wawan78
2026-02-08 00:05:01
1842文字
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それは傲慢に似ている

スク主。
どのエンドだろう。触れないやつ。

 小さな盃に透明な液体。穀類を発酵させて作られたそれは酒という。ひとくち含めば香りがまわり、ふたくち含めば熱がまわり、みくち含めば甘露がまわる。今夜は満月、本すら読める明るさの夜、さすがにこの月の明かりを邪魔するほど、スクリックは無粋ではない。満月の夜は満月が主役だ。
 横で湯上がりのお気に入りが、障子窓の窓枠に寄りかかって夜空を眺めていた。

「静かだね」
「ああ。虫の声もしないな」
「君も、静かだ」
「さすがにこんなところでは騒がねえさ。ここは静寂を求めてる」

 スクリックの炎はここでは控えめにしていた。昼間ならまだしも、夜は安らぐものだ。温泉街に来る者は皆、安息を求めている。体を労り、心を養い、魂を癒やしに訪れる。その邪魔をするのはエンターテイメントではない。六代目はとっくにぬくぬくと毛布を奪って夢の中にいる。
 盃の酒には月が浮いていた。揺らすと月も一緒に揺れて、円が歪む。

「あいつらも連れて来たいが、騒ぐかねえ」
「団体さんは賑やかに宴会していたよ」
「ま、それも悪かねえ。が……アンタとは違う過ごし方をしたいもんだな」
「もうしてる」
「ハッハ! そうだな」

 小魚を干したものを軽く炙って肴にしている。時折お気に入りもそれを齧る。二言三言かわしながら、静かに時は流れていき、夜は徐々に深く濃くなっていく。お気に入りの横顔は、スクリックの体が青く照らしていた。が、夜空を見上げればたちまちにして満月が照らし返し、薄い金の光を帯びる。青い照りは消え、手を伸ばせばすぐ触れられるほど近くにいるのに、どういうわけか遠くにいるような気分になる。
 かぐや姫ってのがいたな。月から来たお姫様。毎晩月を見てはさめざめと泣いていたそうじゃないか。しかし目の前のお気に入りは泣いてなんかいない。眩しそうに、憧れるように、ずっと見上げている。
 手元の盃を見た。揺れる月がスクリックさえも照らそうとしている。
 くい、と一気に飲み干した。

……しかし」
「うん?」
……注目されるのは悪くないなあ。ひとつ華やかにやってみるか」
「騒がないって言ったばかりじゃないか」
「なに、周りに迷惑かけようって言ってるんじゃないさ。お客はひとりだ」
「ぼく?」
「そうとも!」

 お気に入りの陶器の肌は色がない。なににも染まるその色を、自分の光で染めたいと思うのは、この炎の本能なんかではないと思いたい。ガラス玉を嵌め込んだ目は透き通っていて、やっとスクリックを正面にとらえた両眼は、青い炎の光を宿したように淡く輝いていた。
 気分が良くなったのは、酔いのせいではないだろう。

「じっとしているのも退屈でしょう? 特別なお客様のためだけの、静かな炎のショーをご覧あれ」

 窓を閉める。障子がやわらかに満月の光を遮断した。窓を照らしてはいるけれど、部屋の中には入ってこない。
 入れてやらない。せっかくふたりきりなのだ。そっと小さな火を周囲に散らしていく。青く蒼く碧くひかるひかり。BGMはお前の拍手。
 染まるといい染まるといい、遠い空の彼方の月の光なんかより、ここにいる炎に、色に、もっともっとその目に宿せ。飲み込んだ月はとうに溶けて、散った。

「はは、すごいね。きれいだ」
「ご満足いただけて恐悦至極。……これ以上は危険か」

 ふわりふわりと浮いて踊る火を、ひとつひとつ消していく。勢いで焼いてしまってはいけない。
 ひときわ大きな拍手が響いた。

「派手なだけじゃないんだね」
「もちろん。オレを誰だと思ってんだ?」

 火がすべて消えると、余韻に浸ったあと、お気に入りはまた障子を開けようとした。咄嗟に手を出して止めてしまう。
 触れないように、その手のすぐ隣をつかんだ。
 不思議そうに見上げる瞳は真っ青だ。

「ここからは、ふたりだけでいいだろ?」

 月なんて肴でじゅうぶんじゃないか。酒はもう飲み干した。どうせ夜が明ければ霞む光、いつだって煌々とアンタを照らす炎のほうが、ずっとそばにいられるんだ。
 からからと笑われた。

「あはは、つまり、妬いたんだ」
「そうだなあ、みっともねえけどよ」

 お気に入りが窓枠から手を離して、部屋の奥へ身を滑らせる。

「それじゃ、ふたりきりで。何してくれるの?」

 それはもう、とびきりのショーを。現実か、夢の中か、お好みで選ぶといい。どちらにせよ今夜はもう、月は外にいる。



(月はきれいだけどさ)