2026-02-07 19:44:38
6409文字
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眠る花籠(ディアリュ♂+ヴェイル)

ディアマンドが仲良くすやすやしてる神竜様たちを起こす話。
ヴェイルとのお目覚め会話の内容を含みます。

本編中、指輪交換済みです。
ヴェイルの「実は大の遊び好き」というのが大好きで……。慣れてきたら悪戯っ子のような面があったら凄く可愛いなと思います。

「ついに起こし当番が回ってきたのよ。家族を起こすのって、わたしすっごく憧れてたの……!」

 竜族の末の王女が、昨夜夕食を共にした席でそんなことを言っていたな、とディアマンドは不意に思い出した。大抵の人間が朝食を済ませた頃合い、神竜の祭壇に繋がる扉の前に、幾人かが集って話し込んでいるのを目にした時だった。階段を上がって見てみるとクラン、パンドロ、そしてルイというあまり接点の分からない顔触れが揃っている。
 三人は示し合わせたように皆眉を下げ……いや、ルイだけは何故か表情を輝かせていた。ディアマンドの姿を認めたパンドロが、天啓を得たとばかりに「そうだ、ディアマンド王子なら!」と声を上げこちらに駆け寄ってくる。なにか厄介事の気を感じたが、それに億劫と思う性質でないディアマンドは「どうした」と大人しく彼を待った。

「神竜様が起きてこられないんです……!」

 パンドロの訴えるところはこうだった。まだカフェテリアのざわめきも少ない早朝、朝食の支度に取り掛かっていたパンドロは祭壇に入るヴェイルの姿を見たと言う。ヴェイルは本日の神竜様起こし係だ。彼女が神竜軍に入軍してから、三週間という月日を経てようやく本日順番が回ってきたのだ。
 彼女の生い立ちとリュールの関係性から、当初は順番を入れ替え早くにヴェイルへ当番が当たるようにしよう、という話が出たことがあった。しかし彼女はそれを固辞し、皆と同じ扱いが良いと申し出て今日を迎えた。そのヴェイルがリュールを起こしに祭壇へ向かったものの、一向に出てこないらしい。

「パ、パンドロさん、ディアマンド王子だって気まずいよ! ヴェイル王女は女の人なんだからって言ったのはパンドロさんじゃん!」
「んなこと言ったってフランが戻るのは午後からだろっ? ヴァンドレさんだって今居ねえし、ディアマンド王子しかないだろ!」

 クランとパンドロは、リュールの御前で交わしている丁寧な言葉遣いを崩して、互いに無遠慮に言い合っている。リュールが時折、自分には決して向けられない仲間達のやりとりを羨ましそうに眺めては、私も同じように接して貰えないでしょうか……と溢していたのをディアマンドは知っていた。滅多なことも言えず、己は曖昧に濁すばかりだったが。

「まあまあお二人とも、落ち着いてください。……ディアマンド王子、ちょっと此方へ」

 二人の間に割って入ったルイは、取りなしてくれるのかと思ったが、何故かディアマンドを手招きしている。促されるまま、僅かに開いていた扉から部屋の中を不躾にも覗き見てしまった。
 入り口から、大人の足で十歩程の距離に設えられた祭壇兼寝台に、混じり合うように眠るふたりの竜。薄絹の天蓋を通る陽光に照らし出されるそれは、常人の足を止め入室を躊躇わせるのに十分だった。

「素晴らしい光景でしょう」
「尊すぎます……!」
「うッ召されそう……!」

 ルイ、クラン、パンドロの順である。大仰な反応ではあるが、確かにその通りだった。ディアマンドも三人に同意を示して頷き、美しいな、と己でも驚くほどに暖かな声が出た。

「へへ、神竜様もヴェイル王女も幸せそうに眠ってますよね」
「中々お二人とも祭壇から出てこられないので、失礼ながらオレが扉を開けた時にはもうこのようで……
「僕はクランさんとパンドロさんの声を聞いて、花園の気配を感じ参上しました」

 ルイの言葉の真意が捉えられず、思わず胡乱な視線を送ってしまう。彼の言う花園とは、同性同士の親密なやりとりだとリュールから聞いた記憶があったのだが……。ディアマンドの視線を受けたルイは、慌てるでもなく言葉を続けた。

「というのは半分冗談で。今朝の食事は神竜様のお好きなメニューですから、ご様子を伺いに」

 そこでクランとパンドロと合流し、目の前の光景に皆二の足を踏んでいたということだった。なるほど、とディアマンドは事情を把握したと同時に、パンドロの「ディアマンド王子なら」の意味も理解した。

「私に神竜様とヴェイル王女を起こしてきて欲しい、ということか」
「はい、その通りです。もうあの空間に入れるのは、神竜様と契られたディアマンド王子しかいません!」

 拳を握り力説するパンドロに、そんなことは無いと思うが、とは口に出せなかった。仮にこの場にヴァンドレが居たとして、彼ならば竜族ふたりに敬意を保ちつつも臆面なく突撃するだろう。しかし頼られてしまっては否と言えないディアマンドだ。それが愛する神竜の事となれば尚更だった。

「分かった、私がお二人を起こそう」
「ありがとうございますっ! オレ、下で朝食の用意してますんで、頼みます!」
「では僕も行くとしましょう。ディアマンド王子が花園を訪う様子は、とてもとても観察したいですが……。神竜様達には出来立てを召し上がっていただかなくては」

 パンドロとルイが階下へと向かい、ディアマンドの前には独りクランが残された。「あの……」と気後れしたふうに、深緑のリボンが編み込まれた髪をまろさの残る指で弄る様は、彼の双子の妹によく似ている。フランもよく勉学に行き詰まって教えを請おうという時、同じく編まれた髪に触れおずおずと此方を見上げてくるのだ。やはりきょうだいというのは仕草や表情が似てくるものらしい。
 ディアマンドも、以前シトリニカに「あなたとスタルークって、お腹が空くと本当に同じ顔で眉を下げるのよね。子犬みたいで可愛いわ」などと微笑ましげに言われたものだった。武力の国の第一王子と第二王子を捕まえて、子犬のよう、などと評することが出来るのは彼女くらいなものだろう。いや、アルパカなどと例えられたこともあったのだか。閑話休題。

「クラン、気にすることはない。神竜様とその妹君の目覚めを任されるなど光栄なことだ。私に花を持たせてやったとでも思ってくれ」
「そ、そんな。本当なら守り人の僕がやらなきゃなのに……申し訳ないです。でも、やっぱり……うう、お願いします!」
「ああ、任された」

 深く頷くと、クランはようやく頬に笑みを取り戻しぺっこりと頭を下げた。僕も朝食の用意を手伝ってきます! と階段を一段飛ばしに降りていく様は微笑ましい。転ぶなよ、と思わず幼い時分のスタルークへ掛けた言葉が口を衝いた。
 それなりに騒がしかっただろう、と扉へ向き直り祭壇を見やったが、竜達は全く起きる気配がない。遠目にも分かるように、穏やかな呼吸に身体を上下させている。蝶番すらよく手入れされ滑らかに動く扉を開くと、流れた空気に合わせて天蓋が揺らいだ。
 起こしに来たというのに、ディアマンドは知らずの内に足音を潜めて寝台の傍へと寄る。豊かな白菫と紫黒の髪をシーツに流し眠るヴェイルは、丸く丸くその身を閉じるように小さくなって、野生の小獣を思わせた。その幼気な寝姿を守ろうというのか、外側にぐるりと覆うようにリュールが眠っている。そこに居たのは、胸一杯に妹を守ろうという気概に満ちた、ひとりの兄の竜だった。

……神竜様、ヴェイル王女。朝だ、そろそろ起きると良い」

 本当に起こす気があるのか、と自分で笑ってしまいそうなほど小さな声で呼ぶ。喜ぶべきことに、眠る二人はディアマンドに一切の脅威を感じていないらしく、身動ぎひとつしない。しかし困った。ディアマンドは、眠る神竜を起こすに忍びないと彼が起き出すまで待ってみたり、そのまま自らが眠ってしまったりをした実績がある。声掛けが通用しないとなると、途端に手札が無くなってしまう。

……。君の好きな朝食をルイ達が用意している。早く起きなければ、冷めてしまうぞ」

 食欲に訴えかける作戦も不発に終わった。そもそもディアマンド自身、目の前の春先に並ぶ花籠を思わせる光景をずっと眺めていたい心地なのだ。クラン達があの様に祭壇の前で踏み込めなかったのもよく分かる。

「口付け……で起こすわけにもいかないな」

 それはリュールと指輪の誓いを交わして以降、ディアマンドの気に入りの起こし方だった。眠るリュールの其処此処に唇を落としては、擽ったそうにその目蓋が震えるのを待つ時間は何物にも代えがたい。寝起きで唇へ口付けするのはどうか堪忍してほしい、と頑なにリュールが請うので、主に額や頬、無防備な首筋へするのが常だった。今だって珍しく横向きに寝ていることで顕になった項へ……と思うが、ヴェイルが傍にいるとあってはリュールにも彼女にも失礼だろう。

「わたしは気にしないよ?」
……なっ」

 花籠のなか、一際照らされる灰簾石の瞳が悪戯めいた光を湛えてディアマンドを見た。

……ヴェイル王女。起こしてしまったか」
「ふふ、変なの。起こしに来たんじゃないの?」

 傍の兄を起こさないよう、ヴェイルが衣擦れも立てずに肩を揺らす。この硝子細工の声音を持つ少女は、ソラネルに来た当初どこへ行くにも縮こまっていたものだが、近頃は肩の力の抜き方を覚えたらしかった。特にこのように兄が傍にいる時には、生来持っていたのだろう無邪気な面差しをするようになり、ディアマンドは勝手に自らも兄の一人のような気持ちで喜ばしく思うのだ。

「お兄ちゃんとディアマンドが仲良しなのを見ていると嬉しいの。だからわたしのことは気にしないで」
「いや……その言葉はありがたいが、遠慮しよう」
「そう?」

 まったく二心などないというように、純粋にこてりと首を傾げる様子はよくよく兄に似ている。やはりきょうだいとは似るものだ。ディアマンドの胸に暖かなものが染み渡り、ゆるりと口角が上がる。互いに手探りで、きょうだいになろうと奮闘している竜達の未来は明るいようだ。

「さて……

 ヴェイルとディアマンドの、ほんの気持ち声を潜めた会話にもリュールは目覚める素振りがない。クラン達三人からリュールを起こす任を請け負ったディアマンドだが、ヴェイルが目覚めているのなら、本来起こし係の彼女に頼るのが筋というものだろう。

「ヴェイル王女。本日の起こし係たる君に、神竜様の目覚めを任せてもよいか」
「あっ、そうよね……! もう、お兄ちゃんがこの祭壇で寝てみますかーなんて言うから、わたしつい」

 決まり悪そうに、顔のすぐ横を流れる髪に手櫛を入れつつヴェイルは起き上がった。白の繊細な衣服に不釣り合いな足枷がしゃらりと鎖を鳴らす。こればかりは、リュールや彼女の衣服を見立てた者達がどれほど説き伏せようとも、ついに外されることはなかった。せめて戦が終わった暁には外させてやりたいと、リュールと、そして意外にもロサードが主だって軍務の合間に奔走している。彼に言わせれば、好き好んでいるわけでもない物を身に付けるなど、そんなに辛いことはない、らしい。ロサードの主君であるオルテンシアも、ヴェイルとの関係に軟化の兆しを見せているとのことで、万事がとは言わずとも彼女の周りは良い方向へ向きつつあるようだった。
 ヴェイルは寝台から降りると、ちょこん、とディアマンドと揃って並んだ。並んで立ってみると、特徴的な頭飾りがディアマンドの胸元にようやく届くかというところだった。ラピス達とあまり変わらない身長ということだが、不思議と一回りも小柄に、幼く感じてしまう。

「お、お兄ちゃーん、朝だよー」

 口元に華奢な両手を添え、遠慮がちにヴェイルが呼ぶ。リュールはぴくっと目蓋を震わせたが、それだけだった。

「二度寝は駄目だよー。もう起きてー」

 続けての呼び掛けに、微睡んだ指がシーツを手繰り、よれたそこへ顔を埋めてしまう。そんな気儘な指先に己の贈った指輪を認めて、ディアマンドは歪む口端を止めることができなかった。

「起きないと、ディアマンドがちゅーしちゃうよー」
「言っていないが……!?」

 慌てて横を向くと、ヴェイルはくふくふと愛らしい笑い声を漏らし肩を竦めている。何やら浮かれた心の内を読み取られたようで気恥ずかしく、ディアマンドは朝の澄んだ祭壇に咳払いを響かせた。
 ヴェイルはディアマンドとリュールが指輪の誓いによって結ばれたと聞いた時から、愛する二人が共に居られることのなんと素敵なことだろうと言って、こういったからかい混じりの物言いをすることがあった。この姿がまた楽しげでありながらなんとも健気で、自分たち二人はろくな注意も出来ず照れ照れとしている。将来は見事に妹を甘やかす駄目な兄と義兄になってしまうだろうか、というのが目下ディアマンドとリュールの平和な悩みだった。

……ふふっ……

 シーツに埋もれたリュールの唇から、染み入るように柔らかな音が零れた。薄く開かれた目蓋の下で、赤と蒼の輝きが顔を覗かせている。

「神竜様……
「お兄ちゃん! おはようっ」
「おはようございます、ヴェイル、ディアマンド」

 寝起きのとろりとした口調で呼ばれる名には、親愛が溢れんばかりに詰め込まれて暖かい。リュールは起き上がる素振りのないまま何度か瞬きを繰り返すと、自分の置かれている状況を理解したようだった。

「ああ、ヴェイル……ごめんなさい。二度も起こさせてしまいましたね」
「ううん、全然いいの! わたしだって寝ちゃったんだもん」
「ディアマンドも。もしかして、心配をかけましたか」
「いや、大丈夫だ。クラン達が、君達があまりに幸せそうに寝ていて起こせないというので、私がお起こしの任を買って出ただけだ」

 癖が付きやすいのだ、と言っていたリュールの蒼髪に今日も元気に跳ねた毛を見つけ、そっと撫でる。リュールは心地よさ気に一度開いた目蓋を下ろし、ディアマンドの手に自分の手を添えて微笑むと……ヴェイルの手前ということを思い出してか、勢いよく起き上がった。

「すみませんっ。もう起きましたから、二人ともありがとうございます。お手数をおかけして……
「いや、クランにも言ったのだが気にすることはない。君の美しい寝顔なら、何度でも見たいところだ」
「あ、ま、またそんな……ヴェイルっ」

 紅に頬を染めるリュールは照れ隠しか、ニコーっと含みをもった表情でやり取りを眺めるヴェイルの名を勢いよく呼んだ。しかし焦りの色濃い、寝起きの柔さの残った声は何の脅威にもならず、ヴェイルは「きゃあっ」と大袈裟に肩を跳ね上げるだけだった。兄の叱責を飄々と受け流す様は、もういっぱしの妹に見える。そうして「わたし、先に降りてるね!」と言い残し、ステップを踏むような軽やかな足取りで去ってしまった。

……もう」
「すまないな。君の美しさを前にしては、どうにも言葉の抑えが利かないようだ」
「あの、ですからそういう……いえ。その、嬉しい、とは思っていますから……
「ふ、ならばよかった。さあ神竜様、着替えて私たちも下へ降りよう。そろそろ朝食の用意ができた頃だ」

 舞踊の誘いのように手のひらを差し出すと、リュールは素直に手を重ねる。己より少しだけ低い体温を感じつつリュールが立ち上がるのを待つが、どうしてか中々動かない。未だ眠りが恋しいのだろうか。重ねた手はそのままに、寝乱れたリュールの衣服を整えてやりながら表情を窺うと、期待を乗せた瞳とかち合った。

……ディアマンド。して、くださらないのですか?」

 何を、と問うことはしなかった。もう起きているだろう、などといった野暮は放り、ディアマンドの唇はリュールの艶やかな頬へ落とされる。竜の頬は一層華やかに輝き、彼の唇もまたディアマンドの頬へ寄せられた。白薔薇の香りが鼻を擽る。やはり此処は花籠だったのだとディアマンドは得心して、誘われるようにリュールの首筋にもうひとつ口付けを落とした。