憂依
2026-02-06 00:20:03
3773文字
Public さのぱち
 

けだものたちのこい 進捗①

某所のスレで投稿していた話の加筆修正版をちまちま書いてます。
一番最初が一番あやふやなのでめっちゃ苦労してる……。

恋とは、愛とは、いったい何なんでしょう。
誰もそれを教えてくれなかった。
誰もそれを与えてくれなかった。
正解を示してくれなかったから、自分の中で思い描くことしかできなかった。

それはきっと、何よりも美しくて。
それはきっと、何よりも輝いていて。
それはきっと、何よりも綺麗な想いなのでしょう。

だから、間違いなく。
この胸に宿った想いは、恋でも愛でもないのです。


 * * * *


サーヴァントにはマイルーム当番というものがある。
簡単に言えば、マスターの私室の留守番役である。マスターの留守中に部屋に忍び込もうとするものを追い払ったり、自室でレポートを書いているマスターの監視をしたり、マスターの話し相手になったり。役割としてはそんなものだが、実際はカルデアに来たばかりのサーヴァントとマスターの交流を深めるための措置のようなものらしい。
なので、当番になったサーヴァントには必ず同じ質問をする。好きなもの、嫌いなもの、聖杯について、主従について。そして、マスターをどう思っているか。

「マスターのことですか? ええ、好きですよ」

問いかけると、今日の当番であった原田左之助は何ともあっさりとマスターである藤丸立香への好意を口にした。あまりにも自然と口にするものだから、聞いた方である藤丸が思わず照れてしまうくらいだ。
驚いて言葉を失ってしまった藤丸に、自分の発言が誤解を与えたと察したのだろう。すぐさま原田は訂正した。

「ああ、いや、そういうんじゃなくて。人として、ってことです。嫌いな奴の下で働くのは、シンドいもんですからねえ」
……あ、そういう意味!? そっか、そうだよねえ! び、っくりしたあ……

思わず藤丸は胸をなでおろした。
普段サーヴァント達から男女問わず好意を向けられることが多いため、自然とそっちに発想が飛んでしまっていたのだ。自意識過剰と思われるかもしれないが、そのせいでトラブルになるよりはずっといい。

「うん。でも、好意を持ってくれるのは素直に嬉しいよ。ありがとう、原田さん」
「カルデアのサーヴァントなんて、皆マスターのことを好きな奴ばっかじゃないんすか?」
「いやあ……。色んなサーヴァントがいるからねえ。利害の一致で協力してくれてる人もいるし。カルデアを出し抜いて悪さしようとする人とか、悪意なく騒動を起こす人とかも少なくないからなあ……

これまでカルデアで起きた騒動を回顧する。
本当にいろんな事件があったなあと、藤丸は遠い目をする。

「色んなことがあったんすねえ。もしよかったら、俺にも聞かせてほしいっすね。特に、新選組の奴らが関わってたことの話とか」
「勿論!」

最近カルデアに来たばかりの原田に、藤丸は喜んで話を聞かせた。
一番最初に沖田と信長が来た時の話から始まり、ぐだぐだサーヴァント達が関わった特異点や、彼らが関わった日常のささいな話まで、思いつく限りの話をしていった。
原田は聞き上手なのか、時に静かに、時に相槌を打ちながら、藤丸の話を聞いていた。
特に、邪馬台国で芹沢鴨が信長の姿をした巨大な埴輪でカルデアを追い詰めた時の話や、伊東甲子太郎と服部武雄が今川義元に協力して空飛ぶ五稜郭を要塞にした時の話などは、かつての知人が関わっているからかその内容に半信半疑になりながらも真剣に聞いていたものだ。
そんな中で、原田が特に反応を示したのは同じ新選組である永倉新八の話をした時だ。
原田が来る前から、親友である原田の噂を永倉からかねがね聞いていたので、原田も親友のことが気になるのだろうと、無邪気に藤丸は永倉のカルデアでの話を語った。

「そういえば、永倉さんとは映画も見に行ったんだよね。見たのは、ダ・ヴィンチちゃんのおススメだったけど」
「マスター、新八と映画見に行ったことがあるんすか?」
「うん、そう。バレンタインデーの時に、永倉さんにチョコのお返しに映画に誘ってもらったんだ」
「はれんたいんでい?」

思わず首を傾げた原田に、ああ、と藤丸は得心する。
カルデアでは恒例行事のために失念しがちだが、過去の英霊に取ってバレンタインデーは馴染み深いものではない。まして、日本の英霊ならなおさらだ。更に、現代のバレンタインデーの風習などもっと知る由もないだろう。サーヴァント達は現代に関する知識は座から最低限与えられるとはいえ、バレンタインはその限りではないということを藤丸はこれまでの経験で知っている。
だから、藤丸は簡潔に、バレンタインについて原田に説明した。
2月14日は好きな相手にチョコレートを贈る日であり、贈られた側はそのお返しをするものである、と。実際にお返しが行われるのは3月のホワイトデーなのだが、カルデアでは1か月後の予定も未定なため、チョコのお返しは即日が基本になっている。そのため、チョコを贈ることとお返しを贈ることはセットになっていた。

「バレンタインデー……。成る程、今はそう言う風習があるんすね。そのお返しにデートで映画を……。それじゃあ、マスターは新八のことが好きなんですか?」
「そりゃあ勿論……。あ、この好きは仲間としてって意味だからね! お世話になってるお礼もかねて、サーヴァントの皆には毎年チョコを贈る様にしてるから、年々数が増えて大変なんだよねえ。次のバレンタインには原田さんにも送るから、期待しててね」
「うす。ありがとうございます」

バレンタインの話はここで終わったが、この時、原田はとんでもない勘違いをしていた。
原田はマスターの説明を聞いて、『好きな相手に贈り物をし、そのお返しをする』工程があるのなら、お返しをするということは貰った相手に当然好意を抱いているという認識を抱いた。
そして、永倉はそのお返しにいわゆる逢引を行い、彼の最も好む活動写真……現代風に言うなら映画鑑賞を選んだのだ。その本気度が伺える。仲間に対する贈り物に対して、お礼に逢引を選択するのはあまりにも過剰過ぎる。
つまり。

(そうか。新八の奴、マスターのことが好きだったのか……

永倉がマスターに対して本気の好意を抱いているからこそ、そのようなお返しをしたのだと彼は思ってしまった。
思い込んでしまった。

(ああ。それは、いいことだ。マスターは良い人だ。あいつが好きになるのも分かる。それなら、うん。俺も応援してやらねえとな)

己の親友に対し、心の底からエールを送り、陰ながら彼の恋を応援してやろうと、原田は決めてしまった。
それが、とんでもない勘違いだと気づくこともなく。


…………その、少し前のことである。
マスターのマイルームを尋ねてやってきた彼は扉をノックしようとして、室内から聞こえてきた声にピタリと動きを止めてしまった。

『マスターのことですか? ええ、好きですよ』

それを聞いた瞬間、全ての思考が吹き飛んだ。
心臓が冷えていく。喉の奥が引きつって、足元がひどく不安定になる錯覚を覚えた。
己の世界がぐらりと歪む。
これ以上聞いたら、自分が冷静でいられる保証がない。そんな確信があった。だから、考えるよりも先に足が動いてその場を走り去っていた。
何をしているのか自分でも分からない。なぜあの場を逃げ出したのか分からない。
何も考えられなくなって、これ以上先を聞きたくなくて、気づけば、自分の部屋に戻っていた。
閉じた扉の背中を預けて、永倉新八はずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
捨て去った心が悲鳴を上げている。忘れていた衝動が何かを叫んでいる。それらすべてを見ないふりをして、先ほどの出来事を反芻する。

「左之助が、マスターのことを好きだって……

原田は男が好きだったのか。男を好きになれる人間だったのか。
そんな思考が頭に浮かんでは振り払う。なぜ、こんなことを考えたのだろう。

(ついあの場から立ち去っちまったが、あいつ、マスターのことが好きなのか……

酷く、驚いた。そんな素振りなど永倉が知る限り欠片も見せていなかったから、想像すらしていなかった。
そもそも、彼には生前妻も子もいた。永倉は今でも原田は家族を想っていると当たり前のように考えていたが、そうではなかったらしい。
サーヴァントとは第二の生だ。このカルデアで、新たに恋に落ちるのも不思議な事ではない。

(マスターは信頼できる人間だ。左之助が好きになるのも分かる。……けど、なんで)

親友が好きになったのなら、それを応援するのが当然だ。どうして、こんなにも胸がもやもやするのだろうかと、永倉は首をかしげる。
己の行動が理解できない。己の心が判別できない。
ずっと胸が苦しくて、世界の輪郭があやふやで、今すぐあの場に戻って■■■■を■したくなっている。
親友であるのだから、原田がマスターを好きになったというのなら自分はそれを応援してやるべきだ。なのに、どうして。
こんなにも、自分は悲しい気持ちになっているのだろう。

(左之助が誰を好きになったって、俺には関係ないのに)

己の親友に対し、なぜか物悲しい気持ちを抱えながら、それでも彼を応援しようと、永倉は決意する。
それが、とんでもない勘違いだと気づくこともなく。