甘いお菓子

うちうちBL、糖度高め。全年齢向け。
改名のはなし、或いはお菓子になった日のはなし。

そろそろ名前を変えても構わないと思った。だから、そう、いつものおねだりをした。それだけ。それだけのつもりだったの。

番が考え込んでから数時間、かと思えば既に数日が経過していて、その間に名と言える呼ばれ方をされていなくて、少々無理を言ったかと耳がへしょんと垂れる。
そもそも、あれは在りし日の飼い主が童話からの連想でくれたペットとしての名前で、本来であればあの子と初対面の時には違った名を名乗っておくべきだったのだろう。偽名ならば沢山ある。ふたりきりの時でこそ幼名で呼ばれてはいても、そこまでの思い入れもあるわけでなし。
ただ、転機かと。そして、出来るなら特別がほしいと。

思案すればするほど、耳は垂れ下がってしまっていく。眠れずとも横にくらいはなっておくか。
そう思えど、足が向くのはあの部屋。ふたりだけのための部屋。

* * *

……エド」
施錠されてはいなかったから、居るとは思ったけれど。番はベッドの縁で脚を組んで、まだぼんやりと考え事をしているように見えた。
「ああ……どうぞ」
傍へと促されても、どこかぎこちない短いやり取りに、若干歩調が鈍くなる。広くはない部屋だ。数歩で、番の横に座ることになる。ぎこちない。駄目だっただろうか。また、ぼくは何か間違えただろうか。

いよいよぺたんとしてしまった耳を、やんわりと撫でられる。先端をなぞる番の指がくすぐったくて、少しだけ口元が緩んだ。
……フレジエ」
あまり慣れない響きに、首がこてんと傾ぐ。
「駄目、ですか?」
……何が?」
「あなたが」
すう、とひと呼吸。番の色素の薄い眼が、こちらを捉えてくる。逃げる気なんてないけれど。捉えられて、いたいけれど。
「あなたが、ほしいと言ったんでしょう。僕に、名前を付けてほしい……って。駄目なら、考え直すから……ねえ、フレジエ」

フレジエ。北洋菓子の一種なのは知っている。
……ぼく?」
「ここで他に誰が居るんです」
番は至って真面目な顔だ。
「ぼく、が?」

フレジエ。赤いベリーを使った、北洋のケーキ。甘い、甘い、ロランベリーのお菓子。
そういうこと、なのだろうか。合っているのだろうか。

「あなたが、ですよ」

優しい、低い声が。

「フレジエ」

鼓膜を、震わせて。

「嫌じゃないなら、こたえて、フレジエ」

ぶわあと顔が熱くなって、つい口元を隠してしまう。視線まで泳ぎだしてしまう。
ぼくが。だって、ぼくが、ぼくが甘いお菓子だと。だいすきな番が、そう、名前にしたいほどに。そんなふうに、思ってくれているだとか。そんな。気恥ずかしい。

……うん」

やっと絞り出した声は少しひっくり返っていて、顔が熱くて、弾けてしまいそうなくらい胸がどきどきしていて、でも、だけど、すきでいとおしくてだいすきな番がすぐ傍で微笑っていて。

「あなたが赤面するのは初めて見ますね」
「っ、だって、だって……

……嬉しい?」

喜んでくれたのか、と。そう訊かれたから。

「うん」

顔が熱くて真っ直ぐ上げられないけれど。じわりと視界が揺れて、顔より熱くなるけれど。

「うれしい」

うれしい。とっても、すごく。うれしい。うれしいの。
「良かった」
ふんわりと、だいすきな腕が包んでくれる。本当に、お菓子みたいに。

……誰より愛しています。可愛くて、甘くて、美味しい……僕のフレジエ」

かけがえのないひとが、優しく囁く。
今日からぼくは、甘い甘いお菓子になる。