John
2026-02-09 22:06:56
2120文字
Public 武新
 

caraméliser

武新。
SAITAMAの二人。
嫉妬する新兵衛。

江戸城流血開城から数年が経った維新都市SAITAMA、昭和勤王党カワグチ支部、その一室。
室内は天井から下がった照明により飴色 あめいろの光で満ち、魔力により駆動 くどうする空調設備で暖かく保たれていたが、外は11月 すえの寒さが容赦 ようしゃなく吹きすさむ。
上半身を惜しげなく さらした四白眼 しはくがんの男が、几帳面 きちょうめんな仕草で大真面目に急須 きゅうすでお茶をれ、武市のいる卓へ置いた。

「武市先生、お茶をどうぞ」

数社分の新聞と菓子業界の専門誌へ目を通す武市へ、れたての香り高い緑茶が差し出された。
切れ上がった腹直筋上部、張りつめ山のように ふくらんだ三角筋、大胸筋はこの部屋の壁面に掛けられた油絵の富士にも負けないのでないかと思うほどそびえ立っている。
筋骨隆々を絵にしたような大男……田中新兵衛はお茶を出した後、立ったまま武市の そばを動かない。
いくら暖かい室内とはいえ はかまだけしか着ていないような姿は露出が高く、たくましい肉体美と合間ってとてつもないインパクトなのだが。
武市は慣れているのか眉一つ動かさない。
湯呑 ゆのみは新兵衛の手に握られても小さくは見えない高さがあり、ちょうど手の当たる部分が水色に塗り分けられ少し くぼんでいる。
茶托 ちゃたくに置くと魔力で保温までしてくれる。
その湯呑みは、おもむろに武市の決してなよやかではないが色素の薄い手へ つかまれる。

「うむ」

武市は茶が置かれたことを了承する うめきを発し、口をつける。
そして、しばらくすると。

「ふう……

溜息。
また先生ば溜息 ういくちっちょっと。
新兵衛は顔に出さず、大いに心配する。
このところどうも武市は上の空なのだ。
このカワグチ支部の地下や周辺に勤王まんじゅう製造プラントが建造され、昼夜を問わず稼働している。
いくつもの鎖と歯車が組み合わさった時計のような文字盤が並ぶ器具は、プラントの圧力や出力を遠隔 えんかくで示す計器であり、異常があればこの部屋からも判るようになっている。
新兵衛は時折それを見つつ、心ここにあらずの武市が気になって思考が彷徨 さまよう。
普段であれば彼にとって、二人きりでこの部屋にいるという満足しかない状態なのだが。
心配です、なにが御心をわずらわせているのですか。
なんなら斬ります。
新兵衛はそう言いたいと思いつつ、そのような踏み込みをすることもよくないのではないかと思いとどまり、また次には武市の心をとらえる事象に こがれる……という独り相撲を、眉ひとつ動かさず10日ぐらい続けている。

「むぅ……

武市の目は金に近い色合いをしている。
飴色の室内で光が入るとますます色が明るく、琥珀色 こはくいろ虹彩 こうさい ひらめくのだが。
それが何かの思案に細められ、呻きと共に かげる様子に新兵衛はついに一言発した。

「先生ッ……!」

だが、言ってからどう言葉を継げばいいのかわからない。
どのように言うのが上手いのか、ついに泣こよかひっ飛んだのはいいが呼びかけをチェストしてしまってから新兵衛は困る。
そこへ、心配されていると察した武市が言葉を つむいだ。

「やはり尊敬に値すると思ってな、気もそぞろになる」

それを聞いて新兵衛は内心キェエエと叫んだ。
誰んこつ!?
一体誰だか、新兵衛にはわからないが武市の心を強くとらえた男がいるらしい、と思うと新兵衛の心は千々に乱れてしまう。
苦しみと嫉妬が心をかき乱し、しかし新兵衛は顔に出さない。

「待ちきれないのだ。待たねば手に入らぬことも分かっているのだが」
「誰ですか、それは……ッ」

ついに新兵衛は核心を問う。
武市は、誰か、と問われたことに困惑しつつ答える。

「冬季限定の新作ケーキがどんなものになるか、あまりにも待ち遠しく、気になっているのだが」

そうだった、そういえば武市先生は、いつも新作を楽しみにしている店がある、新兵衛は安堵 あんどで脱力しそうになるのをこらえた。
新作発売が明日である事は当然覚えており、買うことも予定として頭に入っていたが、新兵衛の内で全く事象が繋がっていなかったのだ。

「このカワグチ支部からほど近くに洋菓子店があるだろう」
「ご安心ください、把握しております。明日は一番に購入へ向かいます」
「いつも助かる」

武市の顔は薄く穏やかな笑みに彩られた。
新兵衛にその笑顔が向けられているという幸福、安堵。
彼の心には幸せが満ちる。
いや、本当を言うとケーキであっても武市の気をく点で負けることは不満なのだが。
甘味なら、仕方ない。
新兵衛にそう思わせるほど、武市はSAITAMAに来てから洋菓子の魅力を愛すようになった。

発売日の12月初日に、新兵衛が開店待ちをして、いの1番に手に入れた甘糖楼と胡桃 キャラメルノワのケーキは武市に渡された。
ケーキ店の店員に、よっぽど甘味が好きなんだろうなあの筋肉の人、と思われている事を、田中新兵衛はまだ知らない。