ちよど
2026-02-08 03:35:11
8431文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

メディアさんと以蔵さんの話【帝都騎殺】

昔書いたものを再掲。以蔵さんとカルデアの日々シリーズ1
捏造多め。ふんわりな土佐弁注意

1部終了後のカルデア。帝都騎殺は添える程度

 謁見の間で魔法の釜をかき回す。鼻を突く匂いがする金色の液体はぐるぐるとうねり、切断された老山羊の四肢を飲み込んでいた。頭が痛い。目が痛い。私はなんでこんな事をしているのかしら。前に立つあの男が王族達に得意げになにかを語っている。その内容は聞きたくない。ただ帰りたい。帰れない。帰ろうにも、故郷から離れる私の後を追ってきたあの子を、愛していたはずの弟の体を切り刻んで、この釜のように海に投げたのは私自身なのだから。

「メディア、やれ」
「はい。イアソンさま」

 命じられた通りに呪文を唱えれば魔法の釜から若い山羊が飛び出す。若返りの魔術を信じた観客達が歓声をあげ―――その手で老いた父王をばらばらに引き裂いてしまった。
 もちろん王は蘇らない。あの男は満足げに高笑いし父王殺しの娘達を処刑する。私はただそれを見て―――


「なんじゃこりゃ。ぞうくそわるい」


 突然、贅をこらした広間に見知らぬ男が立っていた。奇妙な厚着をした黒髪の青年は見慣れない形の剣を抜いて獣のように笑う。
「要はこいつらを全部殺せばいいんじゃな」
 その隣にはどこか懐かしい少年が立つ。彼は広間の隅で立ち竦む私を見て柔らかく微笑んだ。
「やっちゃって以蔵さん。メディアさんを助けて」
「応」
 青年が走る。足音がしないのは使い魔のたぐいなのだろうか、そう思わせる程の早さであの男に迫り剣が振り下ろされる。
「まずはひとり。―――ふたり、さんにん、よにん」
 べしゃり、べしゃり、とあっけなく血しぶきと死体が散らばる。呆然としている私に少年が近寄ってきた。彼は思わず後ずさる私に気づいて足を止める。

「メディアさん」

 ああ、あの男の便利な道具である私を呼び捨てにしない人に会ったのは何年ぶりだろうか。少年は私に手を伸ばす。その左手の甲の魔術刻印は。


「メディアさん。目を覚まして。―――こわい夢はもう終わるよ」


 その手に令呪を宿してマスターが私を呼ぶ。

「リツカ」

 人理修復を成し遂げた彼の名前を呼べば、太陽のような笑顔が返ってくる。
「よかった。メディアさん、ずっと目を覚まさなかったんだよ。だから、」
 心配した彼は私の夢の中へ疑似レイシフトを行なったのだろう。そして悪夢に捕らわれていた私を救いに来た。
「分かったわ。迷惑を掛けたわね。―――そこのアサシン、ここで見た事は忘れなさい」
「そうか」
 マスターと同じ日本の出身のアサシンは血まみれの刀身を払う。恐るべき事に私とマスターが話している間にこの広間で生きている人間は私達だけになっていた。
 アサシンは刀を鞘に仕舞うとあごに手をあてる。考え込むような仕草に嫌な予感がした。
「やけんど、わしゃ拷問されたらたやすく仲間を売ってしまうような男やきな。なんか担保を入れた方がええぞ」
「私を裏切るというの?」
「そう出来んようにしちょいた方がええ」
 自分から言い出す不審さをサムライとはそういうものだという漠然とした感覚が押しとどめる。
「そうまで言うなら、口外できないようにしておくわ」
 指を伸ばす。空中に書いた魔術文様はするすると滑りアサシンの首に絡みついた。

「なんじゃあああ!!」

 首に蔦のような文様がぐるりと刻印されたアサシンが叫ぶ。
「このことを話したら、貴方の首。―――落ちるわよ」
 告げるとアサシンは嫌そうに首を撫でてぼやいた。
「また首か。つくづく縁があるのう」
 それだけで済ませたアサシンの心境を、私はその時は特に気にしなかったのだ。





 坂本龍馬は悩んでいた。
 カルデアで再会した岡田以蔵の首に蔦のような痣がぐるりとまわっていたのだ。
 お竜さんに聞けば魔術的なものだと言う。岡田以蔵は普段は襟巻きをぐるりと首に巻いている為確認出来なかったが、帝都で会った時はそんな物は無かった、と思う。生前は言うまでもない。だからこれは岡田以蔵がカルデアに召喚されてから出来たものではあるのだろうが。

「以蔵さん、その首どうしたの?」
「言えんちゃ」

 これで気にならない方がおかしい。
 岡田以蔵は近代のアサシンなので魔術抵抗が殆ど無い。そんな彼が人体の急所のひとつである首に魔術的な文様を刻まれているのは危険すぎた。
 そもそも岡田以蔵はあまり嘘が上手くない。もし彼が整合性がある嘘がつけたなら土佐勤皇党は崩壊しなかっただろう。そこを突き詰めていけば真実にたどり着けただろうが、ただでさえマスターの私闘禁止要請で殺意を押しとどめている岡田以蔵との仲がさらに拗れる可能性が高かった。
 こんな時はそのマスターだ。人理修復を成し遂げた少年は基本サーヴァント間の揉め事には関わらないが、助力を求められれば協力を惜しまない人物である。
 だというのに。

「以蔵さんの首のアレかぁ。当人同士が納得しているので僕は干渉出来ないよ」

 マイルームで無防備にもサーヴァントに椅子を譲って自らはベッドに腰掛けた少年は坂本龍馬の質問に首を振った。
 人類最後のマスターに割り振られた部屋はカルデア一般職員のものだ。あまり広くは無いワンルームにマスターと坂本龍馬と彼の宝具であるお竜さんが揃うと少々手狭に感じてしまう。
 退屈そうにふわふわと漂うお竜さんを背中に感じながら、坂本龍馬はマスターに質問を重ねた。

「以蔵さんの命が危険にさらされているとしても?」
「万が一首が落ちても死なせないよ、あっ」
「そうか。あの文様は首を落とすものなんだね」

 坂本龍馬の簡単な誘導にひっかかったマスターは失敗したなぁとわざとらしく舌を出した。こういう原則に捕らわれない強かさが彼にはあって、なるほど当初は数合わせとして呼ばれた彼が今まで生きていられたのはこういうところがあってなのだろうなと納得させられる。

「失敗ついでに、どのキャスターがかけた術なのかは教えてもらえないのかな?」

 図々しい坂本龍馬の要求にマスターは自分の唇に人差し指を当てた。
「僕は言えないけど、この時間ならマルチメディアルームに行けばいいんじゃないかな」
「なるほど。ありがとう」
 今すぐマルチメディアルームに行けば下手人に会えるということかと、坂本龍馬は立ち上がる。
「ちゃんと理由があることだから、喧嘩しちゃだめだよ」
 岡田以蔵が一方的に言いくるめられたわけではないと念を押されて坂本龍馬は帽子を目深に引く。
「大丈夫だよ」
 多分。と坂本龍馬は言わなかった。





「坂本氏、ここに来るのは珍しいですな」
 カルデアのマルチメディアルームは各部屋のPCからでは接続出来ないデジタル資料が閲覧出来るだけではなく、大きな画面で映像作品を楽しめるブースも設置されている。紙の本が集められた図書室とは違い、ここに来るのは現代の機器に慣れたカルデア職員か、比較的若いサーヴァントか、よほどの新しい物好きの英霊か、一部の趣味に走った者である。
 入った途端に、趣味に走った者代表のエドワード・ティーチに声を掛けられて坂本龍馬はかの黒髭の手元の札に目をとめた。

「貴方は順番待ち?」
「坂本氏はそこの彼女とデートですかな? 人理が修復したので映像ブースは空いてますぞw 拙者はマスターの記録を確認したいところがありましてね」
「残念ながらデートではないんだ。―――オケアノスは素晴らしかった。僕も参加したかったよ」

 このカルデアにドレイク船長はいない。その勇姿を拝めるのはマスターが記録した映像資料しかないのだ。
 坂本龍馬と黒髭は軽く拳を交差させて同意を伝えあう。
 その横でお竜さんは興味なさそうに欠伸をしていた。

「ところで、人理が修復したら映像ブースが空いたというのは?」

 持ち前の好奇心で聞くと、黒髭はその名を示す髭をこすった。
「簡単な事ですぞ。―――インターネットが回復した」
「なるほど」
 本当に簡単な事だった。
 魔術王によって焼却された地上ではインターネットコンテンツは消滅していた。残されたカルデア職員の娯楽は少なかっただろう。
「まあ、インターネットが回復したからこそ、ここに使い方を聞きに来る者もいますがね」
「へぇ」
 黒髭の目線を追うと、PCの前に座った藤色の髪の女性が人差し指でたどたどしくキーボードを押していた。

「なんでも、知りたい英霊の情報が図書館になかったそうで」

―――なるほど」

 その藤色の髪の女性は神代の魔女メディア。そして岡田以蔵はごくマイナーな英霊だ。このふたつの情報だけでは弱いがそこに思わせぶりなマスターの言葉が補強する。坂本龍馬は確信を得るために彼女に歩み寄った。

「お困りですか?」

 ぱっ、とこちらを仰ぎ見た眼差しには険が乗っている。人好きのする方である坂本龍馬がそういう目で見られるのは珍しかった。
「坂本氏、ナンパするならメディア氏はやめておいた方がいいですぞ」
 茶化すように黒髭が助け船を出す。

「ナンパじゃないよ。困っているなら力になれるかなと思ったんだ」

 坂本龍馬が笑みを浮かべると、魔女メディアは苛立ったようにPCの電源を落とした。
「そうね。イシンの英雄がそこの彼女がいるのに他の女に声をかけるなんて節操のない真似はしないわよね。失礼するわ」
 不機嫌を隠しもせず立ち去ったメディアに、坂本龍馬は確信を得る。メディアが見ていたページは岡田以蔵のWikipediaだった。


■ 


 岡田以蔵は機嫌が悪かった。気持ち良くクエストから帰ってきたら、大嫌いな幼なじみがその相棒と一緒に待ち構えていたからだ。
 しかもこいつは岡田以蔵が話してはならない事をしつこく聞いてくる。
 マスターから私闘を禁じられていなければとっくに一太刀浴びせて追い払っていたが、それが出来ないゆえに岡田以蔵のイライラは募るばかりだった。
 せめてさっさと部屋に籠もろうとカルデアの廊下を足早に歩くも、幼なじみはしつこくついてくる。

「以蔵さん、その首の紋様は本当に危ないんだよ」
「知っちょる!」
「いや以蔵さんは分かってないよ! 神代の魔術相手じゃ以蔵さんは太刀打ち出来ないよ!」
 坂本龍馬の言葉に岡田以蔵は振り返った。


「しわい! わしはおんしに何か言ったか?」


 助けて欲しいとも、この魔術をかけた相手のことも何ひとつ岡田以蔵は坂本龍馬に言っていない。

「いいや、僕が勝手に調べたんだ。―――以蔵さん。彼女に言って解呪してもらおう。彼女相手だと以蔵さんの分が悪すぎる」

 神秘は古いほど効力を発揮する。現代では失われた魔術の数々を行使する魔女メディアの魔術紋様に、近代のマイナー英霊が何をされても抵抗できるはずがない。
 実際、同じ時代の坂本龍馬にはその紋様の意味すら読み解けないのだ。

「以蔵さん、お願いだから」

 すがるように言う幼なじみに岡田以蔵は眉を寄せた。はっ、と鼻で笑う。
「あの姉さんが魔術に長けとるんは分かっちょる。それでもええ、とわしが決めたんや。おんしは関係ない」

「以蔵さん!」

 坂本龍馬が声を荒げる。それは心配を無碍にされた怒りだけではなく、本当に岡田以蔵を心配しているからだと彼にも分かっている。だけど、岡田以蔵が自分のことで決めたことを坂本龍馬が勝手に覆す権利はないのだ。
 頑なな岡田以蔵を見下ろしてお竜さんが口を開いた。
「雑魚ナメクジ。お前がいなくなってもお竜さんは特に困らないが、お前は黙って喰われるつもりなのか?」

「そんなことにはならん。わしは約束を守るき」

「約束
 坂本龍馬が岡田以蔵とした最後にした約束はいつだっただろうか。約束とはお互いに信頼関係が無ければ成り立たないもの。その事は坂本龍馬の胸に塊のように落ちてぐるりとまわった。だから、つい、余計な事を言ってしまったのだ。

「相手は『裏切りの魔女』だよ。以蔵さんが約束を守っても彼女が」

 守るとは限らない。
 そう続くはずの言葉は乱暴に胸元を掴まれて外に出ることはなかった。唇が触れそうな程近くに怒気を孕んだ飴色の瞳がある。


「裏切ったのは向こうが先じゃ! あの人もわしも裏切られたき裏切っただけや!」


 獄中の岡田以蔵には自白を恐れた元の仲間から毒入りの弁当が届けられたという。
 坂本龍馬がカルデアに着いてすぐ調べた資料では、コルキスの王女メディアのイアソンへの恋心は操られたものだったと記してあった。
 師に言われるままに人を殺した罪を、拷問によって自白した岡田以蔵は師を裏切ったと土佐勤王党の名簿から名前を消され。英雄イアソンへの恋に狂って罪を重ねた王女メディアは、最後に当のイアソンを殺して裏切りの魔女と呼ばれるようになった。

「以蔵さん、」

 坂本龍馬の呼びかけに岡田以蔵は片手で襟巻きをしゅるりと解く。そこにはメディアの魔術文様がくっきりと刻印されていた。

「わしは人斬りでアサシンや。ライダーのおんしの首なんかいつでも落とせる。けんどせん。マスターと約束したきな。
 あの姉さんもわしの首なんかいつでも落とせる。けんどこの通りだ。約束は守られとる。わしから裏切ったりせん」

 何を言えばいいのか分からなかった坂本龍馬を岡田以蔵は突き飛ばす。抵抗出来ずよろめいた坂本龍馬を彼らを見守っていた相棒はしっかりと受け止めた。

「イゾー」

 声はお竜さんの物ではなかった。
 緩やかにカーブしているカルデアの廊下。その奥から現れたのは当の魔女メディア。
 聞かれたか、と一瞬ひやりとした坂本龍馬に一瞥もせず。彼女は岡田以蔵に話し掛けた。

「もうすぐクラス代表ミーティングがあるでしょ? 手伝いなさい」
「わしが?」

 岡田以蔵が驚くのも無理はない。確かにメディアはキャスタークラスの代表だが、岡田以蔵は新参なのもあり何の役職にも着いていなかった。
 戸惑う岡田以蔵に、メディアはちらりと坂本龍馬に視線を投げてみせる。好意の欠片も見えないそれに岡田以蔵は瞬きした。
 この女性はどうしてか坂本龍馬に絡まれている岡田以蔵を助けてくれる気らしい。

「分かった。手伝うき。何をすりゃええ?」
「孔明のゲーム部屋に特攻してアレキサンダーを呼んできてくれる?」
「小さい方じゃな? 分かった」
 襟巻きを巻き直して岡田以蔵が頷くとメディアはその耳元に口を寄せた。


「それと。今晩お暇かしら?」


ああ、暇じゃ」
「以蔵さんっ!」
 坂本龍馬の悲鳴のような声に二人は振り返らない。
 ただメディアは離れていては聞こえない程の音量で岡田以蔵に囁いた。
「『この前の』をお願いしたいの」
褒美は弾んでくれるんやろな?」
「もちろん」
 ふふふ、と妖艶に微笑んでメディアは岡田以蔵から体を離す。

 『この前の』とは岡田以蔵がマスターに連れられてメディアの悪夢の中に入った件だが、坂本龍馬はそれを知らない。
 彼が見えたのは少し頭の悪い幼なじみが魔女からの夜の誘いを受けた事実のみ。
 しかし先程険悪になったばかりの岡田以蔵を止めるわけにもいかず、坂本龍馬は立ち尽くす。
 動かない坂本龍馬とその周りを何か言いたげに漂う女を置いて、二人は歩き出した。

「メディア姉さん」

その呼び名」
「メディアさん、はマスターと同じやき。嫌やろ?」
 メディアは嫌そうに顔をしかめたが代案が浮かばず小さなため息をついた。
「続けなさい」
「なんでわしを助けてくれたんやか?」

「女を利用する男は嫌いなのよ」

 即答を受けて岡田以蔵の表情に納得が浮かぶ。
 イアソンに好きなように利用されていたあの悪夢の内容から、メディアが女に見える生き物を宝具として行使している坂本龍馬のことを嫌うのは当たり前のように思われた。

「ほうか」
「あら? 弁護しないのね?」
「昔はともかく、今のあいつのことはよう分からんき」
 メディアは岡田以蔵を見る。

 大義のために師に利用されて、大義のために幼なじみに見捨てられたらしい男を。
 あのイアソンも口では大義を語っていた。その傍らで彼に尽くす少女が心の自由さえ奪われていると知っていてなお。

 過去からの悪夢がまた夜毎やってくる。自分では消せない幻影がトラウマを繰り返す。それをたやすく斬り伏せたのは、なんの神秘も持たないこの男だけなのだ。

 首に襟巻きをぐるりと巻いた男。その首にはメディアが刻んだ魔術紋様がある。

 担保を入れろと言ったこの男の真意が今なら分かる。私達のような人種は口先だけの言葉など信じない。
 今もそうだ。メディアが岡田以蔵を自分の夢の中に招き入れるのはその首をいつでも落とせるから。


 ―――あの人もわしも裏切られたき裏切っただけや!


 先程、岡田以蔵と坂本龍馬が言い争っていた声は当然メディアに聞こえていた。
 利用されていたとはいえ夫を殺し、子ども達まで殺した女に正当性の欠片もあるはずがない。あるはずがないのに。

 馬鹿な男。

 そう心の中で呟いて、神代の魔女メディアは隣を歩く岡田以蔵の首の魔術紋様に守護の魔術を無詠唱で重ね掛けた。馬鹿はすぐに死ぬからと言い訳して。





 マスター藤丸立香は童貞である。さらに言うなら彼女いない歴=人生である。
 それがなんの因果か自分より年上の妻帯者の、さらには歴史上の偉人の恋愛相談を受けていた。

「だからね。以蔵さんが6時間後彼女の部屋から出てきた時辛そうに腰をさすっていたんだよ。―――これはどういう意味だと思う?」

 真面目な顔の維新の英雄に、人類最後のマスターは目を泳がせた。
 マイルームは狭く、視線を巡らせると欠伸をしているお竜さんのひらひらと揺れるスカートが目に入ってしまう。深い意味はない。許して欲しい。だって男の子だもの。

 現実逃避から思考を戻して彼は無難な言葉を選び始める。まさか故郷の英雄に『6時間ずっとメディアの部屋の前で張っていたのか?』とは聞けないし、聞きたくない。

「以蔵さん、疲れていたんじゃないですかね?」

 悪夢の中で人をたくさん斬って。

 実はメディアの悪夢への再度の疑似レイシフトの許可はちゃんと得られている。コフィンの使用履歴を見れば記録が残っているはずだ。藤丸立香の名前で。
 今回は藤丸立香が先にメディアの悪夢に飛び込んでから岡田以蔵を召喚する方法を取った。事前に岡田以蔵がどこで待機しているかは聞いていなかったが、眠るメディアの側にいたのは合理的だ。

 あの岡田以蔵はすごかった。なんの恨みがあるのか聞きたくなるくらいに、メディアをないがしろにした人物のことごとくを斬って斬って斬りまくっていた。
 数々の修羅場で藤丸立香にグロ耐性がついてなければどん引きしていただろう。夢の主のメディアはそんな岡田以蔵を見て何故か考えこんでいたけれども。

「藤丸くん!」

「は、はい!」

「男女が同じ部屋にいて疲れるようなことはひとつしかないと思わないかい?」
―――ソウデスネ」

 男女が同じ部屋にいて疲れるようなことはいろいろあるが、口外しないと約束している藤丸立香は坂本龍馬の邪推に同意しか出来ない。

「しかも、以蔵さんはその日以降、首に見たことのない御守りをぶら下げて!」

 ああ、岡田以蔵からメディアから報酬に貰ったマジックアイテムを無くしたくないと相談を受けたから御守りにして首から下げるよう提案したのは藤丸立香だった。

 まさか、そんなことで坂本龍馬を刺激するなんて思わなかったのだ。

 藤丸立香は天井を仰ぎ見る。

「そんなに以蔵さんが気になるなら早く告白でも何でもすればいいと思いますよ」


「まさかっ! 僕は以蔵さんを心配しているだけだよ!」


 思わぬ否定に視線を戻すと坂本龍馬は顔を真っ赤にして俯いていた。

「僕と以蔵さんはそういうのじゃないから

 顔を隠すように帽子を目深に引く維新の英雄。藤丸立香はその背後のお竜さんと目が合う。

(マジで自覚なし?)
(そうだ)

 頷かれた。
 お竜さんは基本的に坂本龍馬の側から離れない。彼女は愚痴か相談か分からないものを受けただけの藤丸立香の何倍も坂本龍馬に付き合って疲弊しているはずだ。

「お竜さん! 今度、バビロニアにカエル取りに行きましょう」
「頼む」

 藤丸立香の労りにお竜さんは言葉少なに応えた。
 坂本龍馬だけが飛んだ話題にマスターと相棒の顔を交互に見て不思議そうな顔をする。

 そんな彼が岡田以蔵への恋心を自覚するのはまた別の話。


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