こゆ
2026-02-06 20:08:42
6227文字
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夢中怪唄

ちっちゃくなったペンギンとかわいいは正義の真実に気づいてしまったシャチの話。
ペンギン7歳、シャチ27歳です。
すぐ28歳ペンギンに戻りますが、そういう話です。

pixiv掲載の【シャチには内緒の話】と同じ世界線ですが未読でも大丈夫なようになってます、シャチには内緒の話のあらすじ→ローさんの作った若返りの梅シロップでシャチが小さくなっちゃう話でした。あらすじ終わり。



※無断転載、AI学習禁止





夢中怪唄



「シャチ! 良かった見つかって……
「ん? どうしたイッカクそんなに急いで」
「シャチ? 本当にシャチ?」

焦った様子のイッカクが、泊地へ続く路からやってきた。その後ろから子供が駆け出してきて、勢いよくシャチに抱きついた。見慣れた帽子、ぶかぶかのTシャツに無理矢理ウェストを絞ったショートパンツ。既視感がある姿ではあるが、その姿はあまりにも見慣れない。

「わぁ……! シャチ、おっきいね! それにかっこいい!」
…………は?」
「その、ペンギンがね、例の梅シロップ飲んじゃって」

満面の笑みで抱きついてくる子供の姿のペンギンについ固まってしまった。イッカクの言う〝例の梅シロップ〟それはローが長年研究している老化細胞の除去を一時的に可能にしたとかなんとかのいっときの間見た目が若くなる薬だ。効能についてはまだ研究段階で、体内に定着させることが出来きず、そのおかげか持続性はない。しかし、酷い頭痛を引き起こすという副作用があったため実用には至っていないはずだ。それをシャチは身をもって経験している。

「待て、待って! アレは見た目だけが小さくなったはずだろ!?」

イッカクの話は半分も頭に入らなかったが、どうやらペンギンが例の梅シロップを飲んで体が小さくなってしまったことは分かる。
しかし。

「それが、キャプテンは改良を続けてたらしくて。今回は精神まで子供になっちゃったのよ」

イッカクはパクパクと唇だけを動かしてシャチに伝えた。そして。

「一応ね、ペンギンには今は未来にいるようなものだからってキャプテンが伝えたんだけど」

そう続けた言葉はきちんと音声がのっていた。

「そっか。未来、なァ」
「うん! おれが七歳、シャチは二十七歳。ここはスワロー島ではなくて偉大なる航路グランドライン。おれとシャチは海賊」

ペンギン少年が小さな指をひとつひとつ折って、聞いたことを反芻している。

「キャプテンも臨床すらしてない試作品だから、なんで記憶まで幼くなったからわからないけど、そもそも体内に定着? させることが出来ないからすぐ戻るって。記憶喪失みたいなものだって」

また、イッカクが唇だけで会話をする。
うん、とシャチは頷いて梅シロップの説明を思い出す。それは老化防止の研究を応用したものだったはずだ。

『異常増幅されたケルセチンが体内で分解されたら元の体に戻るから心配すんな。薬の効果が抜けるまでせいぜい24時間だ』
と、シャチがその薬を飲んで子供の体になったときに説明されたことを思い出す。
 
「そ、れで、なんで船の外に?」
「ペンギンが、シャチはどこってそればっかりなんだもの……

いまだシャチを抱きしめているペンギンに、どんな顔をすればいいか分からない。動揺したシャチの頭では、満面の笑みを浮かべたペンギンを見たところで、可愛いなペンギン、なんてバカみたいな感想しか浮かばなかった。

「ねえシャチ、ひとりで買い物してたの?」
「え、あ、ああ……

買ったものは薬草だけだからそこまで荷物ではないが、ペンギンは珍しそうにシャチが肩から下げた麻袋をグイグイと引っ張る。

「そうなんだ、シャチえらいね! あ、でも……
「お、おう……なんだ?」
「その、タンクトップ姿かっこいいけど、なにか上に着た方がいいと思う……

頬を赤らめながら目線を少し下にずらすペンギン。そんな顔はしばらく見たことがない。ペンギンの表情筋にこんな顔をする機能があったんだな、かわいいな、だなんてやっぱり出てくる感想はバカみたいなものだった。
子供の相手なんて何年もしていない。ナナギと遊んだのが最後だろうか、このくらいの年の子供にどのように接してやるべきなのか、いつも通りに振る舞うべきか。だが、キャプテンは記憶喪失と言った。つまりこのペンギンは、なにも知らない。だったら知らないままでいさせてやるべきだろう。

「キャプテンはなんて?」
「シャチの近くに転がしておけって」
「ぞんざーい! まあ、そうか。アイアイ、引き受けたぜ」
「ちょっとは落ち込んではいたわよ。まあシャチ、ちょっとペンギンのことよろしくね。アタシは買い物行かないと」

きっとイッカクはペンギン少年な着せるためのフリルをあしらったブラウスやショートパンツを買ってくることだろう。
残されたシャチは、腰にくっついたままのペンギンの頭にポンポンと手を置いて、船の方に足を向けるよう促す。ここから船を隠している岬まで、そんなに遠くはない。
さっきの自己紹介からして、このペンギンは七歳。相当幼い頃だと推察される。何も知らない。世界が綺麗だったころのペンギン。

「ペンギン、また船まで歩くけど平気?」
「もちろん!」

いちいち笑顔なのが心臓に悪い。
シャチ、アレ見て! シャチ、アレなに? 見るもの全てが新しいのか、シャチが口を挟む暇もないほどにペンギン少年の興味は右から左へと移っていく。
あの、全てが海に攫われた日。あの日がなかったら。ペンギンは、こんなふうににぎやかで笑顔の多いまま大人になっていたのだろうか。

「シャチ? どうしたの、疲れちゃった?」
「あ……いや、へーきへーき。ペンギンこそ疲れてないか?」
「ちょっと足が痛い」

よくよく見ればペンギンは大人用のビーチサンダルを履いていて歩き辛そうだった。

「ほら、おいでペンギン。おぶってやるよ」

恥ずかしがって抵抗するペンギンを半ば無理矢理背中に乗せて歩き出すと、背中のペンギンが「大人の体ってすごいね」なんてちょっと寂しそうな声を出す。ぎゅっとペンギンが首に回した腕に力が入って、まるで甘えるように首元に抱き着かれてしまってはたまらない。頭の中ではかわいいの大渋滞だ。
 
「そう、だな」
「おれも大人の男になれたのかなぁ、かっこいいシャチの隣に並べるような」
「え?」
…………なんでもないっ!」

船に入る前にゆっくり地面にペンギンを降ろした。流石にシャチにおんぶされて甘やかされている様子を他の奴らに見せるのは躊躇われた。その代わりに、手を繋ぐ。そうするとペンギンが嬉しそうに握り返してくるから、やっぱりかわいいなとバカみたいに思う。

「ペンギン、おれにも仕事があるからな。ちょっとだけ静かにしていてくれよ」
「うん、分かった」

言い含めてから船に入る。おかえりと、出迎えてくれる仲間たちの視線が煩い。
あれこれと自分の持ち場を見回って歩くうちに、どこから聞きつけたのか、ほぼ全員とエンカウントする羽目になった。

「ペンギン、シャチに会えて良かったな」
「シャチは期待通りかっこよくなってたか?」
「ジュース飲むか? おやつもあるぞ」

前言撤回。普通に喧しかった。
ペンギン少年はシャチがいない間にひと暴れもふた暴れもしたようで「ひとさらい!」からはじまり、二言目には「シャチは?」と来たもんだ。
その後、ローがゆっくりじっくり説明するも七歳の頭では理解が及ばす『ここは未来、明日には帰れる』と言う内容で双方の合意となったようだ。
そしてペンギン少年の要求はひとつ、「大人のシャチに会いたい」とのこと。
ローは少しの罪悪感から「ペンギンの好きなようにさせておけ」との号を出して自室に引きこもってしまったようだ。

「キャプテンへの文句はあとでいいか」

午後の仕事をあらかた片付けて、あれこれペンギンの世話を焼こうとする仲間たちにしっしっと手を振ってシャチはペンギンの手を引いたまま部屋へと向かう。おとなしくついてくるペンギンと、彼とのふたり部屋に入るとようやく少し肩の力が抜けた。ペンギンをベッド座らせて、シャチも隣に腰を下ろす。きょろきょろしているペンギンに「こっちのベッドとそっちの机がペンギンのだよ」って声をかけた。
そこで、すぐに部屋の扉がノックされ、「ごはんだよー、ふたりともいるー?」とドアが開く。
 
「クマーーー!!!」
 
入ってきたベポに驚いたペンギンは、きゃーっと叫んでシャチを後ろに隠すように前に出た。
 
「クマですみません……
「喋ったあああああ!!」 
「ペンギン、クマじゃなくてベポだよ。おれたちの仲間だ」
 
言うだけ言って、ペンギンの手をベポの前まで引っ張っていき、二人の手を重ねた。大丈夫だよ、そう言ってシャチは目の前でベポにガルューって近づくとペンギンの目が大きく開かれた。
 
「ふわ……ふわ」
 
おずおずとベポの手を撫でて、その触り心地に目を細める。口の中で飴玉を転がすように、ふわふわ、ふわふわだ、と繰り返す。
 
「あははっ、くすぐったいよペンギン。そうだ、ごはん! ペンギンお腹は空いてる?」
「うーん……ちょっとだけ」
「おれがとってきてあげる! 今日はおれがお兄ちゃんだからね」
 
ベポが声を弾ませて部屋を出て行った。
さて、この部屋でおとなしくしていろと言えばペンギンはじっとしていてくれるような気もするし、勝手に船内をふらふらしそうな気もする。この頃のペンギン以上にやんちゃであったシャチの記憶なんて当てにはならない。ペンギンもそれなりに子供らしくはあったのだろうが、シャチから見て〝年上〟であったためどうにもまったくの子供扱いも出来ないのである。やはり、目を離さないで一緒にいた方がいいだろう、という結論になった。

「ねえシャチ、大人のおれはもしかして強くないのかな?」
「うん? どうしてそう思ったんだ」
「だって机の上に書類がいっぱいだ。本もたくさん、ここは海賊船だけどなんか船長も本読んでばっかりだったし、戦ったりしない役割なのかと思って……シャチはがっしりしてて、なんか強そうだ」
「いや、ペンギンは強いよ。一緒に……そうだな、あんまり言うと未来の楽しみがなくなっちまうから内緒だけどな」
「えー、ちょっとくらいいいでしょ? 大人になってもおれたちずっと一緒にいるってことでしょ?」
「やっぱり、内緒だ。あははっ、早く大きくなって確かめよーぜ」

むう、と唇を尖らせて不満そうにするペンギン。
お前のその顔は変わらないけどな、なんて思ったところで、ベポが二人分の夕食を持ってきてくれた。
ペンギンはごはんを食べながらも良く喋った。口を開けば、「かっこいいね」とシャチに言うペンギンに「おまえはかわいいよ」と言いそうになるのをグッと我慢して、できるだけ心を無にしながらペンギンのお喋りに付き合った。
その後、イッカクがどこの王子様だよって突っ込みを入れたくなるような子供服を持ってきたり、ローが診察に来たついでに絵本を読んでくれたり、入れ替わり立ち替わり誰かしらがペンギンに構いにきてあっという間に夜になった。シャワーを浴びて、ようやく寝られる、と思ったところでまた問題が起きた。

「一緒に寝よ、シャチ」
「え? ペンギン、寂しいのか?」
「それはシャチだろ。だって、シャチが寂しそうな顔してるもん、ほら、一緒に寝よう」

シャチはそんなことはないとは言えなかった。
七歳の子供に図星を突かれるの情けないとは思うが、仕方がない。

「うん、ありがとうペンギン」
「大丈夫だよ、シャチ」

ふわっと笑った顔も今と変わらない。
なんて人たらしな子供だろう。
ペンギンはシャチをぎゅっと抱きしめたあと、トントンっと小さな手でシャチの肩を優しく叩きながら子守唄まで口ずさみはじめた。
 
「ふふっ、懐かしいな、その唄」
「大人のおれは歌わないのか?」
「おれたちのこといくつだと思ってんだよ、もういい大人だぜ? おい、ペンギンそんなにくっつかなくても」
「やだ。それにシャチの顔すごく寂しそうだもん。こうやってぎゅってしたらよく眠れるでしょ?」
……そう、だな」
「シャチはおれがいないと寂しくて眠れないもんな。シャチの好きな子守唄もいつでも唄ってあげるから。我慢しないでちゃんと教えて」
「うん、ペンギン。寂しいから早く大きくなって」
「シャチは大人なのに、かわいいね。大丈夫だよ、朝までぎゅってしてるから」

確かに幼い頃、こうしてペンギンに抱きしめられながら子守唄を唄ってもらうと怖い夢も見ずによく眠れた。ペンギンの歌うスワローの子守唄を聞きたくてわざと眠れないふりをしたこともあった。ペンギンは何も言わなかったから、てっきり気づかれてはいないものとばかり思っていたけれど。ペンギンが同じ部屋にいないと寂しくて、不安で。

シャチの肩を撫でながら、ペンギンは少し眠そうな声で言う。

「おれは今日大人のシャチと一緒にいて、安心したんだ」
「ん? なにに対して」
「シャチはずっと、おれのこと好きでいてくれてるんだなって」
「バレていたか」
「ふふ。おれもずっとさ…………、スー」

言い切る前に、ペンギンは目を閉じた。そのまますぐに寝息が聞こえてくる。子供の身体ではあまりにも負担の大きい日だったかも知れない。
ペンギンが深く眠りについていることを確かめてから、シャチは大きく溜め息を吐いた。
ペンギンの寝顔を見て相変わらず思うことは、かわいいなあというバカみたいな感想でしかない。

「おかしいよな。おれはチビのころ、かわいいよりかっこいいって言われたかったはずなんだけどなァ」

相手を「かわいい」と思うということは、「かっこいい」と思うことよりもずっと愛情深いのではないかとシャチは思ってしまった。
愛らしいものを傷付けることができないように、自らが愛らしいと思うものは保護や庇護の対象になるし、ひいては、何を賭しても自分の手で守ってやりたい。幸せにしてあげたいという、強く確かな愛につながる。なんて。だからペンギンはきっと、シャチを二十年以上も「かわいい」と言い続けてきたのだと。気づいてしまった。

「たかだか一年、されど一年。かなわねーな、ほんと」





 ◇◇◇






「おはよう、シャチ」
「はよペンギン……あ、」

目が覚めて、目の前で無表情を決め込んでいるペンギン。どっからどう見ても成人男性だ。
ペンギンは寝入ったときと同じ、シャチをぎゅっと抱きしめたまま。起きたなら放しちゃくれないか。そう言うとペンギンはなぜか、いっそう腕に力を込めた。苦しくはないが、抜け出せない。このままではきっと、そのうち誰かが起こしに来てしまうだろう。

「おい、いい加減にしろってペンギン。体調はどーなんだ?」
……はぁ、シャチが冷たい。子供のおれにはあんなに優しかったのに」
「あれ、……え、ペンギン記憶残ってる感じ?」
「かわいいかわいいってあんなに言ってくれたのに」
「ええ……、口に出してはなくねーか?」
「いや、心の声がただ漏れだった」

よく分からないが、この締め上げられてる腕を放してくれる気はないらしい。この馬鹿力に敵うはずもない以上、諦めて従う他になかった。

「おかえり、ペンギン」
「ははっ、ただいまシャチ。寂しかったか?」


その晩から、ペンギンがシャチに子守唄を歌うようになって、シャチが羞恥に耐えれなくなり不寝番のシフトをガンガン入れるようになったのはまた別の話。






 

【了】