自分はケーキだ。しかし相手がフォークであろうとなかろうと、厄介事は自分で片付けられる。ケーキに自覚症状がないってのもそうだけど、自分としては、特に問題なく生きてきたつもりだ。それに言われたところでって感じで。
それがある日、一人の男に出会った。その男がフォークだったばっかりに、自分がケーキであることを考えさせられるようになってしまった。
今こうしてその男と過ごしているのに、ケーキもフォークも関係ない。相手のフォークの方はどうだかわからないし、出会い自体に関しても、相手が何か仕込んだのかも、わからないけれど。ただ自分も、自分がケーキであることを全く利用していないかといわれれば、どうだかわからない。
ただその男は、普段からケーキに食欲を向けるわけではないようだった。料理の彩りと食器のコントラストを楽しみ、温かいものと冷たいものを飲み込んで、悪くないと評している。あるいはこの男は、フォークでなくとも食事に興味がないのかもしれない。
喉が渇けば味のしない水でも飲むのが普通だ。それが食べ物もそうなだけなのかもしれない。しかし食べるのと味わうのが好きな自分としては、申し訳ない気持ちが湧かないでもない。実際にそう言っても鼻であしらわれるだけで、歯牙にも掛けられないが。
ただたまに。ごくたまに。
「……え。」
被っていたフードを落とされ、露出した首の根本から目尻までを、大きな舌で舐め上げられる。湿った感覚が冷っこくなって、夢かと思った錯覚が現実のものであると教えられる。
「欲しくなっちゃいました。」
求められている。食欲としてだけれど。
心臓がどくどくと音を立てる。この血もこの男には甘いジャムに変わってくれるのだろうか、それともピリ辛いチリソースか。
気紛れなのか衝動なのか、この男もフォークとしての欲望にその細身を委ねることがある。その欲が自分に向いていることが、こんなにも身を昂らせる。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
そんなの駄目だとわかっていながらも、自分のこの身全て食わせてやりたくなる。自分が食べることが好きだから、それを相手にも味わわせたくてそう思うのだろうか。わからない。何もわからないが、フォークの口が触れただけで、息を吹き返したように騒ぎ出す全身の感覚に、何もわからなくなる。ケーキに自覚症状がないなんて嘘だろと思う。
こちらのことを舐めたり甘噛みして楽しんでいた男に、ついに唇にかぶりつかれた。呼吸ごと全部差し出してやりたいのを堪えて、鼻腔での呼吸を繰り返す。こちらからは美味そうな匂いでもしているのかもしれないが、この男だって堪らない匂いがする。上がる息は、こちらが勝手に興奮しているからだ。
食事を続行しているだけの男は、至って涼しげに口を吸って来る。この男にとってこれはキスではないのだ。抱き寄せられた腰に回ったその腕は、大きなパンでも抱えているつもりなのだろうか。
「ああ……あたたかいです。」
ケーキでもフォークでもない関係なく人間はそもそも、食事風景は官能を唆ることがあるらしい。だったらケーキやフォークなら更なる官能がそこにはあるのではなかろうか。自分に食らい付いて来る目の前の男が、こんなにもなまめかしい。貪るような舌使いで、こちらを翻弄して来る捕食者をいやらしく感じるのは、おかしいのだろうか。
獲物の扱いを受けても喜びを覚えてしまう。求められるのが嬉しくて、少し身を退くような仕草をみせれば、抱き締める腕には力が籠り、相手の舌はもっとこちらの奥まできてくれる。その舌を食べて飲み込んでしまいたいと思うのはこちらのほうだ。
「もっと欲しい。もっとください。」
「……いくらでも。」
そう答えれば、もうこちらの体に乗り上げて、押し倒して上から押さえ付けている状態のフォークは、不思議そうに首を傾げる。何故なら彼は狩人だから。
「おまえは自分が食べられるのを歓迎してくれているようですねえ。変な人。」
この行為で得ているものがそれぞれ違い過ぎていた。相手の純粋な食欲に対し、自分は邪な欲望を向けていることに、自分には通常の味覚感覚があることと同様、申し訳ない気持ちが湧かないでもない。
「まあ。わたしが食指を突き付けることで、おまえが美味しくなるのなら、わたしはそれで良いです。」
実際にそう言っても鼻であしらわれるだけで、歯牙にも掛けられないが。
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