冬暁
2026-02-08 11:00:40
1683文字
Public 悠アキ
 

Lukewarm distance.

悠アキワンドロワンライお題【夜/散歩】をお借りしました。
近くもなく、されど遠くもない二人。

 星明かりが細く灯り、黒い川面に散っている。川を撫でる夜風は、肺を凍らせる程に冷たい。それが体の中を濯いでいくようで心地良かった。
 日中は人で溢れるルミナスクエアも、日付をとうに過ぎた深夜ともなれば人気も少ない。車の走行音と、時折聞こえる人の足音。静かすぎず、暗すぎないこの場所は散歩をするのに向いている。
 もう少しだけこの時間を堪能したくて、近くの自販機でホットドリンクを買った。ガコン、と音を立てて落ちてくるボトルを手に取ると指先から温もりが伝わってくる。自分で思っていたよりも冷えていたみたいだ。両手で握りしめて再び川へと向き直る。
 温もりにほうとひと息吐く————
「アキラくん?」
 背後で足音が止まったかと思えば、見知った声がした。
「悠真? こんな時間にどうしたんだい?」
「それはこっちのセリフだよ」
 街灯の影から帽子を深く被った悠真が現れる。闇に溶け込むような服装は、普段と印象をガラリと変えていた。
「僕は、……帰る前に少し寄り道してたんだ」
「そっか。こんな時間までお疲れさま」
 濁した理由を察したのか、彼は深く聞くことなく僕の隣に肘をかけた。川を見つめるその横顔がいつもより暗く見える。夜だからだろうか? いや、少し顔色が悪いみたいだ。
「ありがとう。君はどうしてここに?」
「夜の散歩ってところかな。この時間の空気も悪くないでしょ? たまに吸いたくなるんだよね」
 笑みに隠しきれない憂いがその顔に滲んでいる。思わず手を伸ばして、——触れることなく拳を握り込んだ。
 それは望まれてない。許されてない。僕と彼の距離は近いようで遠い。
 だけど、遠すぎるわけではないとも思ってる。
「うん。この時間のルミナスクエアも僕は好きだ」
 僕の答えに悠真は微かに目を細めた。
「アキラくんもそうなんだ。……そういえば、リンちゃんは一緒じゃないの?」
「リンはもう寝てるはずだよ。夜更かしはあまり得意じゃないからね」
「リンちゃんは朝から元気そう〜」
「朝から元気だよ。羨ましいくらいだ」
 くすくすと小さな笑い声が聞こえる。朝のリンが如何に元気かを更に伝えれば、彼の頬が微かに色づいた。
「二人は本当に仲がいいねぇ」
「そう見えるかい? 喧嘩もするけれどね」
「喧嘩するほど仲が良いとも言うよ」
 悠真を見れば、彼は穏やかな表情をしている。月夜に照らされた花がふっと綻んだような、そんな柔らかく儚いものだった。それなのに、月光よりも鮮やかな瞳は力強く僕を惹き込む。
 思わず息を飲んで見つめれば、不思議そうに首を傾げられる。
「どうしたの」
「いや、……なんでもないよ」
 首を振って手元に視線を落とせば、蓋も開けていないボトルが目に入った。少し緩くなってしまっているけど、暖を取れないわけじゃない。悠真の手にポンと乗せれば、掠めた指先がひどく冷たかった。
「ないよりはマシだろう?」
「僕は大丈夫だよ。むしろ、アキラくんが凍えちゃうんじゃない?」
「僕は少し暑いくらいなんだ。だから君が持っていて」
 返そうとする手を押し返す。こんなに冷え切っていたら体調を崩すのも当然だ。ボトルごとその手を覆ってしまえば、悠真は大人しくなった。
……ッ、じゃあ、ありがたく貰っておくよ」
 僕が手を離すと、ボトルを両手で包み込んだ悠真がほうと息を吐く。
「君はまだここにいるのかい?」
「う〜ん、あんたが帰るなら僕も帰ろうかなあ」
「それなら、君さえ良ければ送っていくよ」
「ははっ、こんな時間にそこまでさせるわけにはいかないよ。気持ちだけで充分」
 ひらり、と片手を振った悠真が身を起こす。ここで別れることへの名残惜しさが微かに湧き上がった。それをそっと閉じ込めて笑う。
「そうかい。それじゃあ気をつけて」
「アキラくんこそ気をつけて帰るんだよ。これありがとね」
 彼の背中を見送ると、途端に静けさを取り戻したような気がした。手のひらにはあのしなやかな指の感触が残っているような気がする。振り払うように手のひらを軽く揉むと、僕も踵を返した。


Posted by 冬暁/薄明