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ゆも
2026-02-04 20:36:34
Public
矢雛 二次創作SS「繋ぐものは」
⚠️無印ベストエンド後
今日は姫様との久し振りのデートだった。
お互いに都合が合わず、前回会った時とは随分日が経ってしまった。だからこそ今日のデートは、会えなかった間の出来事から何気ないことまで、沢山話すことが出来て嬉しかった。
別れ際、俺が渡したい物があると言うと、姫様はとても興味があるように目を輝かせた。
姫様もまだ話していられる理由が欲しかったんだと思う。渡す物は何でも屋にあると伝えると、そのまま上がってもらうことになった。
◆ ◆ ◆
「今日はこれを姫様に渡したくて」
「これって紅板、だったよね?前に泉下で売られてた銀湾のもの
……
」
俺が渡したかった物は、この紅板のことだ。蓋の部分には白い雛菊の花が描かれている。
「凍坡璃でも取り扱っている店があったんだ。通りかかった時、この雛菊の絵に惹かれて。
……
姫様に贈りたいなって思ったんだ」
正直、これを渡すか渡さないかは、とても悩んだ。
姫様はお洒落が好きな人だから、同じように化粧にも一定の条件があるのではとか。名前が同じだからと、安直に捉えられたりしないだろうかとか。
たとえ好ましくなかったとしても、姫様は心良く受け取るのだろう。
けど、贈るからには姫様の笑顔が見たかった。
「すっごく嬉しいよ!ありがとう矢代、大切にするね!」
紅板を胸にぎゅっと抱きしめて、姫様は満面の笑みを浮かべた。
その顔を見られてほっとしたと同時に、言い知れない満足感が胸に広がる。
「
……
こちらこそ。姫様が喜んでくれて俺も嬉しい」
そう言って俺が笑いかけると、姫様もニコッと笑って応えてくれる。
彼女の花が咲いたような笑顔を見ると、心が浮かれてしまう。だから、言葉が止まらなくなるのだと思う。
「本当のことを言うと贈りたいものはまだあるんだ」
「紅板の他にもあるの!? もしかして、さっき取り出した葛籠に?」
そう言って、部屋の隅に置いていた葛籠に目を向ける姫様の瞳は輝いていた。
(
……
受け取ってくれるかな)
少し不安があったが、俺は葛籠を机の近くに寄せて、入っていたものたちを順に取り出した。
小麦色の猫の編みぐるみ。何でも屋を始めたての頃、姫様が拾ってきて、迷子探しとして依頼された猫にそっくりだった。
色とりどりの糖花。入れ物の意匠が凝っていて、食べ終わっても小物入れとして使えるから、実用的で目を楽しませてくれると思った。
泉下で見つけた銀湾の植物手帳。手書きの絵と心のままに綴られた感想は図とは違う良さがあると思って、姫様はどう思うのか気になった。
「それから
……
」
「まっ、待って! まだあるの!?」
あと五個はあると言うと、先程のきらきらの瞳はどこへ行ったのか、姫様は呆気に取られてしまった様だった。
(
……
もしかして、判断を間違えた?)
どう見ても、姫様が喜んでいる様子はなく、そんな彼女を見ていると胸が少し重くなった気がした。
とりあえず、葛籠に入れていた物を全て机の上に並べていく。
あっという間に沢山のものに溢れ返った机は、隙間が見えなくなるほどだった。
我ながらこんなに買っていたのかと驚く。
姫様は目の前のものたちを見て何故か固まってしまっている。
彼女はじっとそれらを見つめて一考した後、居住まいを正して俺を見た。
「えっと、まずはこれ全部、私のことを考えて選んでくれたんだよね? 一つ一つに理由があるんだなって、聞いていて嬉しかったよ」
姫様はそう言ってくれたけど、表情からは戸惑いのようなものが見えた。
「
……
本当に? もしかして俺、姫様に無理に言わせていないかな」
俺の言葉に、姫様は目を丸くさせた。
「どうしてそう思ったの?」
「
……
姫様はさっき嬉しいと言ってくれた。でも本当にそうなら、姫様は笑顔になっているはずだろう? だからこれは、姫様にとって好ましくないものだったんじゃないかな」
「えっ!? 違うよ、すっごく嬉しい!」
けれど姫様は「でも」と、姫様は言葉を続ける。
「ちょっと心配になっちゃった。こんなに用意してもらえて嬉しいけど、矢代の負担になってないかな?」
そう言って姫様は不安げに俺を見つめてきた。
「
……
もしかして姫様、俺が生活費を切り崩して用意したんじゃないかって思っている?」
「うん
……
」
そう言って目を逸らす姫様。
(なるほど。
——
心配してくれていたのか)
彼女の表情の理由が分かったことで、胸にあった苦しさが消えていく。
確かに貴族からならともかく、一平民から大量の贈り物をされては、どうやってお金を捻出したのか気になるかもしれない。
「あのね、姫様」
俺が改まって言うと、姫様も逸らしていた視線をしっかり見つめ返してくれた。
「俺は何でも屋を営んでいるわけだけど、最近は軌道に乗って、必要費以外にも融通の聞くお金ができるようになったんだ」
「うん」
「だから、姫様が心配するようなことはしていないよ?」
俺は笑って伝えるけれど、姫様は「うーん」と唸っていて、どこか解せない様子だった。
「いきなりこんなにたくさん、特別な日でもないのにって思っちゃうかも」
「
……
姫様は、贈られる理由がないと後ろめたく思ってしまうの?」
姫様は頷いた。どうやら、彼女の貴族らしくない感性がそう思わせるらしい。
どう説明するべきか、俺は考えた後に話し始めた。
「少し前に、姫様に万華鏡をあげたよね」
「うん。今でも大切にしてるよ?」
「
……
実はあれが、俺にとって初めての贈り物なんだ」
「そうなの?」
ぱちりと見開くその反応が、平和で優しい
——
凍坡璃の人間らしいと思った。
化物と言われ、白い目で見られていた俺だが、権力欲しさゆえか、気に入られようと物を送ってくる人間はいた。
実際の俺には権力も、それらしい力も無いのだけれど、施しを期待しているのだろうという行動の意図は理解できた。
(だから、贈り物というのは、交渉の役割を持つ行為だと覚えていた)
綺麗で退屈を満たせそうなもの。彼女が好ましく思うだろうと、そんな俗っぽい理由。ただ、それだけだった。
「姫様は『大事にする』と言って、とても喜んでくれたよね」
あの時、姫様の笑顔を見たら、どうしてか俺の胸は温かくなって、そして気恥ずかしかった。
——
あんなに笑ってくれるとは、思っていなかったから。
「
……
喜んでいる姫様を見ていると、俺も嬉しかった。君は俺に、贈る側も嬉しくなるんだって、そういう気持ちを教えてくれたんだよ」
そう伝えれば、姫様は少し照れたように笑った。
(
……
かわいい。雛菊の笑顔、好きだな)
今まで何度も思ってきたし、これからも際限なくその笑顔を求めてしまうのだと思う。
俺は一呼吸を置いて、話し始める。
「あの時みたいな、姫様の笑顔が見たいと思った。これは全部、姫様を想って買ったものだけど、本当に姫様が喜んでくれるか不安だった」
店先で見つけて、似合いそう、喜んでくれそうと思って買って、いざ渡そうとしたら、『どれが一番良いのか』と不安になって葛籠にしまいこんだ。
「これから少しずつ贈っていこうと思ったのだけど、
……
つい口を滑らせてしまった。困らせてごめんね」
そう言って、俺は頭を下げる。
「頭を上げてよ!」
姫様はぐいぐいと身体を押して、俺の頭を上げようとする。困らせるのは本意ではないから、そのまま顔を上げて、姫様を見つめた。
彼女は「あっ」となにか気づいたように声をあげた。
「もしかしたら、矢代が沢山買ってしまったのって、私にも原因があるんじゃないかなって思ったの」
「
……
姫様が?」
少し考えても心当たりがなかった。
「矢代が沢山買ったのは、前回のデートと今日までの間だったりする?」
「
……
そうだね」
「貴族の方で居たんだ。心労とか不安が原因で、暴食やお金を使うことでストレス解消するひと」
「心労とか不安
……
」
「わたしもね、会えない間はすごく寂しくて不安だった! 矢代もそういう気持ちだったとか
……
ないかな?」
最後は伺うように言った姫様。
その考えは、俺にとって腑に落ちるものだった。
「そう
……
だね。意識していなかったけど、これって物で釣るみたいなことだから。会えない間、不安になって
——
姫様の気を引きたかったのかもしれない」
自覚すると、格好がつかないことをしていたのだと、少し恥ずかしくなった。
けれど姫様は「だからね!」と言って、俺の両手を握った。
「同じようなことがないように、方法を一緒に考えよう?」
「
……
方法?」
「こうなっちゃったのって、暫く会えてなかったからでしょ? 例えば、わたしが早起きして矢代の朝の散歩に付き合うとか。会えなくても、幻燈祭の時みたいに手紙を書くとか!」
姫様は楽しげに色々な方法を話していく。
「わたしはね、矢代に会えるのが嬉しいし、話すのが楽しいし、触れ合うと幸せだなって思うの。だから、それがないのは不安で悲しくなっちゃう」
ゆっくりと言葉を紡いで伝えてくれる姫様。
(
……
雛菊も、会えなくて不安になっていた)
その事実が、ぎゅっと胸を締めつけた気がした。
「これは二人の問題だよ。
……
矢代はどうしたい?」
姫様は真剣な瞳で見つめてくる。
真面目な雰囲気に反するけれど、雛菊が俺を受け止めようとしてくれることに、心が浮き立ってしまう。
同時に、彼女からはもらってばかりで、自分からは何が贈れるだろうかと不安が積もる。
どうすれば彼女を繋ぎ止めていられるか、もうずっと分からないから。
(俺を好きでいてくれる雛菊に、俺も言葉と行動で気持ちを伝える。彼女から伸ばしてくれた手を
——
絶対に離さない)
それしか、きっと方法はない。
深呼吸をひとつして、俺もその瞳に応える。
「雛菊、聞いてくれる?」
「
……
なあに?」
「きっとまた物を贈ってしまうと思う。ちゃんと一つずつにするから、その時は受け取って欲しい」
「もちろん! ここにあるのも、全部わたしのだからね!」
今度はわたしからも贈るからと、雛菊は無邪気に笑う。
「手紙のやり取りもしたいな。その日の出来事とか何気ないことを送り合うの!」
「
……
その日ってことは、毎日?」
「うん、その方が嬉しい!
……
だめ?」
「雛菊が良いなら。俺も嬉しい」
聞きにくいことにスパッと返事が来て、思わずふっと笑みが零れる。
最後に、ずるいことをしている自覚のまま、彼女に質問した。
「これは店に上がってもらった時から思っていたのだけど
……
」
「
……
?」
「雛菊は
——
まだ俺と一緒にいたいって、そう思ってくれてる?」
「!?」
油断していたのか、予想外だったのか。綺麗な白磁のような肌が、あっという間に色付いてしまった。
繋いでいた手を強く握り直して、俺はその肌に近づいた。
「俺と雛菊って、会えないことがストレスになるんだよね。だったら会える時には会いに行くし、許してくれるなら
……
触れたい」
「あう
……
えっと
……
」
「俺は怒られる覚悟できてるよ。
……
雛菊はどうしたい?」
彼女が躊躇う原因は『それ』だろう。
敢えて言葉にするけれど、『誰に』とは絶対に言わない。ここで他の男の名前が挙がったら、すぐにでも彼女を押し倒してしまう気がする。
断ってくれてもいいから、だから早く、答えを出して欲しい。
そんな気持ちで見つめていると、雛菊は小さく頷いた。彼女の熱っぽい瞳が嬉しくて、ゆっくりと顔を近づける。
結び合った視線に導かれるように、これから贈り合う心地よさを期待をしながら、俺は優しく唇を重ねた。
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