内番が一段落ついた昼下がり。夕食までの時間を自室でのんびり過ごそうと部屋に戻ってきた光忠が障子戸を開けると、「光坊!」という声がした。同室の鶴丸が部屋にいるようだ。
「鶴さん、ただいま」
光忠はいつものように彼が文机のそばに腰を下ろしてお茶でも飲んでいるのだろうと思って、そちらの方へ片手を挙げながら部屋に入ったのだが、その姿は見当たらなかった。
「あれ、鶴さん?」
確かに声はしたんだけど……、と思いながら光忠は部屋をキョロキョロと見渡してみた。見たところ、部屋には誰もいない。あれ?
「光坊、こっちだ」
見たところ部屋には誰もいないけれど、鶴丸の声はやっぱりはっきりと聞こえる。どうも文机の方から聞こえるので、机の下にでも隠れて何か企んでいるのだろうか。机に近づいて下を覗こうとしたら、「上だ、上!」とさらに彼の声がする。
「上、……?」
光忠は机の下を覗くのをやめて机の上を見た。すると、そこにはなぜだか内番着を着たまま親指くらいの大きさになっている鶴丸が立っていて、光忠の方に大きく両手を振っている。光忠は机に身を乗り出すように座りこんで目を丸くした。
「え?!鶴さん?!小さくなってる!?」
「そうなのさ。半刻ほど前に戻ってきて、あまりに眠かったからこの机に伏して昼寝していたんだが、目が覚めるとこんなことになっていてな」
「えぇ……、そうなんだね……。大丈夫かな。もしかしてまた本丸の不具合?」
「分からんが、たぶんそうなんだろう」
光忠と鶴丸が所属するこの本丸には奇妙なバグが発生しやすく、これまでにも一部の男士に突然猫耳が生えたり、全員が異なる宇宙語しか喋れなくなったり、太刀が短刀サイズに縮んだりといった数知れない不具合が起きたことがある。
したがって、光忠も鶴丸も現在の状況に驚いてはいるものの、深刻なまでには慌ててはいなかった。
「相変わらずうちの本丸は変だね……。まぁ、じゃあ、たぶん不具合だとして……、鶴さんは痛いところとか具合の悪いところとかはない?」
「そのへんは大丈夫だ。感覚も何も変わっちゃいないし、本当にシンプルに小さくなっちまったってだけだな」
「そうなんだ、それならいいんだけど……。いや、よくはないよね。きっといつものだから、主にどうにかしてもらわなくちゃ」
主のもとへ行こう、と光忠が手のひらを差し出したら、小さな鶴丸はこちらの意図を汲んで手のひらの上に乗ってくる。彼が手のひらの上に乗ったことを確認して立ち上がろうとして、光忠は審神者が今は外出中だったことを思い出した。
「あっ、主は今、陸奥守くんを連れて出てるんだった」
「あぁ、そういや今日はそんな予定だと言っていたな」
「夕食までには戻って来るみたいだったけど……」
光忠は時計を確認した。夕食までにとはいえ、まだもう数時間は審神者が帰ってこないだろう。大丈夫だろうか。
「まぁ、主がいないことにはどうしようもないから、仕方がないな!なぁに、どうせいつもの珍妙な不具合と同じようにすぐに戻るさ。俺は何も悲観しちゃいないぜ」
「うん、そうだね、主さえ戻ってきたらきっとすぐ元に戻れるよ」
光忠は頷いて、立ち上がりかけたところから手のひらに鶴丸を乗せたままで再び腰を下ろした。そして、手のひらの中の鶴丸をじっと眺めた。じっと。
「……?光坊、どうした?今は小さいが、俺はこのとおり問題なく元気だぞ」
「うん、そうだよね」
こんなに小さいのに、声はいつもと同じように聞こえるのが逆に不思議だった。それも含めて不具合なのだろう。そんなことを考えながら、光忠は引き続き小さな鶴丸をじっと眺めた。
光忠の手のひらの中であぐらをかいて座った鶴丸は、見つめられてどことなく落ち着かなさそうな様子でそわそわとしている。
「光坊?あんまり見られると穴が空きそうだ。このとおり今は小さいしな」
「あっ、ごめん。大きい僕にあんまり見つめられると怖いよね」
「いや、光坊は光坊だから怖くはないが、……ちと照れるというか、……今の俺は小さいから余すことなく見られているような感じがしてな、恥ずかしいだろう」
鶴丸はなんとなく困っているような、あるいは照れているような様子でこちらを見上げると、肩をすくめた。
「かわいい」
「……?」
「いや、ごめん、不具合が起きてる人に言うことじゃないとは思うんだけど、小さくなってる鶴さん、本当にかわいくて。あまりにかわいいからじっと見つめちゃうんだ」
「はは……、光坊は俺のことが本当に好きだなぁ」
鶴丸は呆れと感心のあいだの表情でしみじみと呟いた。
「そうだよ、僕は鶴さんのことが大好きだよ。いつもそう言ってるのに、伝わってない?」
光忠はちょっと口をとがらせながら言って、とても軽い力でツンと鶴丸の肩を小突いた。それはとても弱い力だったけれど、鶴丸の身体は比較的大きく揺れる。
「うわ、!こら、俺はこんなに小さいんだから、加減してくれ」
「これでもしたんだけどね……、そうだ、鶴さんが僕の好きを理解してくれるまでつつき回しちゃおうかな」
「おいおい、それは意地悪と言うんじゃないか?」
鶴丸はたしなめるように反論したものの、とはいえ手のひらの上で転がって光忠の指先を避けたりつつかれたりして楽しそうにしている。この人は構われたがりなところがあるから、こうして光忠にちょっかいをかけられるのが楽しいのだろうと思う。かわいい人。
しばらく手のひらで転がりまわる鶴丸を光忠は指先で追いかけて、追いついたら指先で彼の脇腹をくすぐって、二人できゃあきゃあとじゃれあっていた。
「っ、は、光坊、ちょっと待ってくれ。息が上がった」
しばらくして手のひらで座り込んだ鶴丸は肩で大きく息をしている。彼が息を荒げることなんてほとんどないから、とてもめずらしいものを見ているような気分になる。
「ごめん、やりすぎちゃったね」
光忠が指先で鶴丸の頬にそっと触れると、彼はその指先にするりと身体全体ですりよった。
「いや、大丈夫だ。小さくなっているせいだろう。ついでに言えば、きみの愛も伝わったしな」
「そっか、よかった」
光忠はしばらく、指先に鶴丸がすりよるのを自由にさせて眺めていた。普段からこの人はとてもかわいらしいけれど、こうして小さくなっているのはとてもかわいい。
それに加えて、これだけ小さいとどうも光忠のなすがままという感じで、普段よりもなんというか、かわいすぎて自分が凶暴性を発揮したくなるような感覚があった。
こういうの、なんていう感覚なんだっけ……、何か指し示す言葉があったような気がするんだけど……。
そんなことを考えながら光忠は鶴丸をじっと見つめる。
「……光坊?おい、光坊?……光坊!」
何回か名前を呼ばれて光忠はようやく呼びかけに反応することができた。
「あ、ごめん、鶴さん、どうしたの?」
「いや、目が怖いぜ、きみ」
「僕の?そんなつもりなかった、ごめんね。ちょっと考え事してて」
「そうか。いや、まぁ、大丈夫だが、そんなに真剣に何を考えていたんだい?」
「えっと、その――、鶴さんが小さくてあんまりにもかわいいから食べちゃいたい……いや、さすがにそれはだめとしても、口に入れてみたいなって思ってた」
光忠の言葉を聞いて、鶴丸はゾッと怯えた顔をした。この人のこういう表情は見たことがない。なぜなら何かに怯えるような人じゃないからだ。だから、めずらしく怯えているのはたぶん、このサイズ比による本能的な怯えなのだろうと思った。自分よりもはるかに大きいものに食べられるかもしれないという恐怖。かわいい。
「おい、このサイズ比でキュートアグレッションを起こすな。さすがに洒落にならん」
「あ、そうそう、こういう気持ち、キュートアグレッションって言うんだったね。いや、でも、本当に鶴さんがかわいくて、口に入れたいよ、本当にかわいい」
「キュートアグレッション自体は俺も否定しないぜ……?だが口に含むのはやめないか?万が一うっかり光坊に飲み込まれたら終わりだろう。どうなっちまうんだ」
「大丈夫、飲み込まないよ。気をつける。ちょっと口の中で鶴さんを味わうだけだから」
「やめろやめろ、そういうのが事故に繋がるって相場が決まってるんだ」
光忠が手のひらに顔を近づけたら、鶴丸は手のひらの上で後ずさった。けれど、後ずさっても結局光忠の手のひらの上であることには変わりなくて、どうしようもなくてかわいい。
手のひらのすみっこ、お椀のように曲げている指の付け根のあたりに追い込まれた鶴丸は心底困った様子で忙しなく両手を握っては開いて、こちらを上目でうかがった。かわいい。
「なぁ、光坊、口に含んだり食べたりする以外なら、この状態の俺にきみがしたいことはなんでもしていいぜ。だから捕食せんとばかりの目をするんじゃない。食べられて腹から出てこられなくなったらどうするんだ。ほかのことだったらなんでもしていいから食べようとするのはやめろ、俺はまだ俺として形を保ってきみと一緒にいたい……」
手のひらのすみで小さくなってしょぼしょぼと語る鶴丸は、なんだかいつもより幼気な感じだ。普段の彼はもっと年上の恋人として威厳ある感じで堂々としているから。
サイズ差があることで、光忠と鶴丸の力関係はいつもと少し違う状態だった。なんとなく、光忠のほうに主導権があるというか……。
そうやって小さい身体をさらに小さくしている鶴丸をかわいいと思うと同時にかわいそうになって、光忠はこの状況に罪悪感を覚えた。そして、急に正気に戻る。いけない、どうやら正気でなかったみたいだ。
「あぁ、そんなに小さくなって……、ごめんね鶴さん、あまりにかわいくていじめちゃった。ちょっと僕、おかしくなってたみたい。大丈夫、食べたり口に含んだりしないから安心して。あとで主のところへ行ってちゃんと元に戻してもらおう」
光忠の言葉を聞い心底安心した表情を浮かべた鶴丸は、ちょこまかと手のひらのすみっこから中央に出てきて両手を広げた。
「光坊、おいで」
「……?」
光忠はよく分からないけれど、呼ばれるがままに顔を鶴丸の方へ近づけた。そうすると、身を乗り出した彼によって鼻先へそっと口づけられた。
「きみを怖がって悪かった。こうもサイズが違うとどうもな……、本能的に……」
小さな手を伸ばして鶴丸は光忠の頬に触れながら苦笑した。彼の言葉に光忠は大きく首を振る。どう考えても光忠が悪く、この人の恐怖は正当なものだ。自分よりもずっと大きいものに食べられるかもしれないとなったら、誰でもそれは怖いだろう。
「ううん、僕が鶴さんがかわいいがあまりにおかしくなってたから……、ごめんね」
「いやいや、気にするな。逆の立場だったら俺もおかしくなってたかもしれん。いや、たぶんなるだろう。……元のサイズに戻ったらまたいつもみたいに好きに俺を食べ――、いや、齧っていいからな。二の腕でも、太ももでも」
「僕ってそんなに鶴さんのこと齧ってるかな……?」
「はは、自覚ないのかい?けっこう齧ってるぞ?まぁ、俺はきみにそうやって歯型を付けられるのは好きだ。何かと齧ってくる光坊は赤子のようで甘やかし甲斐があるしな」
そんなことを言って、鶴丸は手のひらの上で小さな胸を張っている。
「あはは……、鶴さんって小さくなってもいつものサイズでも、懐が大きくて敵わないや」
「でかい年下の恋人を懐に受け入れるんだから、当たり前さ。いつでもどんとこい」
「うん、ありがとう。鶴さんに抱きつきたいからやっぱり鶴さんは小さいよりはいつものサイズがいいな。早く主に帰ってきてもわらないと」
■■■
「光坊、光坊、起きてくれ」
鶴丸に揺さぶられて光忠の意識は浮上した。もう朝らしい。まだかなり眠かった。
昨日は結局、鶴丸の不具合を解消するのに審神者とかなり苦戦して、寝つくのがかなり遅くなってしまったのだ。鶴丸は小さくなっていたせいか体力がなかったらしく、途中から眠り込んでいた。だから、元のサイズに戻った彼を光忠は部屋まで運んで寝かせてやったのだ。そのおかげもあって鶴丸はきっとよく眠れて、だからめずらしく光忠より早く起きているのだろう。
「光坊、」
また揺さぶられる。なんだか妙に力強く揺さぶられている。急ぎの用事があって起こされているのだろうか。
「どうしたの、鶴さん、そんなに強く揺すって」
光忠が片目をこすってまぶたを開けると、目の前に大きな鶴丸の顔がある。
「……?」
光忠はまた逆の目をこすった。なんだこれは。
「おぉ、光坊、起きたか。強く揺すってすまん。加減がよく分からなくてな」
「……???まだ夢?鶴さんの顔が、なんか大きくない?」
「いや、違うんだ、光坊。落ち着いて聞いてくれ、きみが小さくなっているんだ」
「……?」
「きみがいるのは俺の手のひらの上だ。朝起きたらきみは布団の中で小さくなっていて、踏んだらいけない思って今しがたすくいあげたところだ」
「……、え、?!」
光忠は立ち上がってキョロキョロと辺りを見回した。ここは確かにいつもの二人の自室で、自分は昨晩着た寝間着を着ている。しかし、周囲の物がどれもこれもがなんだかやたらと大きい。足元を見ると、確かに鶴丸の手のひらの上だ。
手の甲をつねってみたり、頬を叩いてみたりしたけれど、どうやら夢でもないらしい。
「今度は光坊のほうが小さくなっちまったみたいだ」
「なんで?!?」
まったく予想していなかった展開に光忠は目を白黒させた。この本丸はどうなっているんだ。とにかくまた審神者のもとへ行って、不具合を解消してもらわないといけない。
連れて行ってくれる?と光忠は小さくなった身体で大きく身振り手振りしながら鶴丸に伝えた。
「あぁ、主のところへ行かないとな」
鶴丸は優しく言って、指先でこちらの頭を撫でた。今の光忠より彼ははるかに大きいけれど、こうした優しい触れ方はいつもと変わらない。
小さくなったことに少し不安を覚えていた光忠だが、鶴丸の指先の優しさによって少し安心した気分になった。それも束の間。
「しかし、その前に光坊、」
光忠は鶴丸が両手で作ったお椀の中に膝を抱えて腰を下ろしている状態だったのだが、彼の両手の親指がそれぞれ光忠の方へ伸びてきて、そのまま光忠の両腕を広げるように押さえ込んだ。状況としては、鶴丸の手のひらの中で大の字にされて動けなくなった感じだ。
「……?えっと、……、鶴さん、?」
「……こんなに小さくなって、きみは本当にかわいいな、光坊」
「鶴さん?あの――、」
鶴丸は手のひらの中で光忠をはりつけにして、じっとこちらを見つめている。あれ、なんだかこの状況、既視感が――。
「ちょっと口に入れてみてもいいかい。大丈夫、ちょっとだけだ、ちょっと口の中できみを転がしてみるだけ――」
捕食するような視線が舐めるように光忠の身体の上をすべって、ゾッと悪寒が走った。本能的な恐怖。鶴丸のことは怖くないけれど、食べられることは、さすがに怖い。
光忠は後ずさろうとみじろいだけれど、身体を手のひらの上でしっかり押さえ込まれているので動けない。そもそも後ずさったところで、相手の手のひらの上でしかないというのは、昨日逆の立場だったからよく分かっている。
「鶴さん、落ち着いて。考えなおそう。口に入れてうっかり飲み込んじゃったらどうするのって、昨日僕に言ったのは鶴さんだよ?僕も本当にそう思うよ。鶴さんのお腹に入っちゃったらきっともう出てこれないよ。僕がいなくなっちゃうんだよ、そしたらきっと鶴さんは悲しいよ。僕も悲しい。だから、……ね?食べるのはやめにしよう。ほかのことだったら自由にしてくれていいから……」
押さえ込まれたままジタバタともがきつつ、光忠は鶴丸を諌めようとした。もがく光忠を鶴丸はじっと見つめている。目が、据わって、いる……。
完全に据わった目で手のひらの上にはりつけにされた光忠をじっと見つめていた鶴丸は、そのまま迷いなく光忠の右足を口に含んだ。
「うわーーーー!???」
少し体温の高い口の中へ右足を飲み込まれて動転した光忠は先ほどよりも力強くもがいたものの、それはあまり抵抗にならなかった。鶴丸の口内でじたばたと暴れた右足が、ときどき口の中の粘膜に触れることができたくらいだ。
鶴丸がこちらの足を咥えたまま何やらもごもごと言っている。たぶん、口に入れるだけだから安心しろみたいなことを言っているとは思うのだけれど、実際に身体の一部を咥えられているこの状態ではそんな言葉はまったく欠片も信じられない!このまま食べられるとしか思えないのだ。
「鶴さん、聞いて、ね、お願いだから食べないで……、僕が元に戻ったら好きなところ噛みついていいから……、あっ、でも、鶴さんはあんまり僕を齧りたいとは思わない、かな……僕はそんなにやわらかくないしね……、あ、じゃあ、ほら、元に戻ったら何かおいしいものを作ってあげるから、それを食べるっていうのはどう?ね?ほら、僕を食べるよりちゃんとしたご飯なんかのほうがおいしいよ。ね?鶴さん?聞いて!」
光忠が諫言――もはや命乞いのようでもある――を続けていたら、ふっと鶴丸の視線が優しいものに戻った。咥えていた光忠の足を引っ張り出すと、唾液で濡れていたのを袖で拭ってくれる。
「おっと……、いや、すまん、ちょっと正気じゃなかったな。そんなに泣きそうな顔をしないでくれ、本当にすまん」
鶴丸は指で押さえ込んでいた光忠を解放して、代わりに指先で頭を撫でた。
「怖かった……、本当に食べられるかと思った……」
光忠が自分の両腕で自分を抱きしめながら呟くと、鶴丸が申し訳なさそうに頭をかいている。
「すまん、……小さな光坊があまりにかわいくて、……」
「……いや、うん……、分かるよ。昨日の僕もそんな感じだったし」
まぁ、僕は鶴さんに手荒な真似しなかったし齧りもしなかったけどね、と苦言を言ったら鶴丸はばつが悪そうに苦笑した。
「いや、本当にすまん」
怖かったよな、と言って鶴丸はまた光忠の頭を撫でた。
「ううん、大丈夫。まぁ、怖くはあったけど……、昨日の今日でお互い様だし」
「元のサイズに戻ったら好きなだけ俺を齧っていいぜ」
「鶴さんには何かおいしいもの作ってあげる」
二人は互いに詫びの提案を出しあって、笑った。主のもとへ行こう、と鶴丸は手のひらに光忠を乗せたまま立ち上がる。
そして、何かを思いついて、手のひらの光忠を自分の寝間着の合わせに近づけた。
「……?」
「今の光坊は小さいからな、物理的に懐に入るといい。あったかいだろうし、安全だ。鶴さんの懐だからな」
「……、!」
鶴丸の提案に光忠はぱっと破顔して、寝間着の合わせの懐の中に身をもぐりこませた。あたたかい。優しくて落ち着く。
「よし、じゃあ、報告に行くとするか」
「待って、」
「……?」
立ち上がりかけた鶴丸を制止したら、彼は不思議そうにしながら再び腰を下ろしてくれた。
「あのさ、鶴さんの懐、すごく居心地がいいから、もう少しだけここでゆっくりしても……、いい?」
「はは、きみはかわいいな。いいぜ、なら、もうしばらくしてから主のもとへは行こう。なんならそこでもう一眠りするといい。昨晩遅くまで俺のために主と一緒に格闘してくれたんだろう?なぁに、潰したりしないし、もう食べようともしないから安心してくれ」
「へへ、ありがとう。うん、じゃあ、少しだけ……」
光忠はあたたかな懐の中で目をつむった。小さくなった身体に直接響く鶴丸の鼓動が子守唄のように穏やかだ。
食べられるのは勘弁だけど、こうやって小さくなって懐に入れるのは嬉しいから、こういう不具合もたまにはありかも……、と思う。
ちなみに鶴丸にもまた小さくなってほしい、ドールハウスを用意して写真を撮りたい、そんなことも同時に考えながら光忠はゆっくり鶴丸の懐で眠りに落ちた。
懐の光忠を鶴丸が指先でそっと撫でている。
■■■
一ヶ月後。
光忠は再び手のひらの中の鶴丸を見つめていた。またしてもこの人が小さくなってしまったのだ。
「……、ごめん、鶴さん、やっぱり今回だけ、今回の一回だけ食べてみても――、いい?」
「こら!光坊、やめるんだ!」
「大丈夫だよ、鶴さん、口に入れてみるだけだから、ね?鶴さんだってこの前僕の足食べたじゃない」
ちょっとだけパクっとするだけだよ、と光忠は微笑んで言ったのだが、鶴丸は大きく首を振った。
「いやそれにしちゃ目がマジすぎるって言ってるんだ!光坊?光坊!聞いてくれ、おい!捕食者の目をするな!瞳孔を開きすぎだ!というか何回起きるんだこのバグ!勘弁してくれ!助けてくれ!」
光忠が手のひらの上の鶴丸へ顔を近づけるので、彼はどんどん後ずさっている。けれど、どんなに後ずさっても結局は手のひらの上でしかなく、彼は光忠の手のひらの隅に追い詰められてしまっている。
光忠がさらに顔を近づけたら、鶴丸はぎゅっと目をつむって身構えた。かわいい。
しばらく光忠は間近で縮こまっている彼を眺めていた。あまりに愛おしくて。
いつまでも光忠がそのままじっと間近で眺めているだけのことに気がついたのか、鶴丸は恐る恐るぎゅっとつむっていた目を開けてこちらを見た。間近に光忠の顔があることに新鮮に驚きつつ、たいそう不服そうにしている。
「おい、びびらせないでくれ、今回こそ本当に食われるかと」
「ふふ、ごめん、鶴さんがあんまりかわいくて意地悪しちゃった」
「本当に意地悪だ!俺からすれば今のきみが本当にでかいんだからな、まったく……、主のもとに行くには光坊の力を借りないといけないから借りさせてもらうが、元に戻ったらしばらく口をきいてやらない」
「えっ、ごめん!そんなこと言わないで……、いやでも僕が悪いです、これは本当に……、はい……」
鶴丸に比較すると明らかに大きな身体(とはいえこれが通常サイズなのだが)を小さくして光忠がしゅんとへこむのを鶴丸は呆れたように眺めている。
「本当にまったく……」
鶴丸は光忠の頭を撫でようとしたらしいのだが、手を伸ばしてみたらまったく届かずに諦めたらしい。伸ばした手を、そのまま下ろしている。
「悪いと思ってるなら、キスの一つでも寄越したらどうだい。寛大な鶴さんは今回に限り、きみのキスで誤魔化されてやろう」
「……本当?」
しょんぼりしていた光忠がぱっと顔を上げたら、呆れたようにも得意げにも見える表情をした鶴丸が腕を組んでこちらを見上げていた。
「あぁ、もちろん。キュートアグレッションを起こす気持ちは俺も分かるから、多少は容赦してやるさ。そもそも俺は前科があるしな……。……で?口づけをしてくれるのか、しないのか、どうなんだ」
「します!意地悪してごめんね。鶴さん、好きだよ、かわいい」
光忠がそっと唇を鶴丸の頬――ほとんど頭全体にだが――に寄せたら、彼は満足そうにして光忠の鼻先を撫でた。
「やれやれ、きみのほうがかわいいな、光坊。頭を撫でてやりたいから、早く元のサイズに戻りたいぜ」
「じゃあ、主のところに行こうか」
「そうだな。それにしても本当に、この本丸の不具合の発生率の高さをそもそも根本的にどうにかしてもらいたいよな……」
小さい身体ながら大きな身振りで呆れを示した鶴丸を手のひらに乗せたまま、光忠は審神者の執務室へと向かった。
「なぁ、光坊」
執務室へ向かう途中、手のひらの鶴丸がこちらを振り返って問いかけてくる。
「どうしたの?」
「きみは俺が小さいままのほうが好きかい」
「えっ?なんで?そんなことないよ」
「本当にそうか、……?」
小さな鶴丸はこちらを見定めるようにして見上げてくる。
その様子を見ながら光忠は、確かに小さいサイズのこの人はとても愛くるしい、と考えた。
もちろん、通常サイズの彼もとてもかわいい。けれど、小さいがゆえの愛くるしさはこのサイズにしかなくて、だから元のサイズに戻るときに少しだけ惜しい気持ちに、なると言えばなる……、かもしれない。
光忠はそれを口にはしなかったけれど、なんとなく見透かされているような気はした。
「小さいゆえの魅力はきっとあるにはあるんだろうが、元のサイズの俺のほうが光坊にとってずっといいことずくめだぜ?まず、きみの料理を手伝えるだろう?肩を貸してやれるだろう?膝枕もしてやれる。頭も撫でてやれる。唇を重ねてやることもできる」
鶴丸は指を折りながら言った。
「それに何より――、きみとまぐわってやれるからな」
「――っ、!???」
鶴丸の最後の言葉はまったく想定していなかったので、光忠は相槌を打ちかけて代わりに派手に噎せた。しばらく咳き込む。
「おいおい、そんなにおかしなことを言ったか?」
「いや、言ったよ、ちょっと待って、まるで僕が鶴さんの身体目的みたいに言わないで」
「違うのかい?きみは俺を抱くのが好きだろう」
鶴丸が首を傾げながら曇りなき眼でこちらを見上げて問うから、光忠は返答に詰まった。
「う……、いや、それは、鶴さんのことが好き、だから……」
「ほらみろ。もちろん単なる身体目的じゃあないのは分かってるが、身体“も”目的だ。違うか?そういう光坊のためにも一刻も早く元に戻らないとな」
「いや、まぁ、うん……、そ、う……、だね……。あはは、鶴さんにはどうも敵わないな……、参りました」
「よろしい。……はは、なんてな。元に戻りたい一番は光坊のことを抱きしめてやりたいからさ。抱きしめて頭をめちゃくちゃに撫でてやりたいんだ。まぁ、それに、そう、だな――」
鶴丸は少し口ごもって視線を逸らした。照れるみたいに。
「まぁ、俺も、その――抱かれるのは好きだ。きみのことが好きだからな……、だから、そういう意味でも、今回もちゃんと元のサイズに戻りたいし、もう小さくなるのはさすがに勘弁願いたい」
ぽそぽそととんなことを口にして照れている小さな鶴丸は、それはもう、とてもかわいかった。
「鶴さん、かわいい」
「やかましいぞ、光坊」
「かわいいから、やっぱり、一回、一回だけ、食べちゃってもいい?」
「おい!だからキュートアグレッションを起こすのはやめろ!」
指で鶴丸を摘みあげて口元に運んだら、摘まれている鶴丸はジタバタともがいている。そうやってもがく彼を押さえ込んで、食べる代わりにそっと口づけたら、鶴丸は大人しくなって呆れたように笑った。
「ちょっとばかし、おいたが過ぎるぞ、きみ」
「うん、ごめんね、小さい鶴さんがあんまりにも愛しいから意地悪したくなっちゃう」
「きみってやつは本当に……、元に戻ったら仕返しとして恥ずかしくなるくらい子供あつかいして甘やかしてかわいがってやるからな!伊達男の矜持なんてめちゃくちゃにしてきみをでかい赤子にしてやる!」
小さな鶴丸は音が付きそうな勢いで光忠を指差しながら言って、笑っている。
彼の言った内容は仕返しというにはあまりに甘くて、そして、愛だった。互いのサイズの大小に問わず、かわいがってやる、きみはかわいがられる対象なんだぞ、という高らかな宣言。
その様子はこんなに小さいのに年上の余裕のある風格があって、この人は小さくなっても大きな存在感の年上の恋人だなぁと光忠は思ったのだ。
ちなみに、元に戻った鶴丸に光忠は実際これ以上ないくらい甘やかされて骨抜きにされた――し、光忠は光忠で、もう一度同じバグが起きたときに小さな鶴丸をもっとをかわいがるため、ドールハウスを密かに所持しようと画策を続けたのだった。
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