悠環 彰
2026-02-03 22:40:47
3938文字
Public MCU:サム関連
 

ジムでの出会い

テイラーとサムの出会いの話。
未公開シーンをベースに、どんな感じだったのかな〜と妄想しました。

※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作



 その日、ジムの扉を開けたテイラーはいつもと少しばかり違う雰囲気に眉を顰めた。このジムはシークレットサービスとして任務に就き実務に出始めてまだ日の浅いテイラーに、先輩が勧めてくれた場所だ。D.C.で働くエージェントだけではなく、州軍所属の軍人なども通っている為、幅広い教えを学んだり人脈づくりができるだろうとのこと。実際通ってみると、声をかければ皆気さくに話を聞いてくれたりアドバイスをくれたりするが、いい意味でそれぞれが自分のワークアウトに集中しており変に絡まれることも構われることもなく過ごしやすい環境だった。
 だから、こうも空気がざわついているというか、ほんのりと熱を帯びていることは通い始めてまだ短いテイラーには珍しく映った。
 関心の中心にいたのは、リング上でスパーリングをしている一人の男だった。テイラーは初めて見る男だ。相手は知っている、ここには新人の頃から通っているというベテランの空軍兵。一度指導を頼んだこともあるが、流石の貫禄というか経験値を見せつけられ大変勉強になった。だが、そんな彼すらどこかコーチングを受けているように見えるほど、その男は見事な立ち回りを見せていた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。流石、相手の動きを見るのが上手いな」
 握手と共に空いた片手で健闘を讃えるみたいに肩を叩きニッと歯を見せて笑う顔は嫌味なところがない、いわゆる人好きのする気さくな笑顔といった感じだ。
「うん?」
 バチッと視線があって、思わず反射的に背筋を伸ばしてしまった。
……やるか?」
 じっと不躾な視線をやっていた見知らぬ人間であるテイラーに対しても笑みを浮かべ、リングに上がるように誘ってくる。一瞬戸惑ったが、顔なじみの利用者たちに背を押されてあれよあれよと舞台に上がらされてしまった。今までにない注目が背中に刺さってる気がする。
「じゃあ、始めようか。よろしく」
 どうぞ、という感じに軽く構えられたので、テイラーも構えて一歩踏み出す。一発、二発と拳を突き出すが男は容易く受け流してしまう。
「シークレットサービス、か」
 何度か打ち合った後、懐に飛び込んだ際にポツリと呟かれた言葉に思わず動揺に何度か瞬いてしまう。
「ビンゴだったか?」
 楽しげな様子にむっと眉を寄せる。少しムキになって手だけでなく足やら体当たりやらも出してみたが、その尽くが先読みされたように受け流される。まるで訓練所で体術のトレーニングを受けている気分だ。
 結局、一つも決定打を入れられないままスパーリングは終わった。技術も経験も全く及ばないだろうことはやる前から分かっていたが、どうにも悔しい。
「よく鍛えてるな」
 その一言もどこまで本気で、どこまでお世辞なんだか。一体何者なんだと聞こうと口を開きかけたが、すぐにリング下から自分もお願いしますと声がかかって交代となってしまい、その日はついぞ彼の正体を知ることはできなかった。
 次にその男と出会ったのは、だいぶ日が空いてからのことだった。テイラーがワークアウトを行っている最中にジムにやってきて、中にいた州兵などと一緒にトレーニングをしながら世間話をしている。
「よぉ、今日もやるか?」
 そう声をかけられて、自分のことを覚えていたことに少し驚いた。テイラーは頷くと彼とリングに上がり、スパーリングを行った。やはり決定打は与えられず、まるで立ち回りの指導を受けた気分だった。
「テイラーです、ぜひまた指導を」
 そう言って片手を差し出すと、彼はくるりと瞳を丸めてしばし呆けた後、少し困ったように笑った。
「指導なんて偉そうなことしてるつもりはなかったんだが」
「そうなの? まるで遊ばれてるみたいだった」
「おいおい、人聞きの悪い」
 肩を竦めながら、手を握られる。力強い手だ。
「サム・ウィルソンだ」
「へぇ、キャプテンアメリカと同じ名前……
 テイラーの言葉に、にいといたずらっぽく笑みを深める。
「えっ、本物?」
「はは、気づかれてないとは俺もまだまだ知名度が低い」
「なんでこんな小さなジムに」
「オーナーに怒られるぞ……家が近くてな。たまに体を動かしに来てる」
 取り敢えずリングを降りようか、とジェスチャーされた。確かに、ここで立ち話をするのは他の利用者の邪魔になる。降りたついでに自分のタオルを手に取り汗を拭いていると、キャプテンが新しい水のボトルを差し出してくれた。
「どうも」
 どういたしまして、と言いながら自分の分を開けてボトルを煽る。その横顔をちらと盗み見ながら、そう言われれば確かにいつだかのニュースでこの顔を見た気がするなとテイラーは思った。ゴーグルやメットをつけている姿がほとんどなので、こんな風に素顔でトレーニングウェアを着て人に紛れてしまうと中々わからない。もしかしたら街中の、カフェやスーパーでもすれ違っているかもしれないな、などと思ってしまう。
 だが、キャプテンであると言われれば確かに分厚い体は無駄な筋肉や脂肪がなくしっかりと鍛えられている。ベテランの州兵などとスパーリングをしてもまるでトレーニングをつけてるみたいになるわけだ。
「なんでシークレットサービスだって分かったの?」
 ふと問いかけると、彼はひょいと眉を持ち上げてこちらに視線を投げる。
「そうだな……まずは立ち回りのクセかな。軍のソレとはちょっと違う。ここにも何人か通ってるしな」
「なるほど」
「後は勘だ。カマかけたら、動揺して瞬きが増えた」
 ぐ、と悔しさに言葉に詰まる。咄嗟のことで動揺などが表情や動きに出てしまうなんて。こういうところは本当に経験と場数の差が出てしまう。
「シークレットサービスには知り合いが少ないから」
 そうして、改めて片手を差し出される。気取らない、自然な仕草。
「ぜひトレーニング仲間として、仲良くしてくれ」
「私は情報源?」
「同じ守る立場として、協力しあえたらありがたいかな」
 それが、キャプテンアメリカことサム・ウィルソンとの出会いだった。
 それから何度か、ジムで顔を合わせてトレーニングをつけてもらったり、スパーリングをしたり、時には同じジムの州兵なども交えて近くのバーに飲みに行ったりもした。見ていてまず思ったのは、人の懐に入るのがとても上手いということ。相対する人一人ひとりをよく見て、どの程度の距離が適切なのかの判断が非常に的確だと感じた。
 ジムの中でもよく利用者とトレーニングを一緒にしながら世間話をしていたが、よくよく聞き耳を立ててみると上手いこと軍の内部の動きや街中と市民の様子、他の地域のことまでそれとなく情報を聞き出していた。ここだけの話、なんて耳打ちを受けていることもある。これは彼の話術の巧みさや人脈の広げ方が上手いことも要因の一つだろうが、キャプテンとしての働きが一定の支持を受け認められているというのもあるんだろう。
「大統領付きの警護官に任命されたんだって?」
 そんなだから、ある日飲みに行った先でそう口火を切られたのも大して驚かなかった。あのジムにはシークレットサービスの先輩や同僚も数名通っていたし。
「耳が早いのね」
「本当の話だったんだな、おめでとう」
 カチン、とグラスを打ち合ってから一口。どうもと返しながらグラスを傾けつつ、テイラーはそっと視線をサムの指先へと移す。グラスを持った片手が、とん、とんと縁を叩いている。
「宿敵が大統領になった気分は?」
 口を開かないサムの代わりに切り出せば、彼は「宿敵ねぇ」と言いながら少し複雑そうに笑った。サディアス・サンダーボルト・ロスとサム・ウィルソンが所属していたアベンジャーズの間に何があったのか。それはテイラーとて、ニュースやネット上の憶測など表面上のことだけではあるが知っている。
……アンタに頼みがある」
 意を決したようにサムが口を開いた。
「ロスの様子を、見ていてほしいんだ。もし、もし何か様子がおかしいというか……些細なことでもいい、何か気になることがあったら知らせてほしい」
 視線を交わしながら、テイラーはしばし黙った。自分を抜擢してくれた恩人を見張れと言われているのだ、本来ならば首を縦には振らないだろう。だが、サムがそう持ちかけてくる理由も全くわからない訳ではない。
「何か、見返りはある?」
 テイラーの返しは予想外だったのか、サムは一瞬困ったような表情を浮かべる。そうだなぁ、と腕を組んで、首を傾げて。
「俺との飲み食い代は全部奢り、とか?」
「サムは不定休でしょ、スケジュール合わないかも」
「そう言われてもなぁ……他に、何か俺が出せるもんなんて」
「ジムでの定期的なトレーニングもつけて」
 もちろんそちらもスケジュールが合わないことがあるかもしれないが、元軍人でアベンジャーズ、そして現キャプテンのトレーニングを受けられるというなら自分の成長にも繋がる。飲食代だけよりはよっぽど有用だ。
「俺が?」
 こくりと頷いてみせると、やはり少し考え込む様子を見せてから、仕方ないなというように笑った。
「まぁ、レイラが俺でいいって言うなら」
「じゃあ、契約成立ね」
 カチン、と今度はテイラーの方からグラスを打ち合わせると、一気に飲み干して次をオーダーする。いつものより少しお高いお酒だ、人の奢りで飲む酒は美味しい。
「こりゃ、思ったより高くついたかな」
 なんて言いながらも、楽しそうな笑みを浮かべてサムもおかわりを頼む。ジム仲間兼情報源から友人兼協力者に昇格した記念すべき夜は、グラスの中身みたいにあっという間に更けていった。