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つきりま
2019-04-11 11:21:05
2039文字
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サングラ
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乞わず唄う
クリスマスの贈り物の話。
「罰がほしいの?」
少年はペンを止めずに言った。丁寧にコーヒー豆を挽いていた男は、動揺しなかった。
目だけを上げ、少年の様子をうかがう。少年は見向きもしていない。白い紙面を、ゆったりと丁寧な文字で埋めていく。彼が書きつけているのは日記だった。「ルリアがね、『グランも書いてみませんか?』なんて言うからさ」以前、誰だったかとそれについて話しているのを、男は盗み聞いていた。別段、興味があったわけでもなかったが、ここにいると、嫌でも多くの声を拾う。言葉を受け取ってしまう。記憶は瞬く間に蓄積されていき、情報の更新は早い。
「なんだ、藪から棒に」
男は一拍置いて、答えた。少年が笑う。
「もうすぐクリスマスでしょ」
「それが?」
「せっかちだなあ。そんなんじゃ嫌われちゃうよ」
「好都合じゃないか」
男が皮肉に笑うと、少年は少しだけ呆れたように瞼を揺らした。
「
――
、まあいいや。クリスマスだからね、君への贈り物を考えてたんだけど思いつかなくて」
「別に、何も必要ない」
男は本心から口にし、少年は心得ているとばかりに頷く。
「言うと思ったよ。別にいいけどね、勝手にするから」
夜空の色をしたインク瓶に、少年がペン先をひたす。たっぷりと含ませて、再びペンは紙面に触れる。日記にしているノートは件の少女から、夜空のインクは依頼の報酬として受け取ったものであるらしい。
「そのペン、」
男はふと口に出していた。
「そのペンは、どうしたんだ」
「え?」
ついに、少年が顔を上げる。動揺を隠さない表情は年相応に幼く映り、男ははっとして手を止めた。尋ね方を間違った。頭を振る。
無意識に寄ろうとする眉根を押し留め、首を傾げる少年の、その瞳を覗き込んだ。あまりに滑稽な己の顔は、苦々しくそこに映っていた。
「うん?」
促されて、俯いた。豆を挽く。ゆっくりと、時間をかけて、熱がこもらないように。
「サンダルフォン?」
少年の声が、やわらかく名を紡いでみせた。サンダルフォンはその音を不快に思った。偽り。不快に思えなくて唇を噛んだ。
沈黙。静寂。ペンが走ることも、豆が挽かれることもない。ここは夜の底。少し肌寒い、彼らだけが取り残された食堂の片隅だ。
ランプは小さく絞ってある。
「このペン、ほしい?」
少年がペンを持ち上げて、軽く振ってみせた。ガラス製で、明かりを弾いてやんわりと光る。夜空を宿したペン先は、その一滴を彼の綴った文字の上に落としていた。
「いや
――
、」
「綺麗でしょ、これ。前に立ち寄った島の工芸品でね、つい贅沢して買っちゃったんだ」
そう、か。言葉をのまされて、だのにサンダルフォンは笑んでいた。彼にしては割合にやわらかかく、鋭利な冷たさも、息苦しい皮肉も、特別に含まれてはいなかった。
「俺がほしいと言ったら、自ら選んで自分のために買い求めた品を易々と手放すのか、君は」
「どうしてそういう言い方するかなあ。でも、うん、いいよ。君がほんとうにほしいって言うのなら、あげる」
少年はペン先を洗い、布で水滴を拭ってから丁寧に革張りのケースにしまい込んだ。小さなインク瓶の蓋もきちんと締め、同じようにケースに入れる。両手で大事そうに持ち上げて、最後にまだ傷一つない革の表面を撫でた指先は、そこはかとなく、いとおしげであった。
すっと、差し出される。
「はい」
メリークリスマス。少々早いお決まりの言葉は夜の中に溶けていく。
「まだ、ほしいと言った覚えはないが?」
「まだってことはほしいんでしょ。ただ順序が逆なだけだよ」
「手順というのはそうである理由があるから、そうなっているのであって」
「うるさいなあ、ほら」
せっかちなのは、どちらだろう。少年はコーヒーミルの横にケースを置いてしまうと、日記を閉じて立ち上がった。
「もし、いらなくなったら返しに来ていいけど、しばらく使ってみてよ。意外と気に入るかもしれないし。繊細なものだから、丁寧に扱って。ペン先欠けてたら承知しないからね。一応それ、僕のお気に入りなんだから、勝手に処分したりしないでよ」
まくしたて、最後におやすみと告げる。立ち去ろうとする少年の背に向けて、サンダルフォンは慌てて声をかけた。
「なぜ」
それだけしか、紡げなかった。それだけで、十分だった。
少年は振り返らない。足は止めていた。沈黙を長く続ける余力などこの場にはなく、すぐにも答えは返された。
「気に入ってるから、君に預けるんだよ」
それは、たぶん、罰、なのだろう。少年も、サンダルフォンも、同じ帰結を得ていた。
「君がそれで何を遺しても、僕はそれを知らないまま消えるんだと思うよ」
「とく
――
」
今度こそ、おやすみ。少年は小走りに薄闇の中に逃げ出した。
「
――――
、特異点」
朝が来たら、きっと、すべてが夢になる。グランのお気に入りがサンダルフォンの手に渡ったという、たった一つの現実を、除いて。
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