むけどさ! この時期のファンレターって中身がやたらとベタベタしてるんだよ! ボクは試合についての感想とかそういうのが読みたいのに!」

 読み終えた何十通目かの手紙が箱の中へ放り込まれていく。レザラは甘いお菓子が嫌いではないし、愛の手紙だって受け取れば有り難く読むだろう。
 だが、何事にも限度というものがある。いくらお菓子とはいえ甘いものばかり食べたら飽きが来るし、愛の手紙も何十枚と読めば目が滑るのだ。モザイクコーヒーからテイクアウトした苦いコーヒーを間に挟んだところで、焼け石に水と言うべきか、レザラの忍耐はとうとう限界を迎えようとしていた。

「もう甘いの飽きた……ヘクトールの作るしょっぱいおやつが食べたい……
「またそういう……半分こなせたらって約束だろ? もう少しだから頑張れ」

 ヘクトールもただ監視するばかりではない。飽き性の親友が投げ出さないように、口の中をリセットできるような塩味のある料理を用意していた。だがタダでは渡さない。レザラがノルマの半分をこなしたら、ご褒美と後半戦への活力として渡す、というのが二人の取り決めだった。
 長年連れ添った幼馴染は、レザラに対する飴と鞭をよく心得ている。レザラは不満げに唸りながら、次のお菓子を手に取った。
 チョコレートにマカロン、クッキーを挟んでまたチョコレート。もう当分チョコレートはいいやと思いながら、レザラは高級そうなチョコレートを一粒口に放り込む。甘さで麻痺してきた舌を動かしながら、添えられていた手紙を開いた。
 目に飛び込んできたのは長く密集した文章の壁。手紙いっぱいの文字列に心を折られたレザラは、ソファの背もたれに体重を預けて叫んだ。

「もういいだろ〜!? 早くヘクトールのご褒美くれよ〜!」
「あー……分かった分かった……持ってきてやるから、それだけでも読んじまえ」

 ソファから立ち上がり、キッチンへ向かったヘクトールの足音を確認すると、レザラは緩慢な動きで再び手紙を持ち上げる。ソファで仰け反りながら文字を追うと、意外にも内容はレザラの戦いぶりを讃えるものばかりだった。口の中に残る高級チョコレートの名残も、苦みをきちんと主張している。こういうファンもいるんだな、と少しレザラの気持ちが上向いたところで、ヘクトールが皿を手に戻ってきた。
 器には三角形の黄色いスナックがたっぷり盛られていて、その中央には赤いソースが入った小さな容器が鎮座している。見慣れない料理にレザラが何度か瞬きをした。

「何だいこれ? チップス?」
「ナチョスだとよ。壁の外の国から入ってきた料理だそうだ。レシピ通りに作ったとはいえ、本物を知らねぇから合ってるか分からねぇが……
「へぇ〜、これをつけて食べればいいのかな?」

 早速手を伸ばしたレザラは、薄焼きのトルティーヤの上にソースをかけて口に運んだ。刻んだトマトの爽やかさと酸味、僅かにやってくるピリッとした辛味が食欲をそそる。ザクザクという小気味良い音と共に、甘さに辟易していた味覚が蘇るようだ。

「美味しい! こういうの好きかも!」
「そりゃ何よりだ。菓子の間につまんでりゃ少しはやりやすくなるだろ。この調子で残りも進めちまえ」

 レザラは指に付いたトルティーヤの粉もそのままに、またもう一枚をつまんで口に入れる。本当は残りの甘味の量からペース配分を考えるべきなのだが、今はもう少しヘクトールの料理を味わっていたいという欲求の方が上回っていた。
 ヴァレンティオンなんてガラじゃないと背を向けがちなヘクトールが、レザラの助けになればと、レザラのためだけに作ってくれた料理。きっとこれも恥ずかしがり屋な彼に出来る、精一杯の愛の贈り物なのだろう。だがそれを口にしてしまえば痛烈な照れ隠しが返ってくるだろうから、レザラは黙って満面の笑みで応えた。

 好意を無下にはできないと、レザラは指を拭いて次のお菓子と手紙を手に取る。手にしたのはラッピングもない、パッケージそのままのチョコレートだ。だが見覚えのあるそのお菓子に、記憶を掘り起こしたレザラが「ああ!」と声を上げる。

「見てくれよヘクトール! 懐かしいものが入ってる!」

 そう言っていきなりお菓子を突きつけるレザラに、ヘクトールは目を丸くする。目の前の品は棒付きのチョコレート菓子だった。リスに似たマスコットキャラクターの顔を、三色のチョコレートで表現したものが二本分パッケージに収まっている。プレゼント用というよりも子供向けの駄菓子と呼べるそれは、ヘクトールの記憶にも親しみと共に残っているものだった。

「まだ売ってたのかこれ……懐かしいな……
「子供の頃、よくこれを買って二人で分けてたよね。お小遣い出し合ってさ」

 二人の脳裏に幼少期の思い出が蘇る。少ない小遣いで買ったチョコレートを、地面に並んで座りながら、一口一口を大切に食べていた。ただの駄菓子の一つに過ぎないとしても、大人から隠れるようにこっそりと買い食いをしていたあの時の高揚感は、今でも鮮明に思い出せる。
 レザラはお菓子の薄いフィルム包装を剥がすと、棒付きチョコレートのうち一本をヘクトールに差し出した。

「久しぶりに分けて食べようよ、ほら」
「いやこれお前宛のもんだろ。俺が喰うわけにはいかねぇよ」
「大丈夫だよ。『ハウリングブレードも大切な人といっしょに食べてね』って書いてあるし」

 レザラが開いて見せた手紙には、子供らしい丸い字で応援のメッセージが書かれていた。拙いけれど確かに温かいその文章の中に、レザラが言う通りの言葉も記されている。
 しばらく迷ってから、ヘクトールは差し出されたチョコレート菓子を手に取った。贈り主本人の希望なら仕方がない。決して思い出に浸りたいとか、大切な人と言われて嬉しかったからとか、そんな理由では断じてないと自らに言い聞かせながら口に含んだ。
 レザラもまた駄菓子のチョコレートを咥える。歯を立てればパキリと割れたそれは、苦味も風味もほとんどない甘いだけのチョコレートだ。けれど、幼い頃は確かにこの甘さが嬉しかった。喧嘩と生傷の絶えない幼少期、暗い雷雲の下で食べたこのチョコレートは、二人にとってささやかな幸福の思い出だった。
 もう一口、チョコレートを食べる。ピンク色のチョコレートが持つ強烈な香料に、思わず小さく笑ってしまう。横を見ればヘクトールもまた大きな手に釣り合わない小さなチョコレートを持ちながら、その顔に僅かな笑みを浮かべていた。
 レザラはふと、いつか誰かがチョコレートは幸せの味と言っていたことを思い出した。以前は何も感じずに流してしまったその言葉は、こういう時間のためにあるのかもしれない。
 あの日、路上でお菓子を分け合っていた少年たちは、今こうして広い家と名声を得てもなお、当時と同じお菓子を並んで食べることができている。懐かしいね、と笑い合いながら。

……今日だけで色んなお菓子を食べたけど、やっぱりこれが一番美味しいかもしれないな」

 駄菓子のチョコレートを指でつまみながら、レザラが少年の顔で微笑む。ヘクトールもまた穏やかに目を細めて、「貢ぎ甲斐のねぇ奴」と笑った。