はらす
2026-02-02 22:40:26
1873文字
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20260202圭圭 病める時も健やかなる時も

2026/02/02 左右なし 圭圭同体 1870字
高1の冬くらい。歯医者に行く話。

「智将!チェンジ!チェンジだってば!ねえ、聞いてる?今すぐ変わってほしいんだけど」
「主人」
智将は俺の呼びかけにいつも通り冷静に応えた。
「主人はアホだから忘れたかもしれないが」
うるさい。アホって言いたいだけじゃん。
「あいにく交代は、俺の力じゃどうにもならない」
「なるなるできる!できるって!智将ならできる!ねえ、意地悪言わないでお願い!」
はあ。
智将はこれ見よがしにため息をついた。もう!智将ひどい!でも、分かった!いいよ!俺がアホなのは認めるから!アホはいいから!チェンジ!チェンジだってば!
「無理だと言っている」
智将は心底呆れたように述べた。
「でもぉ……
「ここにきて往生際の悪いことを言うな。どうしようも無いことに抵抗するのは時間とエネルギーの無駄だ」
「嫌なもんは嫌じゃん」
「ま、せいぜい頑張れ」
最後は悪役みたいな捨て台詞を吐いて意識の奥に向かおうとする智将を、俺は素早く捕まえた。襟首を掴まれた智将は不機嫌そうに振り向いた。
「俺は役に立たないって言っただろう」
「本当は智将も怖いんでしょ?」
「それは違うな」
コンマ数秒も躊躇わず、智将は即答した。ちょっと食い気味だったといってもいい。そんなに力強く否定されると、逆に怪しいけどな。
「怪しくない。俺は怖くない」
「勝手に思考を読まないでよ。あと、怖くないんだったら代わってって言ってるじゃん」
「ごめんなさい、そのリクエストには対応できません」
「もう!急にSiriにならないでよ!」
「ごめんなさい、そのリクエストには対応できません」
「ああ!くそ!分かった!ちゃんと自分で我慢するから!」
俺が観念すると智将は満足げに頷いた。やっぱり怖かったんじゃないの……
「怖くない。が、主人が自分のするべきことを責任をもって引き受けるのなら、それは喜ばしいことだろう」
智将はもっともらしいことを言っていたが、要は交代しないのは確定したということだ。
つらい。
やだなあ、もう……
弱気になったのが智将はいつの間にか俺の横に立ち、静かに俺の顔を見下ろしていた。同じ顔のはずなのに、なんかイケメンの持つオーラみたいなのがあってかっけーんだよな。ムカつくことに。でも、冷静で、強くて、格好いいのも同じくらい確かだった。
「智将あのさ」
「なんだ」
「別のお願いがあるんだけど」
「内容によるな」
「そこは即答するところでしょ。いいよって」
「時間がもったいない。早く言え」
「もうわかってるくせに」
「いらないなら、聞かないが」
「いる!いるいるいるいるいるから!」
「なんだ?」
智将はまだ静かに俺を見つめていた。
はあ。
恥ずかしいけど、頼れるところは頼っていたい。
「せめて手を握ってよ」
「ごめんなさい、そのリクエストには対応できません」
ふふ。面白くない智将のボケに緊張していた口元が緩んだ。
「そのくらいは無理じゃないでしょ。ほらほら早くしないと、先生が来たから、キュイーンが始まっちゃうよ。歯科医の先生がきちゃうじゃん。智将だって怖いでしょ」
「俺は怖くない」
「はあ、やっぱり智将も怖いから、俺のことを見ないんでしょ?」
文句を言うと、智将は顔を逸らした。くっそ、わざとだろ。
「塗る麻酔が効いたと思うので、注射の方の麻酔しますね」
歯科衛生士のお姉さんの声が聞こえた。
ああ、もう、痛いのが始まっちゃうじゃん!怖いじゃん!
「ほら、智将!麻酔怖いよ!早く!」
半泣きになりながら急かして言うと、智将はようやく手を握ってくれた。
「俺だって、あの音は、健康に悪いって思ってるんだ」
「ほら!恐いんじゃん!」
「違う。たぶん、おそらく、科学的な研究に基づいた……
「たぶんって言っちゃってんじゃん!」
じゃあ、口開けておいてくださいね。
いつの間にか準備を終えた歯科医の先生が、口の脇に手を添えた。手袋のゴムの香りが恐怖をそそる。
ああ!
そう思った瞬間に、智将が強く手を握った。
なんだ、智将だって恐いんじゃん。
そう思うとなんだかおかしくて、歯を削られている間に、智将の手を握ったり擦ったりしているうちに、それは終わった。
ふう。
「ねえ、智将?」
「なんだ?」
「病める時も怖い時も、また、手ェ握ってな」
「ばか。病める時も健やかなる時もだろ」 
握るに決まってるだろ、って聞こえた気がしたけど、聞き返さないことにした。病める時も健やかなる時も怖い時も、いつも一緒にいるから、聞き返さなくても俺にはちゃんと分かるから。