紫呉葛
2026-02-09 19:26:11
10550文字
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【オキラス】寒月期小話録 収録内容 6点

Blue sky にて12月中に投稿したワンライ的な小話を本用に修正したもの。

▼ 護衛 編
▼ カジノ 編
▼ 救助 編
▼ 猫長官 編
▼ クリスマス 編
▼ カーチェイス 編
▼ 狙撃 編

―――――――――――――――――


▼ 護衛 編

黒いスーツに身を包み、黒い皮手袋に黒いネクタイ、サングラスを掛け、オキーフは帽子を、ラスティはマフラーを、普段とは違う硬めの出で立ち。
とある青年の護衛任務に就いていた。
この会場から脱出させ、目的地まで無事に移送する。
目下の問題は、会場から出ようにも追っ手が多すぎることだった。
想定のルートは使えない。別のルートも恐らく潰されただろう。
直ちに別のプランを用意する必要がある。
オキーフが記憶に叩き込んできた地図と配置とタイムテーブルを頭の中で展開し敵の動きを複数予測する。
どう足掻いても護衛対象を危険に晒すことになる。シンプル故に厄介だ。敵が多すぎる。倒して進むか、それとも。
「オキーフ、貴方の帽子を貸してくれないか?」
黙り思考するオキーフに声が掛かる。
「私が囮になろう」
口角を上げてラスティが提言する。
マフラーをするりと抜き取り、片手で前髪を頭部に撫でつける。
「ちょうど、私と背格好も髪色も似ている。それに、撹乱は得意だ」
似たような作戦に思い至り、己の適切な役割を危険を承知で進んで受け入れるか。お前は。
この作戦に思い至り、避けたくも高リスクと分かった上で囮役を指示するだろう。貴方は。
「そちらは、任せる」
帽子を受け取り、それを被ってラスティは護衛対象に似せた格好になる。
オキーフにいつもの明るい笑みを、それから、背を、向けて。
「ラスティ」
オキーフがラスティを呼び止める。
握手を求めるように手を伸ばす。
「持っていけ。多いに越したことはない」
隠し持っていた手のひらに収まるほどの小さな拳銃。
なるほど、これなら持ち込み検査もすり抜けられると感心し目を細め、ラスティはそれを受け取る。
「後で迎えに来てくれ」
そう言って扉の向こうにラスティが消える。
少ししてから、慌ただしい足音、ガラスの割れる音、叫び声。
小さくなっていくそれらの音を聴きながら、護衛対象を連れてオキーフは動いた。
会場内は酷く賑やかになった。

あれからどれだけの時間が経ったかはわからない。
敵がいつまでもこちらを追ってくる現状と窓から微かに見えた見慣れた車の後ろ姿に、どうやらオキーフの方は上手く脱出できたようだと推測はしている。
その点では安心したが気を抜くことはできないまま。己の身の危険はむしろ増している。
かすり傷が重なり、体力もだいぶ削れている。息遣いにも乱れが出始めた。
新たな脱出経路を模索し、最低限の応戦を続け、とうとう持っていた拳銃は弾が尽きた。
身を潜める。だが、見つかって。走って時々物をぶちまけ足留めにして逃げるを繰り返す。
……!」
追い詰められた。逃げ場は作るしかない。
息を切らすラスティ。
乾いた音が鳴り響く。
武器が無いと見て襲い掛かってくる敵に、オキーフから受け取った銃の引き金を引いた。
二発入りの小型の銃。残りあと一発。
音を聞きつけて近づく足音。
頭に銃口を向ける選択は、避けたかった。
一番に駆け付けたのは、一台の車のブレーキ音。
「乗れ!」
オキーフが車の扉を開け放つ。
彼の声を聴いて反射的に乗り込むラスティ。
急発進は追っ手を寸前で振り払った。
「待ち合わせ場所は、約束していなかった、はずだが?」
まだ息も整いきらないラスティが明るく問う。
「迎えを頼んだのはお前だろう」
前を見据えたままオキーフが答える。
その言葉に瞳を引き絞り、そして緩めて。
「あぁ、そうだったな」
とラスティが笑った。

テールランプが遠くに消えて行く。

END



▼ カジノ 編

カジノの一室。
客の一人としてブラックジャックの席に着いたのは、場に溶け込むようなスーツに、ネクタイは無く首元を少し開けた姿のラスティ。
リムレスの眼鏡を掛けて普段の爽やかさを控えめに、しかし余裕を持った笑みを口元に。
ディーラーの位置から背後は、他の賭けの台、そして一番奥にはBarのカウンター席。一人の男が静かに飲んでいるのがディーラーの斜め後ろに小さく見える程度。別室での催し物に皆釘付けらしく他の賭け台にも席にも人は居ない。協力者を使ってのイカサマは到底しようがない。
ラスティがディーラーに一対一の賭けを申し込む。
台にお互い一枚ずつ、表向きに。
裏向きに、もう一枚が配られる。
賭けて捲って、勝負は進む。勝って負けての並走状態。
ラスティに勝ちの多さが傾いている。
ディーラーもわかっているようで、会話による誘導で釣られるような相手ではないと見抜いた上でのカードでの戦いを仕掛けてくる。
「そろそろ時間だ」
ラスティが最後の試合を告げる。
ラスティは人当たりの良い表情を見せている。
ディーラーも微笑みを絶やさない。
他からすればゲームを楽しんでいるようにしか見えないのだろう。
ディーラーがデッキを手に、シャッフル。
そしてカードを配る。
台の上に表向きのカードが二枚。
ディーラーはQ。
ラスティは9。
裏向きにカードが配られる。
このままカードを追加すれば、21を超えて負けになるリスクの方が高いだろう。
噂はかねがね。客を最後に勝たせないディーラーとのことで。
ラスティは口角を上げ、ニヒルな笑みを向ける。
「ダブルダウン。全額を掛けよう」
リムレスの眼鏡には照明の青い光と微かに映るBarのカウンター席が反射している。
ディーラーが表情を崩さず、宣言撤回が無いことを確認し、カードを一枚配る。
勝負の時間だ。
ディーラーがカードを裏返す。裏向きのカードはK。合計20。
ラスティもカードを裏返す。最初の裏向きのカードは4。
そして、追加されたカードは8。合計21。
「こちらの勝ちだ」
そんな馬鹿なとディーラーの顔が一瞬引き攣ったのをラスティは見逃さなかった。
ラスティが笑顔を向ける。その瞳には狙った獲物を逃がさないという鋭さを、口元から覗く歯が獣の牙を思わせる。
「私は、運が良いらしいのでね」
8のカードを掴んでひらりと見せつけた。

カジノのBarのカウンター席でオキーフは一人、酒を飲んでいた。
背後ではラスティがブラックジャックの席に着いている。見えやしない。
グラスが空になった。
追加の注文をする。
思った通りの位置の酒をバーテンダーが掴んで注いでいく。開いた箇所の鏡が照明を反射している。
一口喉に流し込み、カウンターに肘を置いて、グラスを摘まむように二本の指だけで持つ。
暫くその姿勢で。
もう充分か、と残りの酒を煽って、そして待った。
「隣、良いだろうか?」
飲み終わった頃に、ラスティがやってきた。
答える前に隣に座る。そもそも答えを求めてもいやしない。
「『ご案内』までには、まだ時間が掛かるそうだ」
特定の勝者のみが通される部屋に潜入する、それが二人の目的。
賭け事はオキーフもラスティも強い部類に入る。だが、確実に勝ちを手に入れるに、お互いの長所を上手く使った。
「貴方の情報が無ければ、負けていただろうな」
事前にオキーフの分析でデッキの配置パターンとディーラーの切り方の癖を教えてもらっていたラスティ。
複数あるパターンを仕込みカメラで見て、姿勢と照明色操作でオキーフが知らせていた。
切る回数と計算はラスティの動体視力頼り。
「引く手札については何もしていない」
オキーフがラスティに目を合わせる。
何のイカサマをしたのかと探るように。
「私には、『ヴェスパー第三隊長』がついているからな」
ラスティがいたずらっぽい笑みを向ける。
嘗て「お前は運が良い」と言ったのは、さて誰だっただろうか?と言わんばかりに。
オキーフは一つ息を吐く。

「勝ったのだろう?一杯付き合え」
「もちろん!」

END



▼ 救助 編

窓は無く室内照明だけの部屋にて。
髪は乱れ、頬骨の上は赤黒く、口の端には一筋の赤い雫が伝わった跡。
座らされたパイプ椅子に、後ろ手で拘束されたラスティ。
目の前には敵対者達。にやついた顔、怒りの顔。どれも反吐が出るような粗野な連中だ。
散々拳や足で好き放題してくれたが、生憎その程度で折れるような牙は持っていない。
鋭さを失わないことを忌々しそうに見下ろしながら、敵対者はラスティの髪を鷲掴み、無理やり俯かせる。
首の付け根にあるコネクター。ACとパイロットを繋げるその機構に無理やり規格の違うケーブルを捻じ込まれ、ラスティが歯を食いしばった。
目論みはわかっている。直接データを抜き取るためだ。
星の外では厄介な技術が発展したものだ、と感心したのも束の間、電流のようなものが背骨と後頭部を瞬間的に叩いてきた。
息を止めて、堪え、息を吐いて、感覚を逃がす。
アクセスされているらしいが、何か妙だ。接続部が焼けるように熱い。
このまま焦げる気も、データを奪われる気も無い。
出口は一ヶ所、正面の人間を越えた先。
拘束を解こうと片方の手でもう片方の親指を掴んで。
急に、明かりが落ちた。非常灯すら消えて室内が真っ暗になる。
扉の方から違う風が流れ込み、二つの火の花が乾いた音と共に咲き乱れた。
そのマズルフラッシュの合間に浮かび上がる男の顔を、ラスティの瞳は捉えていた。
複数の重たい物が倒れた音、血と硝煙の匂い、近づいてくる一人分の足音。
「ずいぶんと、早いな」
見上げて笑みを向けるラスティ。
「貴重な戦力を失うわけにはいかんからな」
見下ろし表情を見せないオキーフ。
障害物をするすると避けて歩く猫のように、足元に広がる液体すら踏まないで近づいて。
………
オキーフはラスティの顎を掴んでグイッと上げさせる。
ゴーグルの暗視機能ではっきりと視認できる怪我の程度に、少し目を細めていた。
「男前が、上がっただろう?」
ラスティの口の端の血は、まだ艶のある赤色をしている。
この状況で軽口を叩けるのならば無事な方だろうとオキーフは判断し、ラスティの顎を解放する。過度な負傷による無意識の反応も見られない。
ケーブルを外そうとして、金属の焼ける匂いに目を眇める。
「粗暴な接続に、よるものだろう。火傷に気をつけてくれ」
ラスティの忠告聞いた上で、オキーフは薄手の手袋のままコネクターに近い位置を掴む。
「お前に入れたセキュリティによるものだ。負荷は出ているが、突破はできなかったのだろう」
重要なことをさらっと言ってのけた。
「いつの間に、そんなことを?」
ラスティが瞳を引き絞る。そんなことをされた覚えがまるで無い。
「部下の解放を条件に己を差し出した隊長の始末書の提出が終えれば、教えてやらんこともない」
手慣れた動作でケーブルを捻り、コネクターを傷つけないように抜いていくオキーフ。
言い返せない第四隊長に向かって、本来彼が知りたいであろう情報を送る。
「お前の部下は全員帰還した」
その言葉に、その信憑性に、ラスティの目元が安堵を浮かべる。
「全く、無茶をしてくれたな」
「信頼できる、『良き同僚』がいるものでね。それに、貴方だってあの状況なら同じ選択をしたんじゃないか?」
手の拘束を解くべく後ろに回った第三隊長は沈黙する。
否定をしない彼に、フッと笑って、そして痛みに少しだけ眉を傾げるラスティ。
拘束は全て解けた。
オキーフ曰く、この施設の電源復旧まであと数十秒だろうとのことだ。もちろん、明かりが戻れば機体の発進も難なく行える。
オキーフが手を伸ばす。
それを掴んで立ち上がるラスティ。
一瞬ふらつき、受け止められそうになって、しかし断りの手を出した。
「自力で走れる、先行を頼みたい」
オキーフが二丁持っていた内の一丁のハンドガンをラスティに手渡す。
「来い」
そう言って身を翻す。

二つの足音は、誰にも追いつかれることは無かった。

END



▼ 猫長官 編

ラスティのもとに一通のメッセージが届いた。
送り主はオキーフ。
『猫になった』
と記載されていた。

冗談にしては雑で、暗号かブラフかアリバイ作りかと考えてみたが結論は出ない。
それに、あのメッセージと共に一枚の画像も貼られていた。
端末の画面を覗き込む、一匹の猫。
雰囲気は、オキーフに似ていなくもない。
だが、人間が猫になるなんてあり得るのだろうか?と、にわかに信じがたくて。
ラスティはオキーフの部屋にやってきた。
入室許可が出ていて、すんなりと開いた扉のその先に構えることなくすんなり入った。
部屋の中は、数時間前には彼が居たことを空になり乾ききっていないカップが物語る。
そして、
オキーフなのか?」
机の上で前足を揃え鎮座している猫。
ジーっとラスティを見上げている。
鳴き声は上げようとしない。
返事をされたとして、それがオキーフとしての返事なのか、単にラスティの姿や声に猫が反応しただけなのか、判断しようはない。
腕を組んで疑問を浮かべながら猫を見つめるラスティ。
それを黙って見ていた猫が腰を上げ、身を翻し、傍にあったオキーフの端末に近づく。
手のひらサイズの端末は電源が切れ画面が真っ黒。
そこに猫が、ポンッと前足を置いた。
画面が起動した。肉球で認証した。
この端末は事前に登録した生体認証を使用してロックを解除する。それも、一台につき一人しか登録できない。
さらに猫は空っぽのカップの傍に座り込む。
どうやらこの猫はオキーフのようだ。
それにフィーカが飲みたいのだろう。
カップの中に顔を近づけては見上げるを数回繰り返してくる。
確かにこの猫はオキーフだ。そして、猫にカフェインはよくない。

猫になったオキーフは机の上に座っている。
彼の周りにはモニターにマウスにキーボード。人間の時の必要な道具が置いてある。
マウスを前足でちょいちょい。
キーボードを後ろ足で踏み踏み。
足を揃えて座り真っ直ぐモニターを見上げている。
猫の本能が強いのか、遊んでいるようだ。
と、思ったが。
ラスティは気付いた。
正確な操作をしている。はっきりと読める書類が作られている。
猫になっても仕事をするのか、オキーフ!!

ラスティが猫のオキーフを両手で掴み上げ、机から引き剝がす。
「猫になった時くらい休んでくれ、長官殿」
尻尾をぶりぶり振って猫のオキーフは不満を主張する。
それでも構わずラスティは運ぶ。
ソファに座って、彼を膝に乗せて、そのまま頭や背を撫で撫で。
「触り心地が良いな。まるで貴方の髪のようだ」
ラスティが笑顔で撫で続ける。
オキーフは尻尾をベチベチとラスティの膝に打ち付けつつも、逃げようとはしない。
そして、次第に尻尾は動きを潜め、ゆっくりと目を閉じる。
動物の本能に逆らえないようだ。気持ち良さ全開の爆音ゴロゴロ。喉が鳴るのが止まらなかった。

ゆっくりと視界が明るくなる。
どうやらいつの間にか眠っていたようだ。
猫になった、夢を見た。
そう言えればどれだけ良かったか。
否定の証明は目覚めた場所が示している。
視線の先には、座った体勢でうたた寝をするラスティ。
オキーフの頭は彼の膝の上に乗せられている。
起こさないようにどうやって起きようかと思案していたら、
「どうやら、人間に戻れたらしいな」
目を開けたラスティが柔らかな笑みを向けてくる。
オキーフは口を真一文字にする。
このままもう一度眠りの中に落ちてしまいたい気分だった。
不覚と言いたげな表情に笑い声を零しながら、ラスティは眩しそうに目を細め、
「猫のままでは、フィーカは飲めないだろう?」
と言うものだから、
……お前も一杯付き合え」
と出来事を飲み流し込むことにした。

猫の時も、人間の時も、目つきは同じだな
とラスティは表情を緩ませていた。
END



▼ クリスマス 編

クリスマスで普段より賑わいの声が多いBar。
そのカウンター席に並んで座る二人。
「せっかくのクリスマスだと言うのに、仕事熱心だな、貴方は」
ラスティがグラスを片手に隣に座る相手に言葉を零す。
「好機を逃すつもりは無い。それに、嬉々としてついて来たのはお前だろう」
ターゲットがこの店に来るとの事前情報を得て、単身向かおうとしていたオキーフ。
だが何処から嗅ぎつけたのか、ラスティが出待ちしていた。一人より二人の方が怪しまれないと誘いかけながら。
向かう場所は普段行く静かなBarとは違い社交的な客が多い。人の懐に入るのが上手いラスティが居れば動きやすくなるのは確かだ。故に同行を許可した。
「貴方と共に飲める、絶好の好機だからな」
横目でしか視線を合わせてくれないオキーフに、ラスティが目を細めて笑みを深める。こちらも逃す気は無いと言わんばかりに。
「それに、今日のプレゼントは貴方と過ごす時間が良い。贅沢だろう?」
自前で用意したと得意気に。
「あぁ。お陰で高くついた」
オキーフは一口分、グラスを傾ける。
そう言いながらも経費で落とすつもりだろうとラスティは吐息に笑いを混ぜる。
時折視線をターゲットに向けながら、酒と他愛のない会話を楽しんでいた。
しかしそれは飲み始めて数分で台無しとなった。
背面から轟いた一発の発砲音。
ワンテンポ遅れて広まる悲鳴。
悪漢達が店に押しかけ暴れだした。
凶器を手に、店の中の物を壊し、客達を脅す。
テーブルが横倒しになり、ガラスの破片と飛び散る酒が床を彩る。
オキーフとラスティは黙っていた。目立つ事をする訳にはいかない。
しかし、怯え震える一般市民に紛れ込むには、少々冷静すぎた。逃げるも戦うも成功率はこちらの方が高い。
二人はするりとカウンターの向こうに飛び込み屈んで隠れた。
棚や台に並べられていた酒瓶が幾つか破裂しガラス片と液体が近くに降り注ぐ。
カウンター越しからは劈くような女性の悲鳴と悪漢共の暴言。
ラスティの表情からはとっくに笑みが消えている。
わかっている。このまま身を潜め誰にも知られることなく店を出るべきだ。
オキーフの眉間の皺が深まる事柄を増やしたくない。
この暴挙を見過ごせる冷酷さが有れば、彼の傍に立ち続けられたのかもしれない。
もう、クリスマスのプレゼントは貰ったんだ。充分だろう。私が本来守りたいモノは何かを思い出せ。
言い聞かせるように頭の中で言葉を並べ立てた。
そして、ラスティはオキーフに微笑みを向ける。
「オキーフ、貴方は先に逃げてくれ。此処は私が何とかする」
一人で制圧出来るし、最悪咎められてもどうとでも出来る立ち位置だ。アーキバスでの今の地位は成すべき事の為の一つの手段でしかない。
比べてオキーフは何を目的としているか未だ分からないままだが、情報部門という重要な位置に居る。無闇に問題を抱えるべきではない人だ。
ラスティの言葉を聞いたオキーフは口を閉ざしたままだ。
そして懐に手を入れ取り出したのはタバコの箱。
一本を持ち上げ、言葉無くラスティに差し出す。
くれてやる、と言うことなのだろう、ラスティはその飛び出したタバコを摘んで抜き取る。
カウンターから垂れる酒を先端に微量含ませて、火を纏いやすくしてから口に咥えて。
正面を向き、上着の内ポケットからライターを取り出そうとして、それよりもオキーフが銃を取り出した方が早くて。
銃口はラスティの方に向けられた。
引き金が躊躇いもなく引かれる。
弾丸が駆ける。ラスティの真横、カウンターの中を覗き込もうとした悪漢の一人が倒れた。
掠った弾丸の摩擦でタバコに火が灯る。
ラスティは微動だにしなかった。オキーフが銃を取り出すと認識した瞬間、ぴたりと動きを止めた。
そして、点った後にも瞠目すらなく、むしろ口角を上げてさえみせた。
だが次のオキーフの一手では、ラスティはもう一度動きを止める。今度は瞳を引き絞って。
「『プレゼントは貴方と過ごす時間が良い』、そう言っていたな?」
オキーフがラスティに向きながら言葉を掛ける。
「そこに、始末書の提出まで含んで良いのだろう?」
ただその場限りの手助けの為に抜いた銃では無いと彼は言う。
ラスティの目には嬉しさが乗っている。
「最高の贈り物だ」

銃を片手に、二人はカウンターを飛び出す。
END



▼ カーチェイス 編

石造りの壁に背を預け、建物立ち並び暗がりとなる路地裏で耳を澄ます。
風を裂く音、発砲音。
飛びかかる弾丸を横目に見送りつつ、陰に紛れてオキーフが息を潜める。
音が途切れたその間を狙い、視界と狙いを壁から傾け出して、ハンドガンの引き金を引く。
一人につき一発。
確実に仕留める。
だが、残弾数はそう多くは無い。
一刻も早くこの場を離脱する必要がある。
音を聞きつけ足音が近付いてくる。
オキーフは静寂を纏って石畳を駆けて行く。
広い車道のある場所に出て、しかし追っ手に気付かれて。
射程範囲に入るまで数十秒。
応戦しようと銃を構えたが、必要が無くなった。
一台のスポーツカーが走っていた。
サングラスを掛けた運転手と目が合った。
その車は一直線に近付いて来て、追っ手との間に割って入るように、後輪を滑らせぐるりと回り、ピタリとオキーフの正面に横付けに停まってみせた。
躊躇うことなく目の前にある助手席の扉を開ける。
「間に合ったようだな」
運転席でハンドルに手を乗せるラスティが眼差しは鋭く口元には笑みを浮かべて声を掛けてきた。
しかし足は、急発進の姿勢を維持している。
「構わん。直ぐに出せ」
「了解した」
オキーフがシートに納まったのと同時に、ブレーキランプの赤が消える。
向けられる銃口に火花を散らされるより先に、後輪が回転し地を蹴った。

「随分と熱心な追っかけだな」
ラスティがバックミラーをちらりと見やる。
運転席に一人、助手席に一人、暗色で大きめの車が数台。銃を持っている。
ぴったりと後ろに貼りついて来る。
振り切るのが一番手っ取り早い。奴らの排除自体は任務に含まれていない。
だが、速さだけでどうにもならないのならば、多少の戦いを選ぶべきだろう。
この辺りは歩行者や一般車は多くない場所だが、路肩駐車と狭い道が運転技術を要求する。
「オキーフ、今日の『荷上げ』は、あと何分後だ?」
ラスティは前に視線を向けたまま尋ねる。
オキーフは何かを企むラスティを見て、そして己の左腕の時計に視線を落とす。
「3分後だ。お前なら行けるだろう」
片手に持ったままの銃を脇のホルスターに戻し、グローブボックスを開けて中に隠されていた大口径のハンドガンとそのマガジンを取り出し、装填する。
「貴方に期待されては、外すわけにはいかないな」
ラスティが軽い手付きでギアを上げる。
「キーパーは俺が引き受ける。お前は好きに走れ」
オキーフがサイドウィンドウを開け、上半身を向かい風に晒す。
髪が乱れ体も揺れるが、追跡を止めない車の運転手を撃ち落とすには支障は無い。
身を乗り出して撃って、戻して銃撃を避ける。それを繰り返す。
時折ラスティの運転で敵の射線が外されて、それに合わせてオキーフが軌道を修整し引き金を下げる。
踊るように振れて回って、幾つもの車の悲鳴が遠ざかる。

「2分」

確実に落としている。だが、追跡してくる車はまだ多い。増援が加わったようだ。
相手の動きから、土地勘のある奴は居ない。
ならば好都合。
「オキーフ!戻ってくれ!この先は私の領分だ!」
背後からかかった注意喚起に、オキーフはするりと車内に戻る。
窓を閉めれば風を切る音がくぐもった。
速度は維持されたまま。
道一本跨げば周囲の雰囲気はガラリと変わる。
動く物が限りなく無い場所。ゴミ箱に電柱と細々した物ばかりで遮蔽物にもならない。
ラスティの運転する車が疾走する。
細い道をするすると通り、追跡者を躱すようにドリフトで曲がり進行方向を変えていく。
先回りされても速さと小回りの良さですり抜けて。
左右に体が振られてアトラクションのようだ。
車を一回転させ、シフトレバーを切り替えて、バックで走行する。そして急激に進路を変える。
数々の荒業を見せされて、実際助手席で体感して、それでもオキーフは表情を変えなかった。決して酔ってはいない。

「1分」

横に流れる景色から、ラスティがどの道を使い、どの経路を想定しているかをオキーフも理解している。
わかっているからこそ、
「あと30秒だ」
銃の安全装置を掛けた。
一本の道、一台のスポーツカーが駆ける。
「20秒」
その後ろを、二台分ほどの間隔を狭めることが出来ないまま数台の車が追っている。
「10秒」
甲高い警報機の音が鳴り響いてくる。
「手荒くなる、しっかり掴まっていてくれ」
ラスティの声と共に、エンジン音が数段階高くなった。
両脇には建物、その間には道。
眼前にあるのは、地に線路。そして、それを守るように並び立つ遮断機。
警告色の棒が降りてくる。
下がり切る前に潜り抜けるラスティの車。
迫りくる汽笛の音。
後輪が線路を乗り越えて。抜けた瞬間。
轟音。
列車が通る。風を押し出し猛スピードで突き抜ける長い長い貨物列車。
一度走れば滅多に止まらない、大型コンテナ輸送。
後方はしばらく同じ景色と音が続いていた。
「どうやら、撒いたみたいだな」
暫く走って、ラスティが口を開き速度を落とす。
20両ほどの列車が100km以上の速度で途切れることなく線路を塞ぐ。しかも二段に積まれたコンテナが目隠しになる。
ラスティは知っていた。その貨物列車が通る路線のことを。
オキーフは知っていた。その貨物列車が通る時間のことを。
「このまま、何処かに出かけるかい?」
「お前が安全運転をするならば」
「わかっているさ」

一台の車が二人の男を乗せて風のように吹き抜けて行った。

END