雪が降っていた。
この季節ではそれは特段珍しいことではなかったが、出島で日々を過ごしているとあまり見ない光景だったので、狡噛は海辺がよぎる窓を背景にどこか感慨深げに煙草を吹かした、ような気がした。
彼との思い出を振り返る時、そこには雪が舞う日もあった。例えば、彼が季節外れの雪の日に自分に告白して来たことだとか、やはりその雪の日に初めて口付けをしたことだとか。
――いや、そんなのは今はどうだっていい。俺達はようやく仕事を片付けて、そしてあの懐かしい、日本を夢見て海を超えてやって来た人々が住む場所に戻る。それはしばらくの自由をうしなうことでもあったが、もとより俺達には自由などなかった。そう、今くらいしか、ティルトローターの待つ場所に向かい移動中の今くらいしか、俺達に残された時間はなかった。
「あなた、移動中くらい煙草を我慢出来ないの?」
助手席に座ったフレデリカが言った。俺はそれに吹き出しそうになり、この男にはそんなのは無理だよ、と思った。昨日だってあなたがいない場所で口付けた時、チェーンスモーカー特有の、重苦しく、苦い味がしたんだから。それに今まで俺が何度言ったって、こいつは禁煙などしなかったんだから。
「何笑ってるのよ宜野座。また何か企んでるの?」
フレデリカが俺達が座る座席を振り返り言う。俺はそれがあまりにも真剣だったので、やっぱり笑ってしまった。
「いや、こいつにとっちゃあ煙草は運命みたいなものだから」
俺じゃない、運命みたいなものだから、俺じゃない男がきっかけで始まった、そんな運命みたいなものだから。
「変なこと言うのね」
俺達の関係を知る彼女は肩をすくめ、また前を見た。
そう、俺達に運命なんてものはない。狡噛に運命なんてものがあるとしたら、それは俺じゃあない男だから。でも、今そんな男の手に自分の義手を添えるのは俺だ。最後までこの男の側にいるのは俺なのだ。
窓の外では雪が降っている。出島では珍しい、かつては確かに俺達のあいだにあった、そんな雪が降っている。
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