shirajira
2026-02-09 20:33:54
3060文字
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どこでも一緒

差し入れでいただいたポメビ&猫ヨマスコットのお話。新刊の「ワンニャフルハッピーライフ」の二人と二匹かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 俺はビーマ。見ての通りポメラニアンだ。昨日俺を見たガキにでかい声で「お母さん! 熊がいる!」って叫ばれたけどな。
 でもって今俺を散歩している男が俺の飼い主――ではない。こいつはたまにバイトで俺の散歩をしている男で、アシュヴァッターマンという。俺を散歩しているのが俺の飼い主ではないので、散歩中の俺のテンションは二割減ってところだ。
「ん?」
 スーパーの前でアシュヴァッターマンが足を止めた。何だ、買い物でもするのか? 別に待ってやってもいいぜ。俺が思っていると、アシュヴァッターマンは俺のリードを持ったまま、スーパーの入り口――ではなく、スーパーの前に並んでいるガチャガチャコーナーへ向かった。
「へえ、今はこんなのもあるのか」
 アシュヴァッターマンの目線の先を俺は追った。旦那、喜ぶかなと呟く声が聞こえる。
 アシュヴァッターマンが財布をポケットから取り出す。俺はそれを、尻尾を振って見ていた。


 わし様はドゥリーヨダナ。最美しく最賢いお猫様だ。
 でもって今わし様の毛をブラッシングしているのが飼い主のバッラヴァだ。半分心ここにあらずの様子でわし様のブラッシングをしている。
 家に来る約束をした相手が、出先で電車遅延に捕まって訪問が遅くなるのを気にしているらしい。せっかく作った料理が冷めてしまうのは、こいつとしては面白くないのだろう。
 普段ならわし様というものがありながら何だその手持ち無沙汰を理由にしたような奉仕は! と怒るところだが、相手が相手だからな、寛大でいてやろうとも。
 何よりわし様も、待っているやつがいる。だが、わし様はスマートな王子なので、バッラヴァと違って落ち着いた大人の余裕を見せてやるとも。
 ごろん、と寝返りを打とうとしたその時、確かな足音が聞こえてわし様は耳をピンと立てた。わし様の様子を見て、バッラヴァが手を止める。
 ピンポーン。チャイムの音に、バッラヴァが笑みを浮かべた。ブラシを置いて部屋を出ていく。やれやれ。わし様は念のため前足なんかをぺろぺろ毛繕いしてから、定位置のクッションの上に寝そべった。
 玄関の開く音。話し声。チャッチャッチャッと床を叩く爪の音。耳を傾けていれば部屋のドアが開いて、待っていたやつ――待ってただなんて悟られたくはない――が飛び込んでくる。
『ドゥリーヨダナ!』
 挨拶代わりのように鼻先を押し付けてる犬に、わし様も鼻先を寄せることで答えてやった。
『遅いぞビーマ。わし様を待たせおって。わし様の貴重な時間を浪費させたわけだから、それ相応の詫びはあるのだろうなあ?』
『仕方ねえだろ、電車が止まってスヨーダナも帰ってこれなかったんだ』
 スヨーダナはビーマの飼い主だ。でもってわし様の飼い主のイイヒト、というやつだな。
 そのイイヒトと飼い主は、詫び代わりだとビーマに舐め回されてるわし様を他所に、何やら話をしていた。
「電車、大丈夫だったのか?」
「大丈夫じゃないわ。電車は動かん、バスもタクシーも長蛇の列。うんざりしたわ。ま、金を払って相乗りさせてもらったのでな、並ばずに済んだが」
 うーむ、スマートな解決法だ。わし様の飼い主は微妙な顔をしておるけども。
「ん? 何だそれ。お前そんなのつけてたか?」
 バッラヴァがスヨーダナの鞄を指差す。いかにも質のいい黒の革鞄――今日は家にビーマだけ迎えに行って、着替えもせずに仕事着のまま、鞄もそのまま来たんだろう――に、何やら可愛らしいマスコットがぶらさがっていた。
「これか? ほほう、よく気づいたな」
 スヨーダナが鞄を持ち上げ、マスコットを指でつつく。それは犬の形をしていた。
 それだけじゃない。中に何かふわふわしたものが詰まっているのが、本来透明なんだろうマスコットには透けて見えていた。バッラヴァが瞬きをする。
「もしかしてその中に詰まってるのは……
「そう、ビーマの毛だ。わし様が目をかけている男がな、ビーマの毛を入れるといいだろうとプレゼントしてくれたのだ。わし様は流行にも敏感な男。早速抜けまくりのビーマの毛を詰めてみた、というわけだな。なかなか良かろう? この世に一つしかない特別だ」
「ほう」
 バッラヴァが眉を跳ね上げた。どこに引っ掛かったんだかはいまいちわからん。わし様の耳をしゃぶっていたビーマが『あんなのより本物の俺を連れ歩いてくれりゃあなあ。俺の抜け毛を連れ歩いてどうすんだ』とぼやいた。
『ま、スヨーダナは喜んでるみたいだから、いいけどよ』
 わし様はスヨーダナの方を見た。確かに気に入っているようだった。
 ぶっちゃけスヨーダナの鞄についてるマスコットなんてどうでもいいので、わし様はそのまま興味を失ったし、すぐに毛を入れるマスコットのことなんて忘れた。
 一週間後、バッラヴァの手の中にあるものを見るまでは。


 なんか妙にバッラヴァのやつがそわそわしてんな。俺は出された飯をたいらげドゥリーヨダナが気まぐれにしてくれる毛繕いに尾を振りながら、飼い主たちの方を見た。
「ふーっ食った食った」
 俺の飼い主、スヨーダナはデザートに出されたプリンまで平らげて、いかにも満足そうに腹を撫でている。バッラヴァの様子には気づいていないというより、注意を払っていないようだった。
「なあ、ちょっと手を出してくれねえか」
「ん? こうか?」
 スヨーダナが素直に手を出せば、バッラヴァが握りこぶしを突き出した。その手を開けば、スヨーダナの手のひらの上にぽとりと何かが落ちる。
「やるから、鞄につけろ」
……これは」
 それは猫の形のマスコットだった。透明で、中に入っているものが透けて見える。めいっぱいに詰められたそれは、今俺を毛繕いしてくれてるやつの毛とそっくり同じ色をしていた。
「この世に一つしかない、特別だぜ。お前のために用意した」
 バッラヴァが至極真面目に言う。ドゥリーヨダナが『他でもないわし様の抜け毛だからな、何かご利益あるぞ多分』と適当なことを言いながら、にゃあと鳴く。
「ビーマのやつと一緒に、鞄につけろよ」
 言われて、スヨーダナが顔をしかめた。
「サイズ感が合わんだろ」
 確かに今スヨーダナの手のひらの上に乗っているマスコットは、アシュヴァッターマンがスヨーダナに渡したものと比べて、倍は大きかった。体の大きさじゃなくて態度のでかさでも反映してんのか? だがバッラヴァは「それの何が悪いんだよ」と全く気にしない素振りだ。
「でかい方がいいだろ。毛もたくさん入る。目立つしいいだろ」
「わし様はバランスの話をしてるんだが?」
「そりゃあ、確かにバランスは……俺からのプレゼントは、気に入らなかったか。悪かったな、お前がこれを見る度うちのことを思い出してくれればと思ったんだが」
 バッラヴァが眉を下げ、手を差し出した。途端にスヨーダナが慌て出す。
「な、別にいらんとは言っておらんわ! ……あーはいはいわかった、つければいいんだろうつければ! まったく、この卑怯者め!」
「別に卑怯なことはしてねえだろ」
「無自覚だから質が悪いんだ、お前は!」
 どうやら丸く収まりそうだった。なら俺がこれ以上気にかける必要はない。俺は毛繕いのお返しをしてやるために、鼻先をドゥリーヨダナに向けた。
 翌日。仕事のため家を出るスヨーダナの鞄には、俺の毛の入ったマスコットと、ドゥリーヨダナの毛の入ったマスコットが、仲良く二つ並んで揺れていた。