いを
2026-02-05 14:15:02
1535文字
Public くらくら
 

花を灼く夢

鵼と⚫⚫⚫⚫

 俺がいくつのときから灰届区にいたのか、今となってはわからないことだけれど知っていることは知っているし知らないことは知らないし分からないことは分からない。そんな当たり前のことをひとはうやむやにしてしまいますね。知らなければ学び分からなければ尋ねればよいのだと思うのですがそれをお伝えすると顔を顰めてしまう方々もいらっしゃいます。学ぶこと自体に嫌悪感をあらわにしている方。良い悪いは言えません。ひとには得意不得意がありますから。ただ俺はできるだけ善く生きたい。善く生きるために哲学をする。それが当面の指針です。けれどまあそうもいっていれないような状況になってしまいましたが。困りましたね。忙しくて寝るひまもないというのはまだ分かりますけれどもむざむざ与えないというのはいただけません。組織ですから右に倣えも時に必要なのでしょうがそこにはたして意思があるのか?
 ◆◆
 ははぁ。恋ですか。
 俺に一番というものがあるのかどうか不明です。俺が一番になれるのか、あるいはなるのか。
 知性と理性があってはじめて恋というものができるのだと思います。俺は経験したことはないのですけども。一般論です。あなたが俺を見ているように、俺もあなたを見ている。そうやって重ねていくことによって、刷り込みというのでしょうか。ふと、あたらしい靴を履いて唯一そのひとに見せたくなったり、きれいな景色を共有したくなったり、そういったすてきな時間にそのひとをそっとこころに思い浮かべることができるのなら、きっとそれが恋です。まああなたが恋だと思ったのならそれは恋なのでしょう。大丈夫だれも否定しません。こころを否定されることは悲しいことですからね。俺も、あなたを否定しない。刷り込みなんて言葉言わなかったほうがよかったでしょうか。でも見てほしい感じてほしい。そういう身勝手な気持ちもまた人間らしさです。
「だからといってこれは殺人罪になってしまいますね。恋はひとをも殺してしまう。恐ろしいものです」
 俺がいくつのときから灰届区にいたのか、今となってはわかりません。証明しようにも俺をさらった女性ひとはもういないから。学ぼうにも尋ねようにも彼女はいない。どこにも。俺が彼女に恋をしていたのかと問われればいいえと答えます。それはもう胸を張って。けれども彼女がいたから善く生きたいと願えるようになったので、お手本にはなったのかも。そしてDNA上でも戸籍上でもまったくの赤の他人である彼女を定義づけるのならば俺はこう呼びます。
――お母さん。
「恋多き女性でした。人一倍悩み、人一倍苦しみ、人一倍幸せを求めたひと。けれど彼女は結局自滅してしまった。あなたを殺してわたしも死ぬ――を実現させた、なんて本能と知性に忠実だったのでしょう。足りなかったのはなんだったのか考えました。答えはでません。知性はあったし理性もあった。それなのに殺してしまったのです。そしてその手で自らを殺した。俺は、どうあるべきだったのでしょう。彼女を、どんな言葉で支えたらよかったのでしょう。研究員になれば多少なりともひとを害する・・・・・意識というものを理解できるかと思ったのですが……
 残念です。ねえお母さん。俺はやさしい生きものになりたかった。だからカウンセラーになった。やさしいだけでは生きてゆけないのですね。知れば知るほど捨てざるを得ないものがあることを知ってしまったから。捨ててからだがかるくなったら俺ももしかするとそちらにゆけるのでしょうか。
「それではただいまからあなたの記憶を消します。署名サインはいりません。俺のことも、あなたはきっと忘れてくれるから」
 もし覚えていたらはじめましてからやり直しましょうね。