盛大な拍手を
「何度来ても、すげー
……」
各地から集まった商人たちの威勢のいい声。空ではうみねこが鳴き、少し遠い波の音をいろどる。東側には港。この街、グランポートが誇る大型船が帆のてっぺんをのぞかせている。その周囲では、海の男たちが今日も忙しく働いていることだろう。
しかし、その情緒あふれる景色より、ソリは露店の広場に強く惹かれていた。人々が集まり、自慢の商品を並べる。商人たちの生き生きとした表情や仕草が、品物を輝かせてみせる。それに、買う人たちの顔も様々だ。真剣に値踏みしているもの、買ったものを嬉しそうに受け取る者。
見ていて一生飽きないかも。そう、思うのだ。ここにはウィッシュベールと違う賑やかさがある。領主エルトリクスが築き上げた、交易の都だ。
ソリは仲間たちと別行動の時間を、当然のごとくこの広場で過ごそうとしていた。やらなきゃならないことは山積みなのだが、今日の目的はすでに果たしてしまっている。せっかくだから楽しんで過ごしたい。
というのも、ここにはエルトリクスの用件で来た。彼女はここの領主で、一般的に考えるとここにある彼女の屋敷から離れるものではない。
だが、エルトリクスは今、一時的にウィッシュベールに拠点を移している。それは大陸の命運に関わる大事だからなのだけれど、詳しいことは省略する。
それでも、長期の不在は街の治安に関わる。そういうことで、エルトリクスは領主をやるために定期的にここへ戻ってくることにしていた。ソリたちは、彼女を送り迎えするためにここへ来たというわけだ。
出発は二日後。宿は手配済み。仲間たちとは夜に宿で落ち合うまで別行動。大陸は想像を絶する危機に晒されているが、こういう時だからこそ羽を伸ばしておこうぜ、という提案をしたのだった。
腕を広げて目一杯空気を吸い込む。ここの空気は海の味がする。腹の奥まで冴えるような、気持ちいい冷たさ。
ベルトにぶら下げた財布の重みを確かめ、ソリは露店に視線を巡らせた。
面白いものに出会えるだろうか。まだ何も見ていないのに、わくわくするぜ。
*
露店は四角い広場をぐるりと囲んでいる。中央にも背中合わせの露店を配置することで、自ずと円形の道が出来上がり、客が通りやすいようになっていた。
普段は露店がない広場の隅っこまで、今日はびっしり露店で埋まっている。エルトリクスが帰ってきているからだろうか。領主様の帰還は喜ばしいことだもんな。人出もかなり多い。仲間の偉大さを誇らしく思い、唇の端が上がる。
ソリは左回りに一つ一つ露店を見て歩くことにした。ここの品物はいつも同じではない。人も変わるし、物ももちろん変わる。これが何度も来たい理由なのだ。毎回同じじゃつまらない。
工芸品、郷土料理、海産物
……貝の串焼きがとんでもなく美味しそうな匂いを漂わせていて、そこで初めて財布を開いた。牡蠣だって。ウィッシュベールじゃ食えないやつだな。
小腹を満たして一層楽しくなり、ソリは次の露店に足を向けた。そこは一見ガラクタ置き場に見えた。開けてない木箱。木箱の上には敷き布が掛けてあり、その上に色々なものが並んでいる。少し汚れた古いランプ、取っ手がついていないティーポット、錆びたネックレス、少し縁の欠けた皿
……。売れるんだろうか。ほとんど廃棄物じゃないか。
「あっ、グッさん」
露店に近づいていくと、布張りの日除けの下に赤い外套が見えた。背が高く、短い金髪を後ろに流したスタイルの人。仲間の劇作家兼俳優、グッドウィンその人だ。
「おお、ソリ。君も古物に興味があるのか」
「いや、こういうの売れんのかなーって思ってた。グッさんは古物が好きなのか?」
隣に立ち、問いかける。すると、劇作家は青い瞳を輝かせ「そうとも」と力強く頷いた。
「人々が何かの理由で手放したものは、想像心をくすぐられる。心地のいい刺激だ。これらの過去と未来を、描いてみるのだよ」
「へえ?」
グッドウィンはウィッシュベールでたびたび一人芝居をやっている。舞台は噴水の前だったり、酒場のフロアだったり、丘の上だったり、いろいろだ。彼のお芝居はおとぎ話みたいなものが多かった。夢のような道具が出てきたり、絶対起こらないだろう珍事件が起こる。おもしろいと思う。芝居の途中でうっかり声を出して笑ってしまうこともある。
グッドウィンが演じているところは何回も見ているが、その裏側を見るのは初めてだった。脚本家の面だ。
「そうだな。例えば
……」
グッドウィンは腰を屈め、木箱の上の古物たちに目を落とした。秒針がない時計、半分破れた絵画、継ぎはぎだらけのハンカチ、そして、飾りのはまっていないブローチ。
その中から、劇作家の指が丁寧に拾い上げたのは、ブローチだった。彼は「ご主人、少々お借りする」と断りを入れ、両手を皿にしてそれを持った。
「見てごらん。石がついていただろうに、ついていない」
「ああ、そうだな」
彼の手の中のブローチは金属で、楕円の窪みの周りに細やかなレリーフが施されていた。裏側には留め具があるのだろう。金が煤けたような色をしているが、本当に金でできているかは、ソリにはわからなかった。
「では、お話の始まりだ。君は貴族のご令嬢。広く裕福な土地を持ち、領民に厚く信頼される領主の娘だ。父君は君のお誕生日にこのブローチをくれた。もちろん、その時は石がはまっていたのだ」
「愛されてんだな」
話から推測できたことを率直に返すと、グッドウィンはにこりと笑って頷いた。頷き、ソリの片手をそっと取る。
「プレゼントだ、我が愛しき娘よ」
飾りのないブローチを手に乗せられた。グッドウィンがそうしていたように、両手で包んでみる。
「君はそれをとても気に入っていた。石の色は君の好きな色だ。想像してみたまえ」
「えっと
……」
青がいいな。サファイアとかラピスみたいな濃い青色が好きだ。手の中のブローチの空虚な窪みに、鮮やかな青色を思い描く。答えようと口を開くと、グッドウィンが手のひらをソリの口元へ向け、それを止めた。
「いいや、胸の中にしまっておいてくれ。君だけの色だ。さあ、君はそのブローチを持ってバルコニーに出る。日差し降り注ぐバルコニーからは、父君の治める豊かな領地が一望できる。緑に溢れ、街の色とりどりの屋根は煙突からもくもく煙を吐いて、息をしている。そこで君は、太陽にブローチをかざして眺めるのが好きだった」
ひらりと赤い外套が揺れる。劇作家の手はまるでブローチを持っているかのように天へ向かった。それを見て自然と笑みが溢れる。ソリも、彼の真似をしてブローチを掲げてみた。
「陽に当てると、石が煌めく。煌めきながら日光を吸い込んでいるかのように光を湛え、この上なく美しい」
「ああ」
本当にそんなふうに思えてきた。宝石が陽に当たって透き通ると、他の色も見えてくる。きらきら光りながら、紫や翠の層を見せてくれるのだ。
「だが、そこへ」
仰々しくそう言い、グッドウィンは下ろしていたもう片方の手を、かざしていた手に添えた。親指同士を結び、手のひらをしならせる。
鳥だ。
後ろから差している本物の日差しが、役者の手の影を露店の天幕に映している。鳥が飛んでいる。ソリは口を半開きにして、天幕を飛ぶ鳥に目を奪われてしまった。
「あっ」
「カラスだ」
鳥に気を取られた途端、ひょい、とグッドウィンにブローチを取られてしまった。なんてこった。おれの
……あ、令嬢の大事なブローチが。
「カラスは君の手からブローチを蹴り落とした。カツン、と固い音がして、ブローチは壊れてしまった。なんと、悲しいことに、石と台座は離ればなれになってしまった」
「こんにゃろ
……」
「そう、君はすぐにブローチを拾おうと走る! けれども、この憎きカラス! ますます憎らしいことに、光る宝石だけを奪い、飛び去ってしまった」
「く、くそ
……」
グッドウィンは外套を翻し、その場で軽やかにターンをキメる。そして、流れる手つきでソリの手にブローチを返してくれた。飾りのないブローチを。
「君の手に残ったのは、このブローチの片割れ。さあ、ご令嬢
……どうする?」
「探しに行くに決まってんだろ」
「そうだな、気持ちは熱い。けれど、君はこのお城で大切に育てられ、愛され、不自由なく暮らしてきた。お庭より向こうの世界には、出たことがないのさ。いつか父君が選んでくれた優しい旦那さんと結婚することだって、当たり前のことだと思っていた」
「そ、それでも
……」
眉根を寄せる。令嬢なら、誰かに頼むこともできるか?
父なら新しいものを買ってくれるかもしれない。でも、それでいいのか? これは大事なブローチだ。それを、うっかりとられてしまった。それは自分の過失。誕生日にもらった、大切な思い出を
……。
「おれなら、探しに行く。絶対取り返してやるんだ」
「素晴らしい。ご令嬢の冒険活劇の始まりだ。 ♪未知なる〜世界へ〜」
伸びやかな歌声で締め、ぱちぱち、とグッドウィンが手のひらを打ち鳴らす。なぜか露店の店主まで拍手をくれた。少し夢中になりすぎていたことが、唐突に恥ずかしくなる。ソリは顔が熱くなるのを感じつつ、後ろ頭を掻いた。
「と、いうように」
飾りのないブローチが、劇作家の手で木箱の陳列台へ戻された。それはすっかり息を吹き返したように見える。廃品などではない。とても価値のあるものになった。
「経緯や未来を好きなように想像するのさ。それは物のひとつひとつが持っている真実ではない。が、あれこれ考えるのは楽しい。気に入ったものは買い取れば、そのまま小道具として使える」
「すげー
……それにしたってよ、今のは、たった今思いついたんだろ? 面白かったぜ」
「ありがとう。君が一緒に考えてくれたおかげさ」
おれのおかげ? いやいや、初めて舞台に立ったのにこんなに引き込んでこんなに上手くやらせてくれる手腕に尽きるだろ。劇団、作らないのかな。練習のために広い建物が必要なら、スティアに頼める。公演は博物館でできる。ウィッシュベールでやってほしい。
「ご主人、売り物を借りて申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。お客さん、作家さんなのか。エチュードが見られるなんてこっちが得した気分だね」
ソリが空想に思いを馳せている間に、グッドウィンは店主に丁寧にお辞儀をし、店を去ろうとしていた。赤い外套が揺れる。足音が遠ざかっていく。
ソリは目を瞬いた。急がないと。
「店主さん、このブローチ売ってくれ」
「おや、君が買うのかい。さすがご令嬢。もちろんいいよ。三百リーフさ」
「はは、ご令嬢か。店主さん、上手いこと言うじゃん。おれ急いでんだ、お釣りいらねーから!」
店主の分厚い手に千リーフの銀貨を押し付け、代わりに飾りのないブローチを掴む。店主の礼を言う声を背中に浴びながら、赤い外套の背を追いかけた。
「グッさん!」
「おお⁉︎ どうしたソリ」
半ば衝突に近い勢いで腕を掴んだ。驚いたグッドウィンが声を裏返して立ち止まる。
「これ」
五分袖からのぞく腕を取り、緩く開いた手のひらにブローチを握らせた。息を飲む音が聞こえる。
「買ってくれたのかい」
「ああ。だから、さっきの話の続き書いてくれよ」
「
……!」
青い目が大きく開かれ、きらきら光る。この人の目は、空みたいに綺麗だ。喜んでくれたのだと思い、自分も嬉しくなってソリはその目に笑顔を向けた。
「ありがとう、ソリ。必ず書くと誓おうぞ!」
*
そんなことがあり、ソリはグッドウィンと一緒に露店を回ることにした。渡した飾りのないブローチを、彼は失くさないようにと外套の胸につけている。他の装飾品がそこそこ上品なデザインなせいで、少々滑稽に見えた。でもそれが彼らしさでもある。
「ソリは、どういう露店がお好みだ?」
「んー、おれは工芸品とか郷土料理が好きかな。ウィッシュベールに無い珍しいやつに会いたい」
「ふむ」
古物商の隣の鮮魚屋をゆっくり見ながら通り過ぎた。生魚はすぐにでも調理するか保存用に加工しないといけない。新鮮なのはおいしそうに見えるが、買えないので眺めるだけにしておいた。
二人は、その隣にある装飾品の露店で足を緩める。見たところ、金属のアクセサリーが主な商品だ。銅、銀、金。耳飾りや髪飾り、指輪といった繊細なデザインのものが多かった。
ソリは、シンプルに高そうだな、という印象を持った。だが、グッドウィンは完全に足を止め、布ばりの綺麗な陳列台をしげしげ見つめている。
「なんか気になるのがあんのか?」
「劇には演者を引き立たせる衣装が必要なのさ」
そういうことか。改めてグッドウィンの出立ちを見れば、身につけているもののどれもこれもが小綺麗だった。服には皺がないし、土埃に汚れていることもない。シンプルなピアスはさりげなくてよく似合っているし、大ぶりな金のネックレスも白い服にぴったりだ。男らしい厚めの胸板をより良く見せている気がする。それに赤い外套。外套の裾には金糸の刺繍があり、贅沢なドレープがドレスのように華美だ。
そして、中身は金髪碧眼の男。これらの色を堂々と着こなしている。
「グッさん、お洒落だよなあ」
「主役だからね」
「そうだよなあ」
この人はいつだって主役だ。戦いの場でだって、常に主役を演じている。
「主役は特に目を引かなければならない。しかし、衣装に負けるわけにもいかない」
「ああ」
「時に、ソリ。君はアクセサリーを身につけないのかい」
「おれ?」
陳列台に並ぶ様々な装飾品。実は、全然興味がなかった。グッドウィンが見ているから足を止めただけだ。繊細な金属細工は綺麗だと思うけれど、手を出そうとは思わない。
「余計なもんつけるのが好きじゃねえんだ。指輪も
……今は慣れたけど、最初は煩わしかった」
右手につけた指輪を、左手の指先で撫でる。この指輪、外せないのかな、と考えたこともある。外せるのかもしれないが、紛失や盗難のリスクがでかすぎる。それを考えたら、外そうという気がなくなった。いつも見えるところにあってくれた方が気楽とさえ思う。
「うむ。君は何もつけていなくても華やかだ。過剰な装飾はいらないだろう」
「華やか? おれが?」
グッドウィンは指輪の話には触れず、一歩下がってソリの全身を下から上まで視線でなぞった。コートだけはノモスが旅立ちの日にくれた上等な雰囲気のものだが、その下は元から持っていた服だ。唯一装飾品と呼べるのは、子供の頃スティアがくれた紐飾り。これは軽くてつけていることを忘れる。何年も経ってるのに切れないのは、あいつの物作りの上手さかな。けれどそれも、袖に隠れて目立たない。
「髪の色が良い。赤みがあるが鮮烈すぎず、茶色よりも温かな色だ。ボリュームもある。コートの色味の暗さと自ずと引き立て合う、良い色だ」
「へへ。そんなん言われたの、初めてだぜ」
ソリの髪は、赤茶より橙色に近かった。兄貴分に倣って伸ばした髪は、てっぺんで一本に縛るしか上手くできないのだけど、気に入っている。あまり切らないので毛量は多いが、癖は少ない。すとんと落ちる素直なポニーテールだ。
色のことは特段気にしたことがなかった。でも、いい色と言われて嬉しくないわけがない。ソリはにやにや笑みをこぼし、後ろ手に毛先をいじった。
「その髪に合わせるなら
……」
「うん?」
グッドウィンは腰に片手を当て、もう片方で顎髭を撫でた。青い瞳が陳列台の上をさらりとなぞる。
「これはどうだろう?」
「ええ
……余計なもんつけるのは好きじゃねえってさっき言ったけど
……」
顎髭を撫でていた指が差したのは、銀色のティアラだった。冠の高さが低く、やや小ぶり。だが、ティアラの端と端を結ぶ長くて繊細なチェーンが付いていた。
「それにこれ、女向けじゃねーか?」
「まあまあ、落ち着きたまえ」
いや、興奮はしてねーけど。グッドウィンはソリを嗜めると、さらに腰を屈め、ティアラに顔を近づけた。それから、台の向こうで椅子にかけている店主を上目遣いで見る。店主は若い女性だった。やっぱ、こういったもんは女の子の趣味だよなあ、と思う。
「ご主人、手にとって見てもいいだろうか」
「いいですよ。試着もどうぞ! 私も、彼にはそれが似合いそうだなと思います」
「えぇー
……」
本気か? この二人。そんなチャラチャラしたの、おれには似合わないと思うけど。
不満をあらわにしたソリをよそに、グッドウィンはティアラを手に取った。片方の手に冠を、もう片手に飾りのチェーンを垂らして。
「チャームにあしらわれているのは木の葉の形だね。これがいい」
「そこを目に留めてくださって嬉しいです! それは、ウッドランドの乙女をイメージした作品で」
「やっぱ女の子用じゃん
……」
銀で形作られている木の葉は、小指の爪ほどの大きさだ。それが、ティアラをつなぐチェーンに不揃いにぶら下げられている。見た目は凄く綺麗だと思う。だからこそ、自分に似合わないと思ってしまうのだが。
が、ソリの呟きを聞き、店主は小さく首を振った。
「ウッドランドといえば深い森です。森で生きる狩人の乙女は、研ぎ澄まされた精神と肉体を持つと聞きます。森の調停者というべきか
……狩る者だからこそ命の重みを知っている、崇高な人々というべきか
……なので、冠の高さも控えめにして、森を歩く時にも邪魔になりにくいあっさりとしたデザインにしました」
熱く語る女店主に、グッドウィンが深く頷いた。
「そのような思いが込められていたとは。教えてくれてありがとう。彼の住まいはウッドランドだ。ますます良いと思えたよ」
「でも、おれは狩人じゃねーし。お姉さんが言ってるのはウッドランドでも中央から西寄りのもっと深い森のことだと思うぜ。ウィッシュベールはかなりフロストランド寄りだ。狩人が多いには違いねーけど」
「君の兄上も狩人だったな」
「フェンさんか?」
「そうだ」
「ああ。フェンさんは狩りが上手いぜ。少なくともおれよりはな」
じゃあ、フェンさんにこのティアラが似合いそうか? と考えてみるも、やはりしっくりこない。兄貴分の髪も長いが、こういう繊細なデザインより布のヘアバンドとか羽飾りとかそういうやつの方が良さそうだ。腕組みをして目を閉じ、唸る。グッドウィンと女店主のセンスがわからない。
「我がこちらを選んだ理由は、この落葉を模した意匠だ。ウィッシュベールを思い出させる」
グッドウィンがチェーンを持つ手をソリの顔に向けた。さら、と手のひらの上を飾りが滑る。銀の木の葉がいくつも、彼の手の上に落ちていた。
「葉っぱ
……?」
「街の中を歩いていると、森から木の葉が舞ってくる。街の中にも木が多い。自然を愛し愛される、いい街だ」
「へへ
……」
それは、自分が褒められたみたいに嬉しかった。家や施設を増やしつつも、木と植物を減らしすぎないよう気をつけている。なぜって、自分も森の中が好きだからだ。
「そして冠。ウィッシュベールの王たる君に是非とも」
「お兄さん、王様だったの?」
グッドウィンの言葉を真に受けた女店主が目を丸くする。目を丸くしてしまったのはソリ自身もだった。
「おいおい、おれはそんなんじゃねえよ。ウィッシュベールはみんなの街だ」
劇作家だからって大袈裟にも程があるってもんだ。ソリは慌てて否定し、手と首を振った。けれど、グッドウィンはその素振りさえも満足そうに見て一人で勝手に頷いていた。
「そう思える者こそが、先導者であるべきだよ」
「
……ん」
自分がそうかどうかは置いておくとして、これまで見てきたたくさんの街、国、組織
……そこでトップに立つ者たちのことを思い返していた。習うことは多いと思う。だけど自分が彼らと同じ立ち位置かというと、絶対そんなことはない。
「ソリ」
「
……?」
「こっちを向いてごらん。つけてあげよう」
「あ、ああ
……」
まだ少々腑に落ちない。だが、あたたかい声色と優しい青い瞳に語られ、嫌な気にはならなかった。面と向かい合うと、目を開けているのが不自然に思えて、目を閉じる。
髪の結び目に、ティアラの櫛の部分を差し込まれ、頭が引っ張られたような感じがした。耳のそばでチェーンが流れる音がする。
「出来上がりだ。うん、思った通り」
「まあー
……! 素敵! ポニーテールに合わせてもらうとチャームがこんなに映えるんですね」
そ、そんなに
……? 女店主が興奮に顔を赤くして大きな声を出した。彼女は慌てた様子で棚の裏側を探り、手鏡を二つ取り出す。そのうち一つをソリに渡し、もう片方を両手で支えてこちらに向けた。
「鏡を合わせれば後ろ姿や横も確認できますから、見てください」
「えっと、どうすんだ?」
「頭より後ろに来るように鏡を持って
……あ、そうです。そうそう、それで、私が持っている鏡に映っている、あなたの鏡を見てください」
「おお
……!」
びっくりした。自分の髪が濃い色だから、銀色に光る落ち葉が凄く綺麗に見える。髪の流れに沿って緩やかにこぼれていく木の葉。冠は思ったより目立たず、髪の結び目を囲って隠しているように見えた。凄くさりげない。リシャールの冠の四分の一も無いだろう。それが、とても良い。悔しいけど、これは
……似合ってる、のかも
……。
「グッさん
……おれの負けだぜ
……」
「一体何の勝負が
……⁉︎」
「おれに合うとか合わないとかの話
……」
自分でも良いなという気になってきて、鏡を何度も見てしまう。こんなの初めてつけた。フェンさんとかスティアが見たらなんて思うかな。そう考えると、ちょっと恥ずかしい気もしてくる。この人たちみたいに、似合うと言ってくれるだろうか。
買ってみようかなあ、ソリがそこまで考え始めた時、グッドウィンが朗らかに笑った。
「うむ! 我の目に狂い無し! ご主人、このまま買い取らせてもらおう」
「わあ、ありがとうございます! 外しちゃうの勿体無いと思っていたので、私もとても嬉しいです!」
「え、ええっ」
迷う時間はなかった。盛り上がったグッドウィンと女店主が二人だけで会計を済ませ、ソリは置いてけぼりをくらってしまった。
「さあ、他の露店を見にいこう」
「あ、ああ
……」
至極ご満悦のグッドウィンに肩を叩かれ、女店主に手鏡を返す。やばい、いくらだったんだろう。そんな安くないと思うんだけど。
「い、いいのかグッさん。買ってもらっちゃって」
「我は君からブローチと次回作へのご期待をもらった」
お返し、ってことか。なんて粋なことしやがるんだ。嬉しくなっちまう。
装飾品の店を出て、人の波に混ざる。髪飾りは、あることを忘れてしまいそうなくらい髪に馴染んでいた。隣を歩く劇作家が、横目に頭の上を見ている。
「日差しの下はより一層良いな」
「グッさんの見立てがいいからだろ。ありがとな」
「それをつけて、さっきの劇の主演をやってもらうのもいいかもしれない」
「令嬢っつったじゃん。おれじゃだめだろ」
「男性が女性を演じてはいけないという決まりは無いよ。ああ、お嬢様だと思っていたのはご令嬢本人だけで、実は男子であったというのも面白いか」
「っはは、それは盛りすぎじゃねえか?」
そんな話をしながら、露店街を歩いた。グッドウィンと買い物をすることになるとは思ってもみなかった。すごく楽しい。次はどんなものに出会って、どんな話をしてくれるんだろう。
*
その後もゆっくり露店を見て歩き、ついに最後の一角へ来てしまった。二人が最後に立ち寄ったのは、素材屋。ストーンガードから仕入れた調合素材が主な売り物らしい。薬の材料になるハーブが平たい机の上に種類ごとに分けて陳列されている。
薬の材料は薬師たちが自分たちで揃えていて、こちらでは口出しする必要がない。素材商はその他にも、仕入れの副産物として石材や木材も扱っていた。
ソリは、それはウィッシュベールのみんなのおかげで間に合ってるなあ、と屋台の奥に並べられた見本を見てすぐに思った。グッドウィンはハーブにも資材にもそもそも興味がないのか、さらっと目で撫でただけである。
「木材、石材、布と鉄もあんのか
……どれも上等だな」
「おっ、お兄さんはそっちの素材の方に興味があるのか。質をわかってくれて嬉しいぜ」
「ああ。幼馴染が大工でさ。今は素材に困ってはねえんだけど、足りないことがあったら頼らせてくれよ」
やんわりと今は必要ないことを伝え、露店を去ろうとした。が、素材商の男が「また来てくれよ」と椅子に腰掛けた瞬間、目に飛び込んできたものがあった。
「あっ、あれ
……!」
「うん? なんだ、ソリ」
商人の背後の棚に、金色の鉱石がある。見間違いでなければ金の塊だ。金のインゴット。様々な装飾品の加工に使われる、最高級素材。あまり流通しているものでなく、探していた素材の一つだ。ソリは指を差してグッドウィンに金のインゴットの存在を伝えた。隣から、おお、と感嘆の声が上がる。
「店主さん! あれも売り物か?」
「ああ、もちろん」
「いくらだ?」
「六万リーフだぜ」
ろ
……
六万
……。
ソリは伸ばした腕を戻し、そのまま額を押さえた。足りない。値切り交渉したとしても、たぶん足りない。今の財布の中身は二万五千と少し。なんてことだよ。せっかく見つけたってのに
……。
「ソリ
……?」
額に手をやったまま俯いて固まっていると、グッドウィンが心配そうに小さな声で名前を呼んできた。ちら、と顔を見上げる。空の色の目が不安の色に曇っていた。
「ちょっと、買えなそうでさ
……」
「そ、そうなのか」
せめて三万あれば交渉にも強気で出られるのにな
……と思う。交易でまれにウィッシュベールに入ってくる時だって、六万はない。ダメ元で聞くか? それにしても元手が薄すぎるだろ。
今日に始まったことじゃないが、欲しいものがあるんだったらもう少し考えて金を使うんだった。自分の金の管理の問題だ。それにここで有り金全部はたいたら、帰りの日までの飯も食えないんだった。最悪だ。余計買えないじゃん。
「ソリ
……元気を出してくれ」
背中をそっと撫でられる。顔を上げたソリの前にぺちゃんこの財布を持った大きな手があった。
「我の財布はこの通り。資金を貸すには心許ない」
「ああ、いいんだぜ。気にしないでくれ、グッさん。おれの金の使い方の問題だから」
ため息が出てしまう。これだから金が無いってのは嫌だ。嫌だけど、自分のせいでしかない。それで仲間に辛気臭い顔見せて心配されてちゃ、ほんと世話ないぜ。
この話はやめよう。そう言おうとして息を吸い込んだ。
「ソリ、その髪飾りを売れ」
「
……は?」
グッドウィンは優しく笑ってそう言った。演技じゃあないと思う。この人は演じる時とても大きい声を出す人だから。
「本物の銀細工だ。それは我が保証しよう。君の手腕なら、買い値より高く売れるかもしれない。そうしたら、金のインゴットが買えるのではないか」
「
……売る?」
意図せず声が震えてしまった。何言ってんだグッさん。
「君は装飾品を好まないというのに、押し付けたのは我の自己満足。ウィッシュベールのために役立ててもらえるなら、嬉しいことさ」
「
……わけないだろ
……」
グッドウィンが首を傾げる。よく聞こえなかったらしい。自分でも上手く声が出せなくてびっくりした。この人のばかみたいな優しさにも腹が熱くなるし、自分のわがままさにも血管が切れそう。
「できるわけないだろ! おれのこと考えて買ってくれたもんを売るなんて!」
「ソリ
……!」
「これ売るくらいなら金塊とかマジでいらねえから。馬鹿なこと言わないでくれ」
「ソリ
……! 我は
……感動しているッ!」
ガシッと両手で手を握られ、力任せに握り返した。グッさん、手がでかい。
「我も
……我も思いは同じ! 君がくれたシナリオは、何にも代えられぬ!」
「グッさん
……!」
キラキラしてる。目が、ものすごく。熱く視線を交わす。言われなくても、何が言いたいか今ならわかる!
「ソリ!」
「グッさん!」
「歌おうぞ!」
青春の詩〜お金が足りない〜
グランポートの露店街。煌めく日差しに爽やかな波の音。
ソリとグッドウィンは散策の途中、貴重な素材、
金のインゴットを素材商の元で見つけた。
【歌唱】
グッドウィン:欲しい〜金色の〜延べ棒〜
ソリ:インゴット インゴットー
グッドウィン:夢を見るのさ〜輝く未来〜
ソリ:農具! 収納箱!
グッドウィン:足りない〜インゴット全然足りないよ〜
ソリ:ねこ! たこ! てんびん!
グッドウィン:したい〜金色に〜染めて〜
ソリ:グレードアップ! グレードアップ!
グッドウィン:けれど〜お金が〜足りな〜いの〜さ〜
ソリ:ビフェルガーン!
(セリフ)
素材商「あんたたち、金のインゴットが欲しいのか?」
ソリとグッドウィンは素材商に向かって頷く
【歌唱】
グッドウィン:心踊る街〜海とバザール グランポート
ソリ:珍品 絶品 一期一会!
グッドウィン:友の笑顔 胸に描けば〜金など惜しくない〜
ソリ:あ、これくださーい!
グッドウィン:我らが手にしたもの〜そ〜れは〜
かけがえのない〜友情〜
(セリフ)
ソリ「髪飾り嬉しかったぜ、グッさん!」
【歌唱】
グッドウィン:みなぎ〜る〜熱い思い〜
きらめく〜金塊〜
(セリフ)
素材商「買うのか? 買わないのか?」
【歌唱】
グッドウィン:すごく〜欲しい〜
ソリ:でーもー
(セリフ)
グッドウィンとソリ「また今度にします」
背筋を伸ばし、二人揃って素材商に頭を下げる
「あら、歌劇?」
「あの若い男の子、ティアラつけてるわ。かわいい!」
「おじさまの歌声も素敵よ。なんて響く声なのかしら」
素材商の露店の前に、人だかりができていた。皆、目を輝かせ、二人の舞台を見ている。その観客の中の、誰かが叫ぶ。
「アンコール!」
手のひらを叩く音がざわめきの中に混じる。それはどんどん大きくなり、露店街の一角を埋め尽くした。
*
「あ
……」
海風に、美しい金糸が揺れる。歌姫は片手で顔の横の髪をそっとよけ、耳に手を添えた。
「どうしたー、シアーシャ」
「感じる
……」
フェンは仲間たちと別行動の時間を、露店街の隣にある砂浜で過ごしていた。教会の前の、小さな砂浜だ。なぜかというと、この歌姫が風を感じたい、などと言い出しふらふら一人で歩き出したからだ。
シアーシャだって大人の女性だ。一人でいても問題ないかもしれない。だが、どうも一般的な女性と比べてふわふわしているように見え、フェンには気掛かりだったのだ。
波打ち際で風を感じている歌姫を後ろから見守り、フェンはそこにいた野良犬と戯れていた。人懐こくて愛嬌のある、黒い犬だ。
砂浜に屈み、犬のために棒切れを投げてやりながら、喋り出した歌姫を見上げる。
「ああ
……感じる
……明日への無根拠な希望
……」
「お、おう?」
完全に一人の世界か? 歌姫が翠色の衣装を翻し、そよ風のように横を通り過ぎる。彼女の足は露店街の方へ向いていた。
「♪風が教えてくれる いのちの輝き」
「お、おいおい、待て待て! 俺も行くから!」
透き通る歌声と共に、歌姫は人混みをすり抜けていく。心ここにあらずみたいな状態なのに、ひらひら踊って誰にもぶつからない。踊子ってすげえ
……。いや、感心してる場合でもねえな。
「な、なんだ
……?」
シアーシャを追っていくと、人で壁ができるほど盛り上がっている場所があった。歌姫が立ち止まったので、フェンもその隣に立つ。
「♪共にゆこう〜 明日のために〜」
「♪明日はきっと いいことあるさー!」
派手な格好と派手な頭のやつが、歌っていた。どちらも見覚えがある。というか、身内だ。何が起こっているのかすぐに受け止められず、とても変な顔をしてしまった。
「な、何やってんだ、あいつら
……」
「
……今行くわ
……私のパートナーたち
……」
「えっ、おい
……!」
劇作家と弟分の歌に合わせ、歌姫がハミングしながら踊り出した。彼女の声はすぐに人目を集める。壁になっていた人が歌姫のために道をあけ、歌姫は当然のように舞台へ上がった。
そこからはもう、お祭りだ。一体全体、何がどうしてこうなってんだ?
「わう!」
「おっ
……お前も来たのか」
浜辺にいた黒い犬が、足元で尻尾を振っていた。嬉しそうに吠えた口から、棒切れが落ちる。棒切れを拾ってやると、犬は目をキラキラさせてフェンの隣に座った。
わんこ、お前も歌、聞いてんのか。みんな、歌に夢中だな
……。
露店街はいつにも増して活気に満ちているように見えた。
商売の邪魔になってやしないか、と思いきや、奴らが立っている店の商人らしき男もなぜか一緒になって歌っている。
考えることを放棄したくなる。頭の中が熱っぽくて、世界が眩しくて、ふわふわだ。
「俺も
……歌ったほうがいいのか
……?」
……。
いやいやいや、どうやって収拾つけんだよこれ!
ソリくんのティアラ参考画像