🍍
2026-02-06 21:17:34
2823文字
Public 極彩色シリーズ
 

十重二十重の玉響を抱いて

学パロ斎綱

学ランの第二ボタン的なののブレザー版ってなんだろう?って調べたら⋯
ネクタイがそれに近いんだ⋯ってところで見た幻覚
綱先輩のネクタイを⋯『もらう』のではなく『もらえる』はじめ

卒業式の式典もつつがなく終わり、はじめは卒業生として参加していた綱を今日は誰もいない部室で待っていた。
剣道部の先輩達には挨拶をすませた。その中にはもちろん綱も居たがそれは『先輩』としてした綱への挨拶だった。

(これで学校で会うの最後か⋯なんか明日もいてもおかしくない気がするけど⋯)

卒業といえば何となく桜を想像するもまだ3月上旬もいい所で開花の兆しなんてものもなく、未だに綱が卒業という実感も湧かないままはじめは自身の恋人へかける言葉を探していた。
普段は部員たちと取り合いになるプラスチック製の長椅子にひとりで腰掛けて膝を抱えてみる。
落ち着きなく体を動かしてみても何を言えばいいのか全く思い浮かばなくてただいたずらにぎしぎしと音を鳴らすだけに終わった。

(なんか⋯先輩の中に残る言葉とか、そんなかっこいい言葉をかけれたら良かったんだけど)

なーんも思いつかねぇと上体を後ろに倒すと遠くから僅かに響く足音の存在に気付いた。
それは近くなるほど足音の間隔が短くなってすぐ側までやってきてピタッと止み、同時に背後で扉の開く音がした。

「待ったか?」
「全然待ってないですよ、綱先輩」

振り返って、胸ポケットの辺りに卒業生の花飾りを着けた綱の姿を捉えた。
逆光に照らされた姿はすぐに後ろ手に扉を閉め鍵をかけて、はじめの近くまで歩を進める。
それに合わせてはじめも長椅子から立ち上がった。

(この姿ももう見れなくなるなんて⋯信じらんねぇな)
明日からはいない存在に実感が湧かないにも関わらず、ざわついた感慨深さだけが胸に募る。
入学当初は見上げて話していた顔を今は正面から捉えて、目を合わせ口を開いた。

「卒業おめでとうございます綱先輩、って、さっき言ったばかりですけど」
「ふふ、ありがとう」
「もう学校で会えなくなるの⋯なんか寂しいですね」
「⋯本当に思ってるのか?」
「いや~、明日からもういないっていうのが正直実感なくて⋯」
「まぁ分からんでもないな」

この二年でずいぶんと軽口も叩けるようになった。入部した当初には考えられないことだけどあの時の自分に言ってやりたいとはじめは思った。
またそれは綱にも言えることで初対面の時には人を寄せつけない雰囲気など醸し出していた様子が、今は微塵も感じられなくなったのはひとえにはじめと濃密な時をすごしたことに他ならなかった。
贔屓目に見て恋人という立場でも接していたのもあるが、それ以上にはじめと付き合ってから人として随分柔らかい部分が表に出てくるようになった(とはじめは思っている)。

「俺と同じ大学に来るんだろ?今の判定ならそれこそ死ぬ気でやらんと⋯」
「うっ、がんばります、ホントに⋯」

次いで出た話題が芳しくない。
思わず出たそれに苦虫を噛み潰したような顔を晒してしまい、こぼすように綱は笑いを漏らした。

「はじめ」
もう少しこちらにと、呼ばれ手招きされる。
頭に疑問符を浮かべて綱の近くに寄ると綱は自分のネクタイを手早く外していた。

「えっ、せんぱ」

自分のものは腕に掛け今度ははじめのネクタイを器用に外す。
流れるような手つきにされるがままのはじめは自分のネクタイが解かれるのを映像のように見るだけだった。
最後の結びが綺麗に解かれて首元が解放された。寂しさを覚える間もなく、綱はそこに自分が今まで結んでいたネクタイを結び直した。

「今日はやたら色んなやつにネクタイを取られそうになってな」
「あ、」
「なんでも最後に憧れや好きだった人?とかのネクタイをもらうのだと⋯」

よし、出来たと口にして手を離すとはじめの首元には先程までと同じようにネクタイが結ばれていた。ただそれが今まで綱が着けていたものという事実だけで前触れもなく急激に心臓が強い拍動を始める。

「そのような慣習があるのは知ってはいたのだが⋯、まさか自分が対象になっているとは思っていなくて、意外と物好きなやつが多かったんだな、気が付かなかった」

随分表情の柔らかい綱と目が合う。
途端殊更眦(まなじり)が下がり口角を上げた綱の表情にはじめの心臓はさらに飛び上がった。綱に聞こえるかもしれないと無意識に胸を押さえる。

「俺のそれは、お前にやる」

情の籠った声色で囁く。

「代わりにお前のは俺がもらう」

はじめから抜き取ったネクタイを綱は自分の首に結び直した。
手早く直したはずのそれがはじめの頭ではスロー再生される。自分のものが綱の首元を飾っている。その事実だけを脳はダイレクトに視覚から受け取って殴られた気持ちになった。

「近くにいると思って、気を抜かず頑張れよ」

静まり返る部室に響いたその声が、先程綱が結んでくれたばかりのネクタイの上を撫でたような気がした。
実際には少し名残惜しそうに綱が指を滑らせただけだったのだが。
その指が離れる瞬間、もうこの学び舎で会えるのは本当に今日が最後なのだという現実を唐突に実感したはじめは目から込み上げる物を止めることが出来なかった。
それを隠すように綱の肩口に顔を埋め抱きつく。

「っ、こら校内だぞ」
「だって、これで先輩と会えるの本当に最後だって、実感なかったのにっ、ネクタイもらったら⋯」
「まったく仕方ない奴だな⋯」

ポンポンと優しくあやす様に背をたたかれて余計に涙が滲んだ。鼻の奥も目の奥も痛い。
胸が張り裂けそうな痛みが急激に襲ってきて不安と焦燥感に苛まれる。

「せんぱい、キスしてほしい⋯」

声を出せば情けない色が出て鼻も啜る音も出てしまう。でも構わずはじめは続ける。
この先も歩けるための安心が今ほしい。
呆れられてもいいから、今、そしてこれからを乗り切るためのそれが欲しかった。

「学校だぞ⋯」
「おねがいせんぱい⋯」
「全く⋯本当に仕方のないやつだ⋯」

でも、まあ、最後だからな、と優しい声が耳を掠めてゆっくり顔を上へ向けられた。
そのまま合わさった唇はいつもと変わらず温かくて馴染むものだった。
ひどく安心したがこの場所ではもう二度と出来ないのだと思うと余計に離したくなくて、抱きついた背を掻き抱くようにさらにキツく腕を回した。

ただただ無我夢中でそこに吸い付いたはじめに、綱は胸に春の陽気を抱いたかのような愛おしさを感じて

(悪くない高校生活だったな⋯)

とひっそり笑った。

─────────────

あなたと過ごした二年は
かけがえのない一瞬が幾つも重なって
今にも手からは溢れ出しそうなほどだけど
腕いっぱいに全部抱きしめてあと一年頑張るから

待っていてください
(とえはたえのたまゆらをいだいて)