その小男がフォークだと知った時、率直に、げ、と思った。それは自分がケーキであるからと言う他に、その男の普段の食べっぷりにあった。
フォークらしいその男はしかし通常の食事も健啖に食べる。そもそも味を気にして食事を摂っているわけではないらしい。意味がわからない。
兎に角その牙が文字通りいつ自分に剥けられるか分からない。相手がケーキに対してどれほど自制が利くのかしれないが、通常の食事が文字通り味気ないのだから、極上のはずなのだ。
ケーキが求められる自分を防衛するのは自惚れだなどとこき下ろす愚か者もいるらしいが、それで身を守れるならばいくらでも自惚れればいい話だ。危機に晒されない安全地帯で呑気にがなり立てる部外者の言うことなんてなんの役にも立たない塵だ。
だからこの小男と対戦以外で鉢合わせると身の毛がよだつ。他に男の気を逸らすものがないと、途端に不安を覚える。自分が被捕食者であることを思い知らされて心底不快。それに困ったような顔を見せて、逆に近寄って来る男が心底腹立たしい。
「取って食いやしない。」
「おまえとわたしの関係を鑑みれば、説得力のない。」
男から半歩後退りながら牽制する。こちらが牽制しなければならないというのか。
いっそルールも何もかもかなぐり捨てて、みんなみんな切り裂いてしまおうか。そうしようと思った。そうして来た。
しかし混乱のまま揺らした左手は、ごく簡単に相手の手に捉われて、捕らわれて、囚われた。
「何もしないから、手を繋ごう。」
「は?」
「本当に食って仕舞うつもりなら、手にした時点で口に運んでる。」
「……。」
目を眇めて見ても、男がこちらの体の何処も口に含む気配はなかった。
「本当に?」
男が頷く前に、その口が上向いてこちらの前にあるうちに、こちらから口付けた。
舌を合わせて相手の味蕾に触れる。自分の味が相手にどう伝わっているか想像も着かない。驚いているのか相手は舌先を震わすだけだ。今のうちに抜き去ってその顔をまた見下ろす。
眉間に少し皺を寄せ、荒い呼吸と上気した頬。そしてさっきまで触れていたそれが覗き、舌舐めずりをするのが、やけにゆっくり見えた。
「こんなんで満足出来ると?」
興奮した様子の男、逆に冷めた気持ちで見下ろす。被捕食者を前に血の気が引く。
「悪戯好きなのか?」
小男がへらりと笑って、男曰く繋いだ手を、更に撫でさする。
「おまえがくれるなら欲しいけど?」
「へえ。血ですか、涙ですか。」
「……ん?」
疑問を顔に浮かべた男に、何か言う前に抱き寄せられた。腹に頬を擦り寄せられる。背に回った小さな手は、何をそんなにと思うほど忙しなくさすって来る。
「いやおれは。おまえにその気があるなら、もう一つキスでも貰おうかと思ったんだが。」
「は……?」
ひとの腹立たしいに向かってくつくつと笑っている小男は、左手を握っていた手をいつの間にか肘まで這い上がらせて、撫でさすっている。
「けどまあ、また今度にしようか。」
「は?」
「おまえ可愛いな。」
柔らかく距離を取られたかと思えば、男は手を振って去って行った。
ケーキの味に触れたはずのフォークは、その味覚の感想を一つも置いて行くことなく、それとは関係のない感想を残して立ち去った。
あの小男曰く、今のは食事ではなく口付けらしい。
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