ながひさありか
2026-02-05 00:49:29
4101文字
Public STR-Phaidei
 

長い長い日と長い長い夜を

0回目。出会ってすぐあとあたり。
What the Ripple Seesを見て出力されています。

……蜂蜜をかけすぎじゃないか?」
 一口にしては随分と大きなパンケーキを口に運んでいたメデイモスは、カスライナの言葉にぎろりと視線を向けた。
テーブルの上にはかなり大きめの蜂蜜の瓶が置かれていて、運ばれて来た際には満タンだったそれは、今や半分ほどになっている。瓶にぶどうのマークがかかれている通り、ぶどうの香る蜂蜜だった。
 メデイモスはカスライナを睨みつけただけで何も言わず、パンケーキをばくりと飲み込み、時間をかけて咀嚼すると、ザクロジュースで完璧に流し込んでから「人の嗜好にケチをつけるな」と諭すように口にした。

 夕食前に少し甘いものが食べたい、と定期的にハニーケーキの宣伝を行っているカフェに寄ったメデイモスは、数分前に店を訪れらしいカスライナに「あれ、君もおやつを食べにきたのかい?」と声をかけられた。その問いかけを無視するか数秒悩んでいると、親しげに声をかけてきた男のせいで店員に気を使われてしまい、カスライナと同席にされてしまった。
 おやつ時の店内は混んでいて、カスライナの向かいに座るのでなければ、半時針は待たなければならなそうだった。のんびりとおしゃべりをしているオクヘイマ市民を、王族のために店から追い出すような店員はこの店にはいない。ここはあくまで庶民的な店で、オクヘイマ貴族御用達ではない。メデイモスとて己の特別待遇を望むわけもなく、分け隔てない接客にむしろ好感を抱いていた。
 とは言え、肩書き上は同僚と言って差し支えない男の席へ案内されるのにはやや文句を言いたくなってしまったが「僕も結構待ったんだ。せっかくだし座ったらどうだい?」とにこやかに言われてしまえば、誘いを断るのは少し嫌味に過ぎる気がした。
「別に君の好みにケチをつけたわけじゃない。意外だなと思っただけだよ。甘いもの好きじゃなさそうだって言われないか?」
「言われたことはない」
「え、本当かい? ……ああでもそうか、君は王子様だから、クレムノスの人たちは畏れ多くてそんなこと言えないか」
 カスライナはメデイモスに言いたいだけ言って自己解決すると、ようやく自分のはちみつクレープに手をつけた。来週いっぱいはぶどうフレーバーの蜂蜜が季節限定メニューらしく、カスライナのクレープからもぶどうの香りがしていた。
「新兵」
「おっと、約束と違うな。僕が勝ったら《救世主》って呼ぶ約束だろ?」
…………《救世主》」
「そんなに嫌そうな顔しなくても。……でも意外と義理硬いんだな。なんだい?」
「貴様は、何故俺に声をかけた」
 ナイフでクレープを切り分けていたカスライナはメデイモスの疑問に、ぱちぱち、と青い瞳をまたたせ、不思議そうに首を傾げる。
「何故って、同僚だから?」
 同僚、の言葉にメデイモスは片眉を跳ね上げたが、カスライナは気にせずにクレープをつつく。
「それに、火を追う旅を続けるうちに僕たちは幾度となく肩を並べるかもしれないし、背中も預けるかもしれないじゃないか。だからなるべく早く仲良くなっておきたい、と思うのは君にとってそんなに不思議なことかい?」
「戦場以外で慣れあう必要性を感じない」
「うーん、それって僕がクレムノス人じゃないからか?」
……どういう意味だ?」
「どうもなにも、だって君の率いるクレムノスの孤軍はかなりの統率が取れてるんだろう? 君の命令に逆らう兵はいないって話だし、それってつまり、普段から君と君の兵の間にはある種の信頼関係があるってことだろ。君は王子として兵たちの暮らしのことも良く知っているんだろうし、全員は無理でもリーダー格の性格や戦闘スタイルは熟知してるんじゃないか?」
 カスライナの言葉は淀みなく、すらすらとメデイモスの思考を読んだかのようだった。メデイモスは眼前の軽薄そうな笑みを浮かべたまま、ぺらぺらと話す男の瞳の奥に、冷たくメデイモスを分析するような光が宿っていることに気付いた。どうやら見た目通りの軽い男ではないようだ、とファイノンの双眸から逃れるために、手許へ視線を落とす。
ホットケーキを切り分けながら、「それを言うのであれば、貴様から暮らしだの嗜好品だの開示してみせてはどうだ」と続ける。
「貴様が俺と肩を並べる実力があるのかどうか、まだ俺は知らん。アグライアやトリスビアスの過大評価の可能性だってあるだろう、オクヘイマには我がクレムノスの民とは違い、腑抜けしかいないはずだからな」
 メデイモスはパンケーキを口にし、ふん、と鼻を鳴らす。
 蜂蜜シロップでひたひたになったパンケーキの甘さが脳に染み渡り、鍛錬での肉体的疲労と、元老院とクレムノス人の生活や待遇について話しあったり、オクヘイマ市民との歴史的軋轢による細かい諍いを諫めたりで蓄積した精神的疲労が多少は癒えて行く気がした。
「確かに。この間は決闘せずに勝敗を決めることになったし、ここ一週間は珍しく平和だ。君が僕の実力を知らないように、君だって僕の力量は知らないな。それに、僕はオクヘイマ人ではないけど、既に聖都の一員だ。『腑抜けしかいない』なんて言われるのは心外だよ。そういうわけだから、明日何もなければ決闘しないか? 手合わせでもいい」
「いいだろう。吠え面をかかせてやる」

   *

「決着がつかなかったと言うのに、何故お前の言うことを聞く必要がある」
「おかしなことを言うな。君は僕に負けないと言ったけど、勝つことはできなかっただろ? だったら、『僕が負けなかったら一つ言うことをきいてくれ』と言った約束を守るべきだ。まさかクレムノス一の戦士がたかが剣士に勝てなかったからって、約束を反故にはしないよな?」
 ああいえばこういう男だ、とメデイモスは眼前の男の妙なかたくなさと屁理屈にため息をついた。まるで舌から産まれたかのような男とこれ以上言い争うのも面倒になり、「今回は折れてやる」と頷くと、アグライアに住居と共に与えられた石板をカスライナに差し出す。
「まだ操作に慣れていない。連絡先を登録したいのであれば、お前がやれ」
 しかしカスライナは差し出された石板をすぐには手に取らず、ええと、と困惑の声を上げた。
「君、案外不用心だな。僕が君のメッセージや通話履歴やディアディクティオの閲覧履歴を勝手に見たらどうするんだ?」
「見られて困るようなやりとりはしていない。お前たちオクヘイマ市民はクレムノス人を疑っているのだろうが、俺は王位継承者として金織と交わした契約を違えはしない」
「前にも言ったと思うけど、僕はオクヘイマ出身じゃないから、君たちと聖都市民との歴史的軋轢については正直なところあまりわからないんだ。僕にとってクレムノス人は基本的に書物の上でしか知らない人々で、強い戦士が多い都市というか、身内の結束が強いんだろうなとか、まぁ、そのくらいの認識さ。そりゃ、初めて会った時に『クレムノス人』って呼んだのは悪かったけど、仕方ないだろ? オクヘイマでは嫌と言うほど悪口を聞くから……
 唐突にばつの悪そうな顔をする男を、メデイモスは無言で石板を差し出したまま、妙なやつだな、と無表情に見つめた。ほんの数秒前まで飄々と軽口を叩いていたくせに、反省の色を顔に浮かべ、気まずそうに視線を彷徨わせている。
(新兵、と言うのは確かに正しいようだ)
 アグライアに勝敗の条件を提示された際、相対する男については軽く聞いていた。救世主だなどと大層な名を背負ってはいるが、歴戦の猛者と言うわけでもなく、オクヘイマに来てまだ日の浅い若い男で、大した戦争も経験していないらしい、と。
 それにしては随分と筋がよかったが、とメデイモスは三日三晩、決着のつかなかった決闘を思い出していた。決闘が中止されたのは互いの体力が尽きたわけではなく、近隣都市からの救援要請があったからで、カスライナは聖都防衛を、メデイモスは救援隊の指揮を担当するためだった。
 そうして市民を保護し、帰還した翌朝、市場で出会った男に「決闘前の約束を覚えてるか?」と問われたのだ。
『僕が負けなかったら連絡先を交換しよう』
 なんだそのふざけた約束は、と失笑したメデイモスに、カスライナは瞳と口角を吊り上げた生意気な表情で「まあ、君が僕に負けなかったら連絡先を教えてあげるよ」と宣った。
 いらん、とメデイモスが応え、両の拳を合わせて打ち鳴らしたのが決闘の合図だった。
 ――メデイモスは回想から浮上し、未だに石板を受け取るべきか悩んでいる男の胸に、ぐっと石板を押し付け、握らせる。
「そんなことはもう気にしていない。そもそも、お前は俺たちに随分と好意的だ。その自覚もあるだろう」
「好意的というか、前にも言ったけど、同僚なんだからなるべく仲良くしたいと思っているだけだよ。エスカトンのこの世でいがみ合うことに意味なんてないと思わないか? 勿論、過去に君たちとの戦争で悪いイメージを持ってる市民が多いってことも理解はしてるけど、少なくとも僕には関係のないことだ」
 気まずそうにしつつ石板を受け取ったカスライナは、「パスワード解除してくれよ」とメデイモスに再度端末を向け、顔認証でロックを解除する。
「殊勝なやつだ」
「石板をこんな簡単に他人に預ける君よりは、殊勝じゃないと思けどね。……これでよし。また決闘がしたくなったりしたら連絡してもいいかい? それともそう言うのは直接が好みかな。あるいは通話? ああそれと、よければ手合わせも今度して欲しい。平和だったら決着がつかなかった決闘もしたいし」
……どれも好きにしろ。気が向けば相手をしてやる」
 一気に捲し立てる男から端末を受け取ると、メデイモスは無表情に、簡潔にそう答えた。
 直接来るのでなければ、どの連絡も望みにも答える気はこの時はなかったが、直接来るのであれば、相手をしてやるのも吝かではないと感じていた。
 決着のつかなかった決闘は久しく、それだけで既にこのカスライナと言う、優男然とした人の良さそうな男に興味を抱いていたからだ。



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