ゆも
2026-02-09 11:32:58
Public
 

雅環 二次創作SS「共犯には、まだはやい」

⚠️ベストエンド後想定

 時が止まる瞬間は、唐突に訪れるものだと思う。
 それは、友人とカフェで何気ない話をしているとき。友人は、私のスマホ裏のステッカーを見て言った。

「それ『さんぽっち』の『すねくん』? 好きだったっけ?」
「最近ね。好きになったの。コラボカフェにも行ったよ。これ料理」

 そう言って、私は写真を見せる。
 雅火と行ったコラボカフェ。私は『すねくん』モチーフのスープパスタとモンブラン、雅火は『ぽめたん』モチーフのチーズソースオムライスとふわふわパンケーキだ。
 どれも美味しくて可愛くて、楽しい思い出が蘇ってつい頬がゆるんだ。

「かわいーね。……えっ、彼氏? 向かいにいるの男じゃん」

 我が友人ながら目ざとい。この写真は、向かいの席の人間がちょっとだけ見える程度。ほんの少しの胴体から男性だと見破るなんて、探偵にでもなったほうがいいんじゃないか、なんて思ってしまった。

「あー……友達」
「でも男じゃん。専門学校のやつじゃないし」

 その『男』という言い方は、完全に彼氏のソレだ。正直、詰められるのは面倒この上ない。

「いやでも、友達だよ」
「コラボカフェに行けるのは、よっぽど仲良いじゃん。周り、女子ばっかでしょ? その人、気まずかったんじゃない?」
……いや? 周りの目とか気にするタイプじゃないから」

 思い出しても、雅火は目の前の料理にしか興味がなかった。
 ランダム特典で『ぽめたん』を自引きしたのは嬉しそうだったが。

「ふーん、男友達ね。……キープ?」
「はぁ? ちょっとサイテー」

 咄嗟に口が出た。私は軽口のように言いのけて、友人も「ごめん」と言ってお互いに笑う。傍から見れば、仲のいいじゃれ合い。
 けど、私の頭の中は、一瞬にして時が止まったように感じられた。

 雅火との関係は『友達』だ。
 だって、それしか言い表せない。
 『友達』だったら、二人きりで出かけてもいいはず。それ以上の何かになるつもりなんて、きっとない。
 そう言いつけないと、私の決意は揺らいでしまう。

……私は、『私の世界』を選んだ。だから、今更こんなこと思ったって、雅火のことは選べない)

 それでも、私はまだ雅火と一緒にいる。それを、ほだされているというなら、きっと否定できない。
 それでも、私はこの関係を『友達』と呼ぶ。
 好きだという感情を、溢れないように押し込めたまま。

(雅火が好きで……それでも、『私の世界』も手放せない)

 胸の奥で、その言葉が何度も擦り切れていく。



 ◆  ◆ ◆



 雅火とのデート。私のマンション前まで送ってもらって、あとは別れるだけ。
 終わってしまう——そう思うと、いつかの友人との会話がふいに現れた。

(『友達』なのに、こんなにも離れ難いと思ってしまう……

 私たちは、『次』を確約できない。私と雅火の世界は違うから。
 けど、『次』も会いたいと思っている。今日みたいな楽しい時間を過ごしたい。
 私の心に居座るこの男を、すぐに追い出す気にはなれないから。
 沈黙からこの時間の潮時を感じ取ったのか、雅火が踵を返そうとする——彼の手を、私は咄嗟に掴んだ。
 衝動に任せた行動に、自分でも驚く。心臓の音が耳に響いて、上手く言葉が出てこない。でも、彼に今、なにかを伝えたくなった。

——雅火、私ね、結構重いかもしれない」

 返事はいらない。ただ、まだここにいて欲しかった。頭は混乱したまま、なんだか雅火の顔が見れなくて、つい俯いてしまう。

「重いっていうか、欲張りみたいな……あー、なんか急に自分語りしちゃって、ごめん。ていうか全然考えまとまってなくてさ……なに言ってんだろうね」

 中身のない言葉がつらつらと溢れてくる。感情がキャパオーバーして、なんだか泣きそうだった。

……あんたは、何が言いたいんだ」

 その声色で、顔を見なくてもわかってしまう。

……雅火、困惑してる)

 その事実を感じ取ると、途端に胸の内が申し訳なさで一杯になる。けど、どうしてか、掴んだ手を離そうとは思えなかった。

——涼乃、顔を上げろ」

 少しの沈黙の後、雅火は一息ついてから、そう言った。
 今の私はひどい顔をしていると思う。けど、私は素直に、その言葉に従う。
 雅火を見上げると、彼の怖いほど真っ直ぐな眼とぶつかった。一瞬、動揺で瞳を揺らしたけれど、彼の真剣な姿勢は変わらない。

「あんたらしくないな。俺にだったら、いくらでも遠慮のない言葉をぶつけてくるだろ」
……まるで私が、失礼なヤツみたいな言い方しないでよ」
「ああ、その理解であってる」

 いつものしたり顔で笑われる。馬鹿にされているかと思うけど、彼にとっては褒め言葉なんだろう。
 こんなどうしようもない言い合いが心地よく思えて、ふっと笑みが零れた。

……あんたは、笑っている方がよっぽどいい」
「さっきよりも、ずっとわかりやすいから?」

 重いと言って不安そうな表情より、笑っている方が感情は理解しやすいだろうな。
 そんな気持ちで、私は問いかける。

「ああ。——それに、可愛い」

 雅火の目元が、少しだけ柔らかくなった気がした。

……か?」

 ——可愛い?

 咄嗟に反応できなかった。
 そしてこの感想も、なんだかデジャヴだ。

「な……に、なに言ってんの……!?」

 けれど、あの時と違って、今の私には反応できる体力がある。否が応でも、顔に熱が集まった。

(こんな言葉ひとつで、浮かれるなんて……

 驚きと嬉しさと照れ——複雑な気持ちに気づかれたくない。そんな思いのまま、掴んでいた手を離して顔を背けようとする。

 だが、雅火はそれを許さなかった。
 私が離した手を、今度は雅火が掴む。私の左手は、彼の眼前まで持ち上げられた。
 雅火は私の手を見て——それから、私たちの視線は繋がる。
 真っ直ぐな眼が私を捉えていた。怖いくらい真剣な感情が伝わってくるのに、逸らそうとは思えない。

……なに、仕返しのつもり?」

 何をされるのかわからなくて、そんな言葉が口を衝いて出る。けど、雅火は何も答えず、じっと見つめてくるばかり。
 掴まれた手が、雅火の口元に寄せられる。
 その動きは、ゆっくりとスローモーションに見えるのに、私の心臓はどんどん早鐘を打っていく。

(うそ……キス、される?)

 そう思った——次の瞬間、突然、雅火の口が大きく開く。

——っ!?」

 思わず悲鳴が零れる。
 そして何かを言う暇もなく、私の手は飲み込まれ、親指に軽く歯を立てられた。

 ……全く痛くない。

 しかし、あまりに唐突な行動と指を噛まれた感覚に、心臓が飛び跳ねて落ち着かなかった。

「ちょ、はあっ!? なに、離して!」

 雅火はすぐに離してくれた。手を確認すると、感じた通り、親指の第一関節あたりにうっすらと噛まれた痕がある。

「びっ……くりしたぁ。なにほんとに、理解できないんだけど」
「ああ、理解できないようなことをしたつもりだ。俺自身、衝動に任せた結果だしな」

 他人事のような発言に、私は呆気にとられてしまう。

……つまり、特に理由はないの?」
「そうだ」

 悪びれる様子がないその姿に、問い詰める気持ちが薄れてしまう。

(だとしても……普通、噛む?)

 けど、目の前の男には『普通』は通用しない。納得しそうな現状に、慣れは怖いなと他人事のように思った。

「涼乃。あんたはさっき、自分は『重い』と、そう言ったな」
……っ!」
「あんたが言う『重さ』は、俺からしたら意味が無いものだ。感情に重さがあったとして、それは俺の障害になるとは思えない」
……まあ、雅火はそういうやつだよね」

 『重い』という言葉一つで、私のぐちゃぐちゃな感情全部を理解できたら、雅火はすごいエスパーとして生きた方がいいと思う。

「だが、あんたが言いたかったことはそれじゃないだろう。わざわざ手を掴んできて、支離滅裂な話をする……。そっちに、あんたの本質があると思った」

 雅火がまた手を掴んでくる。噛んだ痕をするりと撫でて、私の両手は、彼の温かな手に包み込まれた。

「まだ離れたくないなら、そう言えばいい」

 素直に言えない理由が私にはあるのに、雅火から言われてしまっては、観念するしかなかった。

…………もうちょっと、話したい」

 雅火は微笑んで頷いた。
 道の端に移動して、ふたりで並ぶ。ちらりと雅火の横顔を見れば、その顔はなんだか甘さを含んでいるように思えて、また悔しい気持ちになる。言い返したくて、今度は私から話を掘り返した。

「ていうか、なんで噛んだの? 流石に納得できないよ」
……あんたの笑顔が可愛かった——そう言えば、あんたは驚いて照れるし、そのまま逃げようとするから、捕まえて触りたくなった。そのままだが」
「触りたいで噛むものかなあ……
「最初は、そのままキスしようかと思った。だが、ここで噛めば、あんたはどんな表情になるか興味が湧いた」
……そりゃあ驚くに決まってるじゃん。むしろ、食べられたの、ちょっとこわかったし」
「そうか」
「そうか、って……
「あんたがウジウジ悩む顔より、驚いたり、俺に対して恐怖する顔の方がよっぽどマシだと思うからな」
……っ!」

 また、言い当てられて口を噤む。そんなにわかりやすいのかと、自分のことが心配になった。

「だからって噛まないでよ。よくない」
「ああ。あんたが嫌だと言うなら、次はしないと約束しよう」
「えぇ……。もう、よくわかんないなぁ」

 捻くれているのか、素直なのか、雅火のことを理解するのは難しい。ただ、もう指に噛まれないことは確かなのだろう。

「あんたが重いと言うなら、俺も同じくらい重いと言えるんだろうな。……こんな関係を続けているんだから」

 案外、雅火は私たちの関係を、『普通』じゃないと理解していたらしい。……なんだか、ズルズルと悩んで、引きずっていた私の方がバカみたいじゃないかと思えてくる。

……いつまで続ける? 雅火が諦めたらおわっちゃうのかな」

 軽口のように言ってみると、すぐに返答は来なかった。突然の無言が気になって、見上げてみると、雅火と視線がぶつかった。私がそっちを見るのを待っていたらしい。
 じっと見つめられて、私も負けじと見つめ返す。そして数秒後、雅火は納得したように息をこぼした。

——……俺は、あんたを諦めるつもりはない」

 低く、意思の伴った宣言に——胸が震える。

 まだ、視線は切れない。まるで雅火から『あんたはどうだ』と問われているみたいだ。

……悩んじゃったのは、最後のあがきだったのかな)

 不安がっても、結局、答えは決まっていた——いや、決めていたんだろう。
 私は深呼吸をして、しっかりと雅火を見つめてから、言葉を紡いだ。

……私も雅火を諦めないよ。だから、共犯だね」

 私は、『私の世界』を捨てられない。
 それでも、互いを諦められない自分を、もう否定しなかった。
 私はもう一度、雅火の手を掴んだ。
 手の大きさが違いすぎて歪だけど、それでもしっかりと握ってみせる。そして雅火も、少し躊躇いがちに握り返した。

「逃げないでね」
「逃げるのは、あんたの方だろ」
「ううん。逃げないって。そういうことにしたの」
…………
「信じられない? じゃあ、——奪っていいよ」

 雅火の瞳が大きく見開く。
 けどすぐに、その眼は優しいものになった。

……いつかにな」

 その言葉に、私は返事をしない。雅火も、それ以上、何も言わなかった。

 もう少ししたら、このデートも終わる。この手を離して、背を向けて別れる。
 けど今だけは、この気持ちを繋げていたかった。