静謐に閉じこもるようにして外界から自身を隔絶する。彼の目は何も見ていない。彼の心は何も映していない。彼は受け入れることを拒んでいる。中心が消えた世界を。けれど結局、己がそれでもその内に存在しているのだという、現実を。
彼を動かしているのは約束と役割だ。使命と呼ぶべきなのかもしれない。それは呪いで、果てしのないやさしさだ。
彼は生きなければならない。彼は進まなければならない。すでにその心がどれほどの彼方にあろうとも。彼はもはや、立ち止まれないのではなかった。立ち止まることが、できないのだ。
「サンダルフォン見なかった?」
何度何度、すれ違う者に同じ問いをしたことだろう。返ってくる答えは何度何度、同じものだっただろう。
グランは彼を探して艇内を歩いていた。それもかれこれ一時間。いくら広いとはいえ団員も多い。誰にも見つからずに隠れていられるような場所なんてそんなにあるはずもないと思っていたのに、とんだ誤算だと息を吐く。もしかしたら、羽根を広げて艇から距離を取っているのかもしれない。体質的なものかあるいは別の要因かは定かでないが、とにかく彼は酔いやすいようであるし。
「弱ったな……」
用事でもあるのか? 問うたのは誰だったか。ちょっとね、とはぐらかしたのはよく覚えている。
実際用事らしい用事なんてグランにはなかった。他の団員たちと同じように、意味もなく、わけもなく、ただ同じ空間にいて、できればわずかでも、たわいのない話ができればいいと、そんなことを願っただけだった。
艇が次の島に着くまでの、ほんの短い時間だけでいい。彼に、輪の中にいる時間を持ってもらいたかったのだ。
余計なお世話だと言われてしまえば反論はできない。身勝手なお節介だなんて百も承知。彼からしてみれば迷惑な話なのだろうと、理解は易い。あくまで彼は、同じ目的のために協力関係を結んで艇に乗っているだけ、なのだから。
だが、別に、グランだって、何も〝サンダルフォンのために〟そんなことをしようとしているわけではない。
「寂しいんだよね」
「何がだ?」
肩が跳ねた。心臓も跳ねた。勢いつけて振り返る。探していた人がそこにいて、首を傾げて自分を見下ろしていた。
ガラス玉の目が、動揺を隠すことができなかったグランの顔を反射している。とてもキラキラとしていて、覗き込んでも入り込めない。まるで鏡面。否、とりあえずどうでもいい。
「サン、ダルフォン……」
「君が探していたと聞いてきたんだが、何か用か?」
まさか彼のほうから声を掛けてくるなんて。言葉を紡ごうにも舌がもつれる。何と発すればいいものか、あれこれ段取りは練っていたはずだった。だのにこれほど役に立たないとは。もういっそ、初めから当たって砕けてしまえばよかっただろうか。後悔は遅く、故に後悔なのだと奥歯で噛んで、軽い深呼吸。
準備が入念だった分、逆に緊張が抜けない。
「べ、つに、用ってわけじゃな、い、んだ、け、ど……」
しどろもどろになんとか言葉を発してみて、怪訝そうなサンダルフォンと見合う。今日の航路は割合に穏やかだから、調子は良さそうに思われた。
「ただ、君と話がしたくて」
所詮は、すべて、エゴだ。開き直るのは簡単なようでヒリヒリと妙なところが痛んでくる。
「そんな必要がどこに?」
「そういうことじゃなくてさ」
「特異点。俺は君と慣れ合うために艇に乗ったわけでは」
「知ってるよ、そんなこと」
わざわざ言わないでほしい。遮るように語気を強めて、結局そんな自分が嫌になって唇を噛む。うまくいかない、こうじゃない。頭を振っても払拭できない不快感は喉のあたりにまとわりついて、吐く言葉を呪詛に塗り替えようとする。
「……ごめん」
うなだれて、こぼれ落ちた謝罪すらみっともなくて辟易する。サンダルフォンの眉根が僅かに動き、その顔に感情を乗せかけて、けれどすべては無に溶ける。
ぱっと見は不機嫌そうな、ただ意味のない表情のまま、彼の声はグランのつむじに落とされた。
「用がないならもう行くぞ」
「な、ちょっと――」
待って、と。呼び止める声は甲高い靴音に断ち切られる。一つ、二つ、廊下に響くその音は、どんどんと離れていく。
「君はこんな、いつか消える者にまで気を配らなくていい」
声は遠く、小さく、届くこともないままに。
グランはその場で地団太を踏んで思わず大きな声を上げたくなるのを必死にこらえた。
「次は、うまく、やる――!」
諦めない。擦り傷みたいな寂しさを、正しく癒す術なんて、彼にとってはそれしかなかった。
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