コット
2026-02-02 00:14:35
3858文字
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爆発 #とは

急死に一生アンソロへ寄稿させていただいた作品です

爆発とはなんぞや という疑問を
“現象”として知りたい方は必読


 静かな静かな、森の夜。
 
……あ。しまった」

 静寂に、だいぶ間の抜けた緊張感のない呟きが漏れた。
 脳裏がシンと鎮まりかえり、瞬時に思考が冴え渡る。まるで自分以外の全てにスロウガの魔法がかかったかのような、奇妙な感覚。――そして、純粋に研ぎ澄まされた“死”の予感。

 ◇

 今は、一人で野営の最中だった。
 秋は陽が落ちるのが早い。夕方には野営地を決めて露よけのタープを張り、焚き木を集めて火をつける。周囲に魔獣や野党の気配はなく、今日はのんびりと食事が取れそうだった。
 ならば少し手の込んだものを作ろうかと、チョコボの背から鍋を降ろす。これはガーロンドアイアンワークス特製アダマン鋼の大鍋だ。頑丈で軽く、かつ熱伝導が良い。いざとなれば、盾にもなる優れ物だ。
 板切れに置いたオニオンをナイフで適当な大きさに切って鍋に入れ、じっくりと炒める。火が通ったら、奮発して買った塩漬けの塊肉を、これまたナイフで削ぎ落として鍋に入れ、軽く火を通す。じわりと脂が滲み出して、オニオンと馴染んでゆく。そこへ小麦粉を少々。これはシチューにとろみをつけてくれるものだ。それから、街を出る直前に市場で買った新鮮なトマトを、ぐちゃりと握りつぶして鍋へと落とす。
 水とワイン、調味料と乾燥させたハーブを加え、熾火でゆっくりコトコトと煮込んだらトマトシチューの完成だ。
 ざっくり三食分といったところか。夕食と、明日の朝ご飯にして、残りは密閉できる金属製のお弁当箱に入れ替えておけば、明日の昼にも食べられる。味の染み込んだ肉と野菜はさぞ美味しいことだろう。
 汚れた手をタオルで拭きながら、鞄からパンを取り出す。これも、市場で買ったものだ。長旅でも日持ちがするように硬く焼きしめてある。
 ナイフで薄くスライスし、遠火に置く。しばらく待てば、程よく温まってくれるだろう。

 ゆらゆらと揺れる火をぼんやりと眺めていたその時、ふと、タタルに言われた言葉が頭をよぎった。
 
『たまには、荷物の整理整頓をするのでっす!』
 
 そうだった。時間がある時にやっておかなくては。
 すぐに使う道具や食料はサブバッグに入れてあるが、メインの鞄は今も物で溢れかえっている。
 道端で拾った綺麗な鳥の羽根。仲良くなった子どもがくれた形の良い石。何かに使うだろうと刈った綿花。用途不明のハーブ類。魔獣の角や牙。……正直、何が入っているのか、把握しきれていない。

 傍に寄せていた鞄を引き寄せ、膝の上に乗せる。
 まずは中身を全部出すかと、雨避けの覆いを外した途端に、ころんと転がり出たのは。

 いつ拾ったかも覚えていない、ガレマール帝国製手榴弾だった。

 ◇

 膝の上にはどっしりとした重量のある鞄。咄嗟に立ち上がることもできないまま、手榴弾は止める暇もなく、ころころころんと焚き火の真ん中におさまった。あっという間に木製の持ち手に火がともる。

 これは、やばい。

 走馬灯とは、死に直面した危機的状況において、過去の記憶から生き残る術を猛スピードで探しているのだと誰かが言っていた。
 だからだろうか。錬金術師ギルドのセヴェリアンが、やけに真剣な顔で教えてくれた火薬についての説明が今、脳裏を駆け抜ける。

 ――いいか、小間使い。たとえお前さんの手足が吹き飛んだとしても、私は痛くも痒くもないが、錬金術師ギルドの者が火薬の事故を起こしたとあっては、私が始末書を書くハメになる。そんな面倒ごとはごめんだからな。火薬に関してだけは、この私が直々に教えてやる。感謝するんだな。

 そも、錬金術とは卑金属から貴金属を、または賢者の石と呼ばれる万能物質を生み出すべくはじまった学問だ。
 物質Aと物質Bを合わせると、元とは異なる性質を持つ物質Cが誕生する。まぁつまり、なんのことはない地道な素材の掛け合わせを根気よく実験を続ける学問だと言い換えてもいい。
 そんな地道な努力の結果、金や賢者の石は未だ発見されないが、代わりに様々な物質が発見された。各種の薬や特殊な染料、『火薬』も、そのうちのひとつだ。
 木炭、硫黄、硝石。
 どこにでもある素材だが、これらを掛け合わせることで生まれたこの物質は、周囲に酸素がなくても燃焼を開始し、ある条件下で『爆発』を引き起こす。

 いいか。ここからが重要だぞ。
 火薬が引き起こすのはただの燃焼――化学変化の一種だ。炎と熱に気を取られがちだが、燃焼の本質は『急激に体積を増す』という点に尽きる。
 例えば、閉塞したガラス容器に火薬を詰め、なんらかの方法で内部に火花を起こす。すると、中身の火薬(パウダー)が燃焼し急激にガスへと変化して大膨張し、閉塞空間に発生した圧力によって周囲が圧壊する。これが『爆発』だ。
 たとえば掘削用の爆薬。あれはまさしく火薬の膨張力、つまり『爆発』を利用するものだな。
 閉塞した岩盤に埋め込み衝撃を与えると、膨張によって周囲に亀裂を入れ、強固な岩盤が崩れ落ちる。
 これは大変に便利で、この神々の恵み溢れるエオルゼアにおいて、ヒトが自然から土地を奪い生活範囲を広げるのにおおいに役立った。

 爆発の時、最も気をつけなくてはならないのはなんだと思う? 熱や炎? ……いいや、爆風だ。
 火薬は、文字通り爆発的に燃焼し体積を増しながら周囲の空気をおしのけ、強い爆風を発生させる。
 その際、“爆発に巻き込まれた固形物”に最も注意しなければならない。
 爆発に巻き込まれた物体は、火薬の燃焼速度……膨張速度と言い換えてもいいな、まぁとにかく凄じい速さで周囲に撒き散らされる。この速さは時に、音の速さすら超えていく。
 物体の持つ動的エネルギーの計算は、質量×速さだな? ほんの小さな欠片でも、猛スピードで吹き飛べば、それなりのエネルギーになる。
 先ほどの例で言うなら圧壊したガラス瓶の破片だ。これらは四方八方に爆散し、皮膚を破って突き刺さる。おお、想像しただけで痛そうだ。

 これらを応用したものが、ガレマール帝国兵の使う銃や手榴弾だ。
 密閉した容器に火薬と一緒に金属片を詰め込み、導火線や信管で発火を遅延させながら敵に投げつける。敵に到達する頃には火薬は引火し、容器ごと爆発して、その破片や内容物を高速で撒き散らすという寸法だ。
 もしもお前が不運にも手榴弾を投げつけられたなら、間違えても投げ返そうとなどと考えるな。手に取った次の瞬間、お前は血肉の塊と化す。ああ。ちなみに、最新式の手榴弾の即死範囲は半径10ヤルムらしい。

 じゃあ、どうすればいいのか、だと? 知らん知らん。そんなことは自分で考えろ。百戦錬磨の冒険者は私などよりずっと修羅場に慣れているだろう。

 いいか。何があっても必ず生きて帰って来い。小間使いがいなくなると、私が困ってしまうからな……――

 ◇
 
 静かな夜の森に、ドン。と鈍く重い音が響き、大地が揺れた。
 眠っていた鳥たちが、いっせいに天へと羽ばたき、一瞬遅れて野生動物たちが、ざわざわ……っと茂みを揺らして逃げ出していく。

 鳥たちはしばらく空を舞っていたが、次の雲が月にかかる前には、のんびりと森へ帰っていった。

 あとはただ、静かな静かな、森の夜。

 ◇

……ということがあってね!」

 冒険者はタタルを前にあっけらかんと笑った。
 
「ど、どうしたのでっすか?」
「鍋がアダマン鋼製だって思い出してさ」

 ――咄嗟に伸ばしたブーツの先が、鍋のふちに当たった。そのまま勢いよく蹴り上げる。
 たっぷり入ってたシチューがひっくり返り、じゅわわぁと情けない音を立てながら引火した火を消していく。あぁ、もったいない。
 でも、これだけでは、まだ足りない。もう手榴弾に熱が加わってしまっている。いつ発火するかわからない。
 正規の手段で引火させたわけではないので、もしかしたら発火しない可能性もある。が、手に取った瞬間、爆発することも考えらえる。
 勢いよくその場に立ち上がり、ひっくり返した鍋を素手で掴む。じゅっと肉の焼ける匂いがした。あ。今、火傷をしたかもしれない。だが、気にしてい暇はない。
 手榴弾の上に鍋をかぶせ、その上に、ドンと重い鞄を乗せる。
 爆発で増える体積はどれほどだろうか。重さが足りなければ、鍋ごと吹っ飛ぶだけだ。
 最悪でも、チョコボだけは逃してやらなくては。
 荷物を抱きかかえるように、焚き火跡に身体ごとおおいかぶさる。これで少しは重くなる。
 一般的な手榴弾の発火時間は約四、五秒。心の中でゆっくり数を数える。
 一、二、三……
 世界にかかったスロウガの魔法はまだ解けないままだ。
 祈るように瞳を閉じ、そうして――

 ◇

「そうして?」
「三十秒くらい経って、もう大丈夫かなって力を緩めようとした瞬間に『ボン!』って! 爆発のエネルギーってすごいよね、アダマン鋼の鍋ごと身体が浮いたよ。本当に死ぬかと思ったし、二食も抜いちゃったから腹ペコでさ。なにか食べるものを……あの、タタル、さん?」
……今、すぐ」

 顔を伏せてふるふると身を震わせるタタルに、恐る恐る声をかける。

「今すぐ、ここで! 荷物の整理をするのでっす!」

 ドッカンと爆発したタタルの爆風を受けながら、爆発とは、本当に恐ろしいものだなぁと、空きっ腹を抱えた冒険者はぼんやりと思った。