77nairo
2026-02-14 23:00:00
1213文字
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もう一度


 松本は唇を舐めた。乾いて割れた唇から、ほんのり血の味がする。白いため息は、わずかな湿り気と共に北風にさらわれていった。松本が足を早めると、バッシュとジャージを詰め込んだリュックサックが背中で弾む。
 事前に調べていた通りに大通りを進み、目印にしていた病院の角を曲がる。住宅街の先に鬱蒼とした森が現れた。
「おお」
 東京は不思議な街だ。ほんの少しの隙間も惜しむように高いビルが立っているかと思えば、こんなふうに緑がぽっかり残っていたりする。雲一つない土曜の午前中、ベビーカーを押して散歩する家族連れやジョギングする男女、自転車で爆走する小学生までも懐に迎えて、森のように常緑樹が茂る公園は賑やかだ。
 その入口に、懐かしい面々が立っている。
 冬の日差しに眼鏡の奥の目を細めて、マネージャーが手を上げた。
「松本」
「久しぶり。悪い、遅れたか?」
「いや、約束十五分前だ。みんな十五分前行動が身に染み付いてるな」
 マネージャーが得意げに笑う。どうやら松本が最後の一人だったようで、待ち合わせをしていたメンツは公園の中にあるバスケコートへと向かってぞろぞろ歩き始めた。東京に進学した山王バスケ部の同期のほとんどが集まっている。松本も、マネージャーと並んでそれについていく。
「松本のところの大学も受験か?」
「ああ。構内立入禁止で練習も休み」
「どこも一緒だな」
 マネージャーが頷く。その顎のラインが一年前よりも鋭くなっているように見える。松本は思わず眉根を寄せた。
「練習、きついのか?」
「いや、俺がお前らにやらせてた練習に比べれば、全然」
 マネージャーはにやりと口元を歪めた。山王でマネージャーを務めた彼は、大学でもう一度プレーヤーに戻ることを選んだ。実際のところ、一年以上のブランクは体力的にも技術的にも重くのしかかっているだろう。
 松本は今度は、感嘆の意を込めて白いため息を吐き出した。
「すごいな、マネは」
「おだてても何も出ないぞ……と言いたいところだが」
 マネージャーはコートのポケットを探って、ワセリンのチューブをこちらに差し出した。
「唇割れてるぞ。塗っとけ」
「おお、サンキュ」
 松本はそれをありがたく受けとって、残り僅かな中身を絞り出した。唇がベタベタになるくらい塗り、あまりは指先にすり込む。真冬の体育館で毎日バスケットボールに痛めつけられている手は、唇と同じくらい乾燥している。
 ワセリンを返そうと顔を上げると、マネージャーが松本の顔をまじまじと覗き込んでいた。
「どうした?」
「いや」
 マネージャーは松本が返したワセリンのチューブをコートのポケットに突っ込み、先を歩く一団に視線を向けた。
「これでいつでも一之倉とキスできるな」
「は、はあ!?」
 裏返った声を上げた松本に、前を歩いていた連中が振り返った。一之倉と目が合う。木漏れ日の中で、一之倉がきゅっと目を細めた。