薄暗い階段を下っていくと、壁にいくつもポスターが貼られている。ギターやベースを持った人とポケモンの写真にライブ告知の文言が載っている。
そう、ここはライブハウスだ。
扉を開けると、受付のスタッフが手招きした。ロイとリコは持ってきたチケットを見せて受付を済ませると、反対側のドリンクストアでジュースを購入した。
既にたくさんの観客がやってきて、ライブハウスを埋めている。
ライブはもうすぐ始まる。ロイは小さな声でリコに話しかけた。
「楽しみだね」
「うん。どんな歌なんだろう」
「けっこう激しいらしいよ」
なんて話していると、ライブハウス内の照明が落ち、そしてステージだけに光が当てられた。
壁に描かれたドガースの絵の前に立つ少女が一人。紫と水色の縞模様が特徴的な少しダボったい服を身に纏い、左手でベースの弦を弾いてマイクを握った。
「今日も来てくれてありがとうみんな! 理性ぶっ飛ばしていくよ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
熱狂する観客たちの勢いにリコとマスカーニャは驚いて口を開けた。一方で、ロイとラウドボーンはノリに合わせて雄叫びを上げている。
まだ曲が始まる前だというのにすっかり熱くなったライブハウスの空気を乗りこなすように、少女は叫ぶ。
「ポイズンライフ! ポイズンライブ!」
彼女の名はホミカ。ここ、イッシュ地方タチワキシティのジムリーダーであり、イッシュ屈指の人気を誇るバンドマンだ。
「ワントゥースリーフォー!」
ドラムの音色と共にホミカが数字を数え、曲が始まった。ここにいる観客たちはみな彼女のファンなのだろう。ホミカの歌声に合いの手を入れるように歌っている。
「D・O・G・A・R・S! ドガース!!」
「ドガース!!」
ロイは目を輝かせ、ラウドボーンと顔を合わせて頷くと、観客たちに合わせてラウドボーンと共に歌い始めた。最初は驚いていたリコもそんなロイたちを見て、元気に歌ってみる。
「ドガース!!」
「ドガース!!」
激しい盛り上がりを見せながら一曲目が終わりへ近づいた頃、ホミカは観客たちの顔を一人一人、一匹一匹見ていた。そして、彼女の視線はロイとラウドボーンを捉えた。
曲が終わって大歓声の中、ホミカはステージの前方に出ると、マイクを握りしめてロイとラウドボーンを指差した。
「そこのトレーナーとポケモン! ステージに上がりな!」
「……僕?」
「なんだろう……」
「さあさあ! 早く来な!」
分からないながらも、ロイはラウドボーンを連れてステージに向かった。ホミカとバンドメンバーは何やらニヤニヤしている。下を見ると、観客たちも何か知っている様子だ。
「あんたたちいい歌声してんじゃん! 熱が伝わってくるよ!」
「……! ありがとうございます! やったなラウドボーン! 褒められたぞ」
「ボウッ!!」
喜ぶロイとラウドボーンを見て、リコも笑顔だ。
観客たちも拍手と歓声を上げている。
するとホミカはベースを鳴らした。ロイが彼女の方を向くと、モンスターボールを取り出した。
「あんたたち見てるとさあ、こっちももっと燃えてきたんだよね。あたしとバトルしようよ」
「……!! はい!! 望むところです!!」
「素直じゃん。気に入った!」
ホミカがボールを上に投げると、中から飛び出してきたのはペンドラーだ。彼女のエースポケモンの登場に、会場のファンの歓声がさらに広がる。
「いくよ! あんたのじょーしきぶっとばして、新しい世界に連れていってあげる!!」
「やるからには負けない!!」
「いいねいいね。じゃあほら上げてくよ!! ワントゥースリーフォー!!」
ホミカがそう言うと、先ほどの曲と同じ入りから、また違ったアップテンポな激しい曲が始まった。エレキギターの音色とベースの重低音が響き、観客たちが手拍子を打つ中、ホミカが先手をとった。
「ペンドラー! ハードローラー!!」
足で地面を蹴り、勢いをつけたペンドラーは丸まってゴロゴロと転がり始めた。転がるペンドラーはライブハウス内に響く音楽に乗るように小刻みに跳ねて、ラウドボーンに迫る。
「なんだあの動き……!? とりあえず、ラウドボーン! かえんほうしゃだ!」
ラウドボーンの口から赤い炎が勢いよく吹き出る。しかしペンドラーを追って顔を動かすも、予測しづらい動きを見せるペンドラーには全く当たらない。
「いっけえ!!」
「まずい! 受け止めろ!!」
一気に回転速度を上げたペンドラーが、空中からラウドボーンに迫る。かえんほうしゃを寸前で止めたものの、ラウドボーンはペンドラーの勢いを止めきれず、一気に後ろに押されて壁に激突した。
「ラウドボーン!」
「ヒュー! いいよペンドラー!!」
強烈な一撃を見て、観客たちはまた大きな声を上げる。その激しさは先ほどよりも増している。
壁の瓦礫をどけて、ステージに戻ってきたラウドボーンは勇ましい表情で構える。
「よし。もう一度かえんほうしゃ!!」
「無駄無駄! ハードローラー!!」
ラウドボーンが再び炎を吹く。しかしリズミカルに転がり跳ねるペンドラーにはやはり攻撃が当たらない。そしてまたも接近を許した。
「クロスポイズン!!」
ペンドラーの角に毒が集中し、ラウドボーンに二振りの斬撃を振るった。ラウドボーンは押され、後ろに下がる。
歓声が上がる中、リコは静かにロイたちを見ていた。
「みんなホミカさんのファンだから、ロイは完全にアウェイ……このままだと空気に飲まれてロイは……」
「ニャ」
「マスカーニャ……うん、そうだね。私たちが応援しなきゃ」
リコはマスカーニャと頷くと、拳を握って突き上げて叫んだ。
「ロイ! がんばれー!!」
「ニャニャー!!」
「リコ……マスカーニャ……へへ」
ロイは笑ってラウドボーンの方を向いた。気持ちを重ねて、ロイは大きく息を吸った。
「いくぞ……! ボウ! ボウ! ボウボウボウ!」
「ボウ! ボウ! ボウボウボウ!」
「はは。いいじゃん。対バンだね!」
突如始まったロイとラウドボーンの歌は、ホミカたちの曲とはリズムも音程も何もかも合わない。しかし、ふたりの心は熱く燃えて重なり、ブレのないリズムを刻む。
「たくさん歌おうラウドボーン! フレアソング!!」
マイクになった火の鳥に向かって、ラウドボーンがパワフルな歌声を響かせる。その歌声は一瞬、ライブハウスにいる者たちの心を奪って大きな炎の翼を広げた。
その一瞬が、ホミカの判断を鈍らせた。
「……! ペンドラー、ハード——」
指示が出るより早く、ラウドボーンの歌声はペンドラーの体を焼いた。こうかはばつぐんだ。
そしてこの瞬間、ロイとラウドボーンはバトルのリズムをものにした。
「もっと歌おう! フレアソング!!」
「ははは! いいねぶっとんでんじゃん!! ペンドラー、クロスポイズン!!」
再び飛んできた燃える歌声をペンドラーは毒の刃で切り裂いて流す。しかし彼らの歌は終わらない。
「もっとだもっと!! 歌え歌えラウドボーン!!」
「ボォォォウ! ボォォォウ!」
ラウドボーンは歌い続ける。連続していくつもの炎がペンドラーを襲う。絶えずクロスポイズンを放ち炎を割くペンドラーだが、次第に動きのリズムを崩してキレを失っていく。そして、ついに。
「ラウドボーン!!」
「ボォォォォォウ!!」
特大の炎の歌声がペンドラーを飲み込んだ。ライブハウス内に黒煙が広がり、曲が止まる。観客たちも動揺してざわめく中、リコとマスカーニャは笑顔でステージを見つめていた。
煙が晴れると、ペンドラーがその場に目を回して倒れていた。
「やった……! 勝ったー!! やったなラウドボーン!!」
「ボウボウ!!」
ロイとラウドボーンはステージの上で抱き合い、倒れてはしゃぐ。ペンドラーをボールに戻したホミカは彼らの元にゆっくりと歩いていく。
「すっげー! あんたの方がぶっとんでんじゃん!」
「ホミカさん! 勝負ありがとうございました!!」
「いいよいいよ。あたしも楽しかったしさ! あーでも悔しい!! 途中からあんたたちのライブだったじゃん!! ……だから、次は負けないからね。またバトルしよ。対バンもね」
「はい!! 僕たちももっと強くなります!!」
ロイとホミカは握手を交わし、観客たちは二人の名前を交互に呼んで声援を送った。
ステージの上からロイは、リコに向かって満面の笑みを向けた。
しばらくしてライブが再開。リコとロイは最後までポイズンライブを楽しんだ。
帰り道、彼らは今日の感想を語り合いながら歩いていた。
「すっごく楽しかったね! ホミカさんとバトルもできたし、ラウドボーンとたくさん歌えて最高だったよ」
「私も。ロイたちが呼ばれた時はちょっとびっくりしたけど、いいバトルが見られて楽しかった。カッコよかったよロイ」
「へへ。リコたちが応援してくれたおかげだよ。ありがとう」
ロイはそう言うと、左手を上に持ってきてリコに手のひらを向けた。その意味をリコもすぐに理解して、右手を上げ、軽くハイタッチをした。
ライブに誘ってくれたロイにお礼を言うと、リコは疑問を口にした。
「そういえば、なんで誘ってくれたの? ウルトとかドットじゃなくて私を」
「ああ……それは……」
ロイは少し前のことを思い出した。
ブルーベリー学園での修行中、カキツバタと二人で話していたときだった。
「キョーダイ、歌が好きなんだろ? オススメのバンドがあるぜ」
「どんなバンドですか?」
「へへ。イッシュ地方のジムリーダーでよ、後輩がその街の出身で部室でよく流れてんだけどよ、これがけっこう響くのさ」
「へぇ……! 気になるなあ」
「だろぉ? なんとここにそのバンドの数ヶ月先のライブチケットがありまーす!」
カキツバタは紫色のチケットをゆらゆらと振ってロイに差し出した。
「キョーダイにあげるぜ」
「いいんですか!?」
「おうよ。せっかくだし、彼女でも連れてデートしな」
「彼女って……僕友達しか……」
そう言って、ロイの頭には一人の少女の顔が浮かんでいた。いつも隣で過ごす、水色の瞳が。
「気になる子でもいるのかい?」
「え!? ち、違います!!」
「なんだよー俺とキョーダイの仲だろー?」
「ほ、ほんとに違いますから!!」
ロイはなんとか誤魔化してカキツバタの追求から逃れた。
そんな会話を思い出したロイの耳は少しばかり赤い。
「ロイ?」
「……リコにはいっぱい感謝してるからそのお礼だよ。もちろんドットたちにも感謝してるけど……」
「けど?」
「リコはちょっと特別だよ」
ロイはそう言って、少しいたずらな笑顔をした。
特別。その意味が分からない。しかしリコは、彼の初めて見るようなその顔に、少し心臓を高鳴らせていた。
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