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ねぶくろ
2026-02-03 20:19:22
5543文字
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Skeb
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内に招くは福の神
Skebにて納品した作品です。
表向き、『地域生活推進協会』を標榜する
広栄会
こうえいかい
──もとい
広政会
こうせいかい
は、例年二月最初の土曜日に節分祭を催している。地元の商工会と協力して行う祭りで、出店の種類は時として百を超えるほどだ。商店街に出店がずらりと並ぶ景色は壮観で、地元では夏祭りと並ぶ一大イベントとして根付いている。
荒瀧
あらたき
右京
うきょう
は、
一文字
いちもんじ
夫妻の護衛として彼らの傍について祭りを見回っていた。
見回りとはいえ、若頭とその妻の役目は上に立つ者のそれだ。無法者の取り締まりやトラブルへの対処は若い衆が行っており、二人は地元住民に声をかけたり、協力してくれた商工会の面々に挨拶回りをしたりと、外交に精を出している。
右京が彼らの半歩後ろに控えて焼き鳥の屋台を出れば、射的屋の前で幼稚園児ほどの女の子が泣いているのと行き会った。その傍には少女よりも少し年上と思しき少年が佇んでおり、困り果てた様子で女の子を宥めている。右京が訝しんで様子を窺っていれば、前を歩いていた
政春
まさはる
が軽い声音で「折角の祭りなのに、そがいに泣いて、どがぁしたんじゃ」と二人に声をかけた。
泣いている少女は政春を見て、次いで
駒鳥
こまどり
を見上げる。少年は彼女を庇うように前に立って、「なんでもない」と硬い声を発した。──親の教育が行き届いているのだろう。硬い声と緊張した面持ちからは、知らない人には安易に返事をしてはいけない、と教えられている様子がうかがえた。
政春は表情を揺らがせることもなく、しゃがんで二人と目線を合わせると、「そがいに警戒せんでも、取って食うたりはせんよ」と少年に微笑みかけた。
「ワシはこの祭りを運営しとる、『広栄会』ていう組織の者じゃ。ワシらの企画した祭りで君らみたいな子供が泣きよったら、心配するなぁ当然じゃろう?」
なぁ、と彼が殊更にやわらかな声音で少年に問いかけた。
「何がそがいに悲しいんじゃ」
問われて、彼の後ろに庇われていた少女が口を開いた。目元を擦りながら、すぐそばに店を構える射的屋の景品棚を指さす。
「おにいちゃんが、『お菓子を取っちゃるよ』言うたけぇ、ミミのお小遣いを渡したのに、取ってくれんかった」
おにいちゃんの嘘つき、と少女が目元に涙をにじませる。それを聞いた政春が少年に目をやれば、彼はバツの悪そうな顔で目を逸らした。どうやら、妹の言い分は真実らしい。
これは単なる兄妹喧嘩だ。政春が対応するほどの事態ではないし、どちらかと言えば彼らの保護者の姿が見えないことの方が気にかかる。右京がそのように考えていれば、右京と共に政春の後方で一部始終を聞いていた駒鳥が、「政春くん」と口を開いた。
「ウチ、射的やってみたいわ」
その一言に、政春が相好を崩す。彼は「ほうか」としゃがんだ姿勢のまま自身の妻を見上げて、愛おしむように目を細めた。
「それじゃったら、ちょうどええのぉ。この子らにお菓子の一つくらい分けてもええじゃろ?」
「ええよ。景品にゃあ興味ないもの。ただ銃を撃ってみたいだけ」
短いやり取りで方針が決定し、政春は幼い兄妹に向きなおった。にこやかな笑みと共に、「あのお姉さんがお菓子を取ってくれるよ。ほいでもええかな?」と問いかける。少年は少し困ったような顔で妹を振り向き、──先ほどまで泣いていた少女は、パッと顔を輝かせて、「ミミ、ココアシガレットがええ!」とその場で飛び跳ねた。
立ち上がり、政春が射的屋の店主に声をかける。料金と引き換えにおもちゃの猟銃を受け取って、彼がコルク弾を銃口に装填した。それを、「五発もあるけぇ、まずは好きに撃ったらええよ。困ったらワシが助けるけぇ」と駒鳥に差し出す。
「任せて。ウチ、一発で仕留めるわ」
「頼もしいのぉ」
右京が口を挟む間もなく、駒鳥が屋台の前で銃を構える。当然と言えば当然だが、彼女の姿勢は不安定で、誰の目から見ても不慣れだとわかる構え方だ。実銃であれば反動で肩が外れそうな危なっかしさだが、幸いにしてこれは射的だ。脱臼の心配などは一切ない。
駒鳥は見様見真似というのか、ぎゅっと片目を瞑って、景品棚に鎮座するココアシガレットの小さな箱に狙いを定めた。──体幹が弱いのか、重心がぶれて銃口も揺れているが、右京が口を挟めるはずもない。
彼女が引き金を引くと同時、ぽん、と間の抜けた音がして弾が空を切る。棚の後ろの幕が揺れて、それ以上は何も起きなかった。駒鳥が、少しつまらなさそうな表情で銃を見る。それが気落ちした表情であることは、長らく彼女の傍にいる政春や右京でなければわからないだろう。
駒鳥は黙ってコルク弾を装填し直し、再度銃を構える。和服であることも相まって、腕が上がり切らず不安定な姿勢なのは相変わらずだ。それに、銃の威力に対して構える位置が遠すぎる。ぽこん、と軽い音をたてて飛び出したコルクは、今度も景品に掠ることなく天幕を揺らした。
三発目、四発目とコルクを無為に消費し、──最後の一発になって、駒鳥が政春を見た。
「
……
。政春くん、助けて」
その言葉に、彼が「任せんさい」と他の者には向けない優しい声で彼女に歩み寄った。コルク製の銃弾を装填し、それを駒鳥に持たせる。彼女の白い手の上に自身の手を重ねて、彼は「コルクは軽いけぇ、あんまり遠くから狙うと当たらんようにできとるんじゃ」と、銃を持つ駒鳥の手を前方へ
誘
いざな
った。
「こうして銃口を景品に近づけて、
……
ワシが支えとるけぇ、ぶれる心配はせんでええ。景品の上の方を狙うて引き金を引いてごらん」
「上の方
……
。こう?」
ポン、とやはり発砲にしては安穏とした音がして、二人が狙ったココアシガレットが景品棚から姿を消す。鮮やかに落下した箱の軌道を目で追いかけ、駒鳥がパッと目を輝かせた。
射的屋の店主が、ガラガラとベルを鳴らす。彼は「お兄さん、うまいねぇ」と狙撃したココアシガレットの箱を政春に差し出した。それを受け取った彼が、まずは駒鳥に景品を手渡す。彼女は「これ、げにウチが撃ち落としたの?」とにわかには信じられない、とばかりに感嘆の声をあげた。
「正真正銘、駒ちゃんが勝ち取った景品じゃ」
政春が軽い声で肯定し、駒鳥が感動したように手の中の小さな箱を眺める。しばし目を輝かせていた彼女は、静かな表情を取り戻すとともに、幼い兄妹を振り向いた。少女の傍にしゃがんで、ココアシガレットの小箱を差し出す。
「はい。お兄ちゃんと二人で、仲良う食べんさい」
「うん! ありがとう、おねえちゃん!」
先ほどまでの泣き顔が嘘のように明るい顔で頷いて、少女が景品を受け取る。兄は「ありがとうございました」と硬い声で頭を下げて、妹の手を取った。「お母さんが待ってるけぇ、もういくで」と、右京たちを振り返ることもせずに駆けて行く。去っていく小さな背中を見送って、政春は「ええことしたなぁ」と間延びした声を発した。
「駒ちゃんになら拳銃の撃ち方も教えるけぇ、遠慮せずに言いなさいね」
続いた言葉に耳を疑い、右京は思わず政春を見る。彼の表情から、それが冗談なのか本気なのかを推し量ることは難しかった。──しかし、右京の知る政春は、こうした発言を冗談で済ますような人間ではない。相手が駒鳥ならばなおさらだ。もしも駒鳥が望むのなら、政春は本気で射撃の技術を彼女に教えるだろう。
右京が肝を冷やして事の推移を見守っていれば、駒鳥は動じることなく頭を振った。しゃがんでいた姿勢から立ち上がって、「実弾には興味ないけぇ、それはええよ」と気のない声を発する。
「そうか。
……
ほいじゃあ、そろそろ行こうか」
先ほどの物騒な提案などなかったかのように平然と、政春が駒鳥の手を取って歩きだす。右京はその半歩後ろに付き従いながら、「自分なら」と思考を巡らせていた。
自分なら、愛する人に、銃を握らせるようなことができるだろうか。
喧騒が耳を聾する。──楽しげな笑い声、弾むような足取りの子供たち、幸福に満ちた人々の表情。
その中に、
雪鶴
ゆづる
の姿は見当たらない。彼女の住まいはこの商店街からは少し距離があるので、おそらくは来ていないのだろう。彼女と祭りを巡る想像をして、先ほどの一文字夫妻のやり取りに自分たちを重ねてみる。
雪鶴に「助けて」と言われても、自分はきっと彼女に手を重ねる方法は選ばない。あの美しい手から、雪の静けさには見合わぬ銃を取り上げて、自分ひとりで景品を狙い撃つだろう。清廉な彼女に武器は似合わないし、その指が引き金に触れることなど想像もしたくない。
そこまで考えたところで、政春が立ち止まり、こちらを見ていることに気が付いた。
「難しい顔しとるのぉ。
……
ワシらの護衛に嫌気が差したんか?」
揶揄うような声音に、「そんなことは」と否定を返す。護衛の身でありながら上の空であった事実に、遅ればせながら眩暈がした。もしも今、鉄砲玉か何かが二人を狙っていたらどうするつもりだったのか。今考えるべきは雪鶴のことではない。右京が「すみません」と頭を下げれば、政春は「ええよ」と鷹揚に笑って再び歩き出した。
「こがいに盛況じゃと人酔いするけぇのぉ」
言いつつ、彼の足が迷いなく路地を曲がって商店街を抜けた。世界の音を吐き出すスピーカーのボリュームを絞ったように、喧騒が急激に遠のく。右京は少し深く息を吸い込んで、二人を見た。政春が、「駒ちゃん」と駒鳥に声をかける。彼女は心得たように頷くと、静かな声で、「ウチ、ちょっと近くを散策してくるわ」と宣言した。
彼と繋いでいた手を離し、ゆっくりと二人から距離を取る。その背中に、「あんまり遠くにゃあ行かんようにね」と念を押すように声をかけてから、政春が右京へ目を向けた。
凛とした声で「右京」と名前を呼ばれ、背筋が伸びる。彼は懐から煙草を取り出すと、火をつけた。
昇っていく白い煙を目で追いかけながら、「お前の顔が冴えにゃあワシも駒ちゃんも心配じゃけぇ、何があったか教えて欲しいのぉ」と呟くように言葉を発する。彼は右京とは目を合わせないまま、息を吐いた。視線を向ければ、駒鳥は遠くの軒先でショーウィンドウを覗き込んで時間を潰している。それが、二人の話を聞かないための気遣いであることに気付かないほど愚かではない。
鼻腔を刺激にも似た苦さがよぎって、右京は浅く息を継いだ。言葉を探して、相対する彼を見る。政春は、その目に空の青を映して、緩慢に瞬きをした。
「お前は普段からようやってくれとる。
……
けれどそりゃあ、裏を返しゃあずっと気を張っとるということじゃけぇ、ワシも駒鳥も心配しとるのはホントじゃ」
彼が息を吐く。思わず胸を打たれてしまうほどの優しい笑みで、彼が右京を見つめた。
「お前はワシの可愛い弟分じゃけぇの」
「
……
。若」
右京は息を吐いて、目を伏せた。アスファルトで舗装された道へと視線を落として、「ご心配をかけて、申し訳ありません」と頭を下げる。顔を上げて彼に向きなおると、右京は「仕事には関係のないことです」と前置いて、言葉を続けた。
「さっきの射的
……
、姐さんの手に握られているのが拳銃でも、若は自分の手を重ねて一緒に引き金を引いたでしょう。あなたは、姐さんをどこか遠い安全な場所に隠しておくよりも、自分の手元に置いて守る人だ」
息を吐く。初めて拳銃で人を撃った時の重たい反動と鉄の冷たさ、心臓から血液が冷えていくような恐怖が脳裏によみがえって、──雪鶴がそんな思いをすることを想像し、そのおぞましさに顔をしかめる。
政春は横目で右京を眺めて、「そうじゃなぁ」と煙を吐き出した。慣れた苦みを吐き出して、彼が気負う風でもなく右京の言葉を首肯する。
「ワシは、駒ちゃんをどこぞに閉じ込めるより、ワシの隣で同じ面白いもんを見て欲しい。降りかかる火の粉はワシが払うけぇ、鳥籠に閉じ込める必要はないわ」
「
……
ワシにゃあ、そがいな覚悟はありません。隣におりゃあ火の粉が降りかかると分かっとるのに、傍におって欲しいとは、言えん」
彼女が纏う新雪にも似た静寂を思い出して、雪鶴の微笑みに思いを馳せる。誰にも穢されることなく無垢で清らな彼女に、自分に染みた闇が及ぶと思うと臆病になる。彼女には、美しく、優しいままでいて欲しい。血の色にも、硝煙の匂いにも縁のないまま生きて欲しい。願うほどに、自分自身がその願いと裏腹な存在であることを飲み込めなくて惑ってしまう。
自分のせいで彼女が不幸になったら。──どんな手を尽くしても
雪
そそ
ぐことのできない罪を背負って、自分はその先、生きて行けるのだろうか。
政春は静かに紫煙をくゆらせて、思案するように空を仰いだ。彼に倣って、雲一つなく澄んだ寒空を見上げる。青い色の先から降り注ぐ陽光にも似た迷いのなさで、彼が「福は内と言うじゃろう」と口を開いた。
「内に招くなぁ福だけで、鬼は外に追いやるのがワシのやり方じゃ」
視線を彼へと向ける。その顔を窺えば、政春はニッと笑ってくわえた煙草を手に取った。立ち上る白煙で絵を描くように指先を揺らして、彼が目を細める。
「ほんじゃが、お前が自分の内に福を招くのが怖いと思うんなら、自分が相手の方に飛び込みゃあええ」
彼は噛んで含めるようにゆっくりと言葉を重ねた。
「手元で守りたいのも、鳥籠で囲うて守りたいのも、大して変わりゃあせん。結局、自分のエゴじゃけぇな」
お前は自分のやり方を貫きんさい、と彼が言う。右京は目を瞬いて、それから頷いた。
「ありがとうございます、若」
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